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第三幕 覚心 Heart of Awakening

7.仙台城は燃えているか?

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 鬼ノ城の表広場にて役小角の号令のもと300を超える鬼人兵が集結していた。

「一体何事だ、クソジジイ」
「これは……?」

 騒ぎを聞きつけた巌鬼と鬼蝶が鬼ノ城の扉を開けて広間にやってくると、その光景を見て声を上げた。
 そして、その視線が役小角の左右に立つ見慣れぬ二人の陰陽師の姿を捉えた。
 その位置は本来ならば、二体の大鬼、前鬼と後鬼が立つ位置であった。

「おお、温羅坊、鬼蝶殿。よくぞ参った……かかかかっ! 丁度、おぬしらに紹介しようと思うていたところだ……ほれ、挨拶をせい」

 笑みを浮かべた役小角が二人の陰陽師に目配せをすると、赤い呪符を顔に貼り付けた屈強な蘆屋道満が拱手して口を開いた。

「蘆屋道満、御大様の呼びかけにより千年の眠りより目覚めた。千年、前鬼の中にいたが、腕はなまっておらんはずだ」

 道満はそういって自信ありげな笑みを浮かべると、次いで緑の呪符を顔に貼り付けた細身の安倍晴明が拱手して口を開いた。

「安倍晴明、同じく御大様の呼びかけによって千年の眠りより目覚めた陰陽師。御大様の"夢"の実現のため、助力は惜しみませぬ」

 晴明は穏やかな声音だが、しかし鋭い眼差しを呪符越しに巌鬼と鬼蝶に向けて言った。
 巌鬼と鬼蝶が困惑しながら道満と晴明を見ていると、役小角が口を開いた。

「前にも話したことがあるが、この二人の陰陽師はわしの弟子じゃ。千年前、一言主をわしの体内に捕らえ、わしが不老不死になることに協力してくれた……そして、わしがこの二人を前鬼と後鬼の中に封じ込めたのじゃ──千年の時を超えさせるためにのう」
「……ッ」

 役小角の言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべた巌鬼。前鬼と後鬼の姿が見えないとは思っていたが、まさか中にこの陰陽師が入っているとは想像が及ばなかったのである。
 そんな巌鬼とは違い、鬼蝶は火傷の完治した顔を高揚させながら喜びの声を上げた。

「心強いですわ……ッ! 伝説の陰陽師が二人も鬼ヶ島の軍勢に加わってくださるとは……! まさに鬼に金棒、いや、鬼に陰陽師ですわッ!」

 鬼蝶の言葉を聞いた道満と晴明は互いに顔を見合わせて苦笑した。しかし、巌鬼は納得がいかず声を荒げた。

「クソジジイ、だからなんだってんだ。300人もの鬼人兵を広場に集めやがって、一体なにをする気だ。"決行"はまだ先だろうが!」

 巌鬼の言葉が広場に響き渡ると役小角はいつもと変わらぬ満面の笑みを浮かべながら巌鬼に告げた。

「"余興"じゃよ」
「……あン!?」

 役小角の言葉に巌鬼が返すと、役小角は左右に立つ道満と晴明に目配せした。そして役小角、道満、晴明の三人の伝説的な陰陽師が一斉に背中を向けると、服の中から取り出した呪札を宙空に放り投げた。

「──オン──マユラギ──ランテイ──ソワカ──」

 次いで、三人の陰陽師が一斉にマントラを唱えると大量の呪札が巨大な門の形を作り出す。

「かかかかかッ……見よ、"大呪札門"じゃ」
「行者様……どこに繋がっているのですか」

 振り返ってそう言った役小角に対して、鬼蝶が大呪札門の奥に広がる景色を見ながら言った。

「──仙台城じゃよ」

 役小角は笑みを浮かべながら言い放ち、道満と晴明も笑みを浮かべた。
 その時、仙台城の天守閣では太閤殿下、豊臣秀吉の死去を受けて政宗が身の振り方を思案していた。

「太閤殿下の死は、五大老による権力争いの激化を意味する……五大老とは言うが、実質、徳川家康派と石田三成派の争いだ。新たな体制を築こうとする徳川か豊臣政権を引き継ぐ石田か……」

 政宗は振り返ると開かれた窓から広がる青空を背にして眉根を寄せて片眼を閉じた。

「俺の選択は……伊達家の選択は……」
「……殿」
「殿がどのような決断を下したとて、我ら家臣団は殿に最期まで付いて行く所存にございます」

 家臣団は皆一様に政宗に信頼の眼差しを向け、それは桃姫と雉猿狗。そして、娘の五郎八姫とて同じことであった。
 しかし、五郎八姫はなぜだかニヤけており、それに気づいた桃姫は小さな声で耳打ちした。

「いろはちゃん、なんで笑ってるの……?」

 桃姫の言葉を聞いた五郎八姫は桃姫の耳に口を近づけて言って返した。

「戦でござるよ。大戦でござる。これから始まる日ノ本最大の戦いに、拙者、武者震いが止まらないでござるよ」
「うわぁ……」

 五郎八姫の嬉々とした言葉を受けた桃姫は引きつった表情で声を漏らした。

「拙者が日々鍛錬を重ねるのは戦で勝利するため。ももと違って、拙者は早く人と斬り合いたくてたまらないでござるな」

 五郎八姫がそう言うと、政宗が意を決したように力強く片眼を開き口を開いた。

「決めたぞ──我ら伊達家は家康公につく! 俺は新時代を求める! それは豊臣の時代ではないッ!」
「おおッ!」
「殿! その言葉、確かに聞き届けました!」

 政宗の決断に家臣団が呼応の声を上げる。そうしていると、一人の侍が血相を変えて天守閣まで駆け上がってきた。

「殿ッ! 殿ォオオッッ!!」

 侍は全身に血を浴びており、一見してただ事でないことがわかった。天守閣にいる全員が侍に注目すると侍が両目を見開いて声を上げた。

「鬼にございますッ! 本丸御殿から鬼の大軍勢が現れましたッッ!!」
「……ッッ!?」

 侍の言葉を受けた桃姫が驚愕とともに雉猿狗と顔を合わせた。次の瞬間、ドォオオオン──という途轍もない爆音が天守閣に響き、天守閣の壁面に大穴が開く。

「ウワァァァァアアッッ!!」
「何事じゃぁあああっっ!!」

 一同が騒然とする中、ゴォゴォと燃え上がる仙台城の天守閣に邪悪な笑みを浮かべた鬼蝶と巌鬼が着地した。

「──あら、なにかおめでたい席だったのかしら?」

 鬼蝶が天守閣の畳の上に並べられた料理の残骸を見ながら口にすると、伊勢海老をぐしゃりと下駄で踏みつけた。

「者ども、刀を抜けえッ!」

 政宗は叫ぶと、立て掛けられていた刀を掴み取り、鞘から抜き取って構える。家臣団も一斉に刀を構えて対峙した。
 その中の一人が叫びながら刀を振り上げ、巌鬼に向かって駆け出した。

「殿に手出しはさせんッッ!!」
「……それが何になる」

 巌鬼は家臣を見下ろしながら低い声で言うと、背中の大太刀を握りしめ、ブオンッ──と風音を鳴らしながら振り下ろした。

「……うギッ!」

 家臣は断末魔の声を上げると袈裟斬りに寸断され天守閣の畳の上にドサドサッ──と崩れ散る。

「……桃姫。来い。俺の目的はお前だ」
「巌鬼……!」

 巌鬼は鬼の目で桃姫を見下ろしながらそう言うと、6年前、常陸で会ったときよりも遥かに大きく成長している巌鬼の巨体を見上げながら桃姫は桃源郷と桃月を鞘から抜いて構えた。

「桃姫、成長したようだな。だが、俺はもっと成長しているぞ……勝ち目はない。俺と鬼ヶ島に来るのだ」
「何を抜かしやがるッ! 桃姫は伊達の女武者だッ! 鬼になど降るかッ!」

 巌鬼の言葉に対して政宗が叫ぶように言うと、刀の切っ先を巌鬼に向けた。

「あら、伊達男さん。あなたの相手は私よ」

 その切っ先に割り込むように鬼蝶が入り込むと、家臣団が一斉に駆け出して巌鬼と鬼蝶に斬り掛かった。

「鬼どもォォッ!」
「ここが仙台城と知っての狼藉かァッ!」
「覚悟ォオオオッ!」

 家臣団を冷たい視線で見た鬼蝶は左目に浮かぶ"鬼"の文字から赤い炎をブワッ──と噴き上げた。
 それを見た雉猿狗が家臣団に向けて叫ぶ。

「みな様ッ! 伏せてくださいッッ!!」
「──みんな仲良くッ! 燃えちゃいなさいなッッ!!」
「……ッッ!?」

 鬼蝶の目から放たれた熱線は扇状に家臣団に向けて放たれるとふすまを吹き飛ばし、その先の階段まで燃やして炎が広がった。

「ギゃアッッ!!」
「グわあアッッ!!」
「ガアああァッッ!!」

 家臣団の体は一人残らず炎に包まれ、刀を手から取り落として畳の上をのたうち回った。

「あははっ! さいっこう! さいっこうにまぬけよあなたたち! そのまま踊りながら燃え尽きなさいな! アハハハハッッ!!」
「……っっ」

 鬼蝶はその光景を愉悦の笑みを浮かべながら楽しむと、信頼する家臣団の死に様を見せつけられた政宗と五郎八姫は怒りを通り越して絶句してしまった。

「どう、伊達男さん。愛する仙台城が燃える気分は。 ふふっ……"仙台城は燃えているか?"、それがこの"余興"の名よ」

 鬼蝶はうっとりとした顔で伊達政宗にそう告げるのであった。
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