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第三幕 覚心 -Heart of Awakening-
5.力の道満、技の晴明
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笑い声が消えたあとも、前鬼と後鬼が主人を待っているとギィ……と扉が開かれて役小角が姿を現した。
「前鬼、後鬼……中に入るのだ」
顔面に張り付いた満面の笑みを見せつけながらしゃがれた声を発した役小角。
前鬼と後鬼は互いに顔を見合わせて呪符越しに困惑の表情を浮かべた。
役小角の部屋には決して立ち入ってはならない。そのように主人によって"しつけ"られている二体の大鬼である。
「はよう入れ。グズどもが」
「……グググ」
「……グガァ」
役小角は吐き捨てるように言うと、前鬼と後鬼は唸り声をあげながら歩き出し、役小角が待つ赤い部屋へと入った。
部屋の中央には口にした人間を鬼人に転化させる役小角お手製の鬼薬が詰まった赤い瓶が鎮座し、その前に黄金の錫杖を突いた役小角が笑みを浮かべながら立っていた。
「前鬼、後鬼よ。おぬしらを使役したのは千年前、夏の生駒山であったな……覚えておるかのう?」
「……グガガガ」
「……ググガァ」
役小角の言葉に牙をのばした口から声にならない声を上げて返す前鬼と後鬼、役小角はそんな二体の大鬼を目を細めて見ながら告げた。
「言葉にならずともわかるぞ。その額に貼り付けられた忌々しい赤と緑の呪符を剥がして欲しいのだろう? だが、それはならん。剥がせばその瞬間、"鬼封じの法"が解かれ、おぬしらはわしの四肢をちぎり、むさぼり喰うのだからな」
役小角の言葉を聞きながら、前鬼と後鬼の鬼の爪が生えた手がわなわなと動いた。
「おお……怒うとる怒うとる……くかかかっ! そうよなぁ、千年間、わしに使役されて、わしが憎いよなぁ──だから、今日でその苦しみを終わりにしてやろうと思うたのじゃ」
「ガァッ!」
「グガガッ、ガッ!」
前鬼と後鬼は呪符の裏に隠された鬼の目を大きく見開いて大口を開けてほえた。
「そうだ。苦しみからの解放じゃよ……悪夢から目覚めさせてやろう──オン!」
役小角は黄金の錫杖を宙空に浮かべ、印を手で結びながら虚空蔵菩薩のマントラを詠唱した。
「──ノウボウ──アキャシャキャラバヤ──オンアリキャ──マリボリ──ソワカ──」
役小角のマントラによって前鬼の赤い呪符と後鬼の赤い呪符とが輝き出し、それと同時に二体の大鬼は苦しみだした。
「アッガガァアア! ガギャアアッ!!」
「グギャギャアア! グガアアアッッ!」
二体の大鬼は自身の胸を鬼の爪でかきむしりながら天に向かってほえる。
「この世で味わう最後の苦しみぞな。大いに味うがよろしい──くかかかかかっっ!!」
愉快そうに笑う役小角の言葉など耳に入らないほどの激痛とともに前鬼と後鬼の口がこれでもかと大きく開かれ中かから、"人の手"が這い出してきた。
「おお……出てきよったぞ」
笑みを浮かべた役小角に見届けられながら、"人の手"は大鬼の口をこじあけるように動き、そして、男の頭がその口から覗いた。
「ガッガッ……アッガァ……」
「グガッ……ガッ……ガァ……」
前鬼と後鬼は瞳孔を上向かせ息絶えたように膝をつくと、その大鬼の体の中から陰陽師の服をまとった男が二人、ぬるりとすべりだすように生まれた。
二人の陰陽師は前鬼と後鬼が顔に貼り付けていた呪符をそのまま自身の顔に貼り付けた状態で現れてると、役小角に対して笑みを浮かべた。
「──おひさしゅうございます。御大様」
「──御大様、千年ぶりにございますな」
緑の呪符を顔につけた細身の陰陽師と赤の呪符を顔につけた大柄の陰陽師とがうやうやしく役小角に挨拶をした。
「晴明、道満。久しいのう……」
役小角が笑みを浮かべて頷いて返した陰陽師二人は、千年前の日ノ本の伝説的な陰陽師、安倍晴明と芦屋道満であった。
「どうであった。前鬼と後鬼の中は?」
役小角がたずねると晴明と道満は互いに顔を見合わせて苦笑した。
「不思議な心地でございました。悪い夢を見ているような……千年前の生駒山にて、確かに捕らえたあの大鬼の中に入り込んだわけですが……」
「御大様は一言主を腹の中に取り入れて千年の時を生きることができる。しかし我ら道満と晴明は生きられぬ、そのための苦肉の策だったとはいえ……鬼の中で千年を過ごすというのは良いものではありませぬ」
晴明と道満の言葉を聞いた役小角は宙に浮かぶ黄金の錫杖を掴み取って握ると口を開いた。
「すまなかったのう。とはいえ、すべてはおぬしらも夢見た"大空華"を完遂するため。千年の眠りからおぬしらを呼び覚ました意味がわかるな?」
「……"近い"……のでございますね」
役小角の言葉聞いた晴明が緑の呪符をつけた顔をにんまりと歪ませながら言った。
「まさしく。千年間に及んだ儀式もいよいよ大詰め。巨大な空華を日ノ本に咲かせる日が近づいておるのだ──力の道満、技の晴明よ。おぬしらの助力、しかと借り受けるぞッ!」
「御意にッ!」
「御意にッ!」
役小角の呼びかけに拱手して掛け声を上げた晴明と道満。
二人の陰陽師の足元には千年にわたって縛り付けていた呪符がなくなり息絶えた前鬼と後鬼の亡骸が倒れ伏していた。
「──時は来たッッ!! これより! 千年悪行をッ! 執り行うッッ!!」
役小角は黄金の錫杖を振り上げ天高く宣言した。
「前鬼、後鬼……中に入るのだ」
顔面に張り付いた満面の笑みを見せつけながらしゃがれた声を発した役小角。
前鬼と後鬼は互いに顔を見合わせて呪符越しに困惑の表情を浮かべた。
役小角の部屋には決して立ち入ってはならない。そのように主人によって"しつけ"られている二体の大鬼である。
「はよう入れ。グズどもが」
「……グググ」
「……グガァ」
役小角は吐き捨てるように言うと、前鬼と後鬼は唸り声をあげながら歩き出し、役小角が待つ赤い部屋へと入った。
部屋の中央には口にした人間を鬼人に転化させる役小角お手製の鬼薬が詰まった赤い瓶が鎮座し、その前に黄金の錫杖を突いた役小角が笑みを浮かべながら立っていた。
「前鬼、後鬼よ。おぬしらを使役したのは千年前、夏の生駒山であったな……覚えておるかのう?」
「……グガガガ」
「……ググガァ」
役小角の言葉に牙をのばした口から声にならない声を上げて返す前鬼と後鬼、役小角はそんな二体の大鬼を目を細めて見ながら告げた。
「言葉にならずともわかるぞ。その額に貼り付けられた忌々しい赤と緑の呪符を剥がして欲しいのだろう? だが、それはならん。剥がせばその瞬間、"鬼封じの法"が解かれ、おぬしらはわしの四肢をちぎり、むさぼり喰うのだからな」
役小角の言葉を聞きながら、前鬼と後鬼の鬼の爪が生えた手がわなわなと動いた。
「おお……怒うとる怒うとる……くかかかっ! そうよなぁ、千年間、わしに使役されて、わしが憎いよなぁ──だから、今日でその苦しみを終わりにしてやろうと思うたのじゃ」
「ガァッ!」
「グガガッ、ガッ!」
前鬼と後鬼は呪符の裏に隠された鬼の目を大きく見開いて大口を開けてほえた。
「そうだ。苦しみからの解放じゃよ……悪夢から目覚めさせてやろう──オン!」
役小角は黄金の錫杖を宙空に浮かべ、印を手で結びながら虚空蔵菩薩のマントラを詠唱した。
「──ノウボウ──アキャシャキャラバヤ──オンアリキャ──マリボリ──ソワカ──」
役小角のマントラによって前鬼の赤い呪符と後鬼の赤い呪符とが輝き出し、それと同時に二体の大鬼は苦しみだした。
「アッガガァアア! ガギャアアッ!!」
「グギャギャアア! グガアアアッッ!」
二体の大鬼は自身の胸を鬼の爪でかきむしりながら天に向かってほえる。
「この世で味わう最後の苦しみぞな。大いに味うがよろしい──くかかかかかっっ!!」
愉快そうに笑う役小角の言葉など耳に入らないほどの激痛とともに前鬼と後鬼の口がこれでもかと大きく開かれ中かから、"人の手"が這い出してきた。
「おお……出てきよったぞ」
笑みを浮かべた役小角に見届けられながら、"人の手"は大鬼の口をこじあけるように動き、そして、男の頭がその口から覗いた。
「ガッガッ……アッガァ……」
「グガッ……ガッ……ガァ……」
前鬼と後鬼は瞳孔を上向かせ息絶えたように膝をつくと、その大鬼の体の中から陰陽師の服をまとった男が二人、ぬるりとすべりだすように生まれた。
二人の陰陽師は前鬼と後鬼が顔に貼り付けていた呪符をそのまま自身の顔に貼り付けた状態で現れてると、役小角に対して笑みを浮かべた。
「──おひさしゅうございます。御大様」
「──御大様、千年ぶりにございますな」
緑の呪符を顔につけた細身の陰陽師と赤の呪符を顔につけた大柄の陰陽師とがうやうやしく役小角に挨拶をした。
「晴明、道満。久しいのう……」
役小角が笑みを浮かべて頷いて返した陰陽師二人は、千年前の日ノ本の伝説的な陰陽師、安倍晴明と芦屋道満であった。
「どうであった。前鬼と後鬼の中は?」
役小角がたずねると晴明と道満は互いに顔を見合わせて苦笑した。
「不思議な心地でございました。悪い夢を見ているような……千年前の生駒山にて、確かに捕らえたあの大鬼の中に入り込んだわけですが……」
「御大様は一言主を腹の中に取り入れて千年の時を生きることができる。しかし我ら道満と晴明は生きられぬ、そのための苦肉の策だったとはいえ……鬼の中で千年を過ごすというのは良いものではありませぬ」
晴明と道満の言葉を聞いた役小角は宙に浮かぶ黄金の錫杖を掴み取って握ると口を開いた。
「すまなかったのう。とはいえ、すべてはおぬしらも夢見た"大空華"を完遂するため。千年の眠りからおぬしらを呼び覚ました意味がわかるな?」
「……"近い"……のでございますね」
役小角の言葉聞いた晴明が緑の呪符をつけた顔をにんまりと歪ませながら言った。
「まさしく。千年間に及んだ儀式もいよいよ大詰め。巨大な空華を日ノ本に咲かせる日が近づいておるのだ──力の道満、技の晴明よ。おぬしらの助力、しかと借り受けるぞッ!」
「御意にッ!」
「御意にッ!」
役小角の呼びかけに拱手して掛け声を上げた晴明と道満。
二人の陰陽師の足元には千年にわたって縛り付けていた呪符がなくなり息絶えた前鬼と後鬼の亡骸が倒れ伏していた。
「──時は来たッッ!! これより! 千年悪行をッ! 執り行うッッ!!」
役小角は黄金の錫杖を振り上げ天高く宣言した。
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