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第二幕 斬心 Heart of Slashing

27.妖心斬

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「──妖々剣術、奥義──」

 妖々魔は赤い目をスッと影の中に消して迫りくる鵼狒々に向けて宣言するように声を発する。

「──妖心斬ッッ!!」

 妖々魔の両手に持つ妖刀から放たれた閃光の如き"念"を込められた一撃は✕の字の軌道を描くと鵼狒々の両腕を空高く吹き飛ばした。

「──バジャァァアアッッ!!」

 咆哮に似た奇声を上げる鵼狒々。ドサッドサッと肩から切断された長い両腕が地面に落ち、赤い目を見開いて叫んだ。

「お、オレ様の腕ガバアッッ!! ──ふざけんじゃねぇ……! ふざけんじゃあねェッッ!!」

 鵼狒々は、右腕を口にくわえ、左腕を左足で掴むと妖々魔を睨みつけて大口を開けた。

「せっかく繋げた腕が! またぶち切れちまったじゃねェかァ……! てめェの顔、覚えたからなッッ!! てめェの顔、覚えたカラナァッッ!!」
「──妖々魔でござる」

 激昂する鵼狒々に振り返り、名前を告げた妖々魔。

「……絶対に許さねぇぞォオッッ!! 許さねェ……! ──妖々魔ァァアアアッッ!!」

 鵼狒々は血走った目で吼えると、夜空に向けて跳躍し、館の屋根に上がってから、更に森の中へと跳ね跳んでその姿を闇夜にくらました。

「うむ……なかなかにしぶとい猿でござるな」

 妖々魔は呟くように声を発すると桃姫と雉猿狗が駆け寄った。

「師匠……!」
「桃姫殿……しかと見てござったか?」
「はい……! あれが、妖々剣術の奥義……!」

 桃姫が目を煌めかせながら感嘆の声を上げていると、腹部を手で抑えた夜狐禅が歩み寄ってきた。

「夜狐禅くん……大丈夫……!?」
「……はい……ですが、激怒した鵼狒々は厄介です……近い内にまたやってきます……それも、もっと厄介な形で……」

 夜狐禅の言葉を聞いた妖々魔はしばし沈黙したあと、赤い目を点灯させて声を発した。

「夜狐禅殿、手負いの猿が向かった場所になにか心当たりはあるでござろうか……?」

 妖々魔の言葉を受けて思案した夜狐禅が一つの場所を思い出した。

「西の廃寺……鵼狒々を封じた洞穴がある西の廃寺に逃げ込んだかもしれません。あの場所は封じる前から鵼狒々の根城でした」
「ふむ……すぐに行くべきでござるな」

 妖々魔はそう言うと、中庭から立ち去ろうとした。その背中に対して夜狐禅が声を発する。

「待ってください……! ──浮き木綿、集合……!」

 手を上げた夜狐禅が宣言するように告げると四枚の浮き木綿が集まってきて一枚の大きな浮き木綿となる。

「こちらに乗って向かわれると早いです……浮き木綿なら西の廃寺の場所も知っていますから」
「うむ、かたじけない……ハッ」

 夜狐禅の言葉を聞いた妖々魔は浮き木綿の背中に飛び乗ると、両手の手甲で宙に浮かぶ木綿の布を掴んだ。

「師匠……! 私も鵼狒々退治に行きます!」
「私もお供させてくださいませ!」

 それを見た桃姫と雉猿狗が声を上げ浮き木綿の空いている場所に飛び乗って座った。
 三人を乗せた四枚繋ぎの浮き木綿は、見た目に窮屈になったが、それでも浮いているのは妖々魔が浮いているからということもあった。

「夜狐禅くん、行ってくるね……! もう変なのがやってこないように、館の結界しっかり張ってね!」
「はい……! 手負いの鵼狒々は危険です、お気をつけてください……!」

 三人を乗せた浮き木綿は空高く浮かび上がると西の廃寺に向かって滑るように空を飛翔した。

「うわぁー! 勢いで浮き木綿さんに乗ったけど、本当に飛んでる……! 飛んでるよ、雉猿狗……!」
「はい……! 私の"雉の部分"が久方ぶりだと喜んでおります……!」
「はっはっは……陽気で結構、お二方」

 夜空から眼下に広がる奥州の森の景色を見て嬉々の声を上げる桃姫と雉猿狗に先頭で浮き木綿を手綱のように掴んだ妖々魔が声をかけた。
 そして、あっという間に西の廃寺が見えてくると、浮き木綿は高度を落とし、三人を境内に降ろした。

「──おるのでござろう、猿殿……出て参れ、鵼狒々……!」

 かつては立派な佇まいであっただろうが、現在は雨風にさらされ崩れた廃寺に向かって二振りの妖刀を構えた妖々魔が声を発する。
 その両隣に桃姫と雉猿狗が立ち、それぞれ桃月と桃源郷を構えた。

「……はェえよ……くるのが……はェえよ……」

 廃寺の奥から低く這いずるような野太い声が三人に届いた。

「夜討ち朝駆けが兵法の基本でござるからな……どうでござる。腕はくっついたでござるか……?」
「──バジャァアッ!!」

 妖々魔がからかうように廃寺に向けて声を発すると、内部から咆哮と共に岩が放り投げられ、三人は咄嗟にかわした。
 妖々魔がいた地点に岩が激突し石畳が破壊される。

「……ああ、一度治すコツを掴んだからからな……もう治ってるぜ」

 廃寺の奥の闇から猿の赤い目が光り、ヌボォ──と鵼狒々がその巨体を現した。

「油断してたんだよ、オレ様は……まさか、クソジジイ不在のときに、てめェみたいなのがいるとは思わなかったからよォ……だから、今度は本気で行かせてもらう」

 そう言った鵼狒々は赤い目を光らせ赤い顔を更に赤く激昂させると、茶色い体毛を黄色く染め上げ更に黒い縞模様を走らせた。
 そして猿の尾には黒い鱗が生じ、先端から蛇の頭が大口を開けて現れた。

「──バジャアアアアッッ!! 鵼狒々様を怒らせたらどうなるか、教えてやらねェとなァッッ……!!」

 猿の頭、虎の体、蛇の尻尾──本領を発揮した姿となった鵼狒々が両手の爪を伸ばして境内の中央に移動した妖々魔に飛びかかってきた。

「……桃姫殿、某が注意を引き付けるでござる──よいでござるか、これは桃姫殿の"実地試験"にござるよ……!」
「──はい!」
「……よしッ!」

 桃姫と妖々魔が互いに意思疎通の声を上げると、鵼狒々は憎い相手である妖々魔に狙いをつけて追い立てた。
 そして、鵼狒々の背後に陣取った桃姫と雉猿狗であるが、尻尾の蛇が大口を開けてキシャア──と二人を威嚇し、そう簡単に斬りつけられる状況ではなかった。

「桃姫様……桃源郷をお使いくださいませ……!」

 雉猿狗は桃姫に向けてそう言うと、銀刀色の刃を持つ桃源郷を桃姫に手渡した。

「雉猿狗は……!?」
「私は私ができることをやりますゆえ……!」

 桃姫がたずねると雉猿狗はそう言ってほほえみを返した。

「鵼狒々……! 爪を振り! 噛みつくだけ! それで終いでござるか!? 芸が無いでござるな……!」

 妖々剣術の動きで軽々と翻弄するように鵼狒々の攻撃をよけていなし続ける妖々魔が声を発すると鵼狒々は夜空を睨んで獣の咆哮を上げた。

「バジャオオオオウ……!! 妖術──爆裂轟雷ッッ!!」

 鵼狒々は虎の毛並みをした全身に電撃を生じさせると上空の雨雲から一本の稲妻を妖々魔に向けて落とした。

「……ぬっ、妖術が扱えたでござるか……!?」

 意表をつかれた妖々魔は両手の妖刀を左右交差させて稲妻に向けるが、この一撃は喰らわざるを得ないと覚悟を決めた。

「神術──不破雷導ッッ!!」

 その時、宣言するように発せられた凛とした雉猿狗の言葉。上空のもう一つの雨雲から斜めに黄色い稲妻が走ると、妖々魔に向かって落ちる稲妻にぶつかって破裂を起こして互いに打ち消しあった。

「──オレ様の稲妻が、消されたッッ!?」
「──雷を扱えるのは、あなただけではございませんよ」

 目を緋色に染め、バチバチと雷光をその身に帯電させた雉猿狗が微笑みながら言った。

「──妖々剣術、奥義ッッ!!」 

 そして、間髪入れずに鵼狒々の背後から桃姫の声が発せられる。いつの間にか、桃姫は廃寺の倒れた柱を伝って屋根の上に登っていた。
 桃源郷と桃月を両手に構えた桃姫は濃桃色の瞳に"念"を込めて光輝かせると、屋根から跳躍して鵼狒々の頭上を取る。

「──妖心斬ッッ!!」
「ッ……おごッ……おぐォオッッ!!」

 桃姫が両手に構えた二本の仏刀で八の字に頭の天辺から足の先まで斬り落とされた鵼狒々は両手を上げたまま為す術なく絶叫した。

「……こいつは……治せね……」

 そして、観念したように断末魔の声を上げた鵼狒々は体を三枚に斬り分けられた状態でドサッ──と石畳の上に背中から倒れ込んだ。

「でかした、桃姫殿ッッ!!」
「……師匠ッ!」

 桃姫は鵼狒々の亡骸を飛び越えて妖々魔のもとへ駆け出した。

「桃姫殿、おぬしの妖心斬。確かに、妖々剣術奥義として相応しいものでござった」
「師匠のおかげです……師匠のおかげで、私強くなれました……!」

 妖々魔と桃姫の師弟が互いにその労をねぎらっているなか、動き出した鵼狒々に雉猿狗だけが気づいた。

「……っ」
「バジャジャ……!」

 寸断された鵼狒々の左半身が動き、拳をググッと握ると、真ん中の口が声を上げ、右半身の目がじろりと桃姫を睨んだ。

「神術──爆裂轟雷ッッ!!」

 天に向けて宣言した雉猿狗が人差し指を夜空に上げ、そして振り下ろして鵼狒々の体に向ける。
 その瞬間、雨雲から発せられた稲妻の一本が鵼狒々の体目掛けてドゴォォオオン──と降り注いだ。

「……オレ様の、わざ……取るんじゃ……ねェ……」

 鵼狒々の右半身が恨めしそうに声を上げる。そして、鵼狒々は白目を向きながら轟々と赤い炎に包まれた。

「……雉猿狗っ」
「雉猿狗殿……」
「大丈夫です。もう済みました」

 桃姫と妖々魔が雉猿狗と燃え上がる鵼狒々の姿を見て声を出すと、雉猿狗は太陽のほほえみで二人に言って返した。
 そして、桃姫と雉猿狗、妖々魔は浮き木綿に乗ってぬらりひょんの館に帰還すると夜狐禅が今にも泣きそうな顔で三人の無事の帰りを祝福するのであった。
 それから一月、桃源郷と桃月の二刀流となった桃姫は妖々魔とさらなる妖々剣術の研鑽に励み、妖々魔ですらも到達し得ない高みにまで桃姫は到達していた。

「桃姫殿、某を討ち取った若い女武者の話、覚えているでござるか……?」

 鍛錬の終わりに妖々魔は中庭にて桃姫に語りだした。

「はい。伊達の女武者、ですよね」
「いかにも。して、某は思うでござる。もしやすれば、あの若き伊達の女武者とそなたとが相まみえる日が来るやもしれんと……いや、日夜強くなっていくそなたの姿を見ていると不思議とそのような予感がするのでござるよ……」

 妖々魔はそう言うと、面頬の隙間から覗く赤い目を穏やかに輝かせた。

「桃姫殿、その折にはぜひ、妖々剣術をそやつに味あわせてやってほしいでござる」
「はい……! 妖々剣術の強さ、証明してみせます」

 桃姫が笑みを浮かべて力強く言って返すと妖々魔が深緑の兜を下げて深く頷いた。
 すると、廊下で鍛錬の様子を見ていた夜狐禅が夜空を見上げて声を上げる。

「あっ……頭目様!」

 中庭に向かって降りてくる四枚繋ぎの浮き木綿がスーッと高度を下げて降りてくると、ぬらりひょんが浮き木綿から飛び降りて杖を上げた。

「ご苦労──浮き木綿、解散」

 四枚繋ぎの浮き木綿はぬらりひょんの号令を受けてバラバラにほどけるとそれぞれ四枚の浮き木綿になってふわふわと中庭を飛んでいった。

「頭目様、おかえりなさいませ!」
「うむ。それで、わしが留守の間、何も問題なかったじゃろ?」

 夜狐禅がぬらりひょんの帰還を歓待すると、ぬらりひょんは飄々とした顔でそう言って返す。
 その言葉を聞いた夜狐禅と桃姫が目を合わせ、互いに苦笑いの表情を浮かべた。
 その様子を見ていた妖々魔がぬらりひょんに声をかけた。

「頭目殿、某、本日で館を立とうと思うでござる」
「……えっ」

 妖々魔の言葉を聞いて驚きの声をあげたのは桃姫であった。

「その実、某は頭目殿の帰りを待っていたでござるよ……なにせ、桃姫殿に教えることはもう何もござらんかったからな」
「……師匠」
「桃姫殿、そなたが気づいているかいないのかは別として、そなたはとうに某の強さを超えてござるよ」

 妖々魔は桃姫にそう告げると自身の武者鎧に付けられた赤い飾り紐を抜き取り、桃姫に手渡した。

「……我が弟子、桃姫殿。そなたの免許皆伝を認める──妖々剣術の使い手としてこれからも精進するでござる」
「……はい、師匠」

 桃姫は妖々魔から受け取った赤い飾り紐を自身の長くなった桃色の髪を束ねて縛ることに使った。

「それから、頭目殿。約束通り、妖刀を一振り、置いていくでござる」

 妖々魔はぬらりひょんを見ると、大中小の妖刀のうち、大刀である妖刀"夜桜"を赤鞘ごと腰から抜き取ってぬらりひょんの前に差し出した。

「よいのか、夜桜はおぬしの三振りの妖刀のなかで一番の大業物じゃぞ」

 夜桜を受け取ったぬらりひょんはずしりと来る重さと妖刀ゆえの禍々しさを感じ取りながら言葉を発した。

「某、妖々剣術を桃姫殿に伝授し終えて、肩の荷がスッと降りた気分でござる。某が妖怪ではなく亡霊であったならば今この瞬間に成仏して、跡形もなく消え去っていたところでござろうな、はっはっは」

 妖々魔はそう言って笑うとぬらりひょんに背を向けた。

「そんな軽やかな気分となった某にとっては、その大業物である夜桜を持ち続けるのはちと荷が重いでござる。ゆえにこの館に置いていくことにしたでござるよ……ああ、身が軽い軽い」
「……妖々魔様」

 そう言って中庭を去っていこうとする妖々魔の背中に駆け寄った夜狐禅が声をかけた。

「これから何処に向かうおつもりですか?」
「……そうでござるな……では、北の大地、蝦夷へでも参ろうか。猫麿殿が向かった北の大地……頭目殿が頭が上がらぬと言うほどの偉大なる妖怪女王、カパトトノマト殿にも一目お会いしたい所存でござる」

 妖々魔と夜狐禅はそう言って中庭を離れていくと、桃姫が遠ざかる妖々魔に向かって大きな声を発した。

「師匠ッ! またいつか必ずお会いしましょう……! ありがとうございました!」

 弟子の感謝する声に妖々魔は手を振って返すとぬらりひょんの館から退館したのであった。
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