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第二幕 斬心 -Heart of Slashing-
18.天照大御神
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"心"から叫んだ桃姫の全身から"白い熱気"があふれ出ると、一歩、一歩、先程より遥かに早く、力強く歩を進めていく。
その小さな体からは想像できないような力で、少女とは思えぬ決死の形相で、一歩、一歩、死にものぐるいで一心不乱に登りつめていく。
残り300段、残り100段、どんどんと本殿の姿があらわになっていき、そして、最後の一段を登りきって古びた赤い鳥居をくぐったところで桃姫はどさっと倒れ込んだ。
「……ハァ……ハァ……ハァ……」
桃姫の体から"白い熱気"が霧散していく。そして、豪華で大きい拝殿より遥かに地味で小さな本殿の姿をじっと見た。
これが、死の淵に立たされながら"千歩階段"を登り、追い求めて辿り着いた本殿の姿であった。
そのあまりにも質素な姿に満身創痍の桃姫は、ふっとおかしさすらわいてきて笑みをこぼした。
「──桃姫ちゃん、あと少しだよ」
そんな桃姫の耳元におつるの優しい声が届き、桃姫は顔を上げた。
おつるが穏やかなほほえみを浮かべながら桃姫を見下ろしていた。
「……うん……おつるちゃん……最後まで……応援してくれる……?」
「──がんばれ、がんばれ、桃姫ちゃん」
「……ははは……元気出た」
おつるの能天気で優しすぎる声音に桃姫は思わず笑ってしまい、そして思ってたことを言葉に漏らした。
「……おつるちゃん……私、おつるちゃんに……会いたいよ……」
「──うん……会おうね。いつか、会おうね。桃姫ちゃん」
「……がんばったら……会える……?」
「──うん。だから、今は立って、桃姫ちゃん──」
桃姫に向かって差し伸ばされるおつるの小さな手。その手を握って、雉猿狗を背負った桃姫がグッと立ち上がる。
「──ぐ、うおおおお……ッッ!!」
本殿に向かって怒声にも似た声を発しながら桃姫が参道を歩く。
そして、ついに、桃姫は本殿の前へと辿り着くのであった。
「……ハァ……ハァ……祈るよ……祈る……雉猿狗。祈るからね……」
桃姫は雉猿狗を背中から降ろすと、本殿の扉に向かって、二礼二拍手をした。
そして、着物の胸元に手を差し入れて河童の形代を取り出すと、両手でギュッと握りしめて目を固く閉じて祈願した。
「日ノ本最高神で御わせられる天照大御神様。桃太郎の娘、桃姫。いま、こうして"千歩階段"を登りきり、河童の形代を届けに参りました。よろしければ、大雨を止め、大風を止め、天を晴れさせてくださいませ。なにとぞ……なにとぞ……」
桃姫は心の中で強く念じ、お願いします、雉猿狗を助けてください、お願いします……と繰り返した。
不意に、桃姫は辺りがシンと静まり返っていることに気づいた。
いつからかはわからない。
目を閉じてあまりにも強く念じすぎていたため、そもそも雨風の音が桃姫の耳には入っていなかったのだ。
「…………」
桃姫は恐る恐る目を開く。そうすると、質素な本殿の木製の扉がゆっくりと開いていくことに気づいた。
そして、中から姿を表したのは黄金に装飾された鏡。その鏡に桃姫の顔が映るとカッとまばゆい白い極光が辺りを包みこんだ。
「──桃姫、ご苦労さまでした。そなたの願い、確かに天界まで届きました」
桃姫の頭の中に響く声。それは、天女の鳴らした鈴のような、この世ならざる清浄なる声音であった。
「……天照様」
鏡から顔を上げ、空を見上げた桃姫が声に漏らす。
分厚い曇天を割って黄金の光の柱が本殿の鏡へと降り注ぎ、そして、白く極光する天衣をまとった見目麗しい黒髪の女神、天照大御神がゆっくりとこちらへ舞い降りてくるのであった。
「──雉猿狗、いつまで寝ているのです。目覚めなさい」
「……ん、んん」
黄金色の瞳をした天照が言うと、桃姫の足元に寄り掛かるように倒れていた雉猿狗の顔色が良くなっていく。
そして雉猿狗は静かに目を開いて立ち上がると、天から姿を現した天照に対して濃翠色の瞳を大きく見開いて口を開いた。
「……あ、あ……天照様……!」
そんな雉猿狗の様子を見て、天照はくすりとほほえむといよいよ桃姫と雉猿狗の手の届く距離まで降りてきた。
「──犬、猿、雉の姿のほうが私には見慣れておりますが、雉猿狗としての姿も"様"になってまいりましたね」
天照がそう言うと、雉猿狗はただ平伏したと言うばかりに頭を深々と下げた。
「──日ノ本最高神として、現し世に強く干渉することは許されませんが、二人の苦難の旅路に対して神の御業を授けましょう」
「──雉猿狗、こちらへ」
天照が雉猿狗の顔に手をかざすと、雉猿狗の濃翠色の瞳に波打つような緋色の波紋が宿った。
「──神術"御雷光(ごらいこう)"……苦難の旅路の折、有効にお使いなさい、雉猿狗」
「はい……有難き、神の御業……」
雉猿狗は天照に感服しながらお辞儀をした。
「あの……天照様、一つだけおたずねしてもよろしいですか」
桃姫はそんな様子を見届けたあと、天照に怖ず怖ずと声をかけた。
「──はい。申し上げなさい、桃姫」
「ありがとうございます……あの、その……父上と、母上……おつるちゃんは、天界で幸せに暮らしていますか……?」
快く了承した天照に桃姫は、あの村での惨劇以来、ただ一つだけ聞きたかった質問を投げかけた。
「──はい」
太陽神としての暖かなほほえみでしっかりと頷いて答えた天照。
「……よがっだぁ……」
その返答を聞いた瞬間、桃姫の濃桃色の瞳にぶわっと大粒の涙が浮かび、桃姫は感嘆の声を漏らした。
「──天界より二人の旅路、皆が見護っておりますよ。臆さず前に進みなさい、桃姫、雉猿狗。この天照が、祝福しましょう」
天照はそう言って天に登っていくとバァッと黄金の光の粒子となって曇天を盛大に吹き飛ばした。
そして、空は晴れ渡り、太陽が"千歩階段"の頂上に立つ桃姫と雉猿狗の姿を祝福して照らし出した。
その小さな体からは想像できないような力で、少女とは思えぬ決死の形相で、一歩、一歩、死にものぐるいで一心不乱に登りつめていく。
残り300段、残り100段、どんどんと本殿の姿があらわになっていき、そして、最後の一段を登りきって古びた赤い鳥居をくぐったところで桃姫はどさっと倒れ込んだ。
「……ハァ……ハァ……ハァ……」
桃姫の体から"白い熱気"が霧散していく。そして、豪華で大きい拝殿より遥かに地味で小さな本殿の姿をじっと見た。
これが、死の淵に立たされながら"千歩階段"を登り、追い求めて辿り着いた本殿の姿であった。
そのあまりにも質素な姿に満身創痍の桃姫は、ふっとおかしさすらわいてきて笑みをこぼした。
「──桃姫ちゃん、あと少しだよ」
そんな桃姫の耳元におつるの優しい声が届き、桃姫は顔を上げた。
おつるが穏やかなほほえみを浮かべながら桃姫を見下ろしていた。
「……うん……おつるちゃん……最後まで……応援してくれる……?」
「──がんばれ、がんばれ、桃姫ちゃん」
「……ははは……元気出た」
おつるの能天気で優しすぎる声音に桃姫は思わず笑ってしまい、そして思ってたことを言葉に漏らした。
「……おつるちゃん……私、おつるちゃんに……会いたいよ……」
「──うん……会おうね。いつか、会おうね。桃姫ちゃん」
「……がんばったら……会える……?」
「──うん。だから、今は立って、桃姫ちゃん──」
桃姫に向かって差し伸ばされるおつるの小さな手。その手を握って、雉猿狗を背負った桃姫がグッと立ち上がる。
「──ぐ、うおおおお……ッッ!!」
本殿に向かって怒声にも似た声を発しながら桃姫が参道を歩く。
そして、ついに、桃姫は本殿の前へと辿り着くのであった。
「……ハァ……ハァ……祈るよ……祈る……雉猿狗。祈るからね……」
桃姫は雉猿狗を背中から降ろすと、本殿の扉に向かって、二礼二拍手をした。
そして、着物の胸元に手を差し入れて河童の形代を取り出すと、両手でギュッと握りしめて目を固く閉じて祈願した。
「日ノ本最高神で御わせられる天照大御神様。桃太郎の娘、桃姫。いま、こうして"千歩階段"を登りきり、河童の形代を届けに参りました。よろしければ、大雨を止め、大風を止め、天を晴れさせてくださいませ。なにとぞ……なにとぞ……」
桃姫は心の中で強く念じ、お願いします、雉猿狗を助けてください、お願いします……と繰り返した。
不意に、桃姫は辺りがシンと静まり返っていることに気づいた。
いつからかはわからない。
目を閉じてあまりにも強く念じすぎていたため、そもそも雨風の音が桃姫の耳には入っていなかったのだ。
「…………」
桃姫は恐る恐る目を開く。そうすると、質素な本殿の木製の扉がゆっくりと開いていくことに気づいた。
そして、中から姿を表したのは黄金に装飾された鏡。その鏡に桃姫の顔が映るとカッとまばゆい白い極光が辺りを包みこんだ。
「──桃姫、ご苦労さまでした。そなたの願い、確かに天界まで届きました」
桃姫の頭の中に響く声。それは、天女の鳴らした鈴のような、この世ならざる清浄なる声音であった。
「……天照様」
鏡から顔を上げ、空を見上げた桃姫が声に漏らす。
分厚い曇天を割って黄金の光の柱が本殿の鏡へと降り注ぎ、そして、白く極光する天衣をまとった見目麗しい黒髪の女神、天照大御神がゆっくりとこちらへ舞い降りてくるのであった。
「──雉猿狗、いつまで寝ているのです。目覚めなさい」
「……ん、んん」
黄金色の瞳をした天照が言うと、桃姫の足元に寄り掛かるように倒れていた雉猿狗の顔色が良くなっていく。
そして雉猿狗は静かに目を開いて立ち上がると、天から姿を現した天照に対して濃翠色の瞳を大きく見開いて口を開いた。
「……あ、あ……天照様……!」
そんな雉猿狗の様子を見て、天照はくすりとほほえむといよいよ桃姫と雉猿狗の手の届く距離まで降りてきた。
「──犬、猿、雉の姿のほうが私には見慣れておりますが、雉猿狗としての姿も"様"になってまいりましたね」
天照がそう言うと、雉猿狗はただ平伏したと言うばかりに頭を深々と下げた。
「──日ノ本最高神として、現し世に強く干渉することは許されませんが、二人の苦難の旅路に対して神の御業を授けましょう」
「──雉猿狗、こちらへ」
天照が雉猿狗の顔に手をかざすと、雉猿狗の濃翠色の瞳に波打つような緋色の波紋が宿った。
「──神術"御雷光(ごらいこう)"……苦難の旅路の折、有効にお使いなさい、雉猿狗」
「はい……有難き、神の御業……」
雉猿狗は天照に感服しながらお辞儀をした。
「あの……天照様、一つだけおたずねしてもよろしいですか」
桃姫はそんな様子を見届けたあと、天照に怖ず怖ずと声をかけた。
「──はい。申し上げなさい、桃姫」
「ありがとうございます……あの、その……父上と、母上……おつるちゃんは、天界で幸せに暮らしていますか……?」
快く了承した天照に桃姫は、あの村での惨劇以来、ただ一つだけ聞きたかった質問を投げかけた。
「──はい」
太陽神としての暖かなほほえみでしっかりと頷いて答えた天照。
「……よがっだぁ……」
その返答を聞いた瞬間、桃姫の濃桃色の瞳にぶわっと大粒の涙が浮かび、桃姫は感嘆の声を漏らした。
「──天界より二人の旅路、皆が見護っておりますよ。臆さず前に進みなさい、桃姫、雉猿狗。この天照が、祝福しましょう」
天照はそう言って天に登っていくとバァッと黄金の光の粒子となって曇天を盛大に吹き飛ばした。
そして、空は晴れ渡り、太陽が"千歩階段"の頂上に立つ桃姫と雉猿狗の姿を祝福して照らし出した。
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