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第二幕 斬心 Heart of Slashing

14.河童の形代

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「いじわるして、ごめんなさい……」
「僕の尻子玉、返してください……」
「石を投げてしまって、ごめんなさい……」

 桃姫と雉猿狗に河童の領域まで連れてこられた子供たちはカシャンボの前でたまこに謝罪した。

「──どうだべ、たまこ。がきんちょども、許すだァか?」
「許すけろ……あたいが突然声をかけて、びっくりさせちゃったのも悪かったけろ」

 台座の上に座ったカシャンボがたまこに問いかけると、たまこは子供たちにそう告げた。

「──たまこがそげなこと言うなら、おらだってこれ以上怒る必要はねェべな」

 そう言ってすべてを見届けたカシャンボはぐるりと後ろを向くと、背後に隠してあった箱を手に持って振り返る。
 そして箱の蓋を開けると、子供たちの前に置いた。

「──ほれ、がきんちょども! 好きな尻子玉さ拾って、さっさと自分の尻の中に入れるだァよ!」

 石畳の上に置かれた箱の中には、子供たちの人数分5個詰め込まれた黄色くて丸い尻子玉があった。
 子供たちはそれを見て困惑しながら言葉を発した。

「ぼ、僕のはどれだろう……?」
「どれが自分のか……」
「──どれでもいいべなっ! さっさとしないと全部おらが喰っちまうだァよ!」

 戸惑う子供たちに向けてカシャンボがカエルの目を見開いて一喝すると、子供たちは慌てて箱の中の尻子玉を手に取った。

「……ひぃっ! こ、これでいいです!」
「僕はこれっ!」

 子供たちは尻子玉を手に取ると、それを自身のお尻に充てがった。

「うう……入らないぃ!」
「──もっと強く押し込むだァよ! 男だべな!」
「ん、んぎぃ! はい……ったぁ!」

 雉猿狗が桃姫の目を手で隠しながら村の子供たちは尻子玉を自身のお尻に取り返していった。

「みんなは、あたいが村まで連れて行くけろ」
「うん、ありがとう……いじめてしまって、ごめんね」
「あたいも驚かせてしまって、ごめんなさいけろ」

 たまこは子供たちに村までの道案内を買って出ると、子供たちは改めてたまこに謝罪し、そして仲良く鳥居をくぐって河童の領域を出ていった。

「──おめぇら、あんがとだァよ! このまま事がデカくなったら河童と村の戦いになるとこだったべな!」
「そんな心配するなら、すぐに返せばよかったのに」

 カシャンボの言葉に対して桃姫が呆れたように声を出した。

「──河童にもメンツっちゅーもんがあるんだァよ! そんな簡単には引けんべな! それに今回の一件で、河童をいじめたらどうなるか、村の連中が理解しただけでもよかっただァよ!」

 カシャンボが言うと、他の河童たちもきゅうりを食べながら頷いた。

「問題が解決したようで何よりです」

 雉猿狗が微笑みながら応えるとカシャンボは大きな口を開いた。

「──わしら河童は、義理堅い妖怪。おめェらの力になれることがあるなら、何でもわしに言うだァよ」
「あの、それならば私たちを──」

 カシャンボの言葉を聞いた雉猿狗は本来の目的を告げようとすると隣りに立つ桃姫がぐっと雉猿狗の袖を引っ張って止め、口を開いた。

「雉猿狗。やっぱり私、河童さんたちに迷惑かけたくないよ……」
「……桃姫様?」
「──……カシャンボ様、私たちはもう行きます」

 桃姫はカシャンボを見上げるとそう言った。雉猿狗は桃姫の行動に困惑した。
 天照大御神によって加護されている河童の領域で暮らすことが目的でここまで足を運んだはずであったのだ。

「……実は、私たちは鬼に追われているんです。河童さんや近くの村を巻き込むわけには行きません」

 桃姫の言葉に河童たちがざわめき出し、カシャンボがカエルの目を細めながら問いかけた。

「──鬼……? なして、おめぇらが鬼に追われるようなことがあるんだァよ?」
「……それを話せば河童さんたちを巻き込んでしまうから……」
「──娘っ子! おらたちにここまで話しといてそれはねェべな! さっさと言うんだァよ!」

 桃姫に対して業を煮やしたカシャンボが声を荒げる。

「……桃姫様。あとは私が説明します」
「……雉猿狗」

 雉猿狗は桃姫の意思を汲むと、カシャンボを見上げて話し出した。

「こちらに居られる桃姫様は、鬼退治の英雄である桃太郎の一人娘。それゆえ、鬼は彼女の命を狙っているのです」
「──なんと……! それを早く言うべな! 鬼は妖怪の宿敵! 桃太郎の鬼退治の話は、人間よりも妖怪たちのほうがよォく知っとるくらいだァよ!」
「そうなんだ……!」

 カシャンボの言葉に桃姫が濃桃色の瞳を大きく見開いて驚きの声を上げた。

「──なるほどだァよ……そいつは、ここにいられたら困るべな……なんせ、この河童の領域の結界は対人間のものだァよ! 力のある鬼なら容易に入り込めるんだァよ……!」

 カシャンボは困ったように眉間を寄せると、うんうんうなりながら思案をした。

「──……うーん! しかし、ぬらりひょんの館ならば……どうだべな?」
「ぬらりひょん……ですか」

 カシャンボが発した言葉を雉猿狗が繰り返した。

「──ああ、おらの旧友だァよ! 奥州の森にぬらりひょんの館があんだべな! その館にはぬらりひょんに許された者しか入れない、鬼ですら立ち入れない強力な結界が張られてるんだァよ!」
「……それは私たちにとって理想的な場所ですが……しかし、見ず知らずの私たちが館に入る許可は得られるのでしょうか……?」
「──おめぇらがぬらりひょんに気に入られたならば、館に迎え入れられるだァよ! ゲロっゲロっゲロっ!」

 首をかしげながらカシャンボに問いかけた雉猿狗に対して、カシャンボはガラガラした低い声で笑って返した。

「──おらの知ってる限り、ぬらりひょんは悪いやつじゃあないだァよ! 訪ねてみる価値はあると思うべな!」
「わかりました。いずれにせよ、私たちには行く宛がありません。日ノ本各地を延々と旅するわけにもいきませんし……ぬらりひょんの館がある奥州を目指してみようと思います」
「──ああ、それがいいべな! そうだ……! おらがぬらりひょんに紹介状を書いてやるだァよ!」

 カシャンボはそう言うと、ぐるりと後ろを振り返って筆で書をしたためた。そして振り返ると一枚の紹介状を雉猿狗に差し出す。

「──ほれ! こいつがあればぬらりひょんと話が早くつくだァよ! 信用できる二人だって書いておいたべな!」
「カシャンボ様。お心遣い……感謝いたします」

 雉猿狗は感謝の言葉を述べてカシャンボから紹介状を受け取ると、着物の帯の中にスッと差し入れた。

「──それからもう一つ、おめぇらに渡すものがあるだァよ……これだ、べろォん──」

 カシャンボは大きな口をガパァ……と開くと黄色い舌先に巻かれた小さな木像を桃姫の前に差し出した。

「……う……!」
「──ほれ……さっさと受け取るだァよ……」
「……はい」

 桃姫は気後れしながらも、木像に手を伸ばしてカシャンボの舌先から受け取った。カシャンボの伸ばされていた舌は口の中に戻っていき大きな口が閉じられる。

「……なんでしょうか、これは」

 雉猿狗が桃姫が手にした謎の木像を見ながら疑問の声を漏らした。

「──そいつは河童の形代だァよ。天照大御神様に対しての河童たちの祈りが詰まってるんだべな」
「……っ!」

 カシャンボの言葉を聞いた雉猿狗がハッと驚いた。
 桃姫が手に持つ河童の形代は、焦げ茶色に縮んだ河童の木乃伊のようにも見えた。
 しかし、それは河童の領域の霊木を削って作られた、両手を合わせて拝んでいる河童の木像であった。

「──おめぇら奥州に行くなら伊勢を通るだべな。そんなら、その河童の形代を天照神宮の本殿に捧げてみるだァよ」
「……そうすると……どうなるの?」

 桃姫はカシャンボを見上げて問いかけた。

「──捧げてみてからのお楽しみだァよ……ゲロっゲロっゲロっゲロっ!」

 カシャンボは愉快そうに笑い、桃姫は手に持った河童の形代をじっと見つめるのであった。
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