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第二幕 斬心 -Heart of Slashing-
7.獣心閃
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「──面白いでしょう? 宿主が女の場合はカブトに、男の場合はクワガタに似るのよ。鬼醒虫って不・思・議……ねぇ、そうは思わない?」
「……ぐ……グッ……!」
鬼蝶が奏でる篠笛の音を合図に、外から飛び込んで来た鬼虫によって布団の上に押し倒される状態となった雉猿狗。
人間大の赤いクワガタに似た鬼虫が左右に開いた大きなアゴで雉猿狗の頭を押し潰そうと迫る。
それに対して、左手に握った桃源郷と籠手を付けた右手とで必死にアゴを閉じさせまいと耐える雉猿狗は、その赤い異様を見て播磨で遭遇した鬼虫のことを思い出した。
「お前が、播磨の虫を作ったのか……! 桃姫様の、母君の亡骸を! "冒涜"して……!」
「ふふふ、あれをやったのは私じゃないわ。それに、"冒涜"だなんて人聞きの悪いことを言わないで──これは"再利用"よ」
「──ふざけるなッッ!!」
雉猿狗は叫び藻掻くが、しかしこの鬼虫は男を元にして作られているというだけあって重さと力も相当にしてあり、押し返すのは困難を極めた。
「それじゃあ、私は桃姫ちゃんと遊んでくるから、あなたはその醜い虫ちゃんと遊んでいなさい──よくお似合いよ、低俗な獣の霊らしくてね」
「……待て……待てぇッ!!」
「あはははははっっ!!」
叫ぶ雉猿狗の声も虚しく、鬼蝶は笑いながら崩れた外壁の縁に踊り出ると、隣接する家屋の屋根に向かって軽々と舞うように飛び移りながら移動していった。
「──クソぉッ! くそっ! こんな! 虫ごときに! 私がッ!」
雉猿狗は何とか抜け出そうとするが、しかし抑えている腕の力を弱めればアゴが閉じて万力のような力によって頭が潰されてしまうだろう。
この均衡状態は、絶妙な力加減の上で成り立っていることが雉猿狗の体を通して伝わってきた。
この状況を抜け出すためには、誰か第三者の助けが必要なのは疑いようがなく、雉猿狗は情けないと思いながらも叫んだ。
「誰か……! 誰かァッ!! 助けてくださいッッ!!」
雉猿狗の助けを求める声は、丁度大通りを走っていた会合衆の若い男の耳に届いた。
会合衆の男は、声のした方向、宿屋の二階を見ると叫ぶ。
「雉猿狗さんかい……!?」
会合衆の男は一階が燃えていることも気にかけず宿屋に入り階段を駆け上がって二階にいる雉猿狗の元へと駆けつけた。
「──雉猿狗さんッ!」
「──会合衆のかた!」
布団の上に押し倒されている雉猿狗を見た会合衆の男は咄嗟に刀を構えると、鬼虫に向かって有無を言わさず斬り掛かった。
「化け物っ! 雉猿狗さんから離れろッッ!!」
「キィイイイイッッ!!」
背中を斬りつけられた鬼虫は叫びながら後ずさり、雉猿狗の体から離れる。雉猿狗は立ち上がり、会合衆の若い男の隣に並んだ。
「雉猿狗さん、ご無事ですか!?」
「はい! 本当に助かりました……!」
雉猿狗のことを気遣う会合衆の男に感謝の言葉を述べると、雉猿狗は桃源郷を構え直してクワガタ型の鬼虫に向けた。
「一体何なんだ、こいつは……! こんな虫の形をした化け物が都のいたるところに……!」
「まさか……他にもいるというのですか!?」
雉猿狗は驚いて聞き返すと会合衆の男は頷いて返した。
「男ども十人掛かりでなんとか一匹倒したのですが、そのあとも次々と湧いて出てきて……都は火の海になるし……一体何が起きて──」
「──キシャアアアッッ!!」
「──伏せてッッ!!」
奇声を上げながら跳ねるように会合衆の男に向かって飛びかかって来た鬼虫に対して、雉猿狗は桃源郷を横に倒すと、全力で薙ぎ払うように振り払った。
「──獣心閃ッッ!!」
桃源郷の銀桃色に輝く長い刀身が、咄嗟に伏せた会合衆の男の頭上をブオンッと通り過ぎると、勢いそのまま飛びついてくる鬼虫の胴体を上下に寸断した。
ドサッドサッと鬼虫の上半身と下半身が畳の上に落下し、切断面から黒い体液がどろどろとあふれ出した。
「……ひ、ひっ」
それを見た会合衆の若い男は引きつった声を上げて尻もちをついて後ずさる、そして怖ず怖ずと雉猿狗の姿を見上げた。
刀身についた黒い血を振り払った雉猿狗は会合衆の男を見下ろすと、優しく声を掛けるように言った。
「──助けて頂きありがとうございました。会合衆の皆さんのご無事を祈ります」
そう太陽のような微笑みでお辞儀をしながら言ったあとに、雉猿狗は崩れた外壁に向かって駆け出して、大通りへと飛び降りた。
「……ぐ……グッ……!」
鬼蝶が奏でる篠笛の音を合図に、外から飛び込んで来た鬼虫によって布団の上に押し倒される状態となった雉猿狗。
人間大の赤いクワガタに似た鬼虫が左右に開いた大きなアゴで雉猿狗の頭を押し潰そうと迫る。
それに対して、左手に握った桃源郷と籠手を付けた右手とで必死にアゴを閉じさせまいと耐える雉猿狗は、その赤い異様を見て播磨で遭遇した鬼虫のことを思い出した。
「お前が、播磨の虫を作ったのか……! 桃姫様の、母君の亡骸を! "冒涜"して……!」
「ふふふ、あれをやったのは私じゃないわ。それに、"冒涜"だなんて人聞きの悪いことを言わないで──これは"再利用"よ」
「──ふざけるなッッ!!」
雉猿狗は叫び藻掻くが、しかしこの鬼虫は男を元にして作られているというだけあって重さと力も相当にしてあり、押し返すのは困難を極めた。
「それじゃあ、私は桃姫ちゃんと遊んでくるから、あなたはその醜い虫ちゃんと遊んでいなさい──よくお似合いよ、低俗な獣の霊らしくてね」
「……待て……待てぇッ!!」
「あはははははっっ!!」
叫ぶ雉猿狗の声も虚しく、鬼蝶は笑いながら崩れた外壁の縁に踊り出ると、隣接する家屋の屋根に向かって軽々と舞うように飛び移りながら移動していった。
「──クソぉッ! くそっ! こんな! 虫ごときに! 私がッ!」
雉猿狗は何とか抜け出そうとするが、しかし抑えている腕の力を弱めればアゴが閉じて万力のような力によって頭が潰されてしまうだろう。
この均衡状態は、絶妙な力加減の上で成り立っていることが雉猿狗の体を通して伝わってきた。
この状況を抜け出すためには、誰か第三者の助けが必要なのは疑いようがなく、雉猿狗は情けないと思いながらも叫んだ。
「誰か……! 誰かァッ!! 助けてくださいッッ!!」
雉猿狗の助けを求める声は、丁度大通りを走っていた会合衆の若い男の耳に届いた。
会合衆の男は、声のした方向、宿屋の二階を見ると叫ぶ。
「雉猿狗さんかい……!?」
会合衆の男は一階が燃えていることも気にかけず宿屋に入り階段を駆け上がって二階にいる雉猿狗の元へと駆けつけた。
「──雉猿狗さんッ!」
「──会合衆のかた!」
布団の上に押し倒されている雉猿狗を見た会合衆の男は咄嗟に刀を構えると、鬼虫に向かって有無を言わさず斬り掛かった。
「化け物っ! 雉猿狗さんから離れろッッ!!」
「キィイイイイッッ!!」
背中を斬りつけられた鬼虫は叫びながら後ずさり、雉猿狗の体から離れる。雉猿狗は立ち上がり、会合衆の若い男の隣に並んだ。
「雉猿狗さん、ご無事ですか!?」
「はい! 本当に助かりました……!」
雉猿狗のことを気遣う会合衆の男に感謝の言葉を述べると、雉猿狗は桃源郷を構え直してクワガタ型の鬼虫に向けた。
「一体何なんだ、こいつは……! こんな虫の形をした化け物が都のいたるところに……!」
「まさか……他にもいるというのですか!?」
雉猿狗は驚いて聞き返すと会合衆の男は頷いて返した。
「男ども十人掛かりでなんとか一匹倒したのですが、そのあとも次々と湧いて出てきて……都は火の海になるし……一体何が起きて──」
「──キシャアアアッッ!!」
「──伏せてッッ!!」
奇声を上げながら跳ねるように会合衆の男に向かって飛びかかって来た鬼虫に対して、雉猿狗は桃源郷を横に倒すと、全力で薙ぎ払うように振り払った。
「──獣心閃ッッ!!」
桃源郷の銀桃色に輝く長い刀身が、咄嗟に伏せた会合衆の男の頭上をブオンッと通り過ぎると、勢いそのまま飛びついてくる鬼虫の胴体を上下に寸断した。
ドサッドサッと鬼虫の上半身と下半身が畳の上に落下し、切断面から黒い体液がどろどろとあふれ出した。
「……ひ、ひっ」
それを見た会合衆の若い男は引きつった声を上げて尻もちをついて後ずさる、そして怖ず怖ずと雉猿狗の姿を見上げた。
刀身についた黒い血を振り払った雉猿狗は会合衆の男を見下ろすと、優しく声を掛けるように言った。
「──助けて頂きありがとうございました。会合衆の皆さんのご無事を祈ります」
そう太陽のような微笑みでお辞儀をしながら言ったあとに、雉猿狗は崩れた外壁に向かって駆け出して、大通りへと飛び降りた。
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