桃姫様 MOMOHIME-SAMA ~桃太郎の娘は神仏融合体となり、関ヶ原の戦場にて花ひらく~

羅心@桃姫様&桃姫BLACK

文字の大きさ
上 下
39 / 137
第二幕 斬心 -Heart of Slashing-

7.獣心閃

しおりを挟む
「──面白いでしょう? 宿主が女の場合はカブトに、男の場合はクワガタに似るのよ。鬼醒虫って不・思・議……ねぇ、そうは思わない?」
「……ぐ……グッ……!」

 鬼蝶が奏でる篠笛の音を合図に、外から飛び込んで来た鬼虫によって布団の上に押し倒される状態となった雉猿狗。
 人間大の赤いクワガタに似た鬼虫が左右に開いた大きなアゴで雉猿狗の頭を押し潰そうと迫る。
 それに対して、左手に握った桃源郷と籠手を付けた右手とで必死にアゴを閉じさせまいと耐える雉猿狗は、その赤い異様を見て播磨で遭遇した鬼虫のことを思い出した。

「お前が、播磨の虫を作ったのか……! 桃姫様の、母君の亡骸を! "冒涜"して……!」
「ふふふ、あれをやったのは私じゃないわ。それに、"冒涜"だなんて人聞きの悪いことを言わないで──これは"再利用"よ」
「──ふざけるなッッ!!」

 雉猿狗は叫び藻掻くが、しかしこの鬼虫は男を元にして作られているというだけあって重さと力も相当にしてあり、押し返すのは困難を極めた。

「それじゃあ、私は桃姫ちゃんと遊んでくるから、あなたはその醜い虫ちゃんと遊んでいなさい──よくお似合いよ、低俗な獣の霊らしくてね」
「……待て……待てぇッ!!」
「あはははははっっ!!」

 叫ぶ雉猿狗の声も虚しく、鬼蝶は笑いながら崩れた外壁の縁に踊り出ると、隣接する家屋の屋根に向かって軽々と舞うように飛び移りながら移動していった。

「──クソぉッ! くそっ! こんな! 虫ごときに! 私がッ!」

 雉猿狗は何とか抜け出そうとするが、しかし抑えている腕の力を弱めればアゴが閉じて万力のような力によって頭が潰されてしまうだろう。
 この均衡状態は、絶妙な力加減の上で成り立っていることが雉猿狗の体を通して伝わってきた。
 この状況を抜け出すためには、誰か第三者の助けが必要なのは疑いようがなく、雉猿狗は情けないと思いながらも叫んだ。

「誰か……! 誰かァッ!! 助けてくださいッッ!!」

 雉猿狗の助けを求める声は、丁度大通りを走っていた会合衆の若い男の耳に届いた。
 会合衆の男は、声のした方向、宿屋の二階を見ると叫ぶ。

「雉猿狗さんかい……!?」

 会合衆の男は一階が燃えていることも気にかけず宿屋に入り階段を駆け上がって二階にいる雉猿狗の元へと駆けつけた。

「──雉猿狗さんッ!」
「──会合衆のかた!」

 布団の上に押し倒されている雉猿狗を見た会合衆の男は咄嗟に刀を構えると、鬼虫に向かって有無を言わさず斬り掛かった。

「化け物っ! 雉猿狗さんから離れろッッ!!」
「キィイイイイッッ!!」

 背中を斬りつけられた鬼虫は叫びながら後ずさり、雉猿狗の体から離れる。雉猿狗は立ち上がり、会合衆の若い男の隣に並んだ。

「雉猿狗さん、ご無事ですか!?」
「はい! 本当に助かりました……!」

 雉猿狗のことを気遣う会合衆の男に感謝の言葉を述べると、雉猿狗は桃源郷を構え直してクワガタ型の鬼虫に向けた。

「一体何なんだ、こいつは……! こんな虫の形をした化け物が都のいたるところに……!」
「まさか……他にもいるというのですか!?」

 雉猿狗は驚いて聞き返すと会合衆の男は頷いて返した。

「男ども十人掛かりでなんとか一匹倒したのですが、そのあとも次々と湧いて出てきて……都は火の海になるし……一体何が起きて──」
「──キシャアアアッッ!!」
「──伏せてッッ!!」

 奇声を上げながら跳ねるように会合衆の男に向かって飛びかかって来た鬼虫に対して、雉猿狗は桃源郷を横に倒すと、全力で薙ぎ払うように振り払った。

「──獣心閃ッッ!!」

 桃源郷の銀桃色に輝く長い刀身が、咄嗟に伏せた会合衆の男の頭上をブオンッと通り過ぎると、勢いそのまま飛びついてくる鬼虫の胴体を上下に寸断した。
 ドサッドサッと鬼虫の上半身と下半身が畳の上に落下し、切断面から黒い体液がどろどろとあふれ出した。

「……ひ、ひっ」

 それを見た会合衆の若い男は引きつった声を上げて尻もちをついて後ずさる、そして怖ず怖ずと雉猿狗の姿を見上げた。
 刀身についた黒い血を振り払った雉猿狗は会合衆の男を見下ろすと、優しく声を掛けるように言った。

「──助けて頂きありがとうございました。会合衆の皆さんのご無事を祈ります」

 そう太陽のような微笑みでお辞儀をしながら言ったあとに、雉猿狗は崩れた外壁に向かって駆け出して、大通りへと飛び降りた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...