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第二幕 斬心 Heart of Slashing

5.三つ巴の摩訶魂

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 その頃、桃姫と雉猿狗は宿屋の二階で布団を並べて敷きながら寝る準備をしていた。

「……雉猿狗、本当はお祭りに行きたいんでしょ?」

 ちゃぶ台の前に座り、湯呑みのお茶を飲みながら桃姫が呟くように言った。
 布団を敷き終えた雉猿狗が、木製の格子窓越しに大通りの賑やかな祭りの様子を見ていたからである。

「っ……そんなことありません、桃姫様。雉猿狗はお祭りに行きたいとは断じて思っておりませんよ」
「……思ってくるくせに」

 声をかけられてハッとした雉猿狗が、ふてくされる桃姫をなだめるように言うと、桃姫の隣に座って着物の懐から湯気を立てる紙袋を一つ取り出した。

「じゃーん。見てください桃姫様、これ銅鑼焼きと言うそうです。奥州発祥のお菓子なんだとか」
「……いつの間に買ってたの」

 雉猿狗は宿屋への帰り際に大通りの出店で買ったほかほかの銅鑼焼きを紙袋の中から取り出すと、半分に割って片方を桃姫に差し出した。

「桃姫様は食べたことありますか? 銅鑼焼き」
「……ないけど」

 桃姫は言いながら受け取ると、中にたっぷりと粒あんが詰まった銅鑼型の焼き菓子を見た。

「雉猿狗ももちろん初めて食べますよ。いただきまーす……あむ、あぐ……うん! 美味しいです!」
「いただきます……」

 笑顔で食べる雉猿狗を見てから桃姫も食べだす。よく炊かれた小豆と温かな甘い生地とが口の中に否応なしに幸せを運んだ。

「うん……おいしい」

 桃姫はもぐもぐと咀嚼しながら言うと、雉猿狗は満面の笑みで頷いた。

「ちょっとずつ世界に慣れていきましょう、桃姫様。好きなことをたくさん見つければ、この世は悪いことばかりじゃないって、きっと好きになれるはずです」
「……うん、今日のお祭りは……少しは好き、かな」

 外の大通りから聞こえる祭り囃子を耳にしながら、桃姫は銅鑼焼きの二口目を食べ、お茶をすすった。
 そして残りの銅鑼焼きを口の中に入れ咀嚼して飲み込む。ふうと息を吐いて、隣に座る雉猿狗の顔を見た桃姫。

「雉猿狗も、食べられるようになったんだね……」

 桃姫の言葉を聞いた雉猿狗はきょとんしたあと、微笑みながら返した。

「そうですね。この仮の体を得て半年……少しは人間らしい生活が出来るようになったのかもしれません」

 雉猿狗は目を伏せて感慨深げにそう言うと、ふっと桃姫の手を取った。

「な、なに……雉猿狗?」
「大事なことなので……桃姫様にはお伝えしておこうと思います」
「え……?」

 雉猿狗は左手で自身の着物をはだけると、右手でつかんだ桃姫の手をあらわになった自身の胸の谷間にぐっと押し当てた。

「……っ!?」

 雉猿狗の谷間に押し当てられた桃姫の手は、しかし、その白い肌を"貫通"して雉猿狗の胸の奥深くへと肉体に埋まるように入り込んでいた。

「──桃姫様、感じますか……? これが、雉猿狗の"魂"です」
「……"たま、しい"……?」

 雉猿狗が"魂"と呼んだその存在、熱源を桃姫の指先は、今確かに触れていた。

「私の"魂"、それは──あの三獣の祠に祀られていた、"三つ巴の摩訶魂"なのです」
「……えっ!?」

 桃姫は雉猿狗の言葉を聞いて驚愕し、そして雉猿狗の胸の奥にあの不思議な三つ連なった勾玉の姿を見出した。
 三つ巴の摩訶魂は、不思議な淡い翠色の光を放ち、桃姫の手に太陽の熱を伝えた。

「現世において雉猿狗の体を形成しているのが、"三つ巴の摩訶魂"です。この"魂"が光を失わない限り私は現世に存在し続けることが出来ます」
「雉猿狗……お日様の、熱を感じるよ……」

 桃姫が指先から伝わる心地よい熱に目を細めながら言うと、雉猿狗は微笑み頷いて返した。

「はい、これこそが、天照大御神様の光の熱です。私が太陽から頂いている栄養なんです」

 雉猿狗はそう言うと、桃姫の手を胸元から離して、はだけていた着物を整えた。

「……雉猿狗、大事なことを教えてくれてありがとう」

 桃姫は手の指先にいまだ太陽の熱を感じながら雉猿狗に対して感謝の言葉を述べた。

「桃姫様には知っておいて頂きたかったのです。それに何よりこれは、御館様の天界への強い祈りが叶えた"奇跡"ですから」
「父上の祈りが……そうだよね」
「はい」

 桃姫と雉猿狗が互いに信頼の眼差しで見つめ合い、そして今は亡き桃太郎への想いを馳せていたその時であった──。

「──きゃあッッ!!」
「──桃姫様ッッ!!」

 猛烈な爆発音と大通りから吹き付ける熱風。
 宿屋の二階は激しく揺さぶられ、瞬く間に業火の中に飲み込まれていった。

「──だ……誰ですッ!?」

 雉猿狗は桃姫を胸元に抱きしめながら部屋の隅に移動する。吹き飛ばされた大通りに面した二階の外壁には一人の女の姿があった。

「はァい♪ 桃姫ちゃんと──低俗な獣の霊」

 鬼蝶は左目から赤い炎をゴウゴウと噴き上げながら桃姫と雉猿狗をからかうように手を振って挨拶した。

「久しぶりねぇ、桃姫ちゃん──私のこと、覚えてくれてたかしら?」

 鬼蝶は桃姫に向かってにんまりと陰惨な笑みを浮かべながら話しかけた。
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