桃姫様 MOMOHIME-SAMA ~桃太郎の娘は神仏融合体となり、関ヶ原の戦場にて花ひらく~

羅心@桃姫様&桃姫BLACK

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第一幕 乱心 -Heart of Maddening-

11.謎の老人

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「──ぽーん、ぽーん、ぽーん」

 祠の前で練習を開始してから一時間が経ち、桃姫の蹴鞠遊びは高度化していた。
 蹴鞠を落とさずに連続して蹴り上げて浮かすだけでは飽き足らず、どれだけ高く天まで蹴鞠を飛躍させられるかへの挑戦が始まっていた。

「ぽーん、ぽぉーん、ぽぉおーん」

 桃姫は素足に赤い鼻緒の雪駄を履きながらも器用に蹴鞠を蹴り上げる。
 着実に滞空時間が伸びていった蹴鞠は、一帯の木々の背丈と同じ高さまで上がっていた。

「ぽぉおおーん、ぽぉおおおーん」

 木々の間に広がった青空。千切れ雲がぽつぽつと浮かんだ透き通るような青空に、赤い下地に金色の絹糸で花柄が刺繍された蹴鞠は、気持ちよさそうにゆったりと飛んでいる。
 祠の前から先に行かないという桃太郎との約束を守りつつ、桃姫が空飛ぶ蹴鞠を見て気持ちよくなっていた、正にそのときであった。

「──ピーヒョロロロオー」

 一羽の大きなトンビが蹴鞠目掛けて鳴きながら滑空すると、足爪でムンズと赤い蹴鞠を掴み取んで飛翔していった。

「──ええええええええっっ!!」

 先程まで蹴鞠を見てぽーっとしていた桃姫は、まさかの事態に絶叫すると、思わずトンビを追いかけて走り出した。

「返してええええっっ! 母上から貰った大事な蹴鞠ぃぃいいい!」

 桃姫は両手を空を征くトンビに向かって突き出すと、なりふり構わず絶叫しながら走り、あっという間に祠を通り過ぎて山の奥へと入っていく。

「ピーヒョロロロロオー」

 トンビは大声を出しながら追いかけてくる桃姫の存在に気づいているのかいないのか、気持ちよさそうな鳴き声を上げながら木々の上を羽ばたいて飛翔する。

「──返せええええええっっ!!」

 桃姫は顔を真っ赤にしながら叫び、履いている雪駄の片方を脱いで掴むとトンビに向かって全力で放り投げた。
 しかし、10歳の女児の腕力で投げられた雪駄は、トンビの高さまで届くこともなく、ただ空中に小さな弧を描くだけで終わった。
 カラカラと乾いた音を立てながら峠道に落下した雪駄を見ながら桃姫は両手を地面について泣き出した。

「あああー! なんでええー。あああー!」

 桃姫は先程までの楽しかった1時間を反転して凝縮したかのような強い悲しみに襲われて盛大に泣いた。

「いやだー、あああー! なんでえー!」

 人目の無い山奥で人目を気にせず桃姫が泣いていると、一人の老人が歩み寄ってきた。

「──お嬢ちゃん。もう泣かなくてよろしい」
「……え」

 桃姫がふっと顔を上げて突然の声の主を見ると、その老人は満面の笑みを浮かべながら右手に黄金の錫杖、そして左手に赤い蹴鞠を持っていた。

「あ……え……」

 桃姫が困惑しながら老人が手に持つ赤い蹴鞠を凝視する。それは間違いなく、トンビがかっさらって行った桃姫の蹴鞠であった。

「──ほれ」

 笑顔を浮かべ続ける老人が赤い蹴鞠を桃姫に向けて転がすように投げた。
 桃姫の前に転がってきた蹴鞠を桃姫は両手で大事に掴むと、今度は悲しみではなく感動の涙を流しながらよろよろと立ち上がった。

「え……あ……お、お爺さん……」

 桃姫は老人を蹴鞠越しに拝むように見ながら言うと、老人は少し歩き、落ちていた雪駄を拾い上げた。

「大事なものなのだろ? 失くさないようにせんといかんな。くかかかか」

 そう言って笑った老人は片方裸足になっている桃姫の前に足を通せる向きで雪駄をそっと置く。

「あの……あ……ありがとうございます」

 桃姫は頭を深々と下げて、素足を雪駄に差し入れて履いた。

「構わんさ……人に感謝されることには慣れておる」
「……ありがとうございました」

 老人が笑みを浮かべながら静かに言うと、その老人の言葉に対して何か得も言われぬ不気味さを感じ取った桃姫は自然と涙が止まった。
 そして、再度の礼を言いながら御辞儀をして足早に来た道を戻ろうとして振り返った瞬間だった。
 桃姫は岩のような硬い物体に思い切りぶつかってその衝撃でその場に尻餅をつく。

「う……あっ」

 桃姫はぶつかった岩を見上げて小さく声を漏らした。それは岩ではなく、赤い梵字が書かれた白い布を顔に付けた大男だった。
 灰色の肌をした大男はぜーぜーと呼吸を荒くして肩を揺らしている。そして桃姫はその大男の額から二本の角が伸びているのを見た。

「な……なに……」

 と、桃姫が引きつった顔で振り返って老人に助けを求めると、満面の笑みを浮かべる老人の後ろにもう一体別の灰色肌の大男が立っていた。
 こちらは白い布に書かれている梵字が異なっている上に緑色をしている、更には額から伸びる角の本数も一本であった。

「ああ……怖がらなくていいんだよ。こいつらは大人しいからね。ちょっかいを出さなければ何もしないよ」

 老人は穏やかな声音でそう言うと、桃姫が尻餅をついた拍子に手落として老人の高下駄にぶつかって止まった赤い蹴鞠を拾い上げた。

「今、失くさないほうがいいと言ったばかりだろ、お嬢ちゃん?」

 老人が赤い蹴鞠を差し出し、桃姫に近づいてくる。

「いや……」

 桃姫が老人を拒絶して体を強張らせた瞬間、老人が蹴鞠を手放して桃姫の髪を一房掴み取った。

「桃色の髪の毛……桃の匂い……そうかい、そうかい。お嬢ちゃんが……なあ」
「はな、してっ!」
「おっと……」

 細い目をカッと見開いて鼻を鳴らした老人に対して、桃姫は両手で突き飛ばすように押すと、何とか立ち上がった。
 そして老人に怯えた表情を見せたあとに背を向けると立ちふさがる岩のような大男を見上げた。大男は白い布の隙間から黄色い眼球をギョロリと桃姫に向ける。

「あの……あの……!」
「手を出すな。行かせてやれ」

 老人が命令するように大男に向けて言うと、大男は黙って桃姫の前から移動して道を開けた。
 桃姫はその瞬間に脱兎のごとく走り出して、老人と二人の大男から距離を取ると一瞬だけ振り返って、そしてまた走り出した。

「よもや、こんな山奥で桃の娘に会うとは……いやはや……やはり、桃とわしは深い因縁で結ばれておるのかのう」

 老人は見えなくなっていく桃姫の背中に向けてそう言うと黄金の錫杖を桃姫がぶつかった方の大男に向けて鳴らした。

「さっさと喰え、呼吸を荒くしおってからに」

 老人が言うと、大男は後ろ手に持っていた息の根が止まったトンビの脚を握って眼前に取り出した。
 そして赤い梵字が書かれた白い布の口の部分を黒い舌を伸ばしてめくって、太く尖った歯を見せながらそのままかぶりついた。

「グウー。ウー」

 もう一体の大男が緑色の梵字が書かれた白い布の下からよだれを垂らしながらその様子を見ていた。

「後鬼、喰いたいならば自分で取れ。このトンビは前鬼が自分で石を投げて取った獲物だ」

 老人はそう言うと、足元に落ちている桃姫の赤い蹴鞠を見た。

「──桃の娘。可愛そうだが……仕方あるまいの。今日は、そういう日、なのだから」

 言いながら老人は静かに目を閉じた。
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