桃姫様 MOMOHIME-SAMA ~桃太郎の娘は神仏融合体となり、関ヶ原の戦場にて花ひらく~

羅心@桃姫様&桃姫BLACK

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第一幕 乱心 -Heart of Maddening-

9.おはる姉ちゃん

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 それから1時間が経ち、愛する妻と娘の静かな寝息が聞こえる中──桃太郎は一人、薄暗い天井の木目を険しい眼差しで睨みつけていた──。

「…………」

 青白い月明かりに照らされる天井に、格子窓の模様が映り込み、波のようにゆらゆらと揺れる──その光景は桃太郎にあの日の海を思い起こさせた──。

「──桃ちゃん! 早く来て! ──こっちよ! こっち!」

 眩しい日差しを浴びながら、ハツラツとした少女の声を耳にした10歳の桃太郎は、その声に導かれて白い砂浜を駆け出した。

「──ほらね。ここならまだアサリが取れるのよ」
「……本当だ!」

 水色の着物の裾をまくりあげた少女が草刈り鎌を手にして潮の引いた砂浜の一画を差し示した。
 砂の中には幾つものアサリが顔を覗かせており、秋になってもまだ潮干狩りが出来ることを教えてくれた。

「……おはる姉ちゃんの言った通りだ!」
「──私が嘘ついたことある?」
「……ない! たくさん取って帰ろう! 村のみんな喜ぶよ!」

 桃太郎より6つ年上のおはるが自慢気に胸を張って言うと、桃太郎は濃桃色の瞳を輝かせながら答えて返し、砂浜にしゃがみこんで両手で砂を掘り始めた。
 おはるも桃太郎の隣にしゃがみこむと、小さな草刈り鎌でアサリをほじくり返して桶の中にポイポイと入れていく。
 二人して夢中になってアサリを集めていると、あっという間に桶がアサリで満杯になってしまった。

「おはる姉ちゃん、僕家に戻ってもっと大きな桶を取ってくるよ!」
「──そうね。お願い、桃ちゃん」

 桃太郎はズシッ──と来る重みのアサリが詰まった桶を両手で持ち上げると、落とさないように慎重に砂浜を歩き出し村へと戻っていった。
 そして、家に帰った桃太郎はお婆さんにアサリがたくさん取れたことを伝えると、大喜びしたお婆さんからかつて桃を乗せた大きな洗濯桶を渡されて、今度は全速力でおはるが待つ砂浜に向けて駆け出した。

「──いやッ! 離してッ──イヤァッッ──!!」

 砂浜が近づいてくると、今まで聞いたことのないおはるの甲高い悲鳴が桃太郎の耳に届いた。
 桃太郎は慌てて洗濯桶を放り投げると、アサリが取れる砂浜に繋がる小高い砂丘を両手両足を使って駆け登っていくと、その先に見えた光景に絶句した。

「……ッッ!!」

 紺碧色の肌をした大鬼──その右肩に担がれた暴れるおはるの姿──。

「──悪くない。勝ち気で健康な若い女──温羅様が気に入りそうだ──」
「──いやぁッ! ──誰かぁッ! 助けて──いやァッ!」
「──わめくな、女──」

 大鬼は暴れるおはるの体を筋肉の張った右腕で強く締め付けると、砂浜をドシドシ──と鬼の大足で踏み付けながら立ち去っていこうとする。

「──おはる姉ちゃんッッ──!!」

 思わず絶叫した桃太郎は砂丘を駆け下りると、おはるの元へ一目散に駆け寄った。おはるは叫びながら近づいてくる桃太郎の姿を視界に捉えると涙をたたえた黒い瞳を見開いて叫ぶ。

「──桃ちゃん!? 駄目ッ! 来ちゃだめッ──!」
「──ぬン……? なんだあのガキは──」

 迫って来る桃太郎の姿を横目で見た大鬼は鼻で笑うように言うと、無視を決め込んで再び歩き出した。

「……離せ……! ──おはる姉ちゃんを離せええええッッ!!」

 桃太郎は砂浜に落ちていた草刈り鎌を走りながら拾い上げると、グッ──と固く握りしめた草刈り鎌を大鬼の"ふくらはぎ"目掛けて思いっきり叩きつけた。

「──ああっ!!」

 しかし、10歳の子供が握る錆びた小さな鎌の刃が大鬼の屈強な肌を通るわけもなく、刃が弾かれた勢いで桃太郎は砂浜に激しく尻もちをついた。

「──まったく──この八天鬼・波羅様に楯突くとは──このガキ、よほど死に急いでいるようだな──」

 紺碧肌の大鬼──鬼ヶ島が誇る八天鬼の一体、"波羅"が地鳴りのような低い声を発しながらゆっくりと振り返ると、恐ろしい眼つきで桃太郎を見下ろした。
 その"鬼の睨み"を目にした桃太郎は、全身に身の毛もよだつほどの戦慄が走り、勝手にガタガタと震えだした小さな体を止めることすら出来なかった。

「──桃ぉッッ!! ──逃げて! 逃げなさいっっ!!」
「……あ、ああ……! 姉ちゃん……! おはる姉ちゃん……!」

 肩に担がれたおはるが泣き叫ぶように声を上げながら、両足をバタバタと暴れさせる──震える声を発した桃太郎は、そんなおはるの足から草履が落ちるのを目にしたあと、波羅と視線を合わせた。

「──死ぬるがよい」

 吐き捨てるように呟いた波羅は、握っていた左拳の人差し指をピン──と軽く弾くと、一粒の"水滴"を指先から超高速で撃ち放った。
 ヒュッ──と風切り音を立てながら桃太郎目掛けて飛んで来た水滴は、その喉を難なく貫くと、桃太郎の後方の砂浜に当たって、いくつかの砂粒をパッ──と空中に撒き散らしてから、砂浜に黒く湿った水跡を残した。

「──カハッ──!」

 絶望と激痛に濃桃色の瞳を見開いた桃太郎は、咳と共に大量の鮮血を口から吐き出し、その場にドサッ──と倒れ込んだ。

「──桃ぉぉッッ!! ──いやぁぁぁああっっ──!!」
「──愚かなガキはこうなる運命(さだめ)よ──おい、女──キサマは賢い子鬼を産めよ──ハッハッハッハッ──!!」
「──いやぁぁああ!! ──イヤアアアアアアッッ──!!」

 波羅の笑い声と、おはるの叫び声が砂浜に響き渡り、砂浜に顔を突っ伏した桃太郎は赤く染まっていく視界の中で──チリンと音を立てながら砂を突いた黄金の錫杖を目にした。

「──まったく、悪鬼め──わらべ相手にひどいことをしおるわい──」
「──ッ──カハッ──ごぼッ──」

 特徴的なしゃがれ声──吐血した桃太郎は血に染まった砂から顔を動かして黄金の錫杖を握る白装束の老人を見上げた。

「──苦しいか、桃太郎──ちぃとばかし、辛抱せいよ──」

 満面の笑みを浮かべた白髪の老人は、そう言いながら懐から二枚の黒い呪札を取り出した。

「──ぐッ──ううッ──」

 なぜ老人が自分の名前を知っているのかと桃太郎は疑問に思ったが、それよりも波羅に連れ去られたおはるの安否が気にかかり、桃太郎は一筋の涙を流した。
 その時、老人が右手に持った黄金の錫杖をチリン──と鳴らしたあと、左手に持った呪札を紫光させながら軍荼利明王のマントラを唱え出した。

「──オン──アミリテイ──ウン──ハッタ──」

 老人は紫光する呪札を桃太郎の喉に向けて、スッ──と投げると、二枚の呪札は、桃太郎の首に穿たれた穴の前後にペタリ──と貼り付いてひときわ強く発光したあとに、元の黒い呪札に戻った。

「──今日一日は貼っておくがよろしい──それで怪我は治る──」

 老人が満面の笑みを浮かべながら告げると、桃太郎は困惑した様子で自分の首に貼られたザラザラとした質感の呪札に触れた。

「……あ、ああ……ありがとうございます……ありがとうございます──!!」

 桃太郎はオロオロと上体を起こしながら老人に頭を下げて礼を言った。そしておはるが連れ去られた方角──もはや誰もいない砂浜を見ながら立ち上がった。

「……い、行かなきゃ……おはる姉ちゃん……助けないと──」

 桃太郎がフラフラとした足取りで砂浜を歩き出すと、老人がその形をグッ──と掴んだ。

「──追うことは叶わん。あの鬼は、鬼ヶ島へ行った──」

 老人は白く長い髭を潮風になびかせながら、細めた漆黒の眼で南方に向けて広がる備前の青い海原を見つめた。

「……おに、がしま……?」
「──うむ。常人には立ち寄れぬ、鬼の領域にある絶海の孤島よ──」

 桃太郎の疑問に老人は答えて返すと、桃太郎の顔を見て、その濃桃色の瞳を覗き込むように凝視した。

「──だが、桃太郎よ。おぬしが心の底から鬼を退治したいと願うのならば──話は別じゃ」
「……っ」

 桃太郎は老人の深淵の宇宙すら映し出した漆黒の眼に畏怖の念を覚えて息を呑んだ。

「──どうするよ……"鬼退治"、するか──?」
「……ッ……します……鬼ヶ島へ行って──僕は、必ず鬼退治をしますッッ!!」

 老人の問いかける声。それは、自分の人生を大きく左右する決断を問うているのだと理解した桃太郎は、覚悟の意志を瞳に浮かべると、力強い声で老人に宣言して答えた。

「──よかろう、桃太郎──わしがおぬしの、"御師匠様"になってくれようぞ──」
「──おししょうさま……!」

 老人はそう言って長い白髭を撫でると、桃太郎は嬉々とした眼差しで声を発した。

「──かかかかかっっ──では今日から修行じゃ──修験道らしく、手荒くゆくぞ──桃ッ──!」
「──はいッ──!」

 ──桃太郎は青白い天井を見つめながら、10年前の悲しい出来事……そして、御師匠様との出会いを思い返すと、ようやく眠りにつくことが出来た。
 ──そうして、花咲村の村人全員が眠りにつき、賑やかなこの村がシンと静まり返った丑三つ時──"ホーホー"とフクロウの鳴き声がする花咲山の中腹にて、村の全貌を見下ろして立つ、一人の白装束の老人がいた。

「──この村に来るのは……何十年ぶりになるかのう」

 穏やかな笑みを浮かべた老人が特徴的なしゃがれ声を発すると、手にした黄金の錫杖の金輪を揺らしてチリン──と鳴らした。

「──桃を喰ろうたあの薄汚い老夫婦が死んだというのは、10年前に風の噂で耳にしたが……確か、同じ日に娘が生まれたそうだのう……」

 老人は誰に聞かせるでもなく、祭りのためのやぐらが中央に組み立てられている村の夜景を眺めながら一人、口にする。

「──鬼を退治した日、桃を喰った老夫婦が死んだ日、娘が生まれた日が同じとは──かかかッ、これまた随分と面白いことが起きる日じゃのう──はてさて、それは吉日なのか、それとも凶日なのか──」

 老人はくるりと回って村に背を向けると、漆黒の両眼を細めて、満面の笑みを浮かべながら言った。

「──よもや、桃太郎の命日にもなるとはのう──かかかかかかッッ──!!」

 高笑いした老人は、胸元まで伸びる白い髭を左手で軽く一撫でしてから──チリン、チリン──と右手に持つ黄金の錫杖を鳴らして歩き出し、闇に包まれる木々の中へと姿を消した。
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