桃姫様 MOMOHIME-SAMA ~桃太郎の娘は神仏融合体となり、関ヶ原の戦場にて花ひらく~

羅心@桃姫様&桃姫BLACK

文字の大きさ
上 下
10 / 140
第一幕 乱心 -Heart of Maddening-

9.おつるちゃん

しおりを挟む
 村人が眠りにつき、昼間は賑やかなこの村が静まり返った丑三つ時。
 ホーホーと梟の鳴き声がする村外れの山の中腹にて、村の全容を見下ろしている一人の白髪の老人がいた。

「この村に来るのは……そう、20年ぶりになるかのう」

 穏やかな笑みを浮かべた老人が特徴的なしゃがれ声を発すると、手にした黄金の錫杖の金輪を揺らしてチリンと鳴らした。

「鬼を退治したあの日以来か……桃を喰らったあの薄汚い老夫婦が死んだというのは、10年前に風の噂で耳にしたが……確か、同じ日に娘が生まれたそうだのう……」

 老人は誰に聞かせるでもなく、祭りのためのやぐらが中央に組み立てられている村の夜景を眺めながら一人、口にする。

「鬼を退治した日、桃を喰った老夫婦が死んだ日、娘が生まれた日が同じとは……くかかかッ、これまた随分と面白いことが起きる日じゃのう──はてさて、それは吉日なのか、それとも凶日なのか」

 老人はくるりと回って村に背を向けると、両目を細めて満面の笑みを浮かべながら言った。

「──よもや、桃太郎が死ぬ日にもなるとはのう」

 そう言って浮かべた満面の笑みの細い目の隙間、そこから覗く漆黒の眼光の鋭さは異様であった。
 老人は胸元まで伸びる白い髭を左手で軽く一撫ですると、チリン、チリンと右手に持つ錫杖を鳴らして歩き出し、山の中へと消えていった。

「──桃姫、桃姫……起きなさい、桃姫」
「ん。んん……?」

 小夜の声で目を覚ました桃姫は、寝ぼけ眼と寝癖のついた桃色の髪の毛の状態で上半身を起こした。

「桃姫、もう父上は出ていきましたよ。桃姫も着替えて、お祭りの準備をしないといけないでしょ?」
「ん……お祭り……そうだ……」

 桃姫は下半身を布団に入れたまま眼を擦りながら言うと、櫛を持った小夜が隣にさっと座って、桃姫の髪を手際よく梳き始めた。

「村の人たちに蹴鞠の披露をするんでしょ? だったらちょっとでも練習、しておいたほうがいいんじゃないの?」
「……あっ……うん、そうだね」

 桃姫の長い桃色の髪は小夜の慣れた手捌きによって瞬く間に整えられると、ようやく桃姫は布団から抜け出して着替えを始めた。
 そして、白い寝巻きから萌黄色の着物に着替えると、昨日の御飯の残りで握られたおにぎりを食べる。

「私は祭りで食べる料理の下準備を役場でしないといけないから、桃姫はお祭りが始まる夕方まで遊んでいてね」
「はーい」
「あ、山の方に行っちゃダメよ。鳥居から先には行っちゃダメ。わかった?」
「はーい」

 桃姫は味噌汁を飲みながら答えると、小夜が玄関口に立った。

「それじゃ、母上は先に行くからね」
「いってらっしゃ~い」

 小夜が雪駄を履いて出ていくと、桃姫は手にしていた味噌汁をずずずと一口飲んでから、ちゃぶ台の上に置いて立ち上がった。

「蹴鞠の練習しないと!」

 そう言って、居間の隅に転がっていた赤い絹糸で刺繍された蹴鞠を拾い上げると、雪駄を履いて家の外に出た。

「あら、桃姫様。おはようございます」
「おはようございます、おばさん」

 家を出てすぐ、向かいの家のおばさんに声を掛けられた桃姫は会釈をしながら挨拶して返した。

「今日は桃姫様のお誕生なんだってねぇ。何歳になったのか聞いていいかしら?」

 おばさんは愛嬌のある笑顔を浮かべながら言うと、桃姫は両手の平を前に突き出して拡げてみせた。

「あっ……」

 その拍子に両手で持っていた赤い蹴鞠が地面に落ちて跳ねながら転がっていき、おばさんがあらあらと言いながら笑った。

「それでは、しつれいします」

 桃姫はおばさんに向かって頭を下げると、蹴鞠を追いかけて走り出した。

「転ばないでね~」

 そんな桃姫の背中をおばさんが手を振りながら見送った。

「桃姫様~」

 桃姫が村の端にある桃の木の下で蹴鞠の練習をしていると、声とともに一人の女の子が桃姫に近づいてきた。

「あ、おつるちゃん」

 桃姫がおつると呼んだ女の子は、桃姫と同じ10歳の短く太い眉毛が特徴的なおかっぱ頭で、左の耳元に髪留めの赤いかんざしを差した村の友達だった。

「探したんだよ~、桃姫様がいない~、どこ~って」
「……おつるちゃん」

 木の下にやって来たおつるに桃姫は険しい顔をして言った。

「桃姫様って呼ばないでって、言ったよね……」
「……え」

 おつるは驚いた顔で桃姫の真剣な表情を見た。

「ちゃんって呼んでって、様ってつけないでって、この前に言ったよね」
「……あ」

 おつるは桃姫に言われて、そのことを思い出して声を上げた。そして、ぱっと笑顔を見せて言う。

「桃姫ちゃん。探したんだよ~」
「うん!」

 桃姫も笑顔になると、おつると一緒に笑顔を見せあった。

「おつるちゃん。なんで私を探してたの?」

 桃姫が赤い蹴鞠を地面にだむだむと叩きつけて跳ねさせながら言うと、おつるは人差し指を頬に当てて首を傾けながら口を開いた。

「えーっとー、あっ、ん? あっ、そうだそうだ! 桃太郎様に呼んできてくれって頼まれたんだよ!」

 おつるは言ったあとにハッとした顔を浮かべて桃姫の顔色を伺った。

「あれ……桃太郎様は、様をつけても……いいんだ、っけ……?」
「うん──父上にはつけて」

 おつるが恐る恐る尋ねると、跳ねさせていた蹴鞠をピタッと両手で掴んで止めた桃姫は、さも当然だというように答えた。

「あ、あははは。うん、そうだよね。鬼退治の英雄、桃太郎様には様。当たり前だよね」
「うん」

 おつるがうんうんと納得しながら言うと、桃姫はまた蹴鞠を地面にぶつけて跳ねさせ始めた。

「それでね、えーっと、桃太郎様はやぐらにいるから、早く行ってあげてね。それだけ。じゃ、私は家に帰るから夕方になったらまた会おうね」
「うん。教えてくれてありがとう、おつるちゃん」

 桃姫が言うと、おつるは桃の木の下から離れていき、しばらく歩いてから振り返って桃姫に手を振った。

「桃姫さ──桃姫ちゃん、またね~」
「うんー」

 互いに手を振り合いながら別れると、桃姫はおつるの向かった方向とは異なる村の中央、やぐらが建つ方角に向かって歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...