天照の桃姫様 ～桃太郎の娘は神仏融合体となり関ヶ原の蒼天に咲く～

第一幕 乱心 Heart of Maddening

1.鬼ヶ島

　──日ノ本備前の南方沖合。真紅の太陽に照らされ、赤土と黒岩で築かれた鬼ヶ島の赤い砂浜にて。

「──ギャインッ！」
「……犬ッ！」

　青鬼が振り下ろした金棒の一撃によって白犬の頭蓋骨が盛大に砕かれた。
　耳にしたくない断末魔。それを聞いた桃太郎が叫ぶと背後に迫った赤鬼の金棒の一撃を寸での所で躱す。

「──雉ッ！」

　桃太郎の声を合図に赤備えを装備した緑雉が右脚に括り付けた太刀で青鬼の首を掻き切る。
　その隙に黄装束を身に纏った茶猿が絶命した白犬に駆け寄って両手の数珠を擦り合わせながら高速のマントラを呟いた。

「猿、犬を頼んだ！　──私は赤鬼を殺るッ！」

　気合を入れた桃太郎は、特徴的な銀桃色の長い刃を持つ打刀、桃源郷を低く構えて目を閉じ、深く息を吸う。
　対する赤鬼は発狂したように咆哮しながら金棒を大きく振り上げて、侵略者桃太郎を叩き潰そうと迫った。

「──フッッ！！」

　濃桃色の瞳をカッ──と見開いて一息を発した桃太郎は、低く構えていた桃源郷を素早く振り上げる。
　振り上げるだけではなく、桃源郷を手放して、霧の濃い不気味な色をした鬼ヶ島の宙空に放り投げた。
　赤鬼は思わず足を止めて、弧を描きながら赤い空を舞う桃源郷を見上げた。その瞬間、桃太郎は赤鬼の懐に素早く潜り込んだ。

「──ヤェェェエエエエッッ！！」

　桃太郎は裂帛の声を発しながら脇差、桃月を白鞘から引き抜くと、銀桃色の刃を光らせて赤鬼の分厚い胸板目掛けて斬り上げた。
　桃太郎を遥かに超える体躯を持つ赤鬼である。桃太郎が右腕を伸ばしきってようやく桃月の切っ先が胸元に届く。
　人より遥かに硬い鬼の筋肉を斬り裂く感覚を腕に感じながら、鬼の黒い返り血を顔に浴びた桃太郎は、その桃月すらも手放す。
　そして、赤鬼の前でくるりと背を向けると中空から落ち、赤い砂浜に着く寸前の桃源郷を両手で掴み取って心体を一息に集中した。

「──悪鬼、死すべしッッ！！」

　桃太郎は鬼気迫る顔で叫ぶと、振り向き様に上方に向けて跳躍しながら、桃源郷の長い刃を赤鬼の心臓に突き刺した。
　既に桃月の一撃によって筋肉の鎧を切り開かれていた赤鬼の胸板は、桃源郷の切っ先をズブリ──と飲み込むように受け入れた。
　鬼の心臓は通常の刀では傷を付けることすら叶わない。しかし、桃源郷と桃月は仏の加護を宿した"仏刀"である。
　人を斬るには適さない。しかし、鬼を斬るにはこれしかないという代物であった。
　心臓を一突きにされた赤鬼は、黄色い瞳孔をぐるりと持ち上げ、黒目を向ける。
　次いで、ヌオオオ──と雄牛のような野太くおぞましい声を発すると、飛びついた桃太郎ごと後ろに倒れ込み絶命した。

「──猿、犬はどうした……！」

　赤鬼の死を確認してから桃源郷と桃月を引き抜き、腕で顔についた黒い血を拭った桃太郎が振り返って言うと、金棒で頭蓋骨を砕かれて絶命したはずの白犬がヨロヨロと立ち上がっていた。
　その隣に立つ黄装束の茶猿は、数珠を付けた両手を合わせながら桃太郎にうやうやしくお辞儀をする。

「これで9度目……！　猿の蘇生は9度までだと。御師匠様はそうおっしゃられていた……！」

　白色の軽鎧を着込み、金色の額当てを付けた桃色の髪を持つ桃太郎。
　曼荼羅の描かれた蒼い法衣を着た白犬。
　黄装束をまとい数珠を付けた茶猿。
　武田軍由来の赤備えを着込んだ緑雉。
　現世と思えぬ赤い空の下、桃太郎とそのお供の三獣が鬼ヶ島の上陸に使った船と打ち寄せる赤い波を背にして、残る青鬼に対峙する。
　不気味な赤い世界、故郷の村とは全く違う鬼ヶ島の異様な光景に怯むことなく、桃太郎とお供たちは団結して鬼退治に挑む。
　血を吸ったような不吉な色の赤い砂を蹴り上げて、緑雉の一撃によって斬られた首筋を手で抑えながら怒りの咆哮を放つ青鬼目掛け──。

「──行くぞぉおおッッ！！」

　桃源郷と桃月を両手に構え、決起の声を張り上げる桃太郎とお供の三獣が迫った。