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二章「特別」

20話

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☆☆☆

 施設の中に入ると、予想通り機能は維持されていた。

 しかしその光景は想像していたものとは全く違う。

 僕はてっきり完全自動フルオートマティックの植物工場だと思っていたが、ここは外と同じ環境を再現したような、自然な農園だった。

 視界の果てまでを覆うように茂る緑に茶色い土の大地。

 それは特別に珍しいことではなくなった。今ではどこででも見られる、ありふれた光景だ。

 それなのになぜか、その光景に僕は感動を覚えた。幼い頃大切にしていたおもちゃの箱を数年ぶりに開けたような、温かくて懐かしい想いが溢れてくる。

「すごい。はっぱがいっぱい」

 隣でナリアもうれしそうにはしゃいでいた。さらにその隣ではかーくんもカーカー言いながら羽をバタバタさせて跳ね回っている。

 さて……どうしたものだろう。

 もちろん僕たちは野菜を収穫しに来たのだが、ここまで広いと逆に何をすればいいのか戸惑ってしまう。

 とりあえず……

「ナリア。広いから、僕のそばから離れないようにね」

 声を掛けておく。

「わかったー」

 元気な返事を受けて、再び考える。

 そして考えた結果、聞いてみることにした。

「ナリアは何か食べたい野菜はある?」

「んーー?」

 ナリアは首を傾げる。

「じゃあ、好きな野菜とかは?」

「んーー……あんまり、覚えてないかも」

「よし。じゃあ、芋掘りをしよう。ちょうどそこにあるし」

 芋と書かれた標識を指差して言う。

 明確な種類の記載はない。品種どころかサツマイモとかジャガイモとかの表記すらされていない。

 ついでに収穫時期もわからない。

 この施設は温室になっているようでもないし、野菜の種類で部屋を区切ってもいない。温度は外と変わらない感じで、風も少し感じる。

 きっと屋外の状態と同じになるように設定されているのだろう。

 そうなると、収穫の時期は自然界と変わらないはずだ。

 しかし僕はもともと野菜の収穫時期なんて知らない。

 そもそも人類がまだ生きていた頃だって、野菜のほとんどが工場で養液栽培されていたため、自然界での野菜の収穫時期なんかを知っているのは趣味で家庭菜園をしていた人たちくらいだろう。

 だから本当なら、芋の畑の奥で、明らかにいい感じに実っているキャベツを収穫すれば間違いないのだろうが、それでも僕は芋掘りを決行しようと思う。

 その理由は簡単だ。

 実は僕、野菜全般が得意ではない。特に緑色のやつ。火を通せば食べられないことはないのだが、生ではほとんど食べることができない。

 緑色の野菜で好物に分類されるのは豆類くらいだ。

 僕の遺伝子操作のとき、好き嫌いもどうにかできなかったのだろうかと、今更ながらに思う。

 そんなわけで問題なく食べることのできる芋が収穫できることを祈りながら、ナリアと二人手袋を装備して芋掘りの準備を始めた。

 かーくんはもうナリアと一緒に朝ご飯を催促してくるくらいに仲良くなっているので、その辺で好きにさせておく。

「どうやるの? はっぱを引っ張ればいい? それとも芋掘りだから土を掘ったほうがいいの?」

 畑の前に座って聞いてくるナリア。

「ぇと、そうだね。とりあえずは掘ってみようか」

 僕もよくわからないので、掘ってみることにしようと思う。

 ナリアが言うように、芋掘りというくらいなのだから掘るのが正解だろう。

「ジャガイモを手に入れた!」

 僕が掘り始めるより早く、ナリアは立ち上がってそう言った。

 その左手には緑の茎を握っている。茎の下にはたくさんのジャガイモがくっついていた。

「あっ!」

 ナリアが声を上げる。一番大きいジャガイモが重みで根から落ちた。

「おっと……」

 座っていた僕は間一髪のところでそれを受け止める。

 それはちょうど握り拳くらいの大きさのジャガイモ。僕はジャガイモ博士ではないので詳しくはわからないが、問題なく食べられそうな気がする。

「うん。食べられそうだね。もうちょっと掘ってみよう」

「わかった。いっぱい掘る」

 ナリアは返事をしながらしゃがむと、真剣な顔で芋掘りを続けた。

 僕も負けてはいられない。

 もりあがったこげ茶色の土を崩すようにして掘っていく。ジャガイモが顔を見せ出したら、茎を掴んで引っ張ると簡単に引っこ抜けた。

 根のところには五個くらいのジャガイモがくっついている。

 何だか芋掘りというよりも芋引っこ抜きな気がしてきた。

 ――そんなこんなで数時間後。

 今、僕たちの前には料理が並んでいた。

 普段僕たちの前に並ぶのは食べ物。でも今は料理が並んでいる。

 料理の種類は塩茹でしたジャガイモ。それとキャベツとカニ缶、ツナ缶、マヨネーズで作ったサラダ。

 簡単な料理二品だけだけど、初めて僕が作った手料理だ。

 料理を二人と一匹で囲んで、手を合わせていただきますをする。

『いただきます』

「がぁー」

 そして食事が始まった。

 ナリアは箸をジャガイモに突き刺して口へと運ぶ。流石にジャガイモ丸々一個を口の中に入れることはできないみたいで、かぶりついて食べている。

 かーくんのぶんはマヨネーズを多めにしてサラダを小皿に取り分けてあげると、うれしそうについばんでいた。

 ナリアとかーくんの食べている姿を見ていると、とても幸せな気持ちが込み上げてきた。

 自分の作った料理をおいしそうに食べてもらえるだけで、こんなに幸せな気持ちになれるなんて知らなかった。

 ふと…………思い出す。

 僕の母さんは毎日料理を作ってくれていた。でも僕はそれを部屋で、一人で食べていた。

 母さんはそれをどんなふうに感じていただろう……僕はみんなと違うからわからなかった。そしてもう永遠に知ることは叶わない。

 それがくやしかった。今更後悔したところで何も変えることはできない。

 でも、それでもおいしかったんだ。母さんの料理はとてもおいしかった……

 今、ナリアやかーくんがおいしいそうに食べてくれている僕の料理なんかより、ずっと手が込んでいて、比べ物にならないくらいおいしかった。

 それに今思うと、僕の好物が多かった気がする。

 僕がまだ自分が出来損ないだなんて知らなくて、家族みんなで食卓を囲んでいた頃、母さんに好きだといった料理が部屋で食べるようになってからもよく運ばれてきた。

 母さんも父さんと同じ研究者で仕事だって忙しかったはずなのに、ほとんど毎日何かしら料理は作ってくれていた。

 それなのに僕は……

 本当に本当に……僕は出来損ないだった。

「シンは食べないの?」

 心配そうな顔でナリアが言う。

「食べるよ」

 そう答えて、僕も箸をジャガイモに突き刺してかぶりつく。

 いい感じに塩が効いていておいしかった。それでもやっぱり母さんの料理には遠く及ばない。

「おいしい?」

「うん。おいしい」

 ナリアに問われて頷く。

「じゃあ、シン元気ないし、ナリアのぶんを一個あげるね」

 そう言って、ナリアはジャガイモ一個、僕のお皿の上に移してくれた。

「でも、そうするとナリアがお腹空いちゃうよ」

「ナリアは元気だから大丈夫。シンが食べてくれたほうがうれしいの」

「そう……じゃあ、もらうね」

 ここはもらうべきなのだろう。だってナリアにとってはそのほうがうれしいのだから。

「うん!」

 ナリアは笑顔で大きく頷く。

「かわりに、僕のぶんをナリアにあげるよ。僕もナリアに食べてもらえるとうれしいんだ」

 僕だって自分で食べるより、ナリアに食べてもらったほうがうれしいんだ。だから僕はナリアのぶんをもらって、僕のぶんをナリアにあげる。

「おー。ありがとお」

 ナリアはとってもうれしそうに笑ってくれる。

 結局は何も変わっていない。それでも僕は自分のジャガイモより、このジャガイモをおいしく感じることだろう。

 だってこれはナリアにもらったものなんだから……

 僕は今、幸せだ。

 心のつながらない、出来損ないの僕のままで、今幸せになれている。

 こんな僕だって、笑顔を浮かべて、人に優しくできたのならいつだって幸せになれたのかもしれない。

 人類が滅びる前に、幸せになれたのかもしれない……

 今更そんなことに気づいても意味はない。わかっている。わかってはいる。それでもその後悔は次々と溢れ出し、僕の心の中で大声でわめき立て続けた。

 ナリアにもらったジャガイモにかぶりつく。

 やっぱりおいしかった。それは本当に涙が出るくらいにおいしかった。
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