上 下
23 / 42

第21話 正義の味方と悪の敵

しおりを挟む

 街の中で面倒ごとに巻き込まれてから二日。

 俺は山猫亭の部屋の中、ベッドの上に胡坐をかいて装備の手入れをしていた。

 ネコは俺の隣で体を伸ばして寝転がっていて、たまに手入れの邪魔をしてくる。タナットは俺の背にのしかかるようにしながら、肩越しに作業を見つめている。

 そんなふうにのんびりと過ごしているとドアを叩く音がした。

「アゼルさん。お客様でーす」

 それはテレサちゃんの声。

「はーい」

 と返事をしながらドアを開けるとテレサちゃんの後ろにアリアさんがいた。

 先日も思ったのだが、昼光の下で見て改めて思う。アリアさんは驚くほどの美人だ。

 ちなみに優羽として生きた前世の世界と比較して、この世界の人間の容姿はより平均化しているというか、整っている印象がある。ようは美男美女が多いのだ。

 しかしその中でも彼女は群を抜いている。まるで絵画の中から飛び出してきたような絶世の美女だ。

 そんなアリアさんが「おはようございます」と頭を下げたので、こちらも「おはようございます」と挨拶を返す。

「じゃあ、私はお仕事があるので戻るです」

 言いながらテレサちゃんは去っていく。

「やっぱり俺の証言も必要な感じですか?」

 俺がそう問うと、アリアさんは「違います」と首を振って言葉を続けた。

「あの、お話したいことがあって来ました。少しお時間をいただけないでしょうか?」

 何やら妙に改まった様子だ。

 キミッヒ兄弟が釈放されたとかいう話ではないかと勘繰ってしまう。

「はい。時間は大丈夫です。外に行きます? それとも部屋に入りますか?」

「では、お部屋に上がらせていただきます」

 部屋の中にあったイスをベッドの前に置いて、マリアさんにはそこに座ってもらい、俺はまたベッドの上に座る。

「それでお話というのは?」

「まず、キミッヒ兄弟はイグニスで指名手配されていたようで、しばらくこの町の教会で拘束し、イグニスへと引き渡すことになりました」

「えと……そのイグニスというのは?」

「ガナスの北にある国です」

 ガナスはアレイナさんとの話で出てきていたのでかろうじて知っている。母さんの出身地で魔術ギルドの本部がある国だ。俺たちが今いるルヴェリアから西にあるらしい。

「キミッヒ兄弟はイグニスで問題を起こして、東へ東へと逃げている最中だったようです」

 例えここではなくても、犯した罪が正しく裁かれるのなら問題はない。

 キミッヒ兄弟のことを伝え終えて、アリアさんは大きく息を吐いた。そしてさらに大きく息を吸い込むと、膝の上に置いていた手を強く握りしめて話を続けた。

「それで……ここからが本題になります。私をあなたの仲間にしてください」

「えっと……」

 予想もしていなかったその言葉に、返す言葉がなかなか出てこない。

「突然で、驚かれたかと思います。それでもどうか私をあなたの旅に連れて行ってください」

「どうして俺となんですか?」

「私は小さい頃から正義の味方になりたかったんです。だからこの町の騎士団に入りました。それでいいと思っていました。『この世界で起きている出来事で俺に関係のないことなんて一つもない』これはあなたの言った言葉です。でもこの言葉で私も気付いたんです。私が救いたいのはこの町に限ったことではないと。もちろん世界のすべてを救うことは無理だとわかっています。それでも旅に出ればもっと多くの人を助けられると思ったんです。そして旅をするなら、あなたと一緒に行きたいと思いました」

 そう言ってキラキラした迷いのない真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてくる。

「何か勘違いしているみたいですけど、俺は正義の味方でも、誰かを助けるために旅をしているわけでもありません。俺はただ俺と妹のタナットとネコと、馬鳥のズズとココとみんなで幸せになれるようにと旅をしているだけです」

 タナットの名を言葉にしながら右手でタナットの頭に触れ、ネコの名を言葉にしながら左手でネコの頭を撫でる。

「それでも困っている人を見かければ助けるのでしょう?」

「それはまぁ、助けることができるのであれば助けになりたいとは思います」

 俺のその返答に彼女は大輪の花のような笑顔を浮かべた。

「どうかお願いします。私を一緒に連れて行ってください」

 彼女の決意は固い。そして浮かべている誰をもひきつけるような温かい微笑みは、微塵も自分の願いが叶わない可能性を考えてはいそうにない。

 しかしそんな彼女の笑顔に押し負けて受け入れるわけにはいかない。それは正義の味方になりたいと願う彼女のためにもならないだろう。

 だって俺は正義ではない。

 確かに俺はこれからも旅先で困っている人を助けられるのであれば助けるだろう。悪い奴を見つければ戦いもするだろう。

 でもそれはそれが正しいことだからそうするわけじゃない。気に食わないからそうするだけなのだ。

 悪が気に食わないから戦い。誰かが悲しんでいることが気に食わないから助ける。

 ただ俺は独善的で自分の欲望に、そして何よりも怒りに忠実なだけだ。

 俺は決して正義ではない。

 そもそも俺には正義というものがよくわからない。

 俺に……優羽に初めて善悪を教えてくれたのは研究所の科学者たちだった。

 彼らもまた自身の正義に基づいて行動していた。

 彼らには守るべきものがあった。それは自分の生命なのか財産なのか家族なのか国なのかは人それぞれだろうが、彼らはその守るもののために力を求めた。

 世界中で異能力者たちが現れ始め、いつかその力を使った犯罪が起き、軍事などにも利用されることになるであろうことは容易に想像できた。

 だから彼らはいち早く研究を始めた。

 そして研究のすえに生まれた異能力者の子供たちを彼らは厳しく育てた。

 能力を自在に操るための過酷な訓練はもちろん、道徳の教育にも力を入れていた。

 異能力者が生まれ持った力は他者を傷つけるためのものではなく、誰かを守るべき力であると教わった。国を守り、悪を許さず、正義をなすための力であると教えられた。

 俺たちはその言葉をを信じて、物心付いた頃からずっと過酷な訓練に耐え続けた。

 しかし俺が十二歳のとき研究所は閉鎖された。そして俺たちは研究所から救い出された。俺たちにとって研究所での扱いは生まれてからずっと続いた日常であって、それが酷いことだとは感じてもいなかったのに、かわいそうだと同情され救い出されたのだ。

 そして科学者たちと彼らに協力していた政治家は、非人道的な研究をしていた悪として裁かれた。

 その時、俺たちは教えられた。俺たちを育ててくれた人たちは悪人だったのだと。俺たちが教えられた道徳は間違っいだったのだと。その言葉だけで、俺たちがずっと信じてきた、生きる理由も善も悪もすべてが簡単に崩れ去ってしまった。

 そしてそれから俺たちは、科学者たちを悪だと罵りかわいそうな俺たちを救い出して正義を行った普通の人たちから異能力者と罵倒され迫害を受けた。彼らは科学者たちを非人道的だと罵ったその口で、異能力者だと俺たちを迫害したのだ。

 俺にはもう何が正義で何が悪なのかわからなかった。

 だから俺は正義という言葉が嫌いだった。

 もし俺が正しいと思ってしたことであっても、誰かにとってそれは悪であるのかもしれない。

 そうであるのなら、それは本当に正しいことであったのだろうか。わからない。

 正義や悪。それは人それぞれに違い、同じものを指し示すことはないというのに、言葉として定義する意味はあるのだろうか。

 俺にはわからなかった。

 だから正義を掲げる彼女と俺は相容れることはない。

「以前、博識な友と正義について語り合ったことがあります。正義、正しさとは何か。悪とは何か。結局大切なのは主語でした。例えば俺が妹の食事のために角ウサギを捕らえたとします。それは妹のためになる正しい行いであるはずです。しかしその角ウサギにだって巣には帰りを待つ子供たちがいたのかもしれません。その角ウサギにとって俺の行動は悪でした。視点をかえるだけで正義も悪も簡単に覆ってしまいます。正義なんてその程度のものでしかないんです」

 だから俺は、リヴァイアサンは正義を掲げはしなかった。リヴァイアサンは悪と敵対するまた別の悪として戦った。

「あなたの掲げる正義と対立するのが悪だけとは限りません。それはまた別の正義かもしれない。誰かにとっての正義かもしれない。そのときあなたはどうしますか?」

「そんなことは当たり前です。だから私は私の正義を信じて、私にとっての悪と戦うのです。それが他の誰かにとって正義であったとしても、私にとって悪であれば戦います」

 アリアさんは真っ直ぐに俺を見つめて笑顔でそう言った。

「あなたの正義とは?」

「私がこれが正義であると自分で自信を持って言えることのできるものであれば、それでいいと思っています。私の正義は私が決めます」

 あぁ……彼女に正義について偉そうに講釈したことが恥かしい。

 俺は正義が絶対的なものでないことに耐えられなかった。

 俺はたぶん自分の正義をみんなにも認めてもらいたかったんだろう。賛同してほしかった。それに今さら気付いた。

 本当は俺も正義の味方になりたかった。リヴァイアサンを作ったときも自分では正義の味方をやっているつもりでいたのだ。

 悪と敵対するまた別の悪。よく言ったものだ。そんなものはただの言い訳に過ぎなかった。

 自分では正義を行っているつもりなのに、他の誰かからそんなものは正義ではないと反論されるのが怖かった。

 だから正義を掲げなかった。

 俺は逃げたんだ。

 しかし彼女は正義が絶対的ではないと知りながら、それでも掲げることにした。

 彼女は俺なんかよりずっと覚悟を持っていた。

「わかりました。お手伝いさせてください。あなたが正義の味方をやるのを」

 少しだけ、わくわくした。子供みたいに胸が躍った。彼女となら俺も正義の味方をやれるかもしれないと、そう思った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

移転した俺は欲しい物が思えば手に入る能力でスローライフするという計画を立てる

みなと劉
ファンタジー
「世界広しといえども転移そうそう池にポチャンと落ちるのは俺くらいなもんよ!」 濡れた身体を池から出してこれからどうしようと思い 「あー、薪があればな」 と思ったら 薪が出てきた。 「はい?……火があればな」 薪に火がついた。 「うわ!?」 どういうことだ? どうやら俺の能力は欲しいと思った事や願ったことが叶う能力の様だった。 これはいいと思い俺はこの能力を使ってスローライフを送る計画を立てるのであった。

処理中です...