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第35話 令嬢の名前
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「それはさっきも言いましたけど、《無色の衣》を作るために……とだけ言っても、信用されませんか」
そう言って令嬢は笑った。
ジュリアはそんな彼女に、
「まぁ、それはそれで本当なんだと思うよ。ただ、それだったらわざわざジュイラ氷精国から出てきてこのシガラ森林国まで来る必要はないからね。素材が必要ならそれこそ私たちのような冒険者に依頼を出せばいいのだし、品質にこだわるからって自分で取りにくる職人というのもいなくはないが……あんたはそういう一時的な旅には見えない」
つまりは、令嬢がいずれ家に戻るつもりで素材収集の旅をしているようには感じられず、もう冒険者として生きる覚悟を決めているようにしか思えないという、そういうことを言っているわけだ。
それは私も同様だった。
彼女の様子は通常の貴族令嬢と異なり、自分一人で世の中を渡って行こうとする覚悟が決まっているように感じられる。
貴族令嬢であれば常に侍女や護衛に囲まれ、彼らに頼って生きているから、どこかにそういう甘えのようなものが覗くものだ。
たとえ、一時的にそういう者たちと離れていたとしても。
しかしながら、彼女にはそういったところが一切ない。
自分の誇りを守るときも、自ら武力に訴え出るほどに。
そんな意味の子もったジュリアの指摘に流石に言い訳は効かないだろう、と察したのか、令嬢は苦笑しながら答えた。
「確かにその通りですわ。私は……ボルドラン侯爵家に戻る気はありません。いいえ、戻ることはできないというのが正確でしょうね」
「っていうと?」
「貴族令嬢のことにはお詳しいですか?」
ジュリアに令嬢が急にそう尋ねたので、ジュリアが私の方を見る。
あんたは詳しいだろ?
という視線だ。
仕方なく私が答える。
「概ねのことはわかっていると思うわ。ただ、国によって異なる部分も多くあるのが貴族の常。その辺りについては配慮して説明してもらえるとありがたいわね」
「……貴女もやっぱり、元貴族ですのね?」
令嬢が察してそう尋ねる。
貴女も、元、貴族、ということは彼女もまた、もはや貴族ではない。
そういうことなのだろう。
そうであるならば、私の細かな事情を説明したところで害はないはずだ。
もしも貴族の籍があるままなら、色々なツテを辿って彼女からここに私がいると伝わってしまう可能性もある。
だが、もうすでに縁が切れているというのなら……私のことをある程度話しても問題はない。
そこまで考えて、私は言った。
「ええ、まぁね。色々と事情はあるのだけど……今はただの冒険者よ。貴女もそういうこと?」
「そう……なりますわね。少なくとも、私はもう家と関わりを持つ気はありませんの。それもこれも……っと、その前にまずは自己紹介を。私の名前はエルリア。エルリア・ボルドラン……だったのですが、今はただのエルリアです。貴女方は?」
「私はジュリアだよ。で、こっちが……」
「私はユーリよ。ただのユーリ」
「ジュリアとユーリですのね……あぁ、呼び捨てでも結構でしょうか?」
「冒険者の間で、しかも女同士なんだ。敬称なんていらないよ。まぁ、各地の冒険者組合長には女も結構いるから、流石にそういうの相手になると違ってくるけどね……勇気があるなら別だけど」
冒険者に男女差別は少なからずあるが、それは腕力や戦闘能力に起因するもののため、仕方のないところもある。
だが、そんな中において、男よりも遥かに上位の実力を持つ女たちおそが、冒険者組合長となれるのだ。
これは、男がそうなるよりも何倍も難しいことで、だからこそ、そんな彼女たちの持つ圧力というか、威圧感というか、そういうものは尋常なものではない。
容易に逆らえるような存在ではないのだった。
だからこそ、勇気があるのなら、と言っているわけだ。
まぁ、今のところは考えなくてもいいだろうが、いつかそういう組合長に会う機会があったら気をつけたいところだ。
そんなことを考えつつ、私はジュリアに続けて答える。
「私も呼び捨てで問題ないわよ。以前の爵位とかもまるで関係ないしね」
「……ということは、侯爵家以上だったということですのね……」
言葉尻から正確に事実を捉えてくるあたり、しっかりと宮廷を泳いだきた経験もあるらしいと分かる。
私は苦笑しつつ、特に否定はせずに、
「まぁ、それはいいじゃない。それよりも今は貴女のことよ。それとも、私のことを話す? あんまり楽しい話じゃないんだけど」
今ここで素面というか、元気なのはジュリアだけだ。
他の二人……ジェイクとリスタンは完全に潰れているので話にならないというか、まともに話も聞ける状態にない。
また他の冒険者たちもほとんどそんな感じだし、ある程度音量を抑えれば話してもいいだろうという判断だった。
けれど、エルリアは首を横に振って、
「いいえ、まず私のことから。お二人にはご迷惑をおかけしましたし、色々先に知ってもらった方がいいと思いますの」
「そうかい? じゃあ、聞くよ。急がなくていいから、ゆっくり話しな」
ジュリアの優しい促し方にエルリアはほほ笑んで、
「はい……」
そして、身の上を話し始めた。
そう言って令嬢は笑った。
ジュリアはそんな彼女に、
「まぁ、それはそれで本当なんだと思うよ。ただ、それだったらわざわざジュイラ氷精国から出てきてこのシガラ森林国まで来る必要はないからね。素材が必要ならそれこそ私たちのような冒険者に依頼を出せばいいのだし、品質にこだわるからって自分で取りにくる職人というのもいなくはないが……あんたはそういう一時的な旅には見えない」
つまりは、令嬢がいずれ家に戻るつもりで素材収集の旅をしているようには感じられず、もう冒険者として生きる覚悟を決めているようにしか思えないという、そういうことを言っているわけだ。
それは私も同様だった。
彼女の様子は通常の貴族令嬢と異なり、自分一人で世の中を渡って行こうとする覚悟が決まっているように感じられる。
貴族令嬢であれば常に侍女や護衛に囲まれ、彼らに頼って生きているから、どこかにそういう甘えのようなものが覗くものだ。
たとえ、一時的にそういう者たちと離れていたとしても。
しかしながら、彼女にはそういったところが一切ない。
自分の誇りを守るときも、自ら武力に訴え出るほどに。
そんな意味の子もったジュリアの指摘に流石に言い訳は効かないだろう、と察したのか、令嬢は苦笑しながら答えた。
「確かにその通りですわ。私は……ボルドラン侯爵家に戻る気はありません。いいえ、戻ることはできないというのが正確でしょうね」
「っていうと?」
「貴族令嬢のことにはお詳しいですか?」
ジュリアに令嬢が急にそう尋ねたので、ジュリアが私の方を見る。
あんたは詳しいだろ?
という視線だ。
仕方なく私が答える。
「概ねのことはわかっていると思うわ。ただ、国によって異なる部分も多くあるのが貴族の常。その辺りについては配慮して説明してもらえるとありがたいわね」
「……貴女もやっぱり、元貴族ですのね?」
令嬢が察してそう尋ねる。
貴女も、元、貴族、ということは彼女もまた、もはや貴族ではない。
そういうことなのだろう。
そうであるならば、私の細かな事情を説明したところで害はないはずだ。
もしも貴族の籍があるままなら、色々なツテを辿って彼女からここに私がいると伝わってしまう可能性もある。
だが、もうすでに縁が切れているというのなら……私のことをある程度話しても問題はない。
そこまで考えて、私は言った。
「ええ、まぁね。色々と事情はあるのだけど……今はただの冒険者よ。貴女もそういうこと?」
「そう……なりますわね。少なくとも、私はもう家と関わりを持つ気はありませんの。それもこれも……っと、その前にまずは自己紹介を。私の名前はエルリア。エルリア・ボルドラン……だったのですが、今はただのエルリアです。貴女方は?」
「私はジュリアだよ。で、こっちが……」
「私はユーリよ。ただのユーリ」
「ジュリアとユーリですのね……あぁ、呼び捨てでも結構でしょうか?」
「冒険者の間で、しかも女同士なんだ。敬称なんていらないよ。まぁ、各地の冒険者組合長には女も結構いるから、流石にそういうの相手になると違ってくるけどね……勇気があるなら別だけど」
冒険者に男女差別は少なからずあるが、それは腕力や戦闘能力に起因するもののため、仕方のないところもある。
だが、そんな中において、男よりも遥かに上位の実力を持つ女たちおそが、冒険者組合長となれるのだ。
これは、男がそうなるよりも何倍も難しいことで、だからこそ、そんな彼女たちの持つ圧力というか、威圧感というか、そういうものは尋常なものではない。
容易に逆らえるような存在ではないのだった。
だからこそ、勇気があるのなら、と言っているわけだ。
まぁ、今のところは考えなくてもいいだろうが、いつかそういう組合長に会う機会があったら気をつけたいところだ。
そんなことを考えつつ、私はジュリアに続けて答える。
「私も呼び捨てで問題ないわよ。以前の爵位とかもまるで関係ないしね」
「……ということは、侯爵家以上だったということですのね……」
言葉尻から正確に事実を捉えてくるあたり、しっかりと宮廷を泳いだきた経験もあるらしいと分かる。
私は苦笑しつつ、特に否定はせずに、
「まぁ、それはいいじゃない。それよりも今は貴女のことよ。それとも、私のことを話す? あんまり楽しい話じゃないんだけど」
今ここで素面というか、元気なのはジュリアだけだ。
他の二人……ジェイクとリスタンは完全に潰れているので話にならないというか、まともに話も聞ける状態にない。
また他の冒険者たちもほとんどそんな感じだし、ある程度音量を抑えれば話してもいいだろうという判断だった。
けれど、エルリアは首を横に振って、
「いいえ、まず私のことから。お二人にはご迷惑をおかけしましたし、色々先に知ってもらった方がいいと思いますの」
「そうかい? じゃあ、聞くよ。急がなくていいから、ゆっくり話しな」
ジュリアの優しい促し方にエルリアはほほ笑んで、
「はい……」
そして、身の上を話し始めた。
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