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第31話 酒場にて
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「……ジュリアぁ! 俺は……俺はなぁ! お前のことが好きなんだぁ!」
「はいはい、わかった、わかったよ……ただできれば素面の時に言って欲しいんだがねぇ……」
「言えるかぁっ!」
そんなやりとりをしているのは、魔法銀級冒険者のジェイクとジュリアだ。
ここはジュールでも大きめの酒場であり、ジュリアたちパーティーのお気に入りの場所らしい。
メニューの価格帯を見るにそこそこ懐の暖かい者でなければ来れないような場所で、そのお陰か客層の品は冒険者が多い割に良かった。
と言っても、冒険者が主な客なのは間違い無いので、それなりに粗野なのもいるが、一般的な酒場よりは品はいいだろう。
私もアンスタンにいる時に何度か冒険者たちと酒場で飲んだことはあるが、その時のことを思い起こすに、やはりいい感じの店だなと思う。
つまみの出来も秀逸だし、肝心な酒も結構な高級酒が揃えられている。
かなりの価格なので最初のうちは私も遠慮していたのだが、ジュリアが、
「私たちはかなり稼いでる。この店の酒なら……まぁ、五十年ものの竜酒とか頼まない限りは普通に払えるから心配しなさんな」
と言ってきたので、今は遠慮せずに飲んでいる。
意外に思われるかも知れないが、アンスタンにおいては酒は貴婦人の嗜みであり、かなりの種類や量を私は飲んだことがある。
十四を越えたら徐々に慣れさせられるのだ。
その理由は酒がうまいから、というわけではなく、デビュタントを超えた貴婦人というのは酒を飲む機会が増えてくるので、そういう時に無様な姿を見せない為である。
まぁ、半ば形骸化している教養というか、大体の貴族令嬢は魔道具によって酩酊を避けるのだが、私の母上はその辺り伝統派であり、とにかく沢山飲んでその状態に慣れるようにとの薫陶だった。
体質的に酒精を分解できない人間というのも普通にいるだろうと思うのだが、自分の子供にそんなことはありえない、と言い切り、実際に私の体質は酒精にだいぶ強いようだった。
母も無茶を言ったというより、何らかの方法によって私の体質を正確に理解していたのだろう。
その証拠に、他の貴族令嬢や一族の若い女性には私に対するようなことは言わない。
無茶は娘にしか言えない、というわけでは無いようなのは、それこそ娘だからよく分かる。
あの人はできない人間には言わないだけなのだと。
ちなみに、五十年ものの竜酒、とジュリアが言っていたが、五十年ものとは作られてから五十年、という意味であるのはいうまでもない。
では竜酒とは何かというと、竜が醸した酒……というわけではない。
伝説や物語の類では、そういうものがあるとは言われるけれど、実際にはエルフが醸した酒のことをそういう。
実際に流通しているのは間違いなくそれだ。
彼らが心の底から心酔している古竜に、古樹竜エンダーグというのがいるのだが、その古い竜に捧ぐべく作られている酒が竜酒である。
各地のエルフが作るのだが、その年の最も出来のいいものが《竜酒》と呼ばれ、それ以外は《エルフ酒》とか《樹精酒》とか呼ばれる。
価格は各地の王侯貴族が買い求めるような品なのでとんでもないわけだが、エルフは彼らの誇りに従って王侯貴族には売らないとか、酒の味が分かるものにだけ売るとか言い始める人々なので、意外なところでお値打ち価格で飲めたりもする。
この店もまさにそのお値打ち価格で飲めるところなのだが、流石に五十年ものとなると手が出るような値段ではない。
私も実家にいた時なら迷わず手を出したような価格なのだが、ジュリアたちに集ることが出来るような値段では無いから……。
泣く泣く諦めて、そこそこの高級酒を飲んでいるというわけだ。
ちなみに、ジェイクは酒に弱いらしく、今はベロベロである。
まぁ、蒸留酒を一本開けているので普通よりはずっと強いのだが、私やジュリアはそれこそウワバミというやつなので比べるのは酷だ。
そしてジェイクが酔っ払って一番意外だったのは、酔うとジュリアに対する好意を全く隠しきれないというところだろう。
さっきからずっとジュリアに告白している。
最初に言い始めた時は私もびっくりしたが、いつものことだとジュリアが受け流し、リスタンが呆れたように笑っていたのでなるほどと思った。
「あの二人って、付き合ってるの?」
私がひそひそとリスタンに尋ねると、
「うーん、付き合って、はいないんじゃ無いかな。少なくともそういう素振りを二人が素面の時には見たことないね」
「両思いっぽく見えるのだけど」
「間違いなくそうだろうさ。でもねぇ、さっきジュリアが言ってたでしょう?」
「素面の時に言えって?」
「そうそう。ジュリアは酔っ払いの告白は認めないという信仰の持ち主らしいからね。そこをどうにかしないと先には進まないんだろうさ」
「……やっぱり乙女なのね、ジュリアは」
「やっぱり、と言えるあたり君はジュリアのことを分かってるよね。他のやつは大体、意外だって言うよ」
「意外ではないわよ。見た目やわかりやすい実力に誤魔化される人たちにとってはそうでもないんだろうけど」
「耳が痛いねぇ……」
苦笑するリスタン。
そんな彼にさらにジュリアたちのことを聞こうとした矢先、
ーーバガァン!
という音と共に、隣のテーブルセットが吹き飛んだ。
「はいはい、わかった、わかったよ……ただできれば素面の時に言って欲しいんだがねぇ……」
「言えるかぁっ!」
そんなやりとりをしているのは、魔法銀級冒険者のジェイクとジュリアだ。
ここはジュールでも大きめの酒場であり、ジュリアたちパーティーのお気に入りの場所らしい。
メニューの価格帯を見るにそこそこ懐の暖かい者でなければ来れないような場所で、そのお陰か客層の品は冒険者が多い割に良かった。
と言っても、冒険者が主な客なのは間違い無いので、それなりに粗野なのもいるが、一般的な酒場よりは品はいいだろう。
私もアンスタンにいる時に何度か冒険者たちと酒場で飲んだことはあるが、その時のことを思い起こすに、やはりいい感じの店だなと思う。
つまみの出来も秀逸だし、肝心な酒も結構な高級酒が揃えられている。
かなりの価格なので最初のうちは私も遠慮していたのだが、ジュリアが、
「私たちはかなり稼いでる。この店の酒なら……まぁ、五十年ものの竜酒とか頼まない限りは普通に払えるから心配しなさんな」
と言ってきたので、今は遠慮せずに飲んでいる。
意外に思われるかも知れないが、アンスタンにおいては酒は貴婦人の嗜みであり、かなりの種類や量を私は飲んだことがある。
十四を越えたら徐々に慣れさせられるのだ。
その理由は酒がうまいから、というわけではなく、デビュタントを超えた貴婦人というのは酒を飲む機会が増えてくるので、そういう時に無様な姿を見せない為である。
まぁ、半ば形骸化している教養というか、大体の貴族令嬢は魔道具によって酩酊を避けるのだが、私の母上はその辺り伝統派であり、とにかく沢山飲んでその状態に慣れるようにとの薫陶だった。
体質的に酒精を分解できない人間というのも普通にいるだろうと思うのだが、自分の子供にそんなことはありえない、と言い切り、実際に私の体質は酒精にだいぶ強いようだった。
母も無茶を言ったというより、何らかの方法によって私の体質を正確に理解していたのだろう。
その証拠に、他の貴族令嬢や一族の若い女性には私に対するようなことは言わない。
無茶は娘にしか言えない、というわけでは無いようなのは、それこそ娘だからよく分かる。
あの人はできない人間には言わないだけなのだと。
ちなみに、五十年ものの竜酒、とジュリアが言っていたが、五十年ものとは作られてから五十年、という意味であるのはいうまでもない。
では竜酒とは何かというと、竜が醸した酒……というわけではない。
伝説や物語の類では、そういうものがあるとは言われるけれど、実際にはエルフが醸した酒のことをそういう。
実際に流通しているのは間違いなくそれだ。
彼らが心の底から心酔している古竜に、古樹竜エンダーグというのがいるのだが、その古い竜に捧ぐべく作られている酒が竜酒である。
各地のエルフが作るのだが、その年の最も出来のいいものが《竜酒》と呼ばれ、それ以外は《エルフ酒》とか《樹精酒》とか呼ばれる。
価格は各地の王侯貴族が買い求めるような品なのでとんでもないわけだが、エルフは彼らの誇りに従って王侯貴族には売らないとか、酒の味が分かるものにだけ売るとか言い始める人々なので、意外なところでお値打ち価格で飲めたりもする。
この店もまさにそのお値打ち価格で飲めるところなのだが、流石に五十年ものとなると手が出るような値段ではない。
私も実家にいた時なら迷わず手を出したような価格なのだが、ジュリアたちに集ることが出来るような値段では無いから……。
泣く泣く諦めて、そこそこの高級酒を飲んでいるというわけだ。
ちなみに、ジェイクは酒に弱いらしく、今はベロベロである。
まぁ、蒸留酒を一本開けているので普通よりはずっと強いのだが、私やジュリアはそれこそウワバミというやつなので比べるのは酷だ。
そしてジェイクが酔っ払って一番意外だったのは、酔うとジュリアに対する好意を全く隠しきれないというところだろう。
さっきからずっとジュリアに告白している。
最初に言い始めた時は私もびっくりしたが、いつものことだとジュリアが受け流し、リスタンが呆れたように笑っていたのでなるほどと思った。
「あの二人って、付き合ってるの?」
私がひそひそとリスタンに尋ねると、
「うーん、付き合って、はいないんじゃ無いかな。少なくともそういう素振りを二人が素面の時には見たことないね」
「両思いっぽく見えるのだけど」
「間違いなくそうだろうさ。でもねぇ、さっきジュリアが言ってたでしょう?」
「素面の時に言えって?」
「そうそう。ジュリアは酔っ払いの告白は認めないという信仰の持ち主らしいからね。そこをどうにかしないと先には進まないんだろうさ」
「……やっぱり乙女なのね、ジュリアは」
「やっぱり、と言えるあたり君はジュリアのことを分かってるよね。他のやつは大体、意外だって言うよ」
「意外ではないわよ。見た目やわかりやすい実力に誤魔化される人たちにとってはそうでもないんだろうけど」
「耳が痛いねぇ……」
苦笑するリスタン。
そんな彼にさらにジュリアたちのことを聞こうとした矢先、
ーーバガァン!
という音と共に、隣のテーブルセットが吹き飛んだ。
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