タカと天使の文通

三谷玲

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閑話

王と側近と官吏の密談

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「それは由々しき問題ですね」

 蒼鷹そうようの執務室には峰涼ほうりょう墨夏ぼくかが揃って苦々しい顔をしていた。

 ことの発端は、ソルーシュである。
 無事に婚儀も終わり、短いながらも蜜月期間を経て、二週間が過ぎようとしていた。
 蜜月期間はその名の通り、夫婦ふたりきりで過ごすことを意味し、その間、峰涼ですら側に寄ることはない。
 当然、食事や掃除などの下女はいるが、それ以外はだれかれはばかることなく、甘いときを過ごせるよう、本来ならば子作りができるよう設けられている時間だ。
 政略的に後宮に入った妃と、王の信頼関係を作る時間とも言える。
 蒼鷹とソルーシュに至っては、手紙を交わすことでその信頼関係はすでに築いてきたため、聞くのもはばかるほどに、甘い蜜月だったことは、蒼鷹のここ最近の政務への取り組みを見れば明らかだった。

 その日は、早く執務が終わった蒼鷹は、日も暮れないうちに後宮へ戻っていた。
 自分用の宮もあるが、ソルーシュが後宮入りしてからは、ほぼ毎日ソルーシュの宮が蒼鷹の寝床になっていた。
 ふたりで夕餉をとる前に、ソルーシュは湯浴みをしているらしく、卓につくソルーシュから湯に浮かべたのだろう、少し甘ったるいと感じるほどの桃の薫りが漂うことが多かった。
 早く戻った蒼鷹を迎えたソルーシュは、嬉しさに顔をほころばせたが、宦官に湯殿へ促されると、すぐにその顔色を変えた。
 蜜月にふたりで湯浴みをしたときは、故国にはない習慣に戸惑いながらも楽しそうにしていたのにと、蒼鷹は訝しんだ。
 湯殿にいた宦官全員に下がるように伝え、ふたりで湯に浸かると、ソルーシュは心底ほっとした表情をした。

「蒼鷹とだと安心して湯に浸かれますね」
「どういうことだ?」
「あの方たちはお仕事なんでしょうが……あちらこちらを触られるので、少し、緊張してしまって」

 汚れを落とすために、身体に触れるのは当然だ。
 蒼鷹は即位後、側仕えを峰涼だけと決めていたため、湯殿に侍る宦官はいない。

――なにか、嫌な予感がする。

 緊張というよりも心底嫌そうな顔をしたソルーシュに、蒼鷹は訝しみ確かめた。

「触る、というのは具体的にどこだ?」
「あ、あの……」

 言うには少し恥ずかしいソルーシュは、蒼鷹の身体に触れた。
 大きな手は蒼鷹の肩に触れ、腕を通り、手の甲に伸びる。それだけならおかしなところはないが、その触れ方はとても繊細で、洗うというよりはなでるといった具合で、蒼鷹はくすぐったさを覚えた。
 それからソルーシュの手は胸元に伸び、円を描いて、脇腹をたどった。

――これは拙いな。

 それほど敏感ではないが、相手がソルーシュである。
 蒼鷹の下半身が熱を帯びた。

「もういい。わかった」
「すいません」

 蒼鷹はソルーシュの手首を取ると、怒気を孕んだ声で制止した。
 眉間には深いしわが刻まれ、その目はつり上がっていて、ソルーシュは肩を落として謝った。

「ソルーシュが悪いわけじゃない。彼らには暇を与えることにする。代わりはしばらくは女官を呼ぶが……」

 自分のせいで職を失う宦官を思い、落ち込むソルーシュに、自業自得だと蒼鷹は切って捨てた。
 でもと繋ごうとするソルーシュの頭を自分の肩に抱き寄せると「私の天使に触れられるのは、私だけだ」と言った。

「今、後宮はソルーシュ様と紅牡丹ホンムータン様しかおられませんからね。暇なんでしょう」
「だからといって王妃に手を出す阿呆がいるのは問題だがな」

 墨夏と峰涼は、蒼鷹から事の次第とその対策のためにこうして集まっていた。

「なにかいい案はないか? 宦官も女官も使えないとなると、オーランを呼ぶか……」
「子猿はだめです。あれはまだ仕込み中ですし、紅牡丹様や長老に付け入る隙きを与えかねません」

 墨夏は間髪いれずに却下した。

「年配者はどうだ?」
「そうですねぇ……」

 峰涼の問いに、何事か考えた末、あぁ、と墨夏は手を叩いた。

「なにか良い案がひらめいたのか?」
「えぇ。ひとりちょうど良い方がいます。春の官試かんしで受かった官吏がおります」

 官吏? 蒼鷹と峰涼は揃って首を傾げた。

舜櫂しゅんかいですよ。おふたりともご存知でしょう?」

 名を言われて、ふたりは舜櫂の顔を思い浮かべた。一介の官吏なら、しかもこの春受かったばかりの者なら、名だけでその姿を思い出すことはなかっただろう。

「なるほど……」
「えぇ、彼なら品性においても問題ありませんし、後宮については熟知しておられるでしょう? さっそく呼んで参りましょう」

 果たして呼ばれた舜櫂は蒼鷹の執務室に入るや、その室内をのんびり見渡してから、慌てて拱手こうしゅした。

「拙にどういったご用向でしょうカ?」
「王妃の側付きになる気はないか? 僕には君が適任のような気がするんだ」

 墨夏が単刀直入に尋ねると、舜櫂はちらりとも表情を変えずに受けいれた。

「拙で良ければ、謹んで」

 そう言って大袖に隠した両手を頭上に捧げ、深々と頭を下げた舜櫂が頭をあげると、そこには蒼鷹が諦観の表情でこちらを見ていた。
 おやと思った舜櫂だったが、蒼鷹の考えに思い巡らせ、くすりと笑った。

「拙には想い人がありますので、ご心配にはいりませんヨ。それとも王妃様のことを信頼なされておられないんですカ?」

 ぐさりと図星を突かれて、蒼鷹が言葉に詰まると、峰涼が肩を震わせた。

「笑うなら声を出せ!」
「いいんですか? さすが墨夏推薦なだけはあるな。肝が座ってる」

 本当に声を出して笑った峰涼に蒼鷹が渋面を向けたが、主従のやり取りを見ていた舜櫂と墨夏も笑い出したため、蒼鷹は両手をあげて臣下の提案を受け入れたのだった。
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