タカと天使の文通

三谷玲

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天翔る鷹の想い

百四日目

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この距離だと花も枯れずに届きますね。部屋に飾るとあなたの匂いがします。
なにやら町が騒がしいのです。
どうも偉い人が来るとのことで、ワタシたちも検められました。
長旅で身なりが悪いことで、町長という人にお叱りを受けてしまいまい、宿から出るなということです。
なんとももどかしい気持ちです。
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 墨夏が対岸の町へと治水の現地調査に赴くことは先立って伝えられていた。
 同盟国の官吏である。大河の氾濫は隣国にとっても頭痛の種であったが、小国ゆえに為す術がなかった。
 どうやら対岸の町では墨夏たちの歓待のための準備がはじまっているようだが、それがソルーシュの足止めに拍車をかけることになるとは。蒼鷹は悪態をつきたいのをぐっと堪えた。
 民に、しかも他国の民を罵ることはできない。
 それに宿にいるならすれ違うこともないだろう。
 いっそ同じ宿に泊まれば良い。あわよくば……。そこまで考えて顔が緩む蒼鷹に墨夏が咳払いをした。

「陛下。そんな脂下がった顔では王子も愛想をつかされるかもしれませんよ?」
「そんな顔は……してたか? そんなことより舟は大丈夫なんだろうな」

 今一行は大河を渡る船上にいた。
 十人も乗ればいっぱいの小さな舟だ。はじめて見る舟に蒼鷹は興味と恐怖を抱いていた。
 大河は水かさが増して濁っていたが、流れは緩やかで、上流から下流へと若干下りながら小舟は対岸を目指していた。
 船頭は歌を歌い、流れに任せて舵を取っている。

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黒き河、蒼き森
我問う、汝の幸
河緩やかに、森密やかに
黒き髪、蒼き瞳
我問う、汝の幸
髪細やかに、瞳淑やかに
嗚呼、汝の幸を願う
嗚呼、汝の幸を願う
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「この歌は?」
「あぁ、王女様の歌でさぁ。あっしは、向こうの生まれでしてなぁ。王女の輿入れの際は対岸で見送らせていただきやした。美しい王女様でしたなぁ……。おや、あんたも蒼い目をしてんでさぁ。そうそう王女様ぁいっつもその蒼い目をキラキラさせて、あっしらみたいな下っ端にもお声かけてくださってさぁ」

 歌い終わった船頭に蒼鷹が問うと、それは嬉しそうに歌の由来を語りだした。
 蒼鷹がその息子だとは思っても見なかっただろう。

 軽装でと言われた蒼鷹は官吏である墨夏よりも汚い衣装で現れた。

「これなら誰も王とは思うまい」
「そこまでする必要ございますか? まぁ構いませんが……」

 黒い袍に黒い褲子ズボンは絹ではなく麻で、綿の墨夏たちよりも仕立てが雑であった。

「一番着慣れた服が良いだろう?」

 これをつい最近まで着ていたのだ。朝議で身につける長い袖も裾も鬱陶しくて仕方がなかった。

 船頭は蒼鷹を下働きと思っていることだろう。蒼鷹も軽い調子で船頭にあれはなんだと話しかけていた。
 飛び跳ねる魚すら、蒼鷹には珍しい。

「ありゃ、桂魚さぁ。でかいから釣ったらそれなりの値になりそうさぁ」
「釣れるか?」
「あんた、そりゃ無理さぁ。こん舟じゃひっくり返ってしまうさぁね」

 ソルーシュが魚料理が好きだと書いていたので土産にしたいと考えた蒼鷹だったが、船頭にすげなく断られた。

「河渡った先で買ったほうが早いさぁ。あん町は良い食堂があるさぁ」

 それは楽しみだと蒼鷹が答えると、船頭は機嫌良さげにまた歌い出した。

 母は幸せだったのだろうか? 船頭のガラリとした乾いた歌声が河へ溶けていく。
 ソルーシュは幸せになれるだろうか? いや、ソルーシュを幸せにするのは自分の役割だと蒼鷹は気を引き締めて、河の流れを見つめていた。
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