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月のきらめき
しおりを挟むルナマリアの、いや僕の一日は退屈極まりない。
いつものカフェで朝食を摂り、そのあとは公園で日長一日ぼんやりしているだけだ。
セントラルにはいくつか公園がある。都市公園と呼ばれるそれは計画的に作られたものが多いが、僕のアパートメントにほど近いウェストパークはほとんどが森といった様相だ。
その公園を見渡せるカフェへカーティスを連れて行くと、一瞬驚いた顔をした店員のヒースがにんまりと笑っていつも座る隅のほうではなくオープンテラスへと案内した。
ルナマリアと同じものを頼むようにカーティスに言われたので、僕はヒースにいつものと告げた。ほどなくして珈琲とクロワッサンが並ぶと、カーティスは一瞬嫌そうな顔をした。
どうやら珈琲が苦手らしい。恐る恐るカップに口をつけた。
途端、カーティスは目を丸くして顔をあげた。
「これはうまい! 珈琲は苦いだけで何がいいのかと思っていたがこの珈琲は砂糖をいれなくても甘さが感じられる。それに後味。だいたい珈琲というのは飲み終わったあとに口に嫌な苦味が残るのだが、それがない。こんなにおいしい珈琲は初めてだ! あぁこのスッキリとした後味は彼女の端的で心地よい余韻のある表現と同じだな」
思わず僕はむせた。珈琲ひとつでここまで感動するのも、それを僕の詩に重ね合わせられるのも驚きに満ちていた。
笑われたのだと思ったのだろう。カーティスは不機嫌な顔をして首を振った。
「ロアにはわからないだろう。彼女の詩の素晴らしさが」
目の前でここまで率直に褒められて嬉しいような照れくさいような歯がゆい心地でオロオロしていると、カーティスは勝ち誇ったような顔で今度はクロワッサンを一口大にちぎりながら食べ始めた。
カーティスが話さなければ僕らは無言だ。
僕はクロワッサンにかじりつきながら手帳を開き公園の木々が揺れるのを眺め、カーティスは道行く人を見ては顔を顰めていた。
どうかしたのかと横目でチラチラと見ていたら、カーティスは何かを思いついたようだった。
「なぁ。ルナマリアはきっと洒落た人だろうな。見ろ、あの女性。田舎であんな格好をした人を見たことがない……そうだ! 服を買いに行こう。どこかいい店は知っているか?」
輝く黄金色の瞳が僕を捉えた。息が詰まって答えられない僕に助け舟を出したのはヒースだった。
「それならメローズがいいよ。あそこなら何でも揃う」
「メローズ?」
メローズはメインストリートにある百貨店だ。ヒースが説明しているとカーティスは初めて行くとはしゃいでから、はっとした。
「金がいるな」
どうやら手持ちの金の心配をしているようだった。僕を見たが鼻で笑われた。確かに余分な金は持ち合わせてはいない。
カーティスは考え込んだ後小指に触れた。それから頷くとキラキラと輝く星のような指輪に微笑んだ。
「質屋はあるか?」
僕は馴染みの質屋があると答えると、すぐさま腕を取られた。
質屋の店主は僕を見るなりまたお前かという顔をしたがカーティスが話しかけると態度をころりと変えた。
なにやらふたりで言い合っていたが、最終的には店主が折れたようだった。
カーティスの指輪は僕の原稿料の三倍以上の値が付けられた。金貨にして三枚。
売られるときはその倍だろうか。
僕には価値がわからないが全面に埋め込まれている小さな星のすべてがダイヤモンドなのだそう。
美人の上に商売も上手だと、店主はカーティスを褒めちぎっていた。
カーティスは高架汽車も初めてらしい。駅につくとソワソワしだしたが、反対のホームに汽車が着くとその煙に咳き込んだ。
「こほっ。セントラルは空気が悪いな」
汽車は石炭を燃やした蒸気によって動いている。おかげで駅周辺はいつでもガスのかかったように空気が淀んでいた。
僕は気休めにしかならないだろうけれどと、ポケットからハンカチを差し出した。
汽車だけではなくセントラルは蒸気で出来ていると言っても過言ではない。
特に高いビルは屋上に蒸気機関を独自に持っており、その力で機械を動かしている。
蒸気による急速な街の発展は、便利さと快適さを手に入れたように思うが、僕には少し息苦しさを感じる。
張り巡らされた檻のような線路は、空を隠し、蒸気を作る石炭により、いつでも空は曇っている。
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