上 下
4 / 17

月のきらめき

しおりを挟む

 ルナマリアの、いや僕の一日は退屈極まりない。

 いつものカフェで朝食を摂り、そのあとは公園で日長一日ぼんやりしているだけだ。


 セントラルにはいくつか公園がある。都市公園と呼ばれるそれは計画的に作られたものが多いが、僕のアパートメントにほど近いウェストパークはほとんどが森といった様相だ。

 その公園を見渡せるカフェへカーティスを連れて行くと、一瞬驚いた顔をした店員のヒースがにんまりと笑っていつも座る隅のほうではなくオープンテラスへと案内した。

 ルナマリアと同じものを頼むようにカーティスに言われたので、僕はヒースにいつものと告げた。ほどなくして珈琲とクロワッサンが並ぶと、カーティスは一瞬嫌そうな顔をした。

 どうやら珈琲が苦手らしい。恐る恐るカップに口をつけた。

 途端、カーティスは目を丸くして顔をあげた。

「これはうまい! 珈琲は苦いだけで何がいいのかと思っていたがこの珈琲は砂糖をいれなくても甘さが感じられる。それに後味。だいたい珈琲というのは飲み終わったあとに口に嫌な苦味が残るのだが、それがない。こんなにおいしい珈琲は初めてだ! あぁこのスッキリとした後味は彼女の端的で心地よい余韻のある表現と同じだな」

 思わず僕はむせた。珈琲ひとつでここまで感動するのも、それを僕の詩に重ね合わせられるのも驚きに満ちていた。

 笑われたのだと思ったのだろう。カーティスは不機嫌な顔をして首を振った。

「ロアにはわからないだろう。彼女の詩の素晴らしさが」

 目の前でここまで率直に褒められて嬉しいような照れくさいような歯がゆい心地でオロオロしていると、カーティスは勝ち誇ったような顔で今度はクロワッサンを一口大にちぎりながら食べ始めた。


 カーティスが話さなければ僕らは無言だ。

 僕はクロワッサンにかじりつきながら手帳を開き公園の木々が揺れるのを眺め、カーティスは道行く人を見ては顔を顰めていた。

 どうかしたのかと横目でチラチラと見ていたら、カーティスは何かを思いついたようだった。

「なぁ。ルナマリアはきっと洒落た人だろうな。見ろ、あの女性。田舎であんな格好をした人を見たことがない……そうだ! 服を買いに行こう。どこかいい店は知っているか?」

 輝く黄金色の瞳が僕を捉えた。息が詰まって答えられない僕に助け舟を出したのはヒースだった。

「それならメローズがいいよ。あそこなら何でも揃う」

「メローズ?」

 メローズはメインストリートにある百貨店だ。ヒースが説明しているとカーティスは初めて行くとはしゃいでから、はっとした。

「金がいるな」

 どうやら手持ちの金の心配をしているようだった。僕を見たが鼻で笑われた。確かに余分な金は持ち合わせてはいない。

 カーティスは考え込んだ後小指に触れた。それから頷くとキラキラと輝く星のような指輪に微笑んだ。

「質屋はあるか?」

 僕は馴染みの質屋があると答えると、すぐさま腕を取られた。


 質屋の店主は僕を見るなりまたお前かという顔をしたがカーティスが話しかけると態度をころりと変えた。

 なにやらふたりで言い合っていたが、最終的には店主が折れたようだった。

 カーティスの指輪は僕の原稿料の三倍以上の値が付けられた。金貨にして三枚。

 売られるときはその倍だろうか。

 僕には価値がわからないが全面に埋め込まれている小さな星のすべてがダイヤモンドなのだそう。

 美人の上に商売も上手だと、店主はカーティスを褒めちぎっていた。


 カーティスは高架汽車も初めてらしい。駅につくとソワソワしだしたが、反対のホームに汽車が着くとその煙に咳き込んだ。

「こほっ。セントラルは空気が悪いな」

 汽車は石炭を燃やした蒸気によって動いている。おかげで駅周辺はいつでもガスのかかったように空気が淀んでいた。

 僕は気休めにしかならないだろうけれどと、ポケットからハンカチを差し出した。

 汽車だけではなくセントラルは蒸気で出来ていると言っても過言ではない。

 特に高いビルは屋上に蒸気機関を独自に持っており、その力で機械を動かしている。

 蒸気による急速な街の発展は、便利さと快適さを手に入れたように思うが、僕には少し息苦しさを感じる。

 張り巡らされた檻のような線路は、空を隠し、蒸気を作る石炭により、いつでも空は曇っている。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンリーマン洗脳ハッピーメス堕ち話

ずー子
BL
モテる金髪イケメンがひょんな事から洗脳メス堕ちしちゃう話です。最初から最後までずっとヤってます。完結済の冒頭です。 Pixivで連載しようとしたのですが反応が微妙だったのでまとめてしまいました。 完全版は以下で配信してます。よろしければ! https://www.dlsite.com/bl-touch/work/=/product_id/RJ01041614.html

【完結】会社後輩と変態催眠

にのまえ
BL
成績の良い後輩に劣等感を覚えている元教育係の林藤。しかしある日、妙に緊張した十和田にスマホの画面を突き付けられ彼と残業することになり……。X→@nino_mae_bl

隠れSな攻めの短編集

あかさたな!
BL
こちら全話独立、オトナな短編集です。 1話1話完結しています。 いきなりオトナな内容に入るのでご注意を。 今回はソフトからドがつくくらいのSまで、いろんなタイプの攻めがみられる短編集です!隠れSとか、メガネSとか、年下Sとか…⁉︎ 【お仕置きで奥の処女をもらう参謀】【口の中をいじめる歯医者】 【独占欲で使用人をいじめる王様】 【無自覚Sがトイレを我慢させる】 【召喚された勇者は魔術師の性癖(ケモ耳)に巻き込まれる】 【勝手にイくことを許さない許嫁】 【胸の敏感なところだけでいかせたいいじめっ子】 【自称Sをしばく女装っ子の部下】 【魔王を公開処刑する勇者】 【酔うとエスになるカテキョ】 【虎視眈々と下剋上を狙うヴァンパイアの眷属】 【貴族坊ちゃんの弱みを握った庶民】 【主人を調教する奴隷】 2022/04/15を持って、こちらの短編集は完結とさせていただきます。 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 前作に ・年下攻め ・いじわるな溺愛攻め ・下剋上っぽい関係 短編集も完結してるで、プロフィールからぜひ!

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

叔父さんと一緒♡

らーゆ
BL
叔父とショタ甥がヤッてるだけ。ガチのヤツなので苦手なひとは回避推奨。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

【R指定BL】下剋上な関係を集めた短編集

あかさたな!
BL
◆いきなりオトナな内容に入るのでご注意ください◆ 全話独立してます! 年下攻めや下剋上な関係の短編集です 【生徒会長になってた幼馴染による唇攻め】【弟からの指による快感で服従してしまった兄】【sub/dom世界の勇者と魔王】【VRゲームが進化した先にスライムに負ける受けがいてもいい】【脳イキさせる大学の後輩】【両片思いが実った】【むしろ胸を開発されてしまう話】【嫉妬を抑えれない幼いご主人様】【悪魔に執着してしまう腹黒神父様】【ただただ甘々なオメガバース世界のお話】【キス魔な先生を堪能する双子】 2022/02/15をもって、こちらの短編集は完結とさせていただきます。 ありがとうございました。 ーーーーーーーーーーー 感想やリクエスト いつもありがとうございます! 完結済みの短編集 【年下攻め/年上受け】 【溺愛攻め】 はプロフィールから読めます!

処理中です...