幸福を知らない俺は不幸も知らない

三谷玲

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幸福を知った二人

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「俺はお前にオチビちゃんを助けて、話し合えと伝えたはずなんだが……なんで番になってるんだよっ」

 ラウルの怒鳴り声が聞こえて目が覚めた。

「だって、ラウ兄」
「だってじゃない、この馬鹿。俺が真面目にあの女を締め上げてる時に、何をしていたんだ、何を!」

 シルファの声がいつもより幼く聞こえる。ラウ兄って呼んでる。二人はどういう関係なのか後で聞いておこう。それよりも先にラウルが怒られてるのはどうやら俺のせいらしいので弁解をしないと。

「ラウル、俺が欲しいって言ったんだ、シルファの赤ちゃん欲しいって」

 寝ぼけ眼で周りを見るとどうやら本屋敷の俺の部屋のようだ。もちろん、俺はシルファの腕の中だが。

「……オチビちゃん、お前なんて言い方を」

 ラウルが呆れた声で言った。だってしょうがないじゃないか……

「あの男が俺が子供産めるって、それなら俺シルファの役に立てるって。俺みたいな中途半端じゃシルファにはもったいないから」
「いや、翼を広げたソラハは天使のようだったよ」

 俺の肩に顔を埋めていたシルファが顔を上げて蕩けるような笑みで答えた。今そんなことを言ってる場合じゃない気もするけど可愛いので頭を撫でた。

「天使だったら白い羽根だろ?俺のは茶色い鷹の羽根だし、寧ろ悪魔みたいじゃない?」
「あんな悪魔ならいくらでも魅入られたい。いや悪魔でなくても俺はソラハに魅了されてる」

 番になったからなのかシルファが饒舌過ぎてちょっと驚いてしまうが、嬉しい。

「悪魔っていうか小悪魔だな……」

 諦めたらしいラウルが溜息混じりに呟いた。

「ソラハ!」
「え?なんで?」

 バンっという音ともに扉が開かれた。そこに現れたのは父だった。焦ったような顔をした父に俺が驚きの声を上げると、俺を抱くシルファの腕がキツくなった。

「塔から、飛び降りたって、聞いて。お前まで、ソラハまで失ったら、私は……よかった無事で」

 父が膝を付いている。初めて見る姿に何が何やら分からない俺はとりあえずシルファの腕から抜け出ることを優先した。シルファは渋々腕を緩めると今度は俺の背もたれになってくれた。下ろしてはくれなかった。

「どういうこと、ですか?」

 問いただすも口を開くことのない父に首を傾げたらラウルが答えてくれた。

「オチビちゃん、こいつはね、お前が憎くて塔に閉じ込めていたわけじゃあないんだ。寧ろ逆。Ωのお前が屋敷にいたら危ないからってあそこに住まわせてたんだよ」

 ラウルの言うことが全く理解出来ない。母の不貞を疑い、俺がケモノであるのを厭い、俺たちを幽閉したんじゃなかったのか?それを俺に教えてくれたのは誰だったか……

「あ、義母さん……」
「あの女ならさっき第1師団に引き渡してきた。おそらく実刑は免れないだろうな」

 俺の言葉にラウルが返事をしているがなにか噛み合っていない。実刑?なんのことだろう。

「お前を襲った連中、お前らがいちゃついてる間に尋問したらあっさり白状した、よっぽど烏の集団が怖かったんだろうな。乗り込んだ時には小便もらしてたし」

 そういえばそんなことがあったなぁくらいにしか覚えてない。その後のシルファとの事のほうが俺には重要だ。シルファを見ると眉にシワが寄っている。あの男たちのことを思い出したからかぶつぶつとなにか言っているけど聞き取れそうにない。なんか物騒な気もするけど、気にしないでおこう。

「で、お前らはちゃんと話し合ったんだろうな?シルファ」
「ソラハが噛んでいいって、子供欲しいって言った」

 ちょっと片言になってるシルファにラウルが睨みを利かせる。ちゃんと、と言っていいか分からないけど確かに俺はそう言ったし、間違いではない。俺がうんうんと頷いた。

「だからって婚前に番うのを私は禁止したはずだ!ソラハが……」

 急に父が大声を上げ崩れ落ちる。泥を塗るなってそういうこと?ちょっと言葉が足りないんじゃないだろうか。まったくもって理解が出来ず、ラウルに救いを求めた。

「はぁ……このおっさんはな、お前のことを愛しているんだよ、もちろん息子として。お前の母親は、今日みたいに男たちに襲われた。その際、誤って転落したんだ。ソレもコレもおそらくはあの女の仕組んだことだ。その辺はこれまでも調査してきたんだが、今回逮捕出来たことで明るみになるだろうな」
「じゃあなんでケモノ嫌いって……俺のこと避けてたじゃないか」

 ラウルの言葉に反論すると父が頭を上げて答えた。

「日に日にお前が似てくるんだ、ルヴィに……」

 ルヴィは母の名前だ。そうか俺の顔は母親似なのか……今度鏡を見てみようか。母に会えるかもしれない。

「ケモノ嫌いは俺からの提案だな。力のあるアキピテル家当主が先頭切って嫌味を言ってくれれば他の奴らは静かなもんだ。追従してればいいだけだからな。大体調べれば分かることなんだよ、アキピテル家が代々ケモノを輩出してることなんて」
「じゃああの女は?なんで再婚なんてしたの?」

 母を今でも愛してるらしい父と矛盾する再婚に俺が嫌悪を示すと父はまたうなだれてしまった。父がこんなに弱い人だとは思っても見なかったことだ。会ってもほとんど会話らしい会話がなかった俺たち親子だからそれも仕方ないことだ。俺の項を舐めるシルファに待てをして話の続きを促す。

「それはこのおっさんの不手際だな。奥様を失って茫然自失のところにあの女が入り込んだ。気付いたときには妊娠してると嘘を付き、それを吹聴していたから責任を取らされる形で迎え入れざるを得なかった」
「おい、ラウル。さっきからおっさんおっさんと……」
「おっさんで十分だ、今は私的な時間だしな」

 どうやらこの二人は旧知の仲らしい。あの女の調査というのもラウルがしていたのだろう、それこそ俺が初めてあった頃から。なるほどラウルはそれで俺にケモノのことを教えてくれたのか。……あれ?

「ねぇ、Ωって言うのは?」

 父の身体がびくっと跳ねた。この人ほんと疚しいことしかないんじゃないだろうか……俺に対して。

「Ωっていうのは第二性って言って、雄と雌とは別に子供が産める性のことだよ」

 先程から黙って俺の身体を全身で包み込んでいたシルファが答えた。第二性?聞いたこともない。父を睨むと観念した顔でボソリと呟いた。

「ソラハにはまだ早い……」

 つまりは教えたくなかったのか。

「第二性は大体15歳前後で分かるものなんだよ。ちょうどソラハの年頃。普通はその前から教えておくべきなんだけどね」
「おっさんはソラハに子供で居て欲しかったんだろうが、婚約が決まったときにでもちゃんと話しておけばよかったんだ」

 がっくりとしている父を見て、もういいかなと思った。

 確かに俺はこの15年間、塔での暮らしを余儀なくされ、愛情というものを知らずに育った。けど、知らないからこそ、それが不幸だということも知らずに生きてきた。
 シルファという番に出会って、初めて寂しい、切ないという気持ちを知った。身体ばかりが深まって心が置いてけぼりを食らっていたけど、今日分かった。
 確かに番だからという気持ちもある。けど、俺はシルファのために生きたい。そう強く思った。だから獣化も出来た。

「シルファ、シルファは俺のこと好き?」

 後ろにいるシルファに問いかける。

「好き?そんなんじゃ足りない、ソラハ無しでは俺は生きてはいけない。こんなに逢う度伝えているのにまだ伝わってなかった?」
「おい、シルファ。俺の言ったことをお前はやっぱり分かってなかったな……甘噛みを交わしただけでは愛情を伝えていることにはならないからな?」

 言われたことがないから聞いたのにどうやらケモノの習性から来るようだ。そうか毎回項やら肩やらあちこち噛まれるなぁと思ったらそういうことか。

「孤児院が犬や狼が多かったから仕方ないのか……いや俺はちゃんと話し合えと言った。これだから童貞αは……」

 ラウルの説教が続きそうなので俺は敢えて無視してシルファの指を掴んだ。

 かぷりとその指を甘噛し、ぺろりと舐める。

「シルファ、好きだよ」

 番とかケモノとかΩとか、いろいろと考えていたけど最後に残ったのは純粋な気持ちだけだった。
 こんなに俺を愛してくれる人と一緒にいられる幸せ、それを知った俺がもっと幸せになるために出来ることは愛を返すこと。
 それが伝わればいいと齧った指が俺の顎を掬う。

「愛してる、ソラハ。幸せになろう」

 目を閉じるとラウルの呆れた声、父の嘆きが聞こえたがそれらをまるっと無視して、俺達は幸福のキスを味わった。

 
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感想 1

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みんなの感想(1件)

彩季
2022.08.18 彩季

お父さん可愛いですね!!ほっこりしました(*´▽`*)

2022.08.22 三谷玲

お返事遅くなって申し訳ありませんっ!
お父さんにほっこりいただきありがとうございます🥰

解除

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