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第五話
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「くそっ! おまえ、やっぱり……Domだったのか」
「中林さん、案外口が悪いんですねぇ」
伊織と知り合ってから数週間。なぜか伊織の言うことは素直に従ってしまう自分に、理は気付いていた。
はっきりとしたCommandでなくとも、伊織に言われると、そうするのが当然のように感じていた。
――これを飲んで、これも食べて、また明日。
ささいなお願いごとばかりで、確信は持てなかったが、今のGlareではっきりした。
伊織はDomだ。
「俺を、だましてたのか?」
「だます? 違いますよ。Domだとは言わなかっただけです。それに俺はただ、中林さんを甘やかしたいだけなんです」
「甘やかしたい?」
すいぶんと上のほうにある伊織の顔を見上げた。いつもの伊織と変わったところはない。へらりと腑抜けた表情で笑っている。
恐怖も、ない。
「Kneelちゃんとできてえらいですね、中林さん」
言われてはじめて自分が床にぺたりと座っていることに気付かされる。こんな、誰もが土足で歩く床に……。きれい好きな理にはありえない。
「なん、で……」
「Glareを浴びると自然となっちゃうんですよ、Subは。どうです? 悪くないでしょう?」
理は答えられない。いいとも悪いとも思わない。不思議だ、というのが正直なところだ。
戸惑っている理をよそに、伊織がパンと手を叩いた。
「そうだ! セーフワードを決めておきましょう」
「セーフ、ワード……?」
「これから俺がするCommandがいやだと思ったら、やめてと言う代わりにセーフワードを言ってください。俺はなにがあってもやめます。それなら安心でしょ?」
何がいいかなと、つぶやく伊織に理が口を開く。
「……ぶどう」
口の中に広がる甘酸っぱい味を思い出して、これなら忘れることもないだろうと思った。
「ぶどう? わかりやすくていいですね。じゃあどうしても無理って時は叫んでくださいね、ぶどうって」
理はこくりと頷いた。
「大丈夫、これは俺が中林さんに無理矢理させていることです。安心して身を任せてください。責任はすべて俺にありますから」
伊織の両手が下りてくる。
この間とおなじようにすっと取り払われた眼鏡が、デスクに置かれる。
理の結界は、いともたやすく破られた。
「軽いものからはじめましょうか。なにがいいですかねぇ」
「外山さん、うれしそうだな」
床に座っている理の前にしゃがんだ伊織は、まるで子供のようにはしゃいだ笑顔をしていた。
「もちろん! そうだ、プレイの時だけ名前で呼んでもらいましょうか。覚えてますか? 俺の名前」
「それはCommand?」
「ええ、Say」
実質はじめてのCommandに、かっと顔が熱くなった。これが、Subの習性なのか。理は小さく俯いて、つぶやいた。
「伊織……」
かき消そうなほど小さな声だが、伊織には届いたようだ。
「いい子ですね」
ぶわっとなにかが噴き出すような心地がして、理は身震いした。
「すごいかわいい。ねぇ今どんな気分か教えて?」
「かわいいって……。なんだか、変な気分だ。慣れてないからか、それともSubっていうのはこうなるものなのか? なにかが、こう、あふれてしまいそうな気持ちだ」
「俺たち相性いいみたいですねぇ。もっと欲しい?」
もっと……? でもこれ以上あふれたらどうなってしまうのか、取り返しがつかないことになりはしないだろうか? 怖さが先に立つ。逡巡している理を見て、伊織が笑った。
「大丈夫、俺に任せてください。欲しいって言って」
大きな掌が頬を撫でると、理の不安まで拭い去るようだった。
「……欲しい」
「理は本当にかわいくていい子ですね」
かわいい、いい子。
まるで自分が小さな子どもにでもなった気がして、理は「ん」と首を伸ばした。
伊織の手が頬から頭へと伸びて、理の整った髪を撫でる。心地いい感触に、崩れるのも気にせずもっととねだるようにして押し付けると、その手はぱっと離れた。
なんで? と見上げると伊織は目を細めた。
「もっといい子にできたらしてあげますよ。理、いまここで脱いで?」
「ぬ、ぐ? ここで?」
「そう、俺に見せて。理の裸」
軽いものからじゃなかったのか? さっきまで部下たちがいた、このオフィスで服を脱ぐ。そんなことは絶対にできない。そう思うのに、手は自然とネクタイに伸びていた。
「無理だったらいいんですよ? セーフワード覚えてるでしょ?」
「……平気、できる」
「そう? ゆっくりでいいですよ。できるところまでで」
手が震えてネクタイを解くのもボタンをはずすのも一苦労だ。もたもたと外していくと、冷房の冷たい風が素肌に触れる。少し火照った身体にはむしろ、心地いい。
いつもなら脱いだシャツを放ったりはしない。畳むかハンガーにかけるか、あるいは洗濯カゴへと放り込む。いまはそんなことに構っていられなかった。だらりと抜け殻のように床に落とすと、今度はベルトに手を掛ける。
カチャカチャという音がやけに響く静かなオフィスで、理はスラックスを脱ぎやすいように座りなおす。ずるずると足先から引っ張って、ようやく脱ぎ終わったときには、息を切らしていた。
「はぁ、は、っ……、ん、できた……」
靴下と下着だけの理は、やり切った顔をして伊織を見上げた。
「よくできました。えらいえらい」
伊織はご褒美ですと言うと、頭から全身を抱えるようにしてハグをした。
あれだけDomの支配を拒んでいたはずなのに、身体はその支配を求めているようだ。まったく嫌悪感はなかった。
一気に身体から力が抜けていく。
「中林さん、案外口が悪いんですねぇ」
伊織と知り合ってから数週間。なぜか伊織の言うことは素直に従ってしまう自分に、理は気付いていた。
はっきりとしたCommandでなくとも、伊織に言われると、そうするのが当然のように感じていた。
――これを飲んで、これも食べて、また明日。
ささいなお願いごとばかりで、確信は持てなかったが、今のGlareではっきりした。
伊織はDomだ。
「俺を、だましてたのか?」
「だます? 違いますよ。Domだとは言わなかっただけです。それに俺はただ、中林さんを甘やかしたいだけなんです」
「甘やかしたい?」
すいぶんと上のほうにある伊織の顔を見上げた。いつもの伊織と変わったところはない。へらりと腑抜けた表情で笑っている。
恐怖も、ない。
「Kneelちゃんとできてえらいですね、中林さん」
言われてはじめて自分が床にぺたりと座っていることに気付かされる。こんな、誰もが土足で歩く床に……。きれい好きな理にはありえない。
「なん、で……」
「Glareを浴びると自然となっちゃうんですよ、Subは。どうです? 悪くないでしょう?」
理は答えられない。いいとも悪いとも思わない。不思議だ、というのが正直なところだ。
戸惑っている理をよそに、伊織がパンと手を叩いた。
「そうだ! セーフワードを決めておきましょう」
「セーフ、ワード……?」
「これから俺がするCommandがいやだと思ったら、やめてと言う代わりにセーフワードを言ってください。俺はなにがあってもやめます。それなら安心でしょ?」
何がいいかなと、つぶやく伊織に理が口を開く。
「……ぶどう」
口の中に広がる甘酸っぱい味を思い出して、これなら忘れることもないだろうと思った。
「ぶどう? わかりやすくていいですね。じゃあどうしても無理って時は叫んでくださいね、ぶどうって」
理はこくりと頷いた。
「大丈夫、これは俺が中林さんに無理矢理させていることです。安心して身を任せてください。責任はすべて俺にありますから」
伊織の両手が下りてくる。
この間とおなじようにすっと取り払われた眼鏡が、デスクに置かれる。
理の結界は、いともたやすく破られた。
「軽いものからはじめましょうか。なにがいいですかねぇ」
「外山さん、うれしそうだな」
床に座っている理の前にしゃがんだ伊織は、まるで子供のようにはしゃいだ笑顔をしていた。
「もちろん! そうだ、プレイの時だけ名前で呼んでもらいましょうか。覚えてますか? 俺の名前」
「それはCommand?」
「ええ、Say」
実質はじめてのCommandに、かっと顔が熱くなった。これが、Subの習性なのか。理は小さく俯いて、つぶやいた。
「伊織……」
かき消そうなほど小さな声だが、伊織には届いたようだ。
「いい子ですね」
ぶわっとなにかが噴き出すような心地がして、理は身震いした。
「すごいかわいい。ねぇ今どんな気分か教えて?」
「かわいいって……。なんだか、変な気分だ。慣れてないからか、それともSubっていうのはこうなるものなのか? なにかが、こう、あふれてしまいそうな気持ちだ」
「俺たち相性いいみたいですねぇ。もっと欲しい?」
もっと……? でもこれ以上あふれたらどうなってしまうのか、取り返しがつかないことになりはしないだろうか? 怖さが先に立つ。逡巡している理を見て、伊織が笑った。
「大丈夫、俺に任せてください。欲しいって言って」
大きな掌が頬を撫でると、理の不安まで拭い去るようだった。
「……欲しい」
「理は本当にかわいくていい子ですね」
かわいい、いい子。
まるで自分が小さな子どもにでもなった気がして、理は「ん」と首を伸ばした。
伊織の手が頬から頭へと伸びて、理の整った髪を撫でる。心地いい感触に、崩れるのも気にせずもっととねだるようにして押し付けると、その手はぱっと離れた。
なんで? と見上げると伊織は目を細めた。
「もっといい子にできたらしてあげますよ。理、いまここで脱いで?」
「ぬ、ぐ? ここで?」
「そう、俺に見せて。理の裸」
軽いものからじゃなかったのか? さっきまで部下たちがいた、このオフィスで服を脱ぐ。そんなことは絶対にできない。そう思うのに、手は自然とネクタイに伸びていた。
「無理だったらいいんですよ? セーフワード覚えてるでしょ?」
「……平気、できる」
「そう? ゆっくりでいいですよ。できるところまでで」
手が震えてネクタイを解くのもボタンをはずすのも一苦労だ。もたもたと外していくと、冷房の冷たい風が素肌に触れる。少し火照った身体にはむしろ、心地いい。
いつもなら脱いだシャツを放ったりはしない。畳むかハンガーにかけるか、あるいは洗濯カゴへと放り込む。いまはそんなことに構っていられなかった。だらりと抜け殻のように床に落とすと、今度はベルトに手を掛ける。
カチャカチャという音がやけに響く静かなオフィスで、理はスラックスを脱ぎやすいように座りなおす。ずるずると足先から引っ張って、ようやく脱ぎ終わったときには、息を切らしていた。
「はぁ、は、っ……、ん、できた……」
靴下と下着だけの理は、やり切った顔をして伊織を見上げた。
「よくできました。えらいえらい」
伊織はご褒美ですと言うと、頭から全身を抱えるようにしてハグをした。
あれだけDomの支配を拒んでいたはずなのに、身体はその支配を求めているようだ。まったく嫌悪感はなかった。
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