神様からのボーナスタイム

泣いて寝落ちするのは子どもくらいなもんだ

　寝落ちしたショウイチが目覚めると、すっかり夜が明けていた。

　昨晩、大人二人が会議をした結果、ショウイチはシゲアキの家に居候することになった。そう告げられたとき、安堵ともにショウイチは恩返しをしなければと思った。

「僕、家事でもなんでもするから」
「家事？　そんなものする必要はない」

　これは文字通り家事という作業がなかった。

　掃除はロボットがする。もちろん人型ロボットじゃなくて床を這うアレの進化系。セットしておけば勝手に床を掃いて拭いて、ターミナルと呼ばれる寝床へ帰る。回収されたゴミは自動で回収され、マンション内のダストステーションへと運ばれる。

　洗濯も全自動だ。クローゼットと一体になっていて放り込んでおけば洗濯、脱水、乾燥からその服にあった状態で玄関近くの廊下にある専用のウォークインクローゼットへと運ばれていく。一度その様子を見たくてクローゼットの中で待っていたら、スーツのジャケットはハンガーポールを流れ、シャツは綺麗に折りたたまれてベルトコンベアみたいに運ばれてきた。

　食事は、キッチンすらなかった。趣味で料理をする人はいるらしいがシゲアキにその趣味はないらしい。その分室内を広くリノベーションしたそうだ。ただ、唯一の趣味である紅茶のためのヤカンと小さなガスコンロが飾り棚に並んでいる。そのとなりにはいくつかの茶葉の入った缶とカップがあった。

　湯沸かし器じゃダメなのかと尋ねたところ、ガスで沸かしたお湯のほうがおいしい紅茶が淹れられるのだそうだ。ショウイチには味の違いは分からなかったが、確かに朝起きたときに淹れてもらった紅茶は今まで飲んでいたものとは一味違うと感じた。

　ミルクを――冷蔵庫はあった。飲み物しか入っていないが――たっぷり入れた紅茶を飲みながら、本当に未来に来たのだなぁとぼんやり思う。

　シゲアキはグリーンアーティストという肩書らしい。

「それってフラワーアレンジメントみたいな？　僕、花はあんまり好きじゃない……」
「似てるけど、少し違うな。俺のはこういった地に根を張っている樹木で空間をデザインするのが仕事だ。切り花は俺も好きじゃない。まるで生首みたいだろ？」

　ショウイチが花を嫌いな理由は違うので、曖昧に頷く。

　つい昨日まで、花は好きでも嫌いでもなかった。でもリョウゴを奪った女は花屋だ。また花を見たら思い出してしまう。また、胸が苦しくなる。

「安心しろ。家に花を持ち込まないようにするから」

　相当嫌そうな顔をしていたのだろう。シゲアキはショウイチの頭をぽんぽんと叩いた。

「子どもだと思ってるんでしょ？」
「泣いて寝落ちするのは子どもくらいなもんだ。もしくは失恋したときか……」

　くっと喉が詰まる。

「図星か……」

　呆れたような、がっかりしたような声で言われ、いたたまれない気分になった。

　午前中は部屋の中を案内してもらって終わった。

　着替えにとシゲアキの服を渡されたが、サイズはまったく合わなかった。色褪せたデニムはそのままに、シンプルだけどやたら着心地のいい太ももまで隠れるパーカーを身に着ける。

「下の階でいくつか見繕おう。ほかにも必要なものをそろえるぞ」
「いいの？　僕お金持ってないけど」
「そんなこと子どもが気にする必要はない」

　また子ども扱いされたが、これについてはどうしようもない。実際、ショウイチは財布すら持たずに家を出た。かろうじて持っていたＳＵＩＣＡだって使えるはずもない。ここは素直に甘えることにして、いつか返そうと心に誓った。