神様からのボーナスタイム

それを言葉にする勇気はなかった

「どう、いうこと……？」

　先ほどから感じるいくつかの違和感に、ショウイチの声が震える。

「それくらいの計算はできるだろう？　今日は２０５０年３月１２日。君の誕生日が１９９１年の９月２１日なら――」
「２０５０年……？　２０１１年じゃ、え？　ちょっと待って」

　ショウイチはさっき見た新宿の街並みを思い出していた。記憶にある新宿とは大きく違う。タクシーだってそうだ。排気ガスの匂いは一切しないし、エンジン音もなかった。こんなに大きな建物なら電車から見覚えがあってもいいはずなのに、まったく記憶にない。

　それに、目の前のこの男。彼が嘘を言っているようには見えない。見も知らずのショウイチにそんな嘘をつく必要がない。

　でも、そんなことがあるだろうか？
　飛び降りた先が天国ではなく、未来だなんて。
　なにか証拠があれば……。

「あの、新聞かテレビは？　今が本当に２０５０年って分かるなにか」

　ショウイチは前のめりになってシゲアキに問いただした。

「新聞……？　あんなもんとっくの昔になくなっただろ。テレビって……お前スマコン持ってないのか？」
「スマコン？　スマホなら持ってるけど……」

　ポケットを漁るが見つからない。ぼんやりしていたから持って出るのを忘れた。あれだけ毎日持ち歩いていたのに、リョウゴからの報告が相当堪えていたようだ。

「スマートコンタクトレンズ」

　そういうとシゲアキは右目の下瞼を引き下ろした。そこには確かにコンタクトレンズのようなものが見える。ショウイチの視力は１．５なので眼鏡すら必要ない。

　シゲアキの目の中にあるのはただのコンタクトではなかった。なにかごくごく小さな金色の機械のようなものが、白い眼球に張り付いているようにも見える。パソコンの中にあるような……。思わず、身を縮める。

　ショウイチの様子がおかしいことに気付いたのか、シゲアキは眉間のシワを深くしてショウイチを観察するように見つめた。

「……本当に知らないようだな」

　ショウイチはこくりと頷く。
　しばらくふたりは言葉が出てこなかった。
　おそらくふたりは同じことを考えている。
　ただそれを言葉にする勇気はなかった。
　そこに音もなく現れたのはフロントにいた女性だ。手には二脚のカップが乗せられたトレンチを持っていた。

「キタムラ様、どうかされました？　お顔の色が悪いようですけど。医師を呼びますか？」
「いや……ありがとう、ナカセさん。これをいただいたら、部屋に戻るよ」
「かしこまりました。お連れ様は……」
「あぁ……彼は、義姉の、義姉の子でしばらくここに泊まることになるから――」

　ナカセと呼ばれた女性がショウイチを見る。心配そうな瞳でじっと見られて、ショウイチは慌ててへたくそな笑顔を作った。前髪越しにナカセを見ると疑いが晴れているようには見えないが、彼女のそれ以上の追及は免れたようだ。

「なにかお困りのことがあればなんなりとおっしゃってください。そのためのコンシェルジュですから。もちろん、プライバシーは厳守で」

　キリリとした表情は頼り甲斐がありそうだった。ナカセが紅茶を置いて立ち去ると、ふたりしてそれに口を付けた。