3 / 25
唯一の居場所が崩れていく
しおりを挟む
亮悟の電話によろこびで弾む気持ちを深呼吸して落ち着かせ、前髪の隙間から見えるスマホの画面をタップした。
「亮悟? 僕、来週には帰るからさ、そしたら――」
前のめりな翔一の言葉を遮るように、亮悟がいつもより少し緊張したような声で話し始めた。
『あぁ、ごめん。来週はちょっと無理。というか、しばらく翔一とは遊べないかもしれない。俺さ、結婚することになったんだ』
「……結婚? 待って僕らまだ二十歳にもなってないのに? なんで、そんな急に。って彼女いたとも聞いてないんだけど」
『あれ? 言わなかったっけ? 夏から付き合ってるって』
聞いていない。大体彼女ってだけでも衝撃なのに、結婚? 翔一はスマホ越しに聞こえる亮悟の声を遠くに感じた。
『商店街の花屋をやってる成美って人なんだけどさ。ひとりで子育てしてて大変なのにいつも笑顔で挨拶してくれるんだよ。きったない作業着の俺にさ。で、その子どももかわいくて。女の子なんだけど。この間床のひび割れが見つかって、うちに修復して欲しいって――』
母親がうわさ話をしていた人だ。なんでわざわざ子持ちの女と……。翔一の心はどす黒く渦巻き始めていた。
『で、まぁいろいろあって付き合うことになったんだけど、その……子どもが出来て――』
「こども……?」
『そう、三か月』
子ども……。それは翔一が思い描いた未来には絶対に存在しない生き物だった。明るい光の先が突然大きな壁で断絶されて真っ暗になった気がした。
『翔一? 聞いてるか?』
「好きだったのに……。僕のほうが先に亮悟を好きだったのにっ!」
気づけば口にしていた。大学を卒業してなにか適当にサラリーマンにでもなって働き始めて、亮悟を養えるくらい稼げるようになったら、そうしたら堂々と亮悟に告白しようと思っていた。亮悟だって前に一緒に暮らしたら楽しそうだなって言ってくれたはずだ。そうなる、予定だった。
『好き、って俺も翔一のことは好きだけど』
「そうじゃないっ! 僕が言ってるのは――」
『マジか……悪い。俺ホモじゃないし……。翔一とって考えたこともないわ。ない。……正直、キモイ』
そこまで言って沈黙が続いた。翔一は公開告白をして罵倒されてる茶髪の男を思い出していた。あの後も茶髪の男は大学に通っているみたいだが、翔一には無理だ。亮悟にキモイと言われただけでも、キツイ。喉がカラカラに渇いていて、何か音を出そうとするとひきつるように感じた。
沈黙を破ったのは、亮悟だった。
『……そういうわけだから。誰からも喜んでもらえない結婚だけど、翔一なら喜んでくれると思って、電話したんだけど……じゃあな』
そこで電話は切れた。
翔一はしばらくスマホを耳に当てたまま、動けなかった。すっかり日は落ちて部屋は真っ暗になっていた。翔一の頭の中も闇に覆われていた。すべてが、終わった気がした。暗闇の中に亮悟の言葉だけが文字となって表れては消えていく。
キモイ。子ども。結婚。ホモ。キモイ……キモイ。
翔一の、唯一の居場所が崩れていく。ぼんやりとしていた未来予想図はぐらぐらと揺れて、崩れ落ちていく。翔一の独りよがりの城だとしても、翔一にとってはそれがすべてだった。
「亮悟? 僕、来週には帰るからさ、そしたら――」
前のめりな翔一の言葉を遮るように、亮悟がいつもより少し緊張したような声で話し始めた。
『あぁ、ごめん。来週はちょっと無理。というか、しばらく翔一とは遊べないかもしれない。俺さ、結婚することになったんだ』
「……結婚? 待って僕らまだ二十歳にもなってないのに? なんで、そんな急に。って彼女いたとも聞いてないんだけど」
『あれ? 言わなかったっけ? 夏から付き合ってるって』
聞いていない。大体彼女ってだけでも衝撃なのに、結婚? 翔一はスマホ越しに聞こえる亮悟の声を遠くに感じた。
『商店街の花屋をやってる成美って人なんだけどさ。ひとりで子育てしてて大変なのにいつも笑顔で挨拶してくれるんだよ。きったない作業着の俺にさ。で、その子どももかわいくて。女の子なんだけど。この間床のひび割れが見つかって、うちに修復して欲しいって――』
母親がうわさ話をしていた人だ。なんでわざわざ子持ちの女と……。翔一の心はどす黒く渦巻き始めていた。
『で、まぁいろいろあって付き合うことになったんだけど、その……子どもが出来て――』
「こども……?」
『そう、三か月』
子ども……。それは翔一が思い描いた未来には絶対に存在しない生き物だった。明るい光の先が突然大きな壁で断絶されて真っ暗になった気がした。
『翔一? 聞いてるか?』
「好きだったのに……。僕のほうが先に亮悟を好きだったのにっ!」
気づけば口にしていた。大学を卒業してなにか適当にサラリーマンにでもなって働き始めて、亮悟を養えるくらい稼げるようになったら、そうしたら堂々と亮悟に告白しようと思っていた。亮悟だって前に一緒に暮らしたら楽しそうだなって言ってくれたはずだ。そうなる、予定だった。
『好き、って俺も翔一のことは好きだけど』
「そうじゃないっ! 僕が言ってるのは――」
『マジか……悪い。俺ホモじゃないし……。翔一とって考えたこともないわ。ない。……正直、キモイ』
そこまで言って沈黙が続いた。翔一は公開告白をして罵倒されてる茶髪の男を思い出していた。あの後も茶髪の男は大学に通っているみたいだが、翔一には無理だ。亮悟にキモイと言われただけでも、キツイ。喉がカラカラに渇いていて、何か音を出そうとするとひきつるように感じた。
沈黙を破ったのは、亮悟だった。
『……そういうわけだから。誰からも喜んでもらえない結婚だけど、翔一なら喜んでくれると思って、電話したんだけど……じゃあな』
そこで電話は切れた。
翔一はしばらくスマホを耳に当てたまま、動けなかった。すっかり日は落ちて部屋は真っ暗になっていた。翔一の頭の中も闇に覆われていた。すべてが、終わった気がした。暗闇の中に亮悟の言葉だけが文字となって表れては消えていく。
キモイ。子ども。結婚。ホモ。キモイ……キモイ。
翔一の、唯一の居場所が崩れていく。ぼんやりとしていた未来予想図はぐらぐらと揺れて、崩れ落ちていく。翔一の独りよがりの城だとしても、翔一にとってはそれがすべてだった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

おとぎ話の結末
咲房
BL
この世界の何処かにいる〈運命の番〉。
だが、その相手に巡り会える確率はゼロに等しかった。だからこそ、その相手との出会いは現代のおとぎ話と囁かれており、番のいないαとΩの憧れである。
だが、その出会いを相手に嫌悪されたら、Ωはどうすればいい?
吹き荒れる運命と心を裏切る本能にどうやって抗えばいい?
はたして、愛は運命を超えることが出来るのだろうか──
これは、どこにでもいる平凡な男の子が掴む、本当の愛、本当の世界、本当の未来のお話です。
どうぞ彼と一緒に現代のおとぎ話の行く末を見守って下さい。
尚、素晴らしい表紙はeast様に描いて頂いてます。east様、ありがとうございます!


男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる