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後編
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目が覚めると、ひとり生徒会室にいた。
慌ただしい足音とともに、扉が開き、僕は「発見」された。
大人たちは口々に今までどこにいたとか聞いてきた。
「覚えてません」
発見されたときの服装があまりに淫らで、検査をした結果僕の身体に性的虐待のあとが見つかった。
何者かに拉致され、そこで慰み者にされていたのではないかと尋ねられたが、覚えがない。
何度も検査を受け、カウンセリングまでさせられたが、勘弁して欲しい。
こんな格好これまでしたことはないし、これからもしたいとは思わない。
答えられない僕に、忘れているなら嫌な記憶を思い起こす必要はないだろうと、今度はみんな壊れ物を扱うようにひたすら優しくなった。
他の人たちはどうしたと聞かれても、なにも覚えていない僕には分からないというしかなかった。
僕らが消えて、数週間経っていたそうだ。
僕が「発見」されてから数日経って、書紀、会計、双子と次々に「発見」された。彼らは一様に酷い怪我を負っていたらしい。
治療を受けた後、彼らへの問いの答えも同じ「覚えていない」らしい。
それからさらに数日、会長が「発見」された。
会長は何一つ傷もなく、身体は問題ないように思われた。
ただ、精神的ショックを受けたらしく、彼は「何も覚えていない」と言ったそうだ。
将来を約束された生徒会メンバーの謎の失踪事件は世間を騒がせたが、各家はその権力とコネをフルに使い、沈静化させた。
唯一、守ってくれる家族のいない、転校生による誘拐だったと結論付けて。
転校生が「発見」されることはなかった。
誰も覚えていないものは、仕方ない。
僕らは事件が風化するまで学園で守られ、大学を卒業し、バラバラになった。
今僕は久しぶりに生徒会の面々と逢っている。
書紀が結婚をすることになり、招待されたのだ。
と言っても友人として、ではなく上流階級によくある義理で、だが。
僕は卒業後、父の会社を継ぐことなく田舎に引きこもっていた。
これまで学んだことが「発見」後、虚しくなったのだ。
父も母も「発見」当時の僕の様子に思うことがあったのだろう。快く田舎にある別宅で、自由に暮らすことを許してくれた。
僕はそこで絵を描きはじめた。
ほとんどは風景画だ。
想像で描いた幻想的な風景画は、一部のマニアには好評で特に海外では高値で取引されるまでになった。
ひとり静かに田舎で暮らしていた僕のもとに届いたのが、書紀の結婚式の案内だったのである。
書紀の結婚式は盛大だった。大きな式場では、ところせましとここぞとばかりに大人たちがコネクション作りに勤しんでいた。
久しぶりの都会に僕は少し緊張していたが、懐かしい顔を見られるのは心がはずんだ。
書紀に祝辞を述べて、会計や双子とともに彼を囲んだ。
今どうしているのか? 同級生が誰それと結婚したとか、他愛もない話しをしているときだった。
僕の隣に会長が来たのは。
彼は「何も覚えて」いなかった。
自分が誰かも、学園での生活も、僕らのことも。
彼の治療は長きに渡ったらしい。
その間、僕は彼に逢えなかった。
あれだけ好きだった彼が、大変な状況であると知っても、僕には彼に逢う勇気がなかった。
なぜなら、僕らは敵同士になったのだから。
僕はあのとき、魔王のためならかつての友人も、好きだった会長とも戦う覚悟をしていた。
転移させられたときに見せつけられた、会長と転校生の絆。ヒビの入った僕の心を粉々に壊し、新たな心を作ってくれた魔王。
僕を喚び、檻に入れ、愛を注ぎ、僕を作り変えた張本人は「許さないで」と言って、僕の心にまだ居座り続けている。
当たり障りのない、祝辞を書紀に伝えた会長が、僕の手を引いた。
「他の人たちも挨拶をしたいだろうから、少し席を外さないか?」
「そうですね。じゃあ僕は少し外の風にあたりたいので……」
そう言ってその手を振りほどこうとした。
「まだ、許してくれないですか?」
会長が僕に敬語を使ったことは、これまで一度もない。
見上げた男の顔は、会長と同じはずなのに、会長が見せたことのない表情で僕を見つめていた。
「どう、して……?」
「笑ってください」
笑えるわけがない。
僕に笑えというくせに、彼は眉を下げ、瞳を潤ませ、まるで懇願するように見下ろしていた。
式場の中庭で彼があの後のこと、これまでのことを語りだした。
曰く、戦いは勇者たちの一方的な攻撃を魔王の膨大な魔力で防御することで、長きに渡った。
強固な魔法防壁のせいで怪我をする勇者一行に心痛めた魔王は、ひとり、ひとりと彼らを転移させることで退けた。
あとは勇者と神子だけとなったとき、神子が言った。
『なぜ戦わないのですか? あなたは魔王ではないのですか?』
『確かにそう呼ばれてはいますが、戦う理由がありません。私は彼を求めて召還しただけで、あなた達はそれに巻き込まれただけに過ぎません』
『じゃあ、なぜ俺たちは……』
そう言って勇者が剣を落とした。
転移先で魔王を倒す使命だと唆されただけだったのだろう。
正義感を悪用された末の、無駄な戦いだった。
『あなた達も元の世界に還します』
『待ってくれ! どうせ還ったところで俺とこいつは引き離される。それならこの世界でふたりで静かに暮らしたほうがよっぽどマシだ』
会長は本気で転校生を愛していたようだ。
婚約者がいる身で男と本気の恋をしたとわかれば、家族から引き離されるのは必至だった。
『ボクもどうせ天涯孤独です。それならここでふたりで……』
『私が生きていたらあなた達は勇者としての使命を果たしたとは言えないのではないですか?』
『それなら、あんたがあっちに行けばいい。同じ顔だからな』
そう言って勇者と神子が転移の呪文を唱えた。
魔王を倒した勇者が、その後どうなったかは知らない。
しかし、あの世界で魔王は消えた。
「発見」後、一度も面会に来なかった僕に、本当に許していないのだと思った彼は、必死でこの世界に馴染む努力をした。
「何も覚えていない」おかげで婚約は破棄され、彼は努力の結果、家を継ぎ、父親をも凌駕した。今や彼の行動を非難する者は誰もいない「魔王」として君臨しているらしい。
「僕は「微笑みの貴公子」らしいですが、一度も心から笑ったことはなかったんです。あなたに逢うまでは」
僕が微笑むと彼は額にキスをしようとした。
咄嗟に両手で覆うとその手はあっさりと引き剥がされた。
「もう、魔法は使えません」
「でも……」
「では、こちらに」
そう言って「魔王」は僕の口を塞いだ。
深く、長く、心の闇を晴らす、甘い口づけは僕の体力が尽きかけるまで続いた。
息を切らした僕に「魔王」が「許してくれますか?」と尋ねた。
「まだ、許していませんから……っ。許してほしければ、毎日……キスをしてください」
「では、どうか許さないでください、一生」
慌ただしい足音とともに、扉が開き、僕は「発見」された。
大人たちは口々に今までどこにいたとか聞いてきた。
「覚えてません」
発見されたときの服装があまりに淫らで、検査をした結果僕の身体に性的虐待のあとが見つかった。
何者かに拉致され、そこで慰み者にされていたのではないかと尋ねられたが、覚えがない。
何度も検査を受け、カウンセリングまでさせられたが、勘弁して欲しい。
こんな格好これまでしたことはないし、これからもしたいとは思わない。
答えられない僕に、忘れているなら嫌な記憶を思い起こす必要はないだろうと、今度はみんな壊れ物を扱うようにひたすら優しくなった。
他の人たちはどうしたと聞かれても、なにも覚えていない僕には分からないというしかなかった。
僕らが消えて、数週間経っていたそうだ。
僕が「発見」されてから数日経って、書紀、会計、双子と次々に「発見」された。彼らは一様に酷い怪我を負っていたらしい。
治療を受けた後、彼らへの問いの答えも同じ「覚えていない」らしい。
それからさらに数日、会長が「発見」された。
会長は何一つ傷もなく、身体は問題ないように思われた。
ただ、精神的ショックを受けたらしく、彼は「何も覚えていない」と言ったそうだ。
将来を約束された生徒会メンバーの謎の失踪事件は世間を騒がせたが、各家はその権力とコネをフルに使い、沈静化させた。
唯一、守ってくれる家族のいない、転校生による誘拐だったと結論付けて。
転校生が「発見」されることはなかった。
誰も覚えていないものは、仕方ない。
僕らは事件が風化するまで学園で守られ、大学を卒業し、バラバラになった。
今僕は久しぶりに生徒会の面々と逢っている。
書紀が結婚をすることになり、招待されたのだ。
と言っても友人として、ではなく上流階級によくある義理で、だが。
僕は卒業後、父の会社を継ぐことなく田舎に引きこもっていた。
これまで学んだことが「発見」後、虚しくなったのだ。
父も母も「発見」当時の僕の様子に思うことがあったのだろう。快く田舎にある別宅で、自由に暮らすことを許してくれた。
僕はそこで絵を描きはじめた。
ほとんどは風景画だ。
想像で描いた幻想的な風景画は、一部のマニアには好評で特に海外では高値で取引されるまでになった。
ひとり静かに田舎で暮らしていた僕のもとに届いたのが、書紀の結婚式の案内だったのである。
書紀の結婚式は盛大だった。大きな式場では、ところせましとここぞとばかりに大人たちがコネクション作りに勤しんでいた。
久しぶりの都会に僕は少し緊張していたが、懐かしい顔を見られるのは心がはずんだ。
書紀に祝辞を述べて、会計や双子とともに彼を囲んだ。
今どうしているのか? 同級生が誰それと結婚したとか、他愛もない話しをしているときだった。
僕の隣に会長が来たのは。
彼は「何も覚えて」いなかった。
自分が誰かも、学園での生活も、僕らのことも。
彼の治療は長きに渡ったらしい。
その間、僕は彼に逢えなかった。
あれだけ好きだった彼が、大変な状況であると知っても、僕には彼に逢う勇気がなかった。
なぜなら、僕らは敵同士になったのだから。
僕はあのとき、魔王のためならかつての友人も、好きだった会長とも戦う覚悟をしていた。
転移させられたときに見せつけられた、会長と転校生の絆。ヒビの入った僕の心を粉々に壊し、新たな心を作ってくれた魔王。
僕を喚び、檻に入れ、愛を注ぎ、僕を作り変えた張本人は「許さないで」と言って、僕の心にまだ居座り続けている。
当たり障りのない、祝辞を書紀に伝えた会長が、僕の手を引いた。
「他の人たちも挨拶をしたいだろうから、少し席を外さないか?」
「そうですね。じゃあ僕は少し外の風にあたりたいので……」
そう言ってその手を振りほどこうとした。
「まだ、許してくれないですか?」
会長が僕に敬語を使ったことは、これまで一度もない。
見上げた男の顔は、会長と同じはずなのに、会長が見せたことのない表情で僕を見つめていた。
「どう、して……?」
「笑ってください」
笑えるわけがない。
僕に笑えというくせに、彼は眉を下げ、瞳を潤ませ、まるで懇願するように見下ろしていた。
式場の中庭で彼があの後のこと、これまでのことを語りだした。
曰く、戦いは勇者たちの一方的な攻撃を魔王の膨大な魔力で防御することで、長きに渡った。
強固な魔法防壁のせいで怪我をする勇者一行に心痛めた魔王は、ひとり、ひとりと彼らを転移させることで退けた。
あとは勇者と神子だけとなったとき、神子が言った。
『なぜ戦わないのですか? あなたは魔王ではないのですか?』
『確かにそう呼ばれてはいますが、戦う理由がありません。私は彼を求めて召還しただけで、あなた達はそれに巻き込まれただけに過ぎません』
『じゃあ、なぜ俺たちは……』
そう言って勇者が剣を落とした。
転移先で魔王を倒す使命だと唆されただけだったのだろう。
正義感を悪用された末の、無駄な戦いだった。
『あなた達も元の世界に還します』
『待ってくれ! どうせ還ったところで俺とこいつは引き離される。それならこの世界でふたりで静かに暮らしたほうがよっぽどマシだ』
会長は本気で転校生を愛していたようだ。
婚約者がいる身で男と本気の恋をしたとわかれば、家族から引き離されるのは必至だった。
『ボクもどうせ天涯孤独です。それならここでふたりで……』
『私が生きていたらあなた達は勇者としての使命を果たしたとは言えないのではないですか?』
『それなら、あんたがあっちに行けばいい。同じ顔だからな』
そう言って勇者と神子が転移の呪文を唱えた。
魔王を倒した勇者が、その後どうなったかは知らない。
しかし、あの世界で魔王は消えた。
「発見」後、一度も面会に来なかった僕に、本当に許していないのだと思った彼は、必死でこの世界に馴染む努力をした。
「何も覚えていない」おかげで婚約は破棄され、彼は努力の結果、家を継ぎ、父親をも凌駕した。今や彼の行動を非難する者は誰もいない「魔王」として君臨しているらしい。
「僕は「微笑みの貴公子」らしいですが、一度も心から笑ったことはなかったんです。あなたに逢うまでは」
僕が微笑むと彼は額にキスをしようとした。
咄嗟に両手で覆うとその手はあっさりと引き剥がされた。
「もう、魔法は使えません」
「でも……」
「では、こちらに」
そう言って「魔王」は僕の口を塞いだ。
深く、長く、心の闇を晴らす、甘い口づけは僕の体力が尽きかけるまで続いた。
息を切らした僕に「魔王」が「許してくれますか?」と尋ねた。
「まだ、許していませんから……っ。許してほしければ、毎日……キスをしてください」
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