花嫁ゲーム

八木愛里

文字の大きさ
上 下
23 / 25

23 最終ゲーム④

しおりを挟む
 仮面を外したモナークさまは整った顔立ちをしていた。クールな目元に白い肌。中性的な、まるで作り物のような美しさだった。
 
「これでいいか?」
 
 モナークさまは微笑んで言ったが、私は彼の顔を見つめたまま動けなくなった。
「どうした?」と首をかしげる彼の声で我に返る。
 
 私は彼に会ったことがある。
 いや、少し前まで一緒にいた。
 だってこの人……ミノリと瓜二つの顔をしている。第4ゲーム「裏切り者は誰だ」で私を庇って死んだミノリ。まさか、彼女がモナークさまだったなんて……。
 
「……あなた、ミノリなの?」
 
 思わず呟くと、彼はククッと笑った。そして「あぁそうだ」と言う。

「私はミノリだ。そして、君が殺した」
 
 モナークさまはそう言うと、私の目の前に歩み寄ってくる。思わず後ずさりすると、彼は私に向かって手を伸ばした。私はギュッと目をつぶる。
 
「アカネ」
 
 モナークさまは私の名前を呼ぶと、髪の毛をひと束手に取った。そしてそれにそっと口づけを落とす。
 
「っ!?」
 
 驚きのあまり、私は固まってしまった。
 
「アカネ、君には感謝しないといけないな。私の愛しい人」
 
 モナークさまはそう言うと、私の髪を優しく撫でた。私は混乱して頭が回らなくなる。
 彼はミノリで、ミノリはモナークさま? それに感謝ってどういうこと? 私が混乱しているのを察してか、彼はクスッと笑った。そして私に向かってこう言った。
 
「アカネ、俺に聞きたいことがあるようだな」
「……どうして私を庇って死ぬような芝居をしたの?」
 
 私の質問に、モナークさまは「君には生きてほしかったから」と呟いた。
 
「それに、ずっとミノリでいるとボロが出る。引き際だったんだよ」
 
 彼は寂しげに笑う。
 
「そうだったの……」
 
 私は言葉を失った。私が何か言う前に、モナークさまが口を開く。
 
「それで? まだ聞きたいことがあるようだな?」
 
 彼は私に問いかけた。
 きっとこれはチャンスだ。モナークさまを知ることのできる最初で最後のチャンス。
 私は考え込んだあと、顔を上げて彼を見つめて言った。
 
「私、実は前回の花嫁ゲームに参加していた、西野ナギサさんの友人なんです。彼女のことを覚えていますか」
 
 私はモナークさまの顔色をうかがった。彼は冷静な様子で「もちろん知っている」と答える。
 
「彼女はどうして死んだのですか?」
 
 私が質問すると、モナークさまは口を開いた。
 
「プレゼントゲームで死んだ西野ナギサか。……好みに合わない絵を描いてきたから殺した」
 
 私は息を吞んだ。やはりナギサはモナークさまの手によって殺されたのだ。
 
「貴方は人の痛みがわからないの?」
「わからないな」
「……どうしてそんなに酷いことが平気でできるの」
「だって、そうしないとこの世界は成り立たないだろう?」
 
 モナークさまは平然と答えた。そして私に向かって言う。
 
「アカネ、君はこの狂ったゲームが本当に終わると思っているのか?」
 
 私は言葉に詰まった。モナークさまは続ける。「俺は終わらせたいんだよ」と。
 
「だから君には生きてほしいんだ」
 
 モナークさまの言葉に、私は何も言い返せなかった。彼はそんな私を見て微笑むとこう言った。

「二人きりで話をしたい」

 モナークさまは黒いコンセントを抜いた。監視カメラの電源だったようで、見上げると天井に設置されたカメラの小さな赤いランプがプツンと消える。
 
「これでいいだろう」
 
 そして私に向かってこう言った。
 
「これで君だけが俺の真実を知る者だ」
 
 モナークさまは両手を広げて微笑むと、私に一歩近づいた。私は思わず後ずさりする。モナークさまはそんな私を見て悲しそうに笑った。
 
「アカネ、怖がらなくていい」
 
 彼は優しく言ったけれど、私は警戒を解かなかった。だって、この人は人殺しだもの……。
 そんな私の心を見透かしたのか、モナークさまは「アカネ」と私を呼んだ。
 そして彼の方から距離を詰めてくる。
 私は怖くなって後ずさりしたが、壁まで追い詰められてしまった。
 
「花嫁に選ばれたとしても、俺と共に死ぬ運命にある。俺の命はそう長くない」
 
 モナークさまは私を見つめながら言った。

「だから、君には生きていてほしいんだ」
「どういう……意味?」
 
 私が聞き返すと、彼は優しく微笑んだ。

「余命三年の俺と一緒に死んでくれる花嫁を探すために、花嫁ゲームが開催されているんだよ。過保護な両親が計画した、馬鹿らしい計画だ」
 
 モナークさまの衝撃的な告白に、私は言葉を失った。
 
「まぁ、正確に言うならあと三週間か」
 
 彼はそう言って肩をすくめた。
 
「あと三週間で、俺は死ぬ。それが俺の寿命だ」
 
 モナークさまは淡々とした口調で言った。私は何も言えずにただ彼を見つめていた。
 
「君には、初めて両親に反発できるきっかけをもらったことに感謝している」
「反発って……?」
「それは――」

 彼は言葉を切ると、私に向かって手を伸ばす。私は思わずビクッと震えてしまった。すると彼は悲しげな顔をしてこう言った。

「君を解放してあげよう。俺にできる反発はこれくらいだ」
「え……?」

 モナークさまは私の指輪に人差し指で触れる。

「指輪の毒針は解除したよ」

 モナークさまは「ほら」と言った。
 
「これで君は自由だ。このゲームから逃げられる」
 
 モナークさまはそう言うと、私の手から外した指輪を彼の小指にはめた。
 細身な人だと思っていたけれど、手は骨ばって男性らしい手だった。
 
「あとは一人で逃げるんだ。執事やメイドたちに見つかったら殺されてしまうけれど、君ならうまく逃げられるだろう」
 
 モナークさまはそう言うと、私に向かって微笑んだ。そして私の背中をトンッと押すと、耳元でこう囁く。
 
「さぁ、行くんだ」
 
 私は咄嗟にヒールを脱ぎ捨てると、言われるがままに走り出した。後ろからモナークさまの声が聞こえた気がしたけれど、私は振り返らなかった。
 私はひたすら走り続けて、屋敷から逃げ出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

わたしの百物語

薊野ざわり
ホラー
「わたし」は、老人ホームにいる祖母から、不思議な話を聞き出して、録音することに熱中していた。  それだけでは足りずに、ツテをたどって知り合った人たちから、話を集めるまでになった。  不思議な話、気持ち悪い話、嫌な話。どこか置き場所に困るようなお話たち。  これは、そんなわたしが集めた、コレクションの一部である。 ※よそサイトの企画向けに執筆しました。タイトルのまま、百物語です。ホラー度・残酷度は低め。お気に入りのお話を見付けていただけたら嬉しいです。 小説家になろうにも掲載しています。

復讐のナイトメア

はれのいち
ホラー
悪夢で復讐請負います。 夢を支配出来る特殊な能力を持つ高校生真山 瞬の物語である。 俺には秘密がある。 俺は相手の夢を支配する事が出来る。 毎晩毎晩……悪夢をみせる事も可能だ。 親の権力を振りかざし虐める奴ら、 蟻の様に群がり集団で虐める奴ら、 俺が悪夢で皆んな成敗してやるよ……。

脱獄

高橋希空
ホラー
主人公は唯一の家族である母を殺人犯に殺された。そんな彼はその殺人犯がいるという最も危険な牢獄の看守に就職したが、そこにいる囚人が何者かによって開け放たれ看守だからと追われる羽目に……。一緒に船に向かっていた囚人アルマに救われ、難を逃れるが…… ※元にした原作小説はノベルアップ+と野いちごで読めます。ただ設定が全く違います。 ※NOVERDAYSと小説家になろうにて公開中

祠村

白狐
ホラー
東京に住む千歳 唯月(ちとせ いつき)は、従弟である立華 小鳥(たちばな ことり)から手紙を貰い、東京を離れ、山奥の村、"祠村"を訪れる。 久々に従弟と再会し歓喜する唯月であったがそれはこれから起こる悪夢の序章だった。 村中に建てられた奇妙な祠、村に災いをもたらした獅子鬼の伝説、"祠人"のしきたり。 唯月は自分が祠村に招かれた本当の理由、そして、村に隠された秘密と真相を知る事となる・・・・・・

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

愛するあの子は、わたしが殺した

ことは
ホラー
幼い女の子の悲鳴が、ワンルームアパートの一室に響き渡る。 その声は隣の部屋で発せられたはずなのに、空気を切り裂くようにはっきりと聞こえた。 佐伯瑞穂には子どもがいなかったが、それが尋常な泣き方ではないのは明らかだった。 瑞穂は虐待を疑ったが、警察にも管理会社にも対応してもらえなかった。児童相談所にも通報したが、隣の部屋を訪ねてくる様子はない。 管理会社の不自然な対応。直接訪問しても会えない隣の住人。 もう瑞穂にできることはないと思われたのだが……。 「マミちゃんいますか?」 瑞穂の部屋を訪ねてきたのは、隣の部屋に住む小さな女の子だった。 瑞穂は一人暮らしだ。 だが、マミという名前には心当たりがあった。 ※妊娠・出産・中絶・出生前診断・障害・児童虐待などの内容を含みます。ホラー作品の演出上、人によっては不快に感じる表現があるかもしれません。予めご了承のうえ閲覧をお願いします。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...