花嫁ゲーム

八木愛里

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16 真の裏切り者

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 夕食が終わると、私たちは大広間に案内された。そこにはテレビやソファなどくつろぐための調度品が置かれており、自由に使うことが出来るようだ。

「皆様、前面の大型モニターにご注目ください!」
 
 支配人がそう言うと、大型モニターには画像が映し出される。色分けされた棒グラフが表示されていて、右端に私たちの名前が書かれていた。

 棒が一番長いのはトウコだった。目盛の数字の100を超えている。
 次に長いのは私。100の手前に位置していた。ジュラは80台前半、他の2人は60台後半まで伸びている。死んでしまったミノリの名前もあって、一番低かった。

 これはどんなグラフなんだろう。推察しかねていると、トウコは口を開いた。
 
「これは好感度のグラフかしら?」
「残念! 違います! こちらの棒グラフは皆さまの心拍数を表しております」

 支配人は私たち全員を見てニッコリと笑った。
 私は恐る恐る確認した。トウコの棒グラフは……105と表示されている。次に私の棒グラフを確認……98と表示された。ミノリは64になっている。

 心拍数を表すとしたら、100以上が異常値とされている。トウコの心拍数は100を超えているということだ。
 
「皆さまにつけていただいている指輪には、心拍数を計る機能がありましてね。皆さまのデータを取らせていただきました。一番高い方はトウコさまですね」
 
 支配人は拍手をしながら言った。私はトウコの顔色をうかがった。彼女は目を見開いたまま固まっている。
 
「ここに真の裏切り者を決定します。……それは、トウコさまです!」

「……嘘よ! 裏切り者って、そんなことはないわ!」

 動揺して叫んだトウコだったが、私は彼女のそれが演技だと知っていた。
 
 私はスカートを握り締めると、硬い感触が指に伝わってきた。その内側には、安全ピンで留めた小さな巾着袋があった。それは少し前にトウコから託されたものだった。


 ◇

 
「……私、きっと次のゲームで死ぬわ」

 化粧室の手洗い場で、トウコは思い詰めた表情でそう言ったのだ。食堂でビュッフェを食べた直後のことだった。

「弱気な発言をするなんて、トウコらしくないですね」

 明るく声をかけたけれど、トウコは悲しげなままだった。
 
「私の勘よ。しぶとく生き残ったけど、どうやらここまでみたい」

 それは冗談を言っているようには見えなかった。まるで殉職する警察官の顔だ。

「アカネ。どうか最後まで生き残って、これを週刊誌に送りつけてほしいの」

 力強い光を宿した瞳で、トウコは私に何かを手渡した。彼女の震える手がそれを私の掌に置く。私は彼女が差し出したものを見た。それは小さな巾着袋だった。
 
「これは……」
「中を見てちょうだい」

 私は中身を確認した。中にはUSBが入っていた。……これは一体? 私がトウコを見ると、彼女は静かに口を開いた。
 
「花嫁ゲームの参加者たちの死の真相について、私が調べたことをすべてここに記録している。これを週刊誌に送ってほしいの」
「トウコさん……どうしてそこまでするんですか? これは、あなたが命がけで手に入れた証拠じゃないですか」
「私はもう、このゲームを終わらせるにはこれしかないと思っているわ。アカネ、あなたに託すわ。どうかお願い……最後まで生き残って」
 
 トウコはそう言うと頭を下げたのだ。私はそのUSBを握りしめた。

 
 ◇
 
 
「皆さま! この中に裏切り者がいるなんて信じられませんよね?」
 
 支配人は部屋全体に響き渡るような声で言った。
 
「皆さまは、この花嫁ゲームでご自身の全てをひけらかしていないはずです。場面に合わせて演技をするのは、人間として当たり前の行為ですから」
 
 皆の注目が集まったことを確認すると、支配人は話を続けた。
 
「ですが、ここで申し上げておきましょう。花嫁ゲームの運営の情報網を舐めないでいただきたい! 警察官が誰だってことはすでに調べがついているんですよ!」
 
 支配人は激昂しているように見えた。

「トウコさま、あなたです!」
 
 支配人がそう言うと、皆はざわついた。
 
 調べがついていたのなら、さっさとトウコを問い詰めれば良かったはずだ。モナークさまは参加者に話し合いさせて、人間観察でもしていたのだろうか。だとしたら、犠牲にならずに済んだはずのミノリのことを考えると悔しくてたまらない。
 
 トウコは青ざめた顔で立ち尽くしている。その姿はまるで死刑宣告を受けたかのようだった。

「トウコが……裏切り者?」
 
 ジュラは困惑しているようだった。他の参加者も顔を見合わせている。

「裏切り者は処刑しなければなりません。それがルールですから」
 
 支配人は淡々とした口調で言った。
 
「どうしてトウコなの……?」
 
 ジュラは涙目になっていた。彼女はトウコの腕を握ると、訴えるように叫んだ。

「ねえ! なんで?」
 
 でも、トウコは何も言わなかった。ただ黙って俯いていた。
 私はその様子を静かに見守っていた。……正直言って、私はこうなることを予想していたのかもしれない。
 
「では処刑を始めましょう!」

 支配人は高らかに宣言した。
 
「っ!」

 トウコは反射的に指をびくりと震わせた。指輪から毒針が出たようで、トウコは苦悶の表情を浮かべる。

 毒が回ったのか、トウコは床にどさりと倒れ、一瞬彼女と目が合う。
 私は目の奥で頷いた。
 あなたの遺志を受け継ぎます、と。

 トウコは私の目を見て安心したように笑うと、静かに目を閉じた。

 そして、支配人が「トウコさま……脱落です!」と言うのを、どこか遠くで聞いた。
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