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第4部 妖精の森編
87 魔道具屋と懐かしき人
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魔道具屋の扉を開けた瞬間、懐かしい匂いがした。
木材や金属、石などの素材の香りが鼻に抜ける。
ここにはロウがいないはずなのに、店の奥に彼が椅子に腰掛けているのではないかと錯覚した。
ディディは相変わらず目に涙を浮かべていて、その表情には後悔と不安が滲んでいる。
「ロウの心のカケラにはタイムリミットがあるの?」
私の問いに、ディディはさらに涙を滲ませた。
「分からない……。でも、早く見つけないと」
ディディは顔を曇らせた。
はっきりとした期限は分からないが、あまり時間は残されていないようだ。
「メソメソしてたって状況は変わらないんだから、さっさと行くわよ!」
「そ、そうね……!」
私が歩き始めると、ディディも後ろから着いてきた。
ロウが普段使っていた机の上に、キラッと光るカケラを見つけた。
「もしかして、これ……」
私がそっと手を伸ばすと、小さな光の粒が手のひらに触れた。それは、紛れもなくロウの心のカケラだった。
拾い上げると、カケラから映像が浮かび上がってくる。
『ロザリーはクッキーを食べるとき、一緒に何飲みたい?』
ロウの声が聞こえてきて、映像の中の私が答えた。
『紅茶かな。紅茶の茶葉のお店にクッキーも売ってるもの』
『いいや、コーヒーの方がクッキーとの相性が断然いいはずだ。苦味と甘さのバランスが最高だからな』
そう力説するロウに、私は意見を譲ろうとはしない。かなり、どうでもいいことなのに……。
『でも、紅茶の優しい香りとクッキーの甘さが絶妙に合うのよ。それに、クッキーに紅茶を浸して食べるのもいいじゃない』
『ロザリーはわかってないな……。まあ、今に見てろって』
ロウがニッと笑ったかと思うと、映像が消えた。
「あ……」
あのときは、私の勢いに負けたロウが折れて、仮に紅茶で決定したんだっけ。
「コーヒーか紅茶かって、どうでもいいじゃない……クスッ」
ディディが笑い声を上げた。
「本当に。馬鹿だったわ。でも、どうして、映像が流れてくるの……?」
「妖精の国から離れたからかな……?」
ディディも知らないようだ。
そうしている間に、店の外からノック音が聞こえた。
店のおもてには閉店の看板を掛けてあったはずだけど、私たちの物音が聞こえたらしい。
「誰かいますか?」
私は店主不在を伝えようとして、ドアを開けると、男性が二人立っていた。その一人は、懐かしい顔――勇者パーティ時代の仲間、魔法使いのフィアルだった。彼の目は驚きに満ちていた。
「ロザリー?」
「フィアル……」
「どうしてここに?」
「色々あって、店主の留守を預かっているの」
私は訝しげな顔をしたフィアルに答えた。
「では、ロウさまの代わりにお願いを聞いてもらえますか?」
「私で良ければ」
「実は仲間の装備の魔道具を揃えたくて、こちらに来ました」
仲間の装備……。
フィアルはどこかのパーティに属する予定だと聞いていたけれど、この剣士が新しい仲間だろうか。
ゆっくり話をする時間があれば、フィアルの近況を聞いてみたかったけれど、残念ながらそれはできない。
「あいにく、店主がいないから、魔道具のオーダーは受けられないの」
「オーダーを受けられないくせに、留守を預かっているなんておかしな話だな。なあ、フィアル」
剣士はフィアルに話しかけた。これ見よがしにジロジロと私を見てくる。
でも、勝手に店に入ってきたのはあなたたちのくせに……!
フィアルは少し悩んだ様子だったが、私に向き直った。
「では、いつ頃店主は戻って来ますか?」
「それは……わからないの」
「わからない!?」
私の返答に眉尻を上げたのは剣士だった。
「どういうことだ?」
「どうって……」
私は言葉に詰まった。
「ロザリー、顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
フィアルは心配そうに尋ねてきた。
「実は……」
私はフィアルに事情を説明した。
ロウが妖精王の娘の魔法で氷漬けにされたこと。
そして、ロウの心のカケラを散らばったこと。
その心のカケラを集めないと、ロウの意識が戻らないこと……。
フィアルは信じられないという表情をしていた。
「では、ロザリーはロウさまの心のカケラを集めているんですね」
「そうよ」
「困ったときはお互い様です。僕が助けになれることはありますか?」
フィアルは力強く言ったが、私は首を振った。
本当は猫の手も借りたい。でも、自分たちで見つけないといけないものだから、人を頼るわけにはいかない。
「いいえ、これは私たちの問題だから……」
「わかりました。無理はしないでくださいね」
フィアルはそれ以上、言い募ろうとはしなかった。
「魔道具のオーダーはまた今度にします」
フィアルと剣士は、店から去っていった。
私たちはその後、店の中をくまなく探したが、心のカケラは見つからなかった。
「どうしよう……」
「ロウさまの家に行きましょうよ」
ディディの提案に、私は衝撃を受けた。
「え? ロウの家?」
「そうよ。ロウさまの寝食を過ごしている場所なら、まだそこに心のカケラが残っているかもしれないわ」
ロウのプライベートルームだけは入ったことがなかった。まさか、ロウが留守の間に、勝手に侵入することになるとは。
ああ、そこには何があるのか、いろんな意味で怖い……。
木材や金属、石などの素材の香りが鼻に抜ける。
ここにはロウがいないはずなのに、店の奥に彼が椅子に腰掛けているのではないかと錯覚した。
ディディは相変わらず目に涙を浮かべていて、その表情には後悔と不安が滲んでいる。
「ロウの心のカケラにはタイムリミットがあるの?」
私の問いに、ディディはさらに涙を滲ませた。
「分からない……。でも、早く見つけないと」
ディディは顔を曇らせた。
はっきりとした期限は分からないが、あまり時間は残されていないようだ。
「メソメソしてたって状況は変わらないんだから、さっさと行くわよ!」
「そ、そうね……!」
私が歩き始めると、ディディも後ろから着いてきた。
ロウが普段使っていた机の上に、キラッと光るカケラを見つけた。
「もしかして、これ……」
私がそっと手を伸ばすと、小さな光の粒が手のひらに触れた。それは、紛れもなくロウの心のカケラだった。
拾い上げると、カケラから映像が浮かび上がってくる。
『ロザリーはクッキーを食べるとき、一緒に何飲みたい?』
ロウの声が聞こえてきて、映像の中の私が答えた。
『紅茶かな。紅茶の茶葉のお店にクッキーも売ってるもの』
『いいや、コーヒーの方がクッキーとの相性が断然いいはずだ。苦味と甘さのバランスが最高だからな』
そう力説するロウに、私は意見を譲ろうとはしない。かなり、どうでもいいことなのに……。
『でも、紅茶の優しい香りとクッキーの甘さが絶妙に合うのよ。それに、クッキーに紅茶を浸して食べるのもいいじゃない』
『ロザリーはわかってないな……。まあ、今に見てろって』
ロウがニッと笑ったかと思うと、映像が消えた。
「あ……」
あのときは、私の勢いに負けたロウが折れて、仮に紅茶で決定したんだっけ。
「コーヒーか紅茶かって、どうでもいいじゃない……クスッ」
ディディが笑い声を上げた。
「本当に。馬鹿だったわ。でも、どうして、映像が流れてくるの……?」
「妖精の国から離れたからかな……?」
ディディも知らないようだ。
そうしている間に、店の外からノック音が聞こえた。
店のおもてには閉店の看板を掛けてあったはずだけど、私たちの物音が聞こえたらしい。
「誰かいますか?」
私は店主不在を伝えようとして、ドアを開けると、男性が二人立っていた。その一人は、懐かしい顔――勇者パーティ時代の仲間、魔法使いのフィアルだった。彼の目は驚きに満ちていた。
「ロザリー?」
「フィアル……」
「どうしてここに?」
「色々あって、店主の留守を預かっているの」
私は訝しげな顔をしたフィアルに答えた。
「では、ロウさまの代わりにお願いを聞いてもらえますか?」
「私で良ければ」
「実は仲間の装備の魔道具を揃えたくて、こちらに来ました」
仲間の装備……。
フィアルはどこかのパーティに属する予定だと聞いていたけれど、この剣士が新しい仲間だろうか。
ゆっくり話をする時間があれば、フィアルの近況を聞いてみたかったけれど、残念ながらそれはできない。
「あいにく、店主がいないから、魔道具のオーダーは受けられないの」
「オーダーを受けられないくせに、留守を預かっているなんておかしな話だな。なあ、フィアル」
剣士はフィアルに話しかけた。これ見よがしにジロジロと私を見てくる。
でも、勝手に店に入ってきたのはあなたたちのくせに……!
フィアルは少し悩んだ様子だったが、私に向き直った。
「では、いつ頃店主は戻って来ますか?」
「それは……わからないの」
「わからない!?」
私の返答に眉尻を上げたのは剣士だった。
「どういうことだ?」
「どうって……」
私は言葉に詰まった。
「ロザリー、顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
フィアルは心配そうに尋ねてきた。
「実は……」
私はフィアルに事情を説明した。
ロウが妖精王の娘の魔法で氷漬けにされたこと。
そして、ロウの心のカケラを散らばったこと。
その心のカケラを集めないと、ロウの意識が戻らないこと……。
フィアルは信じられないという表情をしていた。
「では、ロザリーはロウさまの心のカケラを集めているんですね」
「そうよ」
「困ったときはお互い様です。僕が助けになれることはありますか?」
フィアルは力強く言ったが、私は首を振った。
本当は猫の手も借りたい。でも、自分たちで見つけないといけないものだから、人を頼るわけにはいかない。
「いいえ、これは私たちの問題だから……」
「わかりました。無理はしないでくださいね」
フィアルはそれ以上、言い募ろうとはしなかった。
「魔道具のオーダーはまた今度にします」
フィアルと剣士は、店から去っていった。
私たちはその後、店の中をくまなく探したが、心のカケラは見つからなかった。
「どうしよう……」
「ロウさまの家に行きましょうよ」
ディディの提案に、私は衝撃を受けた。
「え? ロウの家?」
「そうよ。ロウさまの寝食を過ごしている場所なら、まだそこに心のカケラが残っているかもしれないわ」
ロウのプライベートルームだけは入ったことがなかった。まさか、ロウが留守の間に、勝手に侵入することになるとは。
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