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第二部 極北の修道院編
56 堕ちた聖女の処遇
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「ルイ。ロザリーに何か言うことはないのか?」
手の拘束の解かれたロウが第一声に発したのは、第一王子が私にした一連のことだ。
あのときは家でくつろいでいたのに、騎士団に捕まって散々な目にあった。第一王子はルールに忠実……融通の効かない性格だから、型にはめ込んでしまっただけだと思うけれど。それが非常に良くなかった。
「すまない! 国の英雄を疑って申し訳なかった!」
第一王子は膝に顔がくっつくくらい低く頭を下げた。話を促されてから謝罪の言葉があったのは、どうも誠意に欠ける。けれど、修道院への突撃で協力してもらったから、私はだいぶ目を瞑った。
「あ、別に不便してなかったから、気にしていないわ」
「許してくれるのか……?」
「修道院に着いてきてくれたから帳消し。謝るならロウに謝ってよね。私の名誉回復のために体を張って奔走してくれたんだから」
第一王子は口をギュッとつぐんで納得できていない様子だ。
「クッ……奴に謝るのは癪だ……」
「そんなこと言ってられるのかしらね」
私が呆れると、第一王子は思うことがあったのかロウに向き直った。
「ロウ、すまなかった」
「謝罪する気持ちがあるのなら、一方的に俺を嫌うのはやめてくれないか」
「……俺に嫌われることをしたくせに、まったく覚えていないのか?」
どうやら第一王子に嫌われる原因を作ったのはロウに原因があるらしい。しかし、ロウにしてみれば、それはどこ吹く風のようで……。
「は? 俺が? まったく覚えていない。一体何があったのか教えてくれよ」
「……覚えていない、だと? それは自分で思い出せ。俺からは言わない」
よほど恨みがあるのか、第一王子は教えてくれなかった。昔は仲良かったのに、毛嫌いするくらいに目の敵にする理由を。素直に言ってあげればいいのにね。
「あああああ! わ、私の手が……」
急にソニアの叫び声が上がった。緩んだ空気が、一瞬にして吹き飛んだ。
何事!? 私はソニアに視線を走らせると、敵が現れた訳ではなく、ひとまずホッとする。
彼女は呆然と自分の手の甲を見つめた。
しっとりとした手だったのに、骨張って細かい皺が入っていた。肌の水分が抜けて、まるで老婆の手になったようだ。
手だけでなく、ソニアの顔にも異変が起こった。目が落ち窪んで皺だらけの顔になったのである。彼女は最悪な事態が起きていないか確認するように、ペタペタと自分の頬を触った。
ソニアの体はボロボロだった。ネアちゃんが修道女をほぼ全員操り、極限まで能力を使い込んでいたため、魔法の反動が来たのだ。おそらく、ソニアの寿命を対価にしていたのだろう。
「私の美しい顔が――」
ソニアはショックを受けて言葉を詰まらせた。自分の身に何が起こったのか理解したのだろう。
「ロザリー! 私を元の姿に戻して!」
しわがれた声で、私に近づいてきて懇願してきた。だが、できないものはできない。
寿命を延ばす黒魔術にでも手を出さなければ、それは不可能だ。その黒魔術は禁忌とされて、使うことはできない。
私は静かに首を振った。
「ソニアは以前に魔獣との契約をしてしまったはずよ。魔獣が死んでも契約は有効となる。それはソニアも知っているはずよね。どうしても元には戻せないの」
「そ、そんなああああああ!」
ソニアは叫んだ。叫び切ると目元が垂れ下がって、さらに老け込んだ。
魔獣はソニアの寿命の残量を把握しながら体を操っていたようだ。本当にタチの悪い魔獣だった。
ソニアは体を丸くして地面にへたり込む。私の回復魔法が効かないとわかると、懇願するのを諦めたようだ。
取り返しのつかないことをした結果、もう手遅れだ。数ヶ月程の短い寿命を大切に生きるしかない。
ああ、本当に、ソニアには私と関係のない世界のどこかで幸せになってほしかった。
悲しみに暮れるソニアを見かねたロウは口を開いた。
「見た目を若返らせる魔道具があるが、使ってみるか?」
ソニアの濁った瞳に一筋の光が差した。
「見た目を若返らせる……」
「変わるのは見た目だけで、声や体力は衰えたままになるだろうが……それでも使ってみるか?」
万能な魔道具ではないが、せめてもの気休めになるだろうとロウは言った。
ソニアは嗚咽を漏らし、ポロポロと涙を流した。
「それだけでいいんです。大魔法使いさまのご厚意に感謝します……。結局、私が一番大事だったのは自分の美しさだったのよ。笑われても仕方がないわ……」
「そう思っても別にいいんじゃないか? 美しさを求める人もいる。俺は笑ったりはしない」
自嘲してソニアに、ロウはケロッとして言った。
皺だらけの顔なのに、ソニアは少女のように頬を赤く染める。ロウのカッコ良さに気づいてしまったようだ。
「あ、ありがとうございます……」
「特に大したことはしていない」
無闇にファンを増やさないでほしい。人たらしのロウなんだから!
その後のソニアの処遇は、王城の地下施設に終身刑となった。
魔獣をその身に宿した罪は極刑が適用されるはずだが、魔獣がいなければ犯行に及ばなかったことが大いに考慮された。寿命が残り少ないことも刑の緩和の後押しされた。
そして、ソニアは牢屋の中で穏やかに死期を迎えたらしい。棺に魔道具と共に埋葬された亡骸も若く美しい姿で……。それだけが、唯一の救いだった。
と、それからの私は、無事名誉回復されて……。復活した魔獣の二度目の国家の危機を救った英雄として語り伝えられるほどになった。その中で英雄ロザリーの凱旋パレードが計画されたようだけど、丁重に断った。
顔が広く知れ渡ると、ソロ冒険者の旅に支障が出るからね!
ソロ冒険者がメインで、影の英雄でいいんだ、私は。
ロウと同じように、表舞台で派手に過ごすよりは慎ましく生きる方が性格に合っているから。
手の拘束の解かれたロウが第一声に発したのは、第一王子が私にした一連のことだ。
あのときは家でくつろいでいたのに、騎士団に捕まって散々な目にあった。第一王子はルールに忠実……融通の効かない性格だから、型にはめ込んでしまっただけだと思うけれど。それが非常に良くなかった。
「すまない! 国の英雄を疑って申し訳なかった!」
第一王子は膝に顔がくっつくくらい低く頭を下げた。話を促されてから謝罪の言葉があったのは、どうも誠意に欠ける。けれど、修道院への突撃で協力してもらったから、私はだいぶ目を瞑った。
「あ、別に不便してなかったから、気にしていないわ」
「許してくれるのか……?」
「修道院に着いてきてくれたから帳消し。謝るならロウに謝ってよね。私の名誉回復のために体を張って奔走してくれたんだから」
第一王子は口をギュッとつぐんで納得できていない様子だ。
「クッ……奴に謝るのは癪だ……」
「そんなこと言ってられるのかしらね」
私が呆れると、第一王子は思うことがあったのかロウに向き直った。
「ロウ、すまなかった」
「謝罪する気持ちがあるのなら、一方的に俺を嫌うのはやめてくれないか」
「……俺に嫌われることをしたくせに、まったく覚えていないのか?」
どうやら第一王子に嫌われる原因を作ったのはロウに原因があるらしい。しかし、ロウにしてみれば、それはどこ吹く風のようで……。
「は? 俺が? まったく覚えていない。一体何があったのか教えてくれよ」
「……覚えていない、だと? それは自分で思い出せ。俺からは言わない」
よほど恨みがあるのか、第一王子は教えてくれなかった。昔は仲良かったのに、毛嫌いするくらいに目の敵にする理由を。素直に言ってあげればいいのにね。
「あああああ! わ、私の手が……」
急にソニアの叫び声が上がった。緩んだ空気が、一瞬にして吹き飛んだ。
何事!? 私はソニアに視線を走らせると、敵が現れた訳ではなく、ひとまずホッとする。
彼女は呆然と自分の手の甲を見つめた。
しっとりとした手だったのに、骨張って細かい皺が入っていた。肌の水分が抜けて、まるで老婆の手になったようだ。
手だけでなく、ソニアの顔にも異変が起こった。目が落ち窪んで皺だらけの顔になったのである。彼女は最悪な事態が起きていないか確認するように、ペタペタと自分の頬を触った。
ソニアの体はボロボロだった。ネアちゃんが修道女をほぼ全員操り、極限まで能力を使い込んでいたため、魔法の反動が来たのだ。おそらく、ソニアの寿命を対価にしていたのだろう。
「私の美しい顔が――」
ソニアはショックを受けて言葉を詰まらせた。自分の身に何が起こったのか理解したのだろう。
「ロザリー! 私を元の姿に戻して!」
しわがれた声で、私に近づいてきて懇願してきた。だが、できないものはできない。
寿命を延ばす黒魔術にでも手を出さなければ、それは不可能だ。その黒魔術は禁忌とされて、使うことはできない。
私は静かに首を振った。
「ソニアは以前に魔獣との契約をしてしまったはずよ。魔獣が死んでも契約は有効となる。それはソニアも知っているはずよね。どうしても元には戻せないの」
「そ、そんなああああああ!」
ソニアは叫んだ。叫び切ると目元が垂れ下がって、さらに老け込んだ。
魔獣はソニアの寿命の残量を把握しながら体を操っていたようだ。本当にタチの悪い魔獣だった。
ソニアは体を丸くして地面にへたり込む。私の回復魔法が効かないとわかると、懇願するのを諦めたようだ。
取り返しのつかないことをした結果、もう手遅れだ。数ヶ月程の短い寿命を大切に生きるしかない。
ああ、本当に、ソニアには私と関係のない世界のどこかで幸せになってほしかった。
悲しみに暮れるソニアを見かねたロウは口を開いた。
「見た目を若返らせる魔道具があるが、使ってみるか?」
ソニアの濁った瞳に一筋の光が差した。
「見た目を若返らせる……」
「変わるのは見た目だけで、声や体力は衰えたままになるだろうが……それでも使ってみるか?」
万能な魔道具ではないが、せめてもの気休めになるだろうとロウは言った。
ソニアは嗚咽を漏らし、ポロポロと涙を流した。
「それだけでいいんです。大魔法使いさまのご厚意に感謝します……。結局、私が一番大事だったのは自分の美しさだったのよ。笑われても仕方がないわ……」
「そう思っても別にいいんじゃないか? 美しさを求める人もいる。俺は笑ったりはしない」
自嘲してソニアに、ロウはケロッとして言った。
皺だらけの顔なのに、ソニアは少女のように頬を赤く染める。ロウのカッコ良さに気づいてしまったようだ。
「あ、ありがとうございます……」
「特に大したことはしていない」
無闇にファンを増やさないでほしい。人たらしのロウなんだから!
その後のソニアの処遇は、王城の地下施設に終身刑となった。
魔獣をその身に宿した罪は極刑が適用されるはずだが、魔獣がいなければ犯行に及ばなかったことが大いに考慮された。寿命が残り少ないことも刑の緩和の後押しされた。
そして、ソニアは牢屋の中で穏やかに死期を迎えたらしい。棺に魔道具と共に埋葬された亡骸も若く美しい姿で……。それだけが、唯一の救いだった。
と、それからの私は、無事名誉回復されて……。復活した魔獣の二度目の国家の危機を救った英雄として語り伝えられるほどになった。その中で英雄ロザリーの凱旋パレードが計画されたようだけど、丁重に断った。
顔が広く知れ渡ると、ソロ冒険者の旅に支障が出るからね!
ソロ冒険者がメインで、影の英雄でいいんだ、私は。
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