怪盗ヴェールは同級生の美少年探偵の追跡を惑わす

八木愛里

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第一章 教会潜入編

16 共同戦線の始まり

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 早朝のミサ、館内の掃除、食事の支度。少年たちの生活は息をつく暇もなかった。寛太こと健太は、少年たちのペースに合わせるので必死のようだ。

「寛太くん」

 神父に呼び止められて、寛太は足を止める。

「服が曲がっているよ。……ちょっとじっとしていて」

 神父の手が伸びてきて、寛太の服の襟を正す。

「これでよし。さあ、掃除に戻りなさい」

「ありがとうございます」と寛太は頭を下げた。
 その様子を、私は遠くから見ていた。どうも神父の視線が熱っぽいというか、心酔しているというか……。
 
「いえいえ。……寛太くん」

 神父は寛太の頬に手を伸ばし、優しく撫で、唇に親指を滑らせる。

 「あ……あの……?」
 
 寛太は顔を真っ赤にした。
 「ああ、すみません」と神父は微笑んだ。
 
 と、寛太の長く伸びた前髪が横に流れると、端正な顔立ちが露わになった。神父はハッと息を飲む。

「……よく見たら君。綺麗な顔をしているね」

「いえ、そんな……」

「黒い瞳は吸い込まれそうだ」

「あ、あの……」
 
 寛太は困ったようにチラと他の人に視線を送ってきた。
 しかし、見て見ぬフリを決めているようで、誰も助けようとしない。他の人はその場から消えていく。
 
「君はいつも前髪で顔を隠そうとしているけれど、勿体ないよ」
 
 神父は寛太の頬に手を添えて囁いた。
 
「でも……」と寛太が言い淀んでいると、神父は怪しげな笑みを浮かべた。
 
「僕が切ってあげようか? その顔に似合うような素敵な髪型にしてあげるよ。……そうだ。この後、私の部屋でどうかな……?」

「あ、あの……まだ掃除が」
 
「そんなの後でいい。さあ……」
 
 神父は強引に寛太の腕を掴み、自室へ連れ込もうとする。その様子にさすがに我慢の限界だった。
 寛太は命の危険が迫れば自慢の俊足で逃げ出せるはずだけど……これ以上は見ていられない。
 私はつかつかと歩み寄ると、「神父さま」と声をかけた。
 
「あれ……? なんでここに景吾くんがいるんだい?」と神父が目を丸くしたので、私は平然を装いながら言う。
 
「神父様。見学のお客様が来ています」

「ああ……」

 神父は名残惜しそうに寛太から体を離した。寛太はホッとしているようだ。
 「すぐ行くよ」と神父は頷いた。そして寛太に向き直ると、妖しげな声で囁いた。
 
「掃除が終わったら私の部屋へ来なさい」
 
 その言葉だけ残して、神父は礼拝堂へ向かった。
 
 残された寛太は、その場に立ち尽くしていた。

「あの……ありがとうございます」
「……」

 ふと、どう答えたらいいものかな、と考える。
 どういたしまして? 災難だったね?
 探偵として潜入したばかりに、少年たちからのイジメといい、神父さまからのちょっかいといい……。思わぬ困難が降りかかるなんて……おかしくてたまらない。我慢しようとしたけれど、やっぱり無理。私は口の端を上げて笑ってしまった。
 
「まさか、君が神父さまに狙われるなんてね。ふふっ……おかしい!」

「……何がおかしいんだ」

「君は警察からの依頼……例えば麻薬の調査で、この教会に侵入した。違う?」

 澪が立てた仮説をふっかけただけなのに、当たっていたようだ。その証拠に寛太は黙り込んだ。澪の推察力、恐るべし。
 
「景吾……どうしてそんなことを知っている」

 警戒心から声のトーンを下げた寛太に、私は慌てる。

「待って、騒ぎを起こしたら、神父さまに見つかっちゃうよ」

「お前は誰だ」

「……今回は敵じゃないよ、探偵くん」

 怪訝な顔をした寛太に、私は歯を見せてにーっと笑いかけた。ところで、寛太じゃなくて、健太と呼ぶことにしようか。
 
 その作戦は思いつきだったけれど、今の状況の私たちならできる気がした。共闘しましょうってね。
 私の表情に見覚えがあったのか、寛太は私をビシッと指差した。

「お前……もしかして、怪盗ヴェール!」

「ご名答! さすが探偵くん!」

「……どうして、お前が教会にいるんだ」

「僕も目的があってね……。今は一時休戦にして、一緒に神父さまを懲らしめない?」

「……目的?」
 
 怪盗ヴェールの目的とは何かわかっているくせに、わざわざ聞いてくるとは。
 
「もちろん、怪盗の目的は絵を盗むことでしょ」
 
 私はニンマリと笑みを浮かべる。
 
「……」
 
 健太は無言で私を睨んだ。どうやら私の正体が怪盗ヴェールであることを信じたようだ。さすが、飲み込みが早くて助かるね。
 
「そう。君は麻薬を取り締まりたい。私は神父が隠し持っている絵が欲しい。二人で協力すれば、どちらも手に入るような気がしない?」

「なぜ俺の目的を知っている」

「ターゲットを追っていたら、君たち警察が動いていることを知ったんだ」

「そうか。だが、お前の世話にはなりたくない」

「またまたぁ。意地を張っちゃって。……でも、君にとっても悪い話ではないと思うよ。唇を奪われかけた探偵くん?」

「ヴェール!」

「しー! 誰が聞いているかわからないから、静かに!」

 人差し指を口に当てた私は、左右に視線を走らせる。物音がしないことを確認すると、ふーと気の抜けた声を出した。

「早速、作戦会議しようじゃないか」

「……手を組むとは言っていない。そもそもなぜ正体をバラしたんだ。俺がお前を捕まえてもいいのか」

「共通の敵を倒すのが先なんじゃないかな? 利口な君には、この意味がわかると思うけどね」

 このまま一人で調査を続けるのか、それとも味方を一人獲得するのか。天秤をかけたら明らかに味方がいた方が有利だろう。健太は諦めるように顔を手で覆った。

「……お前に従うのは癪だが、仕方がない。今回は手を組もう。怪盗ヴェール」

「よろしく、探偵くん。……そういえば、さっき君の言っていた正体をバラした理由は……僕の正義に反したからさ」

「お前の正義って?」

 健太と視線が合うと、私は不敵な笑みをもらした。
 
「弱い者いじめはダメってことさ」
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