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第3話 なんでも願いをかなえる薬の秘密
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木目のシンプルな椅子に座って、ランプの光が揺れるのをぼんやりと見つめる。カウンターの端には、フクロウの置き物があった。ちゃんと木の幹の上に置かれている。毛並みがふわふわして、さわり心地が良さそうだ。
イーリスが興味を持って手を伸ばしたら、フクロウの頭が180度くるっと回ってこちらを向いた。
びくりと肩を震わせたイーリスは、思わず叫びそうになった。
(えええ! 置き物じゃなくて、生き物だった……!)
フクロウの金色の目と視線が合って、なにも悪さをしていないのにギクリとしてしまう。
イーリスが手を引っ込めると、フクロウはふいと顔を戻した。さわってほしくなかったのだろうか。
「……ごめんなさい。さわらないわ」
小さな声で謝っても、フクロウの表情は変わらなかった。言葉を理解できるはずがないから、当然の反応だ。
「お前が、なんでも願いをかなえる薬がほしいって?」
少年よりも低い声がする。
店長と言われているのだから、中年のおじさんを想像した。
けれど違う、想像していたよりも若い。
物陰から現れたのは、背が高く、見事な銀髪の青年。銀髪の毛先はあちこち跳ねて、服は白いシャツに紺色のベストを着ている。イーリスよりは二、三才くらい年上で、十六、七才といったところだろうか。
(演劇の役者さんみたいに、整った顔……)
そう、劇場で見たことのある、女性人気のある役者のようだ。
切長で表情の読めない紫色の瞳は見入ってしまいそうになるし、鼻筋は通って顔のパーツは整っているのに、どこか冷たい印象がある。優しそうな黒髪の少年とは対照的だ。
恥ずかしくて、正面を上手く見られない。イーリスは少し視線を外した。
そんなイーリスを店長はじっと見つめる。
「なんでも願いをかなえる薬がほしいのか、と聞いている」
なかなか返事をしないイーリスにしびれを切らしたようで、店長は再度質問してきた。イライラしていても綺麗な顔で、ずっと見ていられる。
(見つめていたら迷惑だわ。話をしなくちゃ……)
「あ、はい、そうです。お父さんが死にそうになって……どうしても、助けたくて。売ってもらえますか」
イーリスは必死にお願いをする。緊張して、のどがカラカラだ。
店長は厳しい顔をしたままだ。近くにいるフクロウの金色の目が輝いた。
イーリスは胸元に着けていた、紫色のブローチを外して店長に差し出す。
「お母さんの形見のブローチ。これを代金にして、なんでも願いをかなえる薬がほしいんです」
高価な薬を買うためには、お金じゃなくても、価値のあるものと交換なら売ってくれる可能性はある。
「お前のほしい薬はこれか?」
店長が棚から出してきたのは、赤い液体の入っている小瓶。どろりとしていて、まるで血のようだ。
「それが、なんでも願いを叶える薬……。そうです、それをください」
イーリスの望みは、すぐに打ち砕かれた。店長は見せただけで、すぐに引っ込めたのだ。
「ダメだな」
「えっ! どうしてですか?」
「……この薬屋が『闇の薬屋』と呼ばれているのを知っているか?」
質問したのに、質問を返された。店長は、イーリスから受け取ったブローチをランプに透かして見ている。そして、すぐに興味を失ったように、ブローチを持つ手を下ろした。
「知らないです」
「そうか。なら、教えてやろう。闇の薬屋には、訳ありの薬しか置いていない。たとえば、美しくなりたいと望めば、周囲が不幸になる薬とか。なんでも願いをかなえる薬を使った人は死んでしまう。つまり、父親を助けたいという願いをかなえるためには、お前の命が犠牲になる」
「そんな……!」
願いの代償が自分の命。そんなことはイーリスにはできない。父親の命も助けたいが、自分の命も大事だ。
「それに……このブローチはただの石だ。対価には見合わない。代金が払えないのなら薬は諦めるんだな」
父親を助けたい気持ちだけで、闇の薬屋まで来たのに、代償が重すぎる。それに、薬の値段はとても高価だろうし、貯金箱に入れていたおこづかいを全部使っても足りないだろう。
イーリスは悔しかったが、諦めるしかなかった。
「……そもそも、ここに来たのが、間違いだったんですよね。わたし、帰ります」
店長から返されたブローチを握りしめた。椅子から立って、早足で入口へ歩いていく。
店長は接客が終わったといわんばかりに、店の奥に消える。
イーリスは玄関の扉を押す。
重い。片手では、わずかにしか開かなくて、両手で開ける。しかし、人がギリギリ通れるくらいの、外の暗闇が見えたところで、急に負担がかかる。
(あれ? これ以上開かない……)
「お前、待て」
声のする方へ振り返って目に映ったのは、息を切らしている青年。イーリスはなにが起こったのかわからなかった。
「どうして……」
「話の続きを聞いてほしい。父親を救えるかはわからないが、一つだけ良い薬がある」
店長はイーリスにくしゃくしゃに皺の入った紙袋を差し出した。
「この薬は……」
反射的に受け取った紙袋。訳ありな薬しか置いていない薬屋なのに、この薬は一体。
イーリスは疑わしげに見つめる。
「昔にもらった、万能薬が一つだけあったことを思い出した。お前にやる」
「いいんですか? 代金は……」
「いらない。まあ、代金を請求したところで、持っているとは思えないが」
こちらの足元を見られている。好意を素直に受け取ることにした。
「……ありがとうございます」
万能薬がどれだけ効果があるかわからない。しかし、店長の優しさが胸に染みた。
「そのブローチ、大事にしろよ」
「もちろんよ」
胸元のブローチをぎゅっと握りしめた。
イーリスが闇の薬屋から出ると、街灯に映し出された店が立ち並ぶ通りだった。
しばらく歩いて、トンネルを抜けると夜の市場があるに違いない。
(あれ……?)
イーリスは目の前の光景を信じられなくなった。
市場ではなく、町医者の診療所の前にいる。
そして、夕方には閉まるはずの町医者には、診察を待つ人の列ができていた。まだ日中のようだ。二、三時間は闇の薬屋にいたから、日は落ちているはずなのに。
不思議なことに、薬屋へ行く決意をしたときから時間が経っていなかった。
イーリスが紙袋を握りしめると、クシャと音がした。
(さっき起こったできごとは、嘘じゃない……!)
トンネルを抜けて、暗闇の通りを歩いて、闇の薬屋に行ったこと。意地悪な店長と優しい少年に会ったこと。店長が追いかけてくれてまで万能薬をもらったこと。
この紙袋が嘘じゃない証拠だ。もう一度握りしめると、またクシャと音がする。
「お父さん、すぐ行くから待っていてね!」
町医者の玄関を叩いた。絶対に父親の病気は治る、と確信を持って。
* * *
「ところで店長」
「ん?」
店長は顔を上げる。
「あの少女にあげた薬……あれは何だったのですか?」
「万能薬だと言っただろう」
少年はうーんと微妙な表情を浮かべた。
「説明不足でした。薬はどこで手に入れたのですか?」
「それは――」
店長は遠くを見つめてつぶやく。
それは薬屋の店長になる少し前のこと。
きっとお前は心を壊すだろうからとお袋から預かったものだった。
悪い薬に囲まれてばかな真似をしないように一つぐらいいい薬を持っていろと。
お守りだから大事にしろ、と。
結局はこのとおり。性格もねじまがっている。
お金さえ払えば、誰にでも薬を売っていた。
あのブローチ。ただのブローチではない。
そのことに、あの少女は気づいていない。
――ありがとうございます。
少女の言葉。偽善者のような行為の結果。
あの少女の父親を助けるためだといえ、いい印象を与えてよかったのだろうか。少女は闇の薬屋のことのすべてを知らない。このままだと――。
じーっと視線を感じる。わかってるよ、言えばいいんだろ。
「あの少女のこと思い出していたのですか? 丸わかりです」
少年は含み笑いをしている。
やっぱ言うのやめた。
「店長、素直じゃないから誤解されるのでは? 今回も。その前も。実際の思考回路は子ども並みですしね」
「子どものお前には言われたくねぇよ」
「……それもそうですね」
引き際を心得ているらしく、少年はすぐにその話は切り上げた。
イーリスが興味を持って手を伸ばしたら、フクロウの頭が180度くるっと回ってこちらを向いた。
びくりと肩を震わせたイーリスは、思わず叫びそうになった。
(えええ! 置き物じゃなくて、生き物だった……!)
フクロウの金色の目と視線が合って、なにも悪さをしていないのにギクリとしてしまう。
イーリスが手を引っ込めると、フクロウはふいと顔を戻した。さわってほしくなかったのだろうか。
「……ごめんなさい。さわらないわ」
小さな声で謝っても、フクロウの表情は変わらなかった。言葉を理解できるはずがないから、当然の反応だ。
「お前が、なんでも願いをかなえる薬がほしいって?」
少年よりも低い声がする。
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けれど違う、想像していたよりも若い。
物陰から現れたのは、背が高く、見事な銀髪の青年。銀髪の毛先はあちこち跳ねて、服は白いシャツに紺色のベストを着ている。イーリスよりは二、三才くらい年上で、十六、七才といったところだろうか。
(演劇の役者さんみたいに、整った顔……)
そう、劇場で見たことのある、女性人気のある役者のようだ。
切長で表情の読めない紫色の瞳は見入ってしまいそうになるし、鼻筋は通って顔のパーツは整っているのに、どこか冷たい印象がある。優しそうな黒髪の少年とは対照的だ。
恥ずかしくて、正面を上手く見られない。イーリスは少し視線を外した。
そんなイーリスを店長はじっと見つめる。
「なんでも願いをかなえる薬がほしいのか、と聞いている」
なかなか返事をしないイーリスにしびれを切らしたようで、店長は再度質問してきた。イライラしていても綺麗な顔で、ずっと見ていられる。
(見つめていたら迷惑だわ。話をしなくちゃ……)
「あ、はい、そうです。お父さんが死にそうになって……どうしても、助けたくて。売ってもらえますか」
イーリスは必死にお願いをする。緊張して、のどがカラカラだ。
店長は厳しい顔をしたままだ。近くにいるフクロウの金色の目が輝いた。
イーリスは胸元に着けていた、紫色のブローチを外して店長に差し出す。
「お母さんの形見のブローチ。これを代金にして、なんでも願いをかなえる薬がほしいんです」
高価な薬を買うためには、お金じゃなくても、価値のあるものと交換なら売ってくれる可能性はある。
「お前のほしい薬はこれか?」
店長が棚から出してきたのは、赤い液体の入っている小瓶。どろりとしていて、まるで血のようだ。
「それが、なんでも願いを叶える薬……。そうです、それをください」
イーリスの望みは、すぐに打ち砕かれた。店長は見せただけで、すぐに引っ込めたのだ。
「ダメだな」
「えっ! どうしてですか?」
「……この薬屋が『闇の薬屋』と呼ばれているのを知っているか?」
質問したのに、質問を返された。店長は、イーリスから受け取ったブローチをランプに透かして見ている。そして、すぐに興味を失ったように、ブローチを持つ手を下ろした。
「知らないです」
「そうか。なら、教えてやろう。闇の薬屋には、訳ありの薬しか置いていない。たとえば、美しくなりたいと望めば、周囲が不幸になる薬とか。なんでも願いをかなえる薬を使った人は死んでしまう。つまり、父親を助けたいという願いをかなえるためには、お前の命が犠牲になる」
「そんな……!」
願いの代償が自分の命。そんなことはイーリスにはできない。父親の命も助けたいが、自分の命も大事だ。
「それに……このブローチはただの石だ。対価には見合わない。代金が払えないのなら薬は諦めるんだな」
父親を助けたい気持ちだけで、闇の薬屋まで来たのに、代償が重すぎる。それに、薬の値段はとても高価だろうし、貯金箱に入れていたおこづかいを全部使っても足りないだろう。
イーリスは悔しかったが、諦めるしかなかった。
「……そもそも、ここに来たのが、間違いだったんですよね。わたし、帰ります」
店長から返されたブローチを握りしめた。椅子から立って、早足で入口へ歩いていく。
店長は接客が終わったといわんばかりに、店の奥に消える。
イーリスは玄関の扉を押す。
重い。片手では、わずかにしか開かなくて、両手で開ける。しかし、人がギリギリ通れるくらいの、外の暗闇が見えたところで、急に負担がかかる。
(あれ? これ以上開かない……)
「お前、待て」
声のする方へ振り返って目に映ったのは、息を切らしている青年。イーリスはなにが起こったのかわからなかった。
「どうして……」
「話の続きを聞いてほしい。父親を救えるかはわからないが、一つだけ良い薬がある」
店長はイーリスにくしゃくしゃに皺の入った紙袋を差し出した。
「この薬は……」
反射的に受け取った紙袋。訳ありな薬しか置いていない薬屋なのに、この薬は一体。
イーリスは疑わしげに見つめる。
「昔にもらった、万能薬が一つだけあったことを思い出した。お前にやる」
「いいんですか? 代金は……」
「いらない。まあ、代金を請求したところで、持っているとは思えないが」
こちらの足元を見られている。好意を素直に受け取ることにした。
「……ありがとうございます」
万能薬がどれだけ効果があるかわからない。しかし、店長の優しさが胸に染みた。
「そのブローチ、大事にしろよ」
「もちろんよ」
胸元のブローチをぎゅっと握りしめた。
イーリスが闇の薬屋から出ると、街灯に映し出された店が立ち並ぶ通りだった。
しばらく歩いて、トンネルを抜けると夜の市場があるに違いない。
(あれ……?)
イーリスは目の前の光景を信じられなくなった。
市場ではなく、町医者の診療所の前にいる。
そして、夕方には閉まるはずの町医者には、診察を待つ人の列ができていた。まだ日中のようだ。二、三時間は闇の薬屋にいたから、日は落ちているはずなのに。
不思議なことに、薬屋へ行く決意をしたときから時間が経っていなかった。
イーリスが紙袋を握りしめると、クシャと音がした。
(さっき起こったできごとは、嘘じゃない……!)
トンネルを抜けて、暗闇の通りを歩いて、闇の薬屋に行ったこと。意地悪な店長と優しい少年に会ったこと。店長が追いかけてくれてまで万能薬をもらったこと。
この紙袋が嘘じゃない証拠だ。もう一度握りしめると、またクシャと音がする。
「お父さん、すぐ行くから待っていてね!」
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* * *
「ところで店長」
「ん?」
店長は顔を上げる。
「あの少女にあげた薬……あれは何だったのですか?」
「万能薬だと言っただろう」
少年はうーんと微妙な表情を浮かべた。
「説明不足でした。薬はどこで手に入れたのですか?」
「それは――」
店長は遠くを見つめてつぶやく。
それは薬屋の店長になる少し前のこと。
きっとお前は心を壊すだろうからとお袋から預かったものだった。
悪い薬に囲まれてばかな真似をしないように一つぐらいいい薬を持っていろと。
お守りだから大事にしろ、と。
結局はこのとおり。性格もねじまがっている。
お金さえ払えば、誰にでも薬を売っていた。
あのブローチ。ただのブローチではない。
そのことに、あの少女は気づいていない。
――ありがとうございます。
少女の言葉。偽善者のような行為の結果。
あの少女の父親を助けるためだといえ、いい印象を与えてよかったのだろうか。少女は闇の薬屋のことのすべてを知らない。このままだと――。
じーっと視線を感じる。わかってるよ、言えばいいんだろ。
「あの少女のこと思い出していたのですか? 丸わかりです」
少年は含み笑いをしている。
やっぱ言うのやめた。
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