お料理好きな福留くん

八木愛里

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10 ジャガイモの皮を包丁で剥く、の巻①

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 今日の料理講座のメニューは家庭料理の肉じゃが。
 一人暮らしの身としては、ぜひとも作れるようになりたい料理だ。

「福留くんって料理が上手だけど、誰かに教わったの?」

 赤いエプロンの紐をキュッと締めてから問いかけた。

 福留くんの料理の引き出しは、一体どこにあるのか気になる。福留くんの師匠がいるとすれば、その人の話を聞けば上達のヒントになるのではないか。

「僕は祖母に教えてもらいました。料理の作り方は、ほぼ受け売りです。両親が共働きだったので、学校から帰るとよく妹と一緒に夕食の手伝いをしましたね」

(妹さんがいるんだね。……想像できる。福留くんは面倒見の良いお兄さんって感じだもの)

「お祖母さんに教えてもらっていたんだね。私とは大違い。お手伝いを進んでするような子じゃなかったから」

 福留くんの茶色の瞳が遠くを見つめて、瞬きを一つする。昔を思い出して懐かしむような表情だった。

「祖母から教わるのが楽しくて、喜んで手伝っていましたね。教え方が上手でなかったら、進んで料理を手伝おうなんて思わなかったかもしれません。僕の話はこれくらいにして。さぁ、始めましょうか」

 トレーに入っている材料を確認して、料理講座が始まる。
 ジャガイモとタマネギ、ニンジン、豚バラ肉。ジャガイモはゴツゴツとして存在感がある。

 福留くんはピーラーと包丁を取り出した。ピーラーは私専用だ。福留くんは包丁を使って野菜の皮を剥く。

 ポテトサラダの料理講座で、ジャガイモを包丁で剥いていた姿を思い出す。ピーラーよりも早くて、簡単に剥いている姿。
 私も福留くんみたいになりたい、という気持ちが先立って口を開いていた。

「福留くん。私も、ジャガイモを包丁で剥けるようになりたい」

 福留くんは私に渡そうとしていたピーラーを、作業台の端にそっと置いた。

「大丈夫です。教えますよ」

 仕事帰りの限られた時間だったけれど、福留くんは嫌な顔をせずに了承してくれた。
 会社でも事務員から頼りにされているのは、いつも快く教えてくれるからなのかもしれない。

「慣れると包丁で剥いた方が楽だと思います。僕がまず一個やってみるので見ていてください」
「お願いします」

 教えられたことを目に焼き付けようと思い、福留くんの手元を凝視する。

「ジャガイモってよく見ると、縦長の形をしていますよね。まずは縦長の部分を一周ぐるっと剥いていきます」

 ジャガイモを左手で持って、包丁を持つ右手の親指はジャガイモの皮を押さえながら剥いていく。

「あとは剥いていないところを剥いていく感じですね。真ん中を剥いてから、その左右を剥いていくとやりやすいですよ」

 スッと奥から手前に動かした。包丁の動きは滑らかだ。

「ジャガイモの芽は取らなくていいの?」

 ジャガイモの芽に毒があるということは、料理初心者の私でも知っている。芽の部分を無視するように、皮を剥いていることが気になって仕方がない。

「ジャガイモの芽は最後に取っていくのですが、包丁の角の部分──あごと呼ばれている部分を使って取り除いていきます。芽は有毒なので、ちょっと深くえぐる方がいいですね」

 芽はちゃんと取り除くらしい。芽の部分は丸く跡が付いていて、その周りを包丁のあごを当てて取り出した。

「真島さんもやってみましょうか」
「うっ……ちょっと自信ないけど挑戦します」

 説明を聞いているだけではできる気がしない。だけど実践あるのみだ。

 ジャガイモを持って包丁を入れる。皮が厚く切れている気がするけれど、最初だから下手でも気にしない。

「ジャガイモの皮の下に包丁を通す感じで進めていってください。そうそう、そんな感じで」

 福留くんのスピードよりも、ゆっくりなペースで剥いていく。
 一周ぐるっと剥けたところで、分厚い皮をチラシの上に置いて一呼吸した。

「緊張するね」
「その調子でいいと思いますよ」

 見られているからなのか、変な力が入る。
 包丁の切れ味が良くて、少し動かしただけでも滑るように切れてしまう。
 あ、と気づいた時には、ジャガイモを持っている左手の親指に包丁が刺さっていた。

「痛っ」
「真島さん! 大丈夫ですか!」

 鋭い痛みを感じる。ジャガイモと包丁を作業台に置いて、指の状態を確認すると切り傷に血が滲んできていた。
 どくどくと、体の中の血流の音が聞こえる気がする。
 血の量は多くない。
 大丈夫、そんなに深い傷じゃない。

「手を貸してください」

 福留くんは呆然としている私の手首を持って、流水で洗い始めた。
 距離が近い。
 福留くんの息遣いが聞こえるくらいに至近距離だった。
 一瞬そう思ったけれど、そんなことを気にする間も無く意識は指先に集中する。

 しばらく水道水で洗うと、絆創膏を貼ってくれた。

「すみません、僕の教え方が悪かったです。怪我までさせてしまって」

「違うのよ。私が不器用だから……」

 私が何を言おうとしても、福留くんは自分のせいだと繰り返した。
「せめて、今日の料理は僕が全部作らせてほしい」と言われて、言葉に甘えることにした。

 肉じゃが、ぶりの照り焼き、ほうれん草の白和え、味噌汁。
 テーブルの上が輝いて見える。
 福留くんは「超特急で作った」と言っていたけれど、夕食には十分なメニューだった。

「「いただきます」」

 箸でお肉とジャガイモとニンジンをまとめてで口に運ぶ。
 肉は柔らかくて、ジャガイモとニンジンは、大きさが揃っていて口当たりが良い。

(私が材料を切ると、こんなに大きさを揃えては切れないよ。さすが福留くん)

 でも……塩加減も良くて美味しいのだけれど、何か物足りない。
 この物足りない原因を探しながら、肉じゃがを噛みしめる。

「どうしましたか?」
「いや、違うの。福留くんの手料理なのかぁと思ったの」

 物足りないなんて、料理を作ってくれた福留くんに失礼過ぎて言えない。

 二人で料理を作ったときは、具材の形を見ただけで福留くんと私のどちらが切ったものかわかるようになった。私が切った具材は不揃いで下手くそだけど愛着を感じる。

(そうか、今まで考えたことがなかったけれど、自分で作った方が達成感があるんだ)

 物足りないのは、きっと自分で作ったという達成感。
 そう、私の心にストンと落ちた。
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