ダブルドリブル

春澄蒼

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『寝る子は育つ』って言うけど、それは迷信だ。俺たち兄弟が証明している。だってもし本当なら、滝はもう2メートル越えの身長を手に入れているはず。

 リビングのソファで寝る滝を眺めながら、そんなこと考えていた。

 滝は本当によく寝る。

 休みの日なんて、俺がなにか誘わなければ、一日中寝てるんじゃないかな。
 ちょっとした待ち時間なんかも、すぐ寝る。よくそんな短い時間で起きれるなって感心する。
 寝起きはいいんだ。いいタイミングで自然に目覚める。人に起こされるのが嫌いだからこそ身についた技術なのかも。

 俺は夜にしっかり寝るタイプ。寝つきもいいし、寝起きもいい。

 今日は土曜。午後から半休で午前練だけで帰ってきた。家でメシ食って、俺が皿を洗っている間に、もう滝は寝ていた。

 俺たちはたいていリビングで過ごす。
 自分の部屋は、ほとんど寝るだけに使っているようなものだ。

 俺はよく晴れた窓からの日差しを避けながら、ソファの下で本を読んでいた。
 それを読み終わると、時間を持て余して、滝の観察に移ったのだった。

 ……ホントそっくり。
 しみじみと、思う。

『自分自身は見えないから、鏡に映る自分になりきるしかない』
 でも俺たちは自分を客観的に見ることができる。

 滝の鼻筋に指を滑らせる。と、まぶたが震えて、目が開いた。

 寝起きに俺の顔がドアップで、さぞびっくりしただろう。でもそれを全くおくびにも出さないで、「いまなんじ……?」のっそり体を起こす。

「3時ぴったり」
 笑いながらキッチンへ行き、ミネラルウォーターとおやつにドーナツを取ってくる。

 しばし黙って口を動かす。

 俺の方が先に食べ終わって、滝のもぐもぐする口を見ていると、
「キスしたか?」
 そんな言葉が聞こえて、一瞬、俺が言ったのか滝が言ったのか混乱する。いやいや、滝はまだ食べてるし。俺が言ったに決まってる。

 別にこんなこと聞くつもりなかったけど、ま、言っちゃったもんはしょうがない。と開き直って答えを期待する。

 滝は俺にしか分からないくらいに眉を動かし、ドーナツを全部飲み込んでから、
「した」
 これでもかってくらい簡潔に述べる。

 ……したんだ。意外、のような、当たり前のような。

 今までなら、こんな質問、絶対にしなかった。聞きたくなかったし、知りたくもなかった。絶対にいい気持ちにはならないだろうな、という予感があったから。
 でも思っていたよりも平静に受け止められたのは、雪ちゃんのおかげかもな。

「……なに?いきなり」
 滝にとっても予想外だったのか、答えてしまったからよかったのかなって顔をする。

「なんとなく。今まで聞いたことなかったから」
 そっか、したんだ。……と滝の唇に自然と手が伸びる。指の腹でなぞって、目を合わせる。

 いい機会だし、色々聞いとこうかな。

「セックスした?」
 これは答えが分かりきっている。滝が外泊したことないのは、俺が1番よく知ってるし。そんなことできるくらいの時間、離れたことないし。

「してない」
 予想通りの答え。

「つーかあれだよね。ここに連れてきたことないし、場所ないよね。あの人実家でしょ?」
「そうだな」
 だけど俺は「なら連れて来ればいい」とは言わない。滝も言わないのは分かってる。

「……あの人、『学校では触るな』だと。キスする場所もない」
「じゃあ、部室でなにやってんだよ」
「……話してる……?」
「疑問形かよ」
 せっかく時々気を使って、2人にしてやってるのに。

 そういえば、あの日、雪ちゃんに告白された日も、そうだった。
 2人の時間を作ってやろうと、体育館裏に出ていたんだった。そう思うと、俺の気遣いもムダじゃないか。

「……お前は?」
 反対に聞き返される。
「キス、したんだろ」
 質問じゃなく断定だった。滝は俺がなんでこのタイミングでこんなこと言い出したのか、俺よりも分かってるのかもしれない。
「したよ」

「……付き合っては、いないのか?」
「うん、付き合ってはいない」
 俺の最低な肯定に、滝はなにも言わない。じっと見つめて、納得したのか話を変える。

「……最近、先輩が変だ」
 それは俺も気づいてた。
「いつからだ?」
「……合宿後から」
「そういえば、最終日、体育館で会った時から、かもな」
 俺と廊下でぶつかった時、あの前後、ということは、
「あの呼び出しか……」
 そういえば結局なんの話だったか聞いてない。

 雪ちゃんと話した後、滝のところへ戻ると、先輩はもう帰っていた。
「滝、あれなんだったか、聞いてないのか?」
「聞いてない。というか答えてくれない」
 なんか変な感じだな。それに……
「この前の部活の時も、様子がおかしかったよな?」

 この前とは、テスト最終日のことだ。
 あの日、雪ちゃんが俺たちを見分けられるって話で盛り上がっていた時に、先輩が「なに騒いでんだ!早くアップするぞ」って割り込んできて──



「入口で騒ぐな!さっさと……」
「日野!日野!」
 俺たちの話を聞いていた3年が、日野先輩の剣幕を鎮めるように、取り繕う。
「お前と同じ特技を持ったやつが現れたぞ!」
「……なに言ってんだ?」

 やばっ!まだ入れ替わりやってるのがバレたら、どんだけ怒られるか……!
 俺はあわてて口をふさぎにいくが、
「水上だよ!あいつ……」
 時すでに遅し……騒いでいたのはわけがあるんだとばかりに、先輩が急いで言い切ってしまう。

 あーあ……怒られる……。
 そう思ってそそくさとコートに逃げ込む。後ろはまだ騒いでいたけど。

 先に行っていた滝を捕まえて、「悪い、怒られるわー」謝っておく。

 それだけじゃわけが分からなかっただろうけど、滝が先輩をなだめてくれるだろうと、俺は滝より遠くへ、先輩から距離を取る。先輩の視界に、先に滝が入るように。よろしく、滝!

 そろそろ来るかー?と怒鳴り声に身構える。……あれ?まだ来ない。

 怪訝に思って入口を振り返ると、まだ人だかりは散らばっていない。先輩の背中は見えたけど、遠いし様子は分からない。

 まだ蚊帳の外の滝が、先輩に後ろから近づき、肩を叩く。と、肩だけじゃなく体全体が飛び上がるように震える。ドアにガンっとぶつかり、一瞬静寂の後、「おいおい、どうした?」「びっくりした~」と周りがざわめく。

 先輩は滝と顔を見合わせている。ドアにぶつけたことも周囲の反応にも気づかないように。

 この段階になって俺も「なんか変だ」と2人に向かって一歩踏み出す。

 だけどはっきり表情が読み取れるくらいの距離になったところで、同じように日野先輩の様子に気づいた3年が、「おい、日野!大丈夫か?!」肩をつかんでゆすって、先輩を正気に戻してしまった。

「あ……あぁ……だいじょうぶ……」
 そこでやっと滝の顔に視点があったように驚いて、「あ……」なにか言おうとして、でも言葉が出なくて……。

 結局滝からも俺からも目を背けて
「……練習始めるぞ」
 覇気なく言葉を落とした。




 あれは変だった。
 先輩なら『もうするなって言っただろ!』って怒って、でもその後『水上、すげぇな』なんて感心するかと思ったのに。あれ以来話題にも出さないし。

「……あの時の先輩の顔……」
 滝が言いかけるが途中で止める。俺は続きを待ったが、次の言葉は繋がっていなかった。
「あれは俺が悪かったのかもしれない」
「滝が?」
「俺が……ちゃんと、話してなかったから」

 俺には全て理解はできなかったが、先輩のことは滝に任せておけばいいか、と結論づける。滝に分からないことが俺に分かるわけないや。

 そしてやっと1番聞きたかった質問を。

「なんで好きだって、思ったの?」
 最も聞きたくて、でも今まで聞かなかったことを、今さら。

 滝の感情に先に気づいたのは、俺だった。

『あぁ……惚れてるな』そう直感した。でも、いつ友情が恋情に変わったかは分からなかったし、滝がそれを自覚したのがどのタイミングだったのかは、俺にも測れなかった。

「……俺にも分からない」
 滝は俺のズルを悟っているように、求める答えを安易にはくれない。

「ただ……ただ好きだって、思っただけ」

 そうだった。滝は普段は理詰めでものを考えるくせに、いざという時、直感や第六感みたいな感覚を重視するのだ。いや、普段が理論的だからこそ、かな。だからたまのそういう感覚をこぼさないようにしているのだろう。

 でもそれじゃあ参考にならないんだけど……俺の不満が伝わったのか、そうだな、と続ける。
「……きっかけ……泣いたから、かな」
「泣いた……?」
 あの人が……?
「あの涙を、だれにも見せたくない、って思った」

 その時の滝の顔は、静かで、それでいて情熱的だった。(あぁ……負けた)と心で敗北宣言出したくらい。

 でも滝に負けるのは、全然悔しくない。
 それどころか、少しうれしいくらい。

 俺は今間違いなく俺よりも男前な滝の顔を引き寄せ、少し寝癖のついた髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜる。

 俺はほっとしていた。
 自分が、滝の不幸を願わなかったことに。

 手放しで喜べるほど達観はできなかったけど。
 滝が付き合い始めてからやっと、「よかったな」って言ってやれるくらいには、受け入れられたのかな。

 ま、本当に言ってはやらないけど。


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