三鍵の奏者

春澄蒼

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第五章 星は天を巡る

番外編 裸の心で ※

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※R18。前話の、ジェイとクレインの船の上での、ラブシーンです。


******************




 ゆったりと始まった誓いの口づけは、次第に熱を帯びて二人の唇を濡らしていく。

「んぅ……んっ、ふ……」
 長椅子の上の二人には、頭上の丸窓から月明かりが降り注ぐ。ジェイの膝の上のクレインは、これまでになく柔らかく蕩けている。

 水音と吐息の合間には、「クレイン」と「好きだ」の二つの言葉だけ。
 あれほど重かった「好き」の二音は、今では止めようもなく口から勝手に零れ落ちる。

 もっと重い言葉を先に伝えてしまったジェイには、もう臆する理由がない。


『家族になってほしい』

 アスカ村でマイナに説教されてから、ジェイがずっと考えていたこと。言葉で好意を伝えるだけでは、臆病な二人には足りない。だから──何か形が必要だった。

 それが『家』だ。

 二人が同じ時間を過ごすための場所。
 二人の関係を日常にするための象徴。

『家』も『家族』も『故郷』もなかったジェイにとって、それは幸福の象徴だった。そしてジェイにとっての幸福とは、クレインと同義語だ。

 クレインが幸せならば、ジェイもそれだけで幸せ──それが愛だというならば、少し怖いなとジェイは思う。

 気軽な片思いならば、クレインの幸せだけ願っていればよかった。だが、クレインも同じ言葉を──小さな消え入るような声だったが、確かにあの二音を──返してくれた今は、自分の幸せがクレインの幸せに繋がるのだ。

 幸せにだけでなく、幸せに──自己肯定力の強くないジェイにとって、それはかなりの覚悟が必要だ。

 そして自信も必要だ。
『クレインに好かれている』自信ではなく、『クレインに釣り合う男である』自信。

(いや……覚悟も自信も、これから重ねていくものなんだろう)

 以前のジェイなら、これほどゆったりとは構えられなかっただろうが、クレインから言葉をもらい、そして約束をしたことで、ジェイの中にいつもくすぶっていた焦燥が消えていた。


 急がなくとも、クレインはずっとそばにいてくれる。

「クレイン、好きだ」「ふ、んン……っ」
 同じ情熱で返ってくる口づけが、自然とジェイをそう思わせてくれる。


 ジェイが何度も繰り返す「好き」を、クレインは何度も受け取って、まるで自分の中に取り込むように唇から奪っていく。
 どちらもが相手に近づこうと前へ前へ出るから、自ずと口づけは深く深くなっていく。

「クレイ──」「んっ、んっ」
 クレインの両手が、ジェイの頰を包んで引き寄せる。ジェイは右手で藍の髪をかき分け、華奢な首を支えると、腰に置いていた左手で、くんっとそこを引き寄せた。

「あっ……!「ふ……」
 二人の中心が、服越しに触れ合う。

 クレインは思わず腰が引けそうになったが、ジェイは構わずさらに引き寄せて、恥じらう脚を少し強引に開かせ、自分の体をその間に挿れた。

 長椅子に座ったジェイを、膝立ちのクレインが跨ぐ。

 その態勢が恥ずかしいのか、クレインはしばらくもぞもぞと落ち着かなかったが、ジェイの唇が首をなぞり、右手が服の中に侵入し始めて、それどころではなくなる。

「ジェイ……っ、待て……!」

 クレインの『待て』に、ジェイはピタと動きを止めた。服の中の右手もそのままに、許可を待ちクレインの顔を窺う。

 抱き合うことを互いが望んでいることは、すでにカタチを変えつつある中心が教えているから、ジェイはクレインの逡巡がよく分からなかったが、待てと言われれば待つ。

 クレインは言葉を選びに選んでから、囁くように訊いた。「……ここ、で……?」

 一瞬、意味を解せずに首をひねりかけたジェイだったが、クレインがチラッと目線を動かした方向に気づいて、たまらなくなる。

『寝台ではなく、この長椅子で?』
 そう訊くクレインは、生来の気の強さが影を潜めたように、不安そうに目を揺らしている。
 経験も知識も少ないクレインにとって、性行為と言えば、夜に寝台で──という標準的スタンダード局面シチュエーションしか思い浮かばないのだろう。

 初心なクレインを見るにつけて、ジェイは責任感と共に、こんなクレインを見ることができるのは自分だけだという、たまらない独占欲が沸き起こる。


「んん゛っ、」ジェイは咳払いで、にやけそうになる顔をごまかすと、「……そう、だな。ここだと不安定だし……寝台へ、行くか……」と同意を求めているのか、独り言なのか、微妙な語尾で言った。

 それに対してクレインも、「ん……」縦か横か分からない感じで首を動かす。


「いざ!」と仕切り直すのが照れ臭くて、二人は明後日の方向を見ながら、指だけ繋いで立ち上がる。
 寝台の前まで来ると、ヘイレンの捨て台詞が思い出されて、二人は同時に顔を赤らめた。

 そしてヘイレンの顔を思い浮かべてしまったジェイは、(あいつがいつも寝ているこの寝台で、クレインと……)複雑な男心が顔に出る。
 いくら寝具が新品でも、他の男の気配のする寝台にクレインを寝かせるのは、どうにも心がざわつく。

「クレイン」ジェイは自分の心の狭さをどう伝えるべきか迷ったが、今さら格好つけてもしょうがないと、ありのままを話した。

「なにをバカなこと」と呆れられるかとも覚悟していたが、クレインはさらに紅潮を強くして口元を手で隠すと、「……じゃ、あ、どう……?」と目線をウロウロと狼狽えた。

 ジェイとしてはさっきの長椅子でもよかったが、もう一度戻るのも滑稽だし、あそこでは狭くてクレインを堪能できないし……──頭の中で色々なせめぎ合いの後、ジェイは寝台の上の羽毛のふとんに手をかけた。

 ふかふかで真っ白なそれを、バサっと寝台から剥ぎ取って、ふわっと床に降ろす。

 屈んで弾力を確かめると、ジェイはそれをさらに二つ折りにしてから──「う、わ……っ」訝しげに見ていたクレインを、その上へと押し倒した。羽毛の詰まった豪華な敷布は、二人分の体重を軽々受け止める。

 クレインが呆気にとられている間に、ジェイは自分のブーツを脱ぎ捨てると、二人だけの白い海に身を飛び込ませた。



******


「んぅ……っ、や、ジェイっ、くすぐった……っ」
 左脚をくすぐりながら、さらしが床へ落ちていく。それが、クレインが身につけていた最後の一枚。

 ジェイはクレインの肌を露出させては、順番に唇を這わせていた。
 服の裾をまくって、背中に。袖を抜いて、手首に。上衣を取り払って、首に。下衣を緩めて、腰に。最後に残った左脚のさらしもジェイの手で解かれると、無防備な身体と心が彼の目に映された。

「も、ぉ……っ、いい加減に……!」
 クレインが懇願するほどに、ジェイは時間をかけてクレインの肢体を蕩けさせた。

 まだ挿入されていないのに、クレインはもう何度も軽い絶頂感を味わっている。身体ではなく、心が達してしまうのだ。

「や、ぁ……っ、またっ……!」
 唾液でぬかるんだ後ろに指を挿れられながら、足の指をしゃぶられて、クレインの中心からまた蜜が溢れ出る。

 ジェイはそこに触れられることがよほど嬉しのか、何をするにしても、ずっと鱗に触れている。乳首を摘まれながら舌を這わされ、口淫されながら撫で回され──おかげで、今日だけですっかり、そこはクレインの性感帯になってしまった。


「あっ、あんっ!ふ、あ……っ!」
 びくんっ、と浮いた腰から、ぬぽ、と長い指が抜かれていく。それでもジェイは足を舐めるのをやめないから、クレインの腰はびくっびくっと揺れっぱなしだ。

「ふあ……ぁ」
 口許から零れる唾液すら拭えないで、クレインはされるがままふとんの上に身を投げ出す。

 後ろはもう充分過ぎるほど解れ、さっき視界に入ったジェイのモノも十二分に勃ち上がっていた。それなのに──ジェイはまだ前戯を終わらせようとせず、零れる蜜をもったいないとはがりに啜ってくる。

「あっ、あんっ、んぁ……っ」

 快楽一色に染まったクレインは、自分でも考えられない行動に出た。それこそ、後から思い出して憤死モノの、大胆な行動に。

「うっ……と、」
 息を詰まらせたジェイを、どうしたんだろうと他人事のように見ながら、クレインの脚がもう一度同じ動きをとる。
 脚の甲に力を込めて、に押し当てる。擦りつけて、押し上げて、脚の指でするりと撫でると、下衣から飛び出していたそこは、ますます天を向いて伸び上がった。

 ジェイの視線を感じるのに、クレインは自分を止められない。止められないどころか──もっと大胆になって、滲む体液をこそぎ取るように、先端に鱗を擦りつけてしまう。

 二人を繋ぐ粘糸がつと……と切れる前に、クレインの手は下肢へ伸びていく。

「はっ、はっ……」とうるさいほどの呼吸が自分から洩れる。自分の身体が自分のものでなくなったような、操られているような感覚で、中途半端だったジェイの下衣を、片手で引き下げて、片手でその中心へと触れた。

 右手が熱に触れた瞬間、感覚は自分の元へ戻ってくる。

 初めて自分から触れたそこは、思っていたよりずっと熱く、そして生々しい。
 覚束ない手つきでさすると如実に反応して、ぐぐぐっと反り返る。

(あ……これ以上、おおきく……?)

 頭のどこかはその大きさに怯んでいるのに、手はやはり勝手に動いて、ゆるゆると刺激を与え続けてしまう。


「は、あ……クレイン……」
 吐息の後に名を呼ばれて、クレインは視線をじわじわと上げていく。自分の手の中のものから、綺麗に割れた腹筋、そして汗の浮いた胸元、動く喉仏──辿り着いた先の表情に、クレインは口の中に唾液が溜まるのを感じた。

 無意識に喉が鳴り、手に力がこもる。

 あれだけ好き勝手していたジェイが、いつの間にかクレインに身を委ねている。少し手を動かしただけで、ジェイの眉間に力が入って、それがやけに官能的に見える。

「ん、ふっ……ぅ、ん……っ」
 自分がこの表情を引き出しているのだと思うと、自分の性感を刺激された時と同じくらい、ズクンと下腹あたりに熱が溜まっていく。


 視界は顔を捉えたまま、クレインは左手も添えた。筒にした左手で扱きながら、右手の指の腹で先端を抉ると、さっき鱗にも付いた粘液がまとわりついた。

 嫌悪感は微塵もない。
 そんな自分が少し怖くもなる。男からの好意を拒絶してきた自分が、まさか嫌悪もなく男性器に触れるなんて。

 クレインは急に、自分の顔を隠したい衝動に駆られた。

 これまで自分に性的な目を向けてきた大勢の男たちの、粗野でギラついた顔が蘇ってきて、自分も同じような醜い顔をしているのではないかと心配になったのだ。

 自分の顔は隠したい。でも──ジェイの顔は見ていたい。
 相反する望みにクレインが取った行動は、自分の手で自分の顔を少しでも覆うというもの。

 片手の甲を鼻まで持ってくると、「あ……」ジェイの濃厚な移り香が、クレインを羞恥のるつぼに堕とすことになった。

「あっ……や、……っぁ!」
 いきなり突き飛ばそうとしたクレインの両手は、ジェイに簡単に捕まってふとんに縫い止められる。

「クレイン……?」
「やっ……み、みるな……!かお、み、ないで……へんな顔、してる……っ」
「変な顔って……俺が、か?」
「ちがっ……!おれ、が……」
「クレインはいつも通りきれいだ」
「……え」

 ジェイのおかしなほどの真面目な顔を見て、クレインは少しだけ平静を取り戻す。が、続いた言葉に、その平静はすぐに保てなくなる。

「いや、いつもより綺麗だ。それにすごく……」「すごく……?」「すごく、色気がある」

 そんなことを言われたのは初めてで、褒められていると思いたいのに、はしたないと呆れられているのではないかとも怖くて、クレインは思わず「うそ……」と呟く。

「本当だ。そんな顔を俺にだけ見せてくれるのが、嬉しい」
「ジェイ……」
「クレインから触れてくれるなんて……俺の方こそ、浮かれておかしな顔になっている」

 自分の頰を撫でるジェイを見て、クレインは(同じだ……)とホッとする。自分が思ったように、ジェイもクレインの感じている表情を官能的だと思っている。

 バカだな、とクレインは自分の間違いに気づいた。クレインを陵辱しようとした男たちと自分たちでは、根本的に違う。ヤツらはただただ、性欲と征服欲だけだった。

 前提に、相手を想う心があるクレインとジェイとは、根本的に違うのだ。


 クレインはずっと、性欲を煩わしいものだと思っていた。自分の中にあることも嫌だったし、誰かからその対象として見られるのも苦痛だった。

 特に男からその欲を向けられ続けたクレインは、性交渉というものを、本能や種の存続のためなどと言うのは綺麗事で、実情は快楽に踊らされているだけだと嫌悪すらしていた。


 でも、今なら分かる。ジェイを愛おしいと想うから、抱き合いたい──それはとても自然な感情だ。

 自分の中に隠れていた自分を、クレインは両手を広げて抱き止める。汚らわしく見えていたそれも、己の一部なのだと受け入れると、不思議と自分のことも愛おしく思えた。


「……ふふ、きっと俺たち、同じ顔してる」
「クレイン?」
「『お前が欲しい』……って、かお……」

 虚を突かれた顔になったジェイを、クレインは引き寄せて口づける。「ンん、んっ」何度も角度を変えて、一番深く合わさる場所を探す。

 クレインから仕掛けた接吻は、すぐに同じ熱量で返ってきて、何かの勝負のように、相手の舌を捕らえようと、唾液を奪おうと、烈しく絡まり合う。

 唇だけでは足りなくて、腕、脚、からだ全部が絡まり合い、そして──からだのナカまでが、ひとつになっていく。



******


「あぁ……!!ん、あっあん……っ」
「くっ……!」

 クレインのナカは、ジェイの訪れを歓迎してどくどくと呑み込んでいく。

 今までのどの時よりはるかに、そこが和らいでいるのは、クレインの心境の変化によるものだろうと、ジェイは嬉しくなる。
 クレインが自分の気持ちを自覚し、ジェイを受け入れ、そして──この行為に積極的になったから。

 もちろん積極的といっても、クレインの喘ぎ声は控えめだし、脚はジェイが押さえていないと開いてくれない。だが──心が開いているのを、ジェイははっきり感じる。


 半ばまで押し入って、ジェイはひと呼吸置く。
 頰にかかった髪を払って、クレインの表情を確認するが、ここで「大丈夫か?」などと訊いてはいけない。クレインはたとえ辛くても「大丈夫」と答えるに決まっている。

 何ひとつ見逃さないように、藍玉の中心を見据えて、ジェイは少しずつ残りを押し込んでいく。

「ん、んっ」
 逃げそうになるクレインの背中が、ふかふかのふとんに沈んでいく。上からそれを見下ろすと、まるで雲の上に乗っているようにも見える。

「んんぅ……っ!」
 限界まで奥まると、クレインのナカはそれ以上は無理とばかりに、きゅうきゅうとジェイを締めつけて教えてくる。

 クレインの手淫で昂ぶった剛直は、挿れただけで限界に近い。しかしジェイは理性をかき集めて、暴れだそうとする腰を押しとどめる。
 まだだめだ。すぐに動いたら、クレインに痛みを与えてしまう。馴染むまで、待て。


 奥歯を噛み締めて耐えるジェイだったが、それを決壊させるのは、もちろんクレイン。

「ジェ、イ、なんか……っ、ちがう……」
「、と……クレイン?」
「ど、しよ……なかっ、が……!」

 不安そうに眉を下げて、クレインはジェイだけが頼りだという目で縋る。ざわ……と、背筋を何かが駆け上がったのは同時で、二人ははっと見つめ合う。

 目を見ながら、ジェイがくん、とわずか突き上げると、「ん~……っ!」クレインのナカがざわめき、合わせるように腰がくねった。

 次はもう少し強く、押し込むように突く。「あっ……ん!」仰け反ったクレインは、自分の口から漏れた嬌声に驚いて、口許を手で覆った。


 裸になった心に呼応するかのように、クレインのカラダは快楽を素直に受け入れるように変わっていた。


 少し引き抜いて、挿れる。次はもう少し大きく。全部埋めてから、揺らす。今度は先端で、内壁を抉るように──双方が望んで始まった抽送は、すぐに肌を打ち鳴らすほどに烈しくなる。

「ふっ、んっんっ……ンんっ!!」
「クレイン、声、聞かせてくれ……!」
「やっ、ああっ!あ、ふぁ……っ、あっん……!」

 声を我慢していたクレインに、ジェイは懇願して、口を覆っていた手を外させた。途端、艶っぽい喘ぎが耳まで震わせる。

 その声を聞いていたい反面、これ以上聞くと自分がどうにかなってしまいそうで、ジェイは嬌声を自分の口の中に閉じ込めにいく。


「んふ、ん、ンむっ……んんっ」
 口内をめちゃくちゃに犯しながら、ジェイはクレインの柔らかな肢体を手のひらで辿る。汗のこもった首裏、慎ましく色づく胸の突起、腹部に走る傷跡、すべやかな太ももを撫で下ろすと、最後には足首の鱗に辿り着く。

 そこは、不思議な感触をしている。

 硬いようで柔らかく、冷たいようで熱い。
 どちらなのか確かめるように撫で回していると、そのうち自分と彼との境目が分からなくなっていく。

 繋がった場所だけでなく、そこかしこから溶けて、混ざって、ひとつになっていく。


 両手で華奢な腰を支えたジェイは、ぐんっと一気にクレインの身体を持ち上げた。

「やっ……!まって、ジェイ……こんな、ふかい……っ」

 あぐらをかいた自身の上に、蕩けそうなほど柔らかいクレインを乗せて、「あっあーーっ!!」突き上げると同時に彼の腰を引き落とす。
 すると、くたくただったカラダを一本支柱が貫いたように、ビクッとクレインの背筋が伸び上がった。

「クレイン……!」
 二度、三度と繰り返すと、綺麗に反ったクレインの背中を引き寄せ、ジェイは視界に入った首筋にむしゃぶりつく。

「あ、あ、……」
「クレイン、手をこっち……脚をこう……」

 力が入っていないクレインの腕を、ジェイは自分の首に回させて、脚は胴に巻きつけるように促す。
 対面座位で、できる限りの肌を擦りつけると、クレインの回復を待って、今日はまだあまり可愛がっていなかった乳首に、しばらくの間集中した。


「ふ、ジェイ……あ……や、ん……」
 あまり強くなり過ぎないように、吸ってはやわやわと歯に挟むのを繰り返していると、次第にクレインはジェイの頭を抱えて、自分から押しつけるような仕草を始める。

 同じ色でも、カイトより柔らかくサラサラとしているジェイの黒髪に、クレインは指を通して、地肌をかき分けたそこに鼻を埋めて息を吸うと、匂いに酔ったように「は、あ……」とため息をついた。
 そして髪やこめかみ、耳の裏や耳殻、届く範囲全てに、口づけを落としていく。

「クレイン……っ」
「ジェイ、あ……ジェイ……っ」

 どちらが先に腰を揺らし始めたのかは、分からない。
 熟れたジェイとぎこちないクレインだったが、動きも呼吸もすぐにカチリと合う。その感じは、戦場で言葉なく互いを補い合う時のような、気持ちのよさに通じた。二人で過ごした時間、経験の積み重ね、そして信頼──こいつじゃないとダメだ、という特別感。


 細い腰をジェイが両手で掴み、クレインは両手で首に巻きついて、やがて訪れる最大の波に備えている。
 そのギリギリまで、二人は互いの唾液を貪っていた。

「んア……っ」「ふ、はっ……」
 唇が離れ、絶頂へ向けて最後の助走に入った時、ジェイの口からごまかしようのない本音が飛び出した。

「クレイン、中に──」出してもいいか?と聞きかけて、ジェイはすんでで質問を変えた。「──出したい。だめ、か?」

 断りにくく変えたのではなく、むしろ、クレインが応えやすいように。

 クレインは一瞬、無防備に半開きの口で止まってから、濡れて艶めく瞳を揺らがせて──「だめ……じゃ、ない……」ぎゅうっっと思いっきり抱きついて、小さなかすれ声を耳の中に直接吹き込んだ。



 そこから絶頂に至るまでは、熱に浮かされて記憶が曖昧なほど。

「んぅんっ、……っ!……っっ!!」
 クレインのくぐもった声が自分の喉に消えていって、クレインの腕の力と同じくらい、ナカもジェイを引き絞ってきて──「クレインっ……!」名前を呼んだ時には、もう隘路に最後の熱を放ち終わっていた。


「あ、あ、……」
 クレインが音を発するたびにナカはひくひくと蠢いて、余韻が残る躰からは簡単に火照りが引かない。

 くたりとジェイの肩に寄りかかるクレインも、ジェイの腹筋に刺激されて達していた。その白濁が、クレインのお腹の傷に飛び散っている。

 ジェイはその傷跡を、初めて罪悪感なく見つめた。

 他より少し硬い皮膚を指で辿ると、白濁がその隙間を埋めるように肌に馴染んだ。
「ン、ふ、ジェイ……?」
 顔を覗き込んでくるクレインは、ただ綺麗だった。

 快楽に引きずり込んでも、男に抱かれても、ジェイの精をその身に宿しても──汚れて闇に堕ちるどころか、よりいっそう、美しくなっている。

 出会ってからずっとジェイが見ていた、クレインにまとわりつく陰──それはクレインのせいでも、ましてユエのせいでもなく、自分の気持ち次第だったのだと、ジェイは覚った。

 ふっ、と心が軽くなる。

 決して剣では倒せないと思い込んでいたその陰も、気持ちの持ちようでいくらでも対峙できるのだ。


「クレイン……」
「う、ん?」
 とろとろと熾火に蕩けるクレインの手を取って、その甲にジェイは騎士の誓いように接吻した。

「ふ、え……?」
「クレイン、俺はずっと何のために剣を振っているのか判らなかった。自分のためですらなかったように思う。だがお前と出会って、そして……気持ちが通じ合った今、全てをお前に捧げたいと、そう思う」
「ジェイ?」

 精一杯、格好をつけて、ジェイはクレインの心臓の上に紅い痕をつける。
 その痕は、傷でありながら、クレインを傷つけない唯一のもの。

「俺は剣を振るしか能のない男だ。カイトのように世界を知らないし、ヘイレンのように権力も財力もない。だからこそ……俺の剣でお前を護ると誓う。もう二度と、クレインが自ら死を選ぶような、そんな状況にさせない……!」


 そんなジェイの悲壮なまでの誓いに、クレインは──「いっ……!」ジェイの耳をつねって「ばか」とどうしようもないなという目を向けた。

「く、クレイン?」
「言っとくけどな、お前は俺ばっかり心配してるが、俺だって……お前のこと、心配なんだからな」

 どうしようもないなという目には、呆れと一緒に慈しみが交じっていた。
 口調まで蕩けたように舌ったらずに、クレインは続ける。

「罪の意識が強いからか、お前は自分のことを犠牲にするところがある。自分が盾になって、俺を護る、みたいな」
「それは……もちろん──」
「ばか……」

 クレインが傷つくより、自分が──それを当然だと思っているジェイに、クレインは愛のこもった怒りをにじませる。

「俺を護ってお前が傷ついて──俺がそれで嬉しいと思うか?俺をかばって……お前が死にでもしたら、俺は……」
「クレイン……」
「今回だって、待っているだけなんて辛かった。もしお前になにかあったら……?って。俺の知らないところで、お前ひとりが傷つくくらいなら──俺も一緒に傷を作る方がいい」


 クレインを安全圏に残してきたことで安心していたジェイにとって、クレインがそんな思いでいたなんて、想像もしていなかった。
 娼船と聞いて、クレインをそんなところへ連れて行きたくはなかったから、ヘイレンの采配をむしろ歓迎したくらいだ。

 クレインから本音を聞かされて、ジェイはやっと、もし反対の立場だったら……?と思い至る。


 さっきの自分は何て独りよがりだったんだろうと、ジェイは反省する。そして同時に、(ああ、やっぱり敵わないな)とクレインへの敬意がふくれ上がる。

「護られるだけなんて、やだよ。俺だってお前を護る、から……だから、一緒に闘わせて」
「クレイン」


 今度は一方的な誓いではなく、二人の約束として──ちゅ、という可愛らしい音を、唇が奏でた。


 ちゅ、ちゅ、と甘い軽やかな口づけを愉しんでいたが──「あっ……!」「っ、」ふとした拍子に揺れたクレインの腰が、二人がまだ繋がったままだったことを思い出させる。

 ちゅ……口づけよりも小さな水音が、繋がった場所から確かに耳に届いて、その理由をよく知る二人は息を飲む。

 続きを先に意識したのは、クレインだった。
「その……もう、いっかい……?」

 魅力的過ぎる誘いに、手拍子で乗りかけたジェイだったが、「う……」と思いとどまったのは、一度出したのに全く質量の変わらない自分の分身を感じていたからだ。

「ジェイ……?」
「その……もう一回では、とても終わりそうにない、んだ」
「……え?」

 きょとんとなってから、急激に頬を染めたクレインを見て、やっぱりどう考えても無理だと、ジェイは自分の身体と相談する。

「ちょっとおかしくなってる。全然、萎えそうにない。このままもう一度したら、止まらなくなりそうなんだ」
「そ、れは……」
「それではクレインが辛い──って、そもそも、今は大丈夫かっ?」
「ふえっ?」
「からだ、大丈夫か?」

 終わってから気遣ってやれていなかったと、ジェイは急に心配になって、クレインの身体に異変はないかとペタペタと触る。

「ばっ……!へ、平気だって……!」
「本当か?クレインは我慢するから──」
「だ、大丈夫……!」
「中は?中に出されて、気持ち悪くないか?」

 ジェイが思わず身を引いたから、「や、あっ!」クレインの中からずるりと、筋が張ったままの尤物が抜け出てきた。
 栓が外れたことで、中にとどまっていた白濁がどろりと流れ落ちる。

「んん~……っんっ」
 掻痒と排泄感に背筋を震わせた様子に──「っ悪い……」「っ!」クレインの太ももにも突き刺さるかの硬度で、ジェイの剛直が擦れる。

 その凶悪さを目の当たりにして、自分の中にどう収まっていたのか不安になったらしく、クレインは目を見開いて微妙に腰が引けている。

「その──」
「あの──」

 無言のすり合わせの後、クレインが出した妥協案はというと──

「おれ、も……その、くち、で──」
「無理だ……!」

 全部言わせずに叩き落としたジェイに、クレインは自分から言い出した恥ずかしさもあって、「む、無理ってなんだよっ!!」ムキになって聞き返す。

「そんな……!クレインにそんなことさせるなんて……!」
「じ、自分はやっておいて、俺にはさせないのかっ?!お前ってそういうところあるよなっ、過保護っていうか!」
「え、いやっ──」
「子ども扱いっていうか!俺のこと見くびってるっていうか!」
「まさか!そんなこと──」
「だってそうだろっ!俺にはできないと思って──」
「で、できないっていうか……た、確かにさせるのは申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に!」
「なんだよ!!」

「そんなことされたら、しばらくクレインの顔をまともに見れなくなる……!その自信があるぞ……!!」


 甘い後戯──もしくは、次への前戯──には似つかわしくない言い合いは、ジェイのおかしな宣言で幕を閉じた。


「な、なに言って……っ」
「絶対に無理だ……!絶対に思い出す……!みんなの前で挙動不審になるぞ……!!」


 断腸の思いで断るジェイに、クレインは呆気にとられてから──「も……ばか、」と優しくジェイの胸を叩いた。

「ほんと、ばか……なに言ってんだよ、恥ずかしい……」
 その「ばか」の言い方が、ジェイの胸を貫く。(なんて……かわいい……!)

 しかしその言葉は、クレインには禁句だ。

 溢れ出る想いを、ジェイは言葉を変えて伝える。

「……そうやって、怒ってくれ」
「え……?」
「俺はこれからも、間違えたり……意図せずクレインを傷つけることもあるかもしれない。そういう時は、黙って耐えるんじゃなくて、思いっきり俺に当たってくれ」
「ジェイ……?」
「お前に『ばか』と言われるのは、嫌いじゃない」


 らしくなく芝居がかっておどけるジェイに、クレインは「……もう、ほんと──」つられて笑って、その嫌いじゃないと言われた甘い言葉を、照れ臭そうにもう一度紡いだ。


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