三鍵の奏者

春澄蒼

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第五章 星は天を巡る

65 教会からの使者

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「えぇっ?!じゃあアスカも、俺たちと一緒に来るのかよ?!」
 ヘロンの驚く声が、室内に響く。

「うん」
 落ち着いているのは、この場で一番年下のはずのアスカだけで、ヘロンまで騒がないにしても、他もそれぞれ驚きを見せた。

 アスカの(なんでそんなに驚くんだろう?)という表情を受けて、フェザントが「あー……その、なんだ」と言葉を探す。

「アスカ、お前さん、そのことご両親にも話したのか?」
「うん。『気をつけて』って」
「気を、つけてって……」

 今回の騒動はよほど、親子の絆に大きな亀裂を入れたのだろうか、とフェザントは心配になる。確かにあんなことがあって、今まで通りとはいかないのかもしれない。

 アスカは両親に一度は「見捨てられた」という不信感を持ってしまった。そして両親も、「助けられなかった」という後悔は大きい。

 ギクシャクから逃げるために、こんなことを言い出したのだろうか、と思ったフェザントは説得に頭を悩ませたが、実はアスカの思いはそんな後ろ向きではなかった。

「だって……『妖精の鍵』を探しに行くんでしょう?アスカも妖精に会いたい。他の鍵も見てみたい」
 当然のように言うアスカ。そのキラキラした瞳にフェザントは気圧される。

 アスカは一行の旅の目的を分かった上で、「行きたい」と望んでいるのだ。


『妖精の鍵』──正にそのことを話し合うために集まった一行は、アスカがするっと言ってくれたことで、話のきっかけが掴めた。

 これからどうするのか、それを決めるのは──


 カイトに視線が集まり、彼が口を開き──かけたところで、ガチャ、と奥の寝室が開く音がする。

 関係者が大集合したフェザントの家の居間は、すでに許容量を超えている。そこへさらに、寝室で寝ていたユエが一人追加された。

 ユエは寝起きの目をこすりながら、壁を支えにして足取りもおぼつかない。
 その場のほとんどの視線は、そんなユエの様子を確かめてから、その原因を作った男へと向けられる。

 だがカイトは、逃げるように目を逸らしていた。

「えーと……ユエ、大丈夫……?」
 クレインがこの緊張感を打開するために、何でもいいからと声をかけると、ユエは困ったような顔で「……あるけない」と溢した。

「歩けない……」
 クレインが言葉の意味を吟味するように繰り返すと、
「ガクガクする……足ができたばっかりの頃に戻ったみたい……」
 ユエはさらに生々しいことを言う。

 そこでやっと、カイトが動いた。放っておいてこれ以上ユエに何か言わせるよりも、さっさと黙らせた方がいいと判断したようだ。

 壁に預けていた背中を離し、さっとユエに近づいてひょいと簡単に持ち上げて、とさっと空いていた長椅子に座らせて、何事もなかったかのように元の姿勢に戻った。

 そしてムズムズしているヘロンがおかしなことを言う前に、「それで」と無理やり話を繋げる。

「アスカが一緒に来るかどうかは、本人と両親の決定に任せるということでいいだろう」

 誰もが(不自然な……)と思ったが、それ以上踏み込む勇者はいなかった。

 カイトは事務的な口調で続ける。
「そして次の目的地は……予定通り、ベレン卿からの依頼である『妖精の谷』の探索へ向かう。まずはベレン領へ戻って、情報を受け取って、それから西へ──」


『妖精の谷』──絶滅したとされる妖精の国。元々の依頼の目的は、妖精好きのベレン卿の好奇心を満たすためであったが、今となってはその場所は、一行にとっても重要な意味を持つこととなった。

 ユエの中に『人魚の鍵』が吸い込まれた時には、まだカイト一人の予想に過ぎなかった。
 だが、アスカの胸元に揺れる『ドワーフの鍵』の発見、そしてクリストバル・トリエンテの記録によって、その存在は確かなものとなったのだ。

『妖精の鍵』──三つ目の鍵は確かに存在する。

 そしてそれが眠っているとすれば──『妖精の谷』がもっとも可能性が高い。


 鍵のことを抜きにしても、元々カイトは妖精に関心を持っていた。その上、さらに鍵が加われば、行かないという選択肢はない。

 すでに腹を決めているカイトは、仲間たちに提示だけして、後は任せたとばかりに沈黙する。


 すでに意志を表明しているアスカはもちろん、ユエとラークはカイトについて行くだけだろうし、ヘロンは今から楽しみ仕方がないという顔だ。

 過去のこともあって、西側にあまり好感情のないクレインとジェイは、乗り気にはなれないが、積極的に反対するつもりはないらしい。

 残るは、アイビスとフェザント。

 頭をかきつつ、フェザントは「あー、俺自身は別段反対もねぇんだが……」と言ってから、もう一度アスカに視線を向ける。

「アスカが行くってことには、ちょっと待ったをかけてぇな」
「……どうして?」
「分かってるか?旅は危険だし、色々と不便も多い。それにこれから向かう先は──」

 ここドワーフ王国や東側の国々と違って、ドワーフや亜種に対する差別が判然と残る、大陸の西側。

 ほとんど自宅から出たことがなかったアスカには想像もできないような、悲惨な光景をも見ることになるかもしれない。

 フェザントはアスカの身を案じている。

 だがフェザントがいくら言葉を尽くしても、アスカの決意は覆らない。狭い世界しか知らないという自覚があるからこそ、アスカは「広い世界を知りたい」と突き動かされるようだ。


「いいじゃん、アスカが行きたいなら」
 ヘロンが無責任に口を挟む。

「そんな訳にいくか!危ないんだぞ?!こんな子どもが──」
「俺たちだって子どもだぜー」
「お前らと違って、アスカは戦えないだろう!」
「フェザントが戦い方を教えればいいじゃん」
「ああ?!簡単に言うな!アスカは女の子なんだぞ!!」
「あーー!それって差別だぞ!!女は戦っちゃいけないってのかっ?!」
「そんなこと言ってねぇだろうがっ!!」

 いつの間にやらフェザントとヘロンの言い合いになって、しかも主旨とは外れたところでの場外乱闘となっている。
 最初からヘロンに口で勝てるはずもなかったのだが、それにしても──(お、おかしい……いつもならこの辺りで──)

『おい、話がズレてるぞ』

 その助け舟を求めてフェザントは、唯一の味方になってくれそうな仲間を視線で捉える。
 だが──いつもならこんな時に、話を軌道修正してくれるアイビスは、黙り込んでいてその視線にも気づかない。

 そしてフェザントははたと気づく。そう言えば今日、アイビスは一言も発していない、と。
 上の空というよりも、何も考えられないという顔で、彼は俯いていた。


「どうした?」フェザントが問いかける前に、ガチャ、再び扉の開く音。今度は寝室ではなく、玄関からだ。

「カイト」
 真顔のヘイレンが顔を出して、ちょいちょいと手招きした。
 この話し合いが始まる直前に、部下から何やら報せが入ったらしく、ヘイレンは橋の向こうまで出ていたはずだ。

 その報せがカイトにも関係していたのか、「ちょっと借りるぞ」と言ってヘイレンは、そのままカイトを外へと連れ出した。



***
 一時中断となったところで、早速ヘロンが「なぁなぁ!」とユエに近づいていく。

「ユエ、なにがあったんだよー?」
「ちょ、ヘロン!やめなよ……!」
 ラークの制止も振り切って、鬼の居ぬ間に、何でも話してくれそうなユエを捕まえて、根掘り葉掘り聞き出すつもりらしい。

「なんだよ、ラークだって気になってるくせにー!」
「だめだめ!こういうのは、はっきり聞くことじゃあ……っ!」
「いいじゃん!なっ、ユエ!どうなったんだよっ?!カイトと付き合うことになったのかっ?!?」

 鼻息荒くにじり寄るヘロンに、ユエはきょとんと「付き合う……?」首を傾げる。

「つーまーりー!恋人になったのかってこと!!」
 好奇心丸出しのヘロンに、ユエは「恋人……」と頬を染めて──「ううん」否定した。

「えっ?!違うのっ?!」
 ずっこけたヘロンに、ユエははっきりと頷く。

「あれっ?じゃあはどうしたんだよ?!」ヘロンが指差したのは、服でギリギリ隠れるかどうかという位置にある、首元の赤い痕。「それってアレだろ?!こう……接吻キスしたら付くヤツ!!」

 ユエはそれを付けられた時を思い出したように、ポッと顔を赤らめる。

 それが答えだった。

 ヘロンの傍若無人にハラハラしていた周囲も、いつの間にか二人のやり取りを、固唾を飲んで見守っている。

 さらにヘロンが追及を強めようとしたところで──ガタッガタッ!!という大きな音がして、全員の注目が一斉にそちらに移る。

 いきなり立ち上がったアイビスが、自身の座っていたイスを後ろにひっくり返したのだ。周りも驚いたのだが、音を立てた本人が一番驚いた顔をしている。

「あ……」
 そして──集めた視線から、この話題から、ユエの前から、アイビスは逃げ出した。



***
(なに……してるんだ、俺は……)
 アイビスは勝手に動く足に操られるように、どこへ向かっているかも分からないで歩を進める。自分で自分を制御できないなど、生まれて初めてのことだ。


 今朝早くに、カイトとユエがヴェルドットから戻ってきた。その時の二人の様子を見れば、誰もが「何かあった」と察することができた。

 自力で歩けずにフラフラと危なっかしいユエを、カイトは仲間たちの視線を避けながら、フェザントの家の寝室に押し込んだ。

 そして紅光石『太陽のカケラ』を無事ドワーフ王国に返したことを報告したのだが、「これ以上聞くな」というカイトの無言の圧力を受けて、詳しい経緯を聞き出すことはできていない。


 アイビスは二人が並んだ姿を見てから、ずっと現実感が薄れている。現実が現実でないような、自分が自分でないような、おかしな心地は今も続いていた。


(どうして、みんなあんなに普通にしていられるんだ……?)

 アイビスからすれば、面白がって突っつこうとするヘロンやマイナのことなど、全く理解できない。

 いや、驚きながらもそっとしておこうという姿勢の、クレイン、ジェイ、ラークの三人にも共感できない。

 それどころか、これまで仲間の中では意見が合うことが多かったフェザントでさえも、今は遠い存在に感じるのだ。

 驚きはあるものの、二人の関係の変化を好意的に受け入れている仲間たちが、アイビスには信じられない。

 アイビスはむしろ──嫌悪感が優っていた。

 しかしその感情がどこから来るのかは、自分でも分からない。

 男同士だから?カイトだから?ユエだから?仲間内での恋愛沙汰なんて面倒だから?疎外感、劣等感、嫉妬、焦燥……ありとあらゆる負の感情が頭をもたげる。
 それを踏み潰すように、アイビスは乱暴な歩調で歩き続けた。



***
「なんだ、お出迎えか?」
 至近距離からかけられた声に、アイビスははっと顔を上げる。

「ヘイレン?えっ、ここ……?」キョロキョロと自分が今いる場所を見渡すと、目の前には村の入り口である橋。その上、太陽の位置を確認すると、フェザントの家を飛び出してから、かなりの時間が経っていることが分かる。

 無意識に待ち伏せしていたアイビスは、「い、いや……っ、偶然、その、散歩に来て……」と誤魔化し、ヘイレンの後ろに勝手に合おうとする視点を、無理やり逸らした。

 待っていたくせに、目を合わせるのは、怖い。

 視線を下げたアイビスは、並んだブーツの紐を意味もなく目で辿る。履き潰す寸前の、カイトのブーツ。その少し前に、汚れてはいるが、最高級のヘイレンのブーツ。

 そして一番後ろに、柔らかそうな黒の革靴──(うん……?いち、に、さん……)数えてみれば、靴は全部で六つ。三人、いる。

 もう一人は誰だ……?ヘイレンの部下だろうか──そう思って、顔を確認しようとアイビスは目線を上げていく。

 黒の革靴の次に目に入ったのは、裾の長い純白の服。瞠いたアイビスの目に、さらに予想だにしていなかったものが、飛び込んでくる。

 ──首から垂らされた、天色あまいろの聖帯。
 それは教会の総本山である、『青の教会』の司教である証。

「……どう、してここに、教会の司教が……?」
 思わず口をついたアイビスに、年若い聖職者は柔和な笑みを浮かべ一礼した。



******
 再び大集合したフェザントの家の居間は、十二人というかつてない人数に、今にもはち切れそうに軋んでいる。

 座る場所のないヘロンがフェザントの肩に登っての「乗るな!」「いいじゃん!!」の応酬が、ただでさえ薄い空気を減らして、部屋の密度が上がった気もする。


 現メンバー八人に、『元』のマイナ、そして『未来』のアスカ、オブザーバーのようなパトロンのような立場のヘイレン、気心の知れた十一人の場所取りを、新たな客人は微笑ましく見ていた。


 口火を切ったのは、客人本人。「最初に自己紹介させてください」と言って、放っておいたらいつまでも続きそうなやり取りに割って入った。

「私はラフィールと申します。『青の教会』から参りました」

 見た目はどこにでもいそうな、二十代半ばの男性だ。だが、口調や態度が落ち着いているからなのか、聖職者の服装のせいなのか、与える印象はどこか老成している。

(教会の司教……)ユエはミカエルを思い出す。ユエの中で『教会』や『司教』と言えば、旅の途中で出会った彼が代表格なのだ。

 目の前のラフィールという人物は、そのミカエルと年恰好も雰囲気も似通っているが、彼よりも幾分、厳格さが伝わってきた。

 それはラフィールが、ミカエルよりも重い責任を負っているということに他ならない。


 ラフィールは優しくも強い光を宿した瞳を、アスカへと向ける。

「あなたが……」とだけ言って天に祈るような仕草を見せてから、「お会いできて光栄です」と小さなアスカに向けて最上級の敬意のこもった礼をした。

 きょとんとするアスカに微笑んでから、ラフィールはその場の一人一人と目を合わせるように顔を巡らせる。

「この世界に生きる一人として、皆様に感謝を……真実を、歴史を、そして希望をありがとうございます」

 同じく綺麗な一礼をされて、慣れない畏まった態度に、一行は戸惑うばかりだ。


 教会にはアスカの後ろ盾になってもらうために、真実を話してあったのだが、このラフィールは特に詳しく事の顛末を知っているらしい。アスカのことも、遺跡や歴史のことも、そして一行が果たした役割も。


 教会は特定の国や権力に与しない、中立な立場だ。ドワーフ王国内ではそれほど影響力を持たないが、この東地方では絶大な信頼を得ている。

 そのためヘイレンも、自分たちに敵意はないことをドワーフ王国側に示すために、教会を引き込んだ。教会は公平無私の象徴なのだ。


 そして、平等や平和を謳う教会にとっても、今回掘り起こした真実は価値がある。亜種や三種の人権を守り、奴隷制の廃止を訴えるための根拠となるのだから。


 真実を明かす代わりに、アスカの後ろ盾に──とは言ってもこの取引は、教会の善意によって成った部分が大きい。

 だから、こちらが感謝こそすれ、教会から感謝されるなどとは、思ってもみなかったのだ。

 さらに言えば一行は、別に『人類のため』だとか『世界の平和のため』だとかいう考えで、今回の騒動に関わった訳ではない。
 最初は村を守るために、アスカのことを知ってからは義侠心で、そして鍵のことがあって好奇心が混じって──

 それを英雄のように讃えられては、むずがゆくて仕方がない。

 そんな一行の心情をすぐに理解して、
「いきなり申し訳ありません。私がただお礼を言いたかっただけですので……」
 ラフィールは仰々しい態度を崩した。


「はあ……」
 どう対応していいのか分からない一行は、とりあえず向こうの出方を待つ。
 これは前口上のあいさつだろう、と思っていた一行は、すでに本題が終わっていたことに、なかなか気づけなかった。

 微笑み続ける司教と、待ち続ける一行──次第にどちらも困惑が顔に出始めたところで、

「あのー……わざわざこれを言いに来たのですか?」
 アイビスが先を促すと、ラフィールは遠慮がちにそれを肯定する。
「『ついで』と言ってしまうと言葉が悪いですが……せっかく近くまで来たので、是非お会いしたいとお願いしたのです」

「えっ?!じゃあこれでもう、話は終わり?!」
 ヘロンのすっとんきょうな声に、やっとラフィールもこのおかしな待ち時間の意味が分かったのか、はっきりと答える。

「私がここへ来たのは教会の意向ではなく……とても個人的な用件のためですから。そして……すでに私の役目は終わりました」

 そう言ってラフィールが視線を向けた先は──カイト。

 誰もが、司教が訪ねて来た相手はヘイレンだとばかり思っていたから、その意味深な視線に驚きが広がる。


 ヘイレンは中継役に過ぎなかった。

 ラフィールがここへ来た目的は、カイト。彼にある報せを持って来たのだ。

 そして、ラフィールも使者に過ぎない。

 ラフィールが頼まれたことは、三段階あった。

 まずはヘイレンに連絡を取ること。これは比較的容易だ。ヴァンダイン商会は教会に資金援助をしているため、ヘイレンの部下もよく顔を出していて、教会とは親交が深いのだ。

 ヘイレンに繋ぎをつけた次は、彼が居場所を知る『カイト』という人物に会えるように、手配してもらうこと。

 そして彼に会って、ある報せを渡すまでが、ラフィールの役目だった。

 その先の判断は全て、カイトに委ねられていた。


***
「……予定変更だ」カイトは重々しく口を開いた。一切の表情をそぎ落としたような顔で、誰にもその心の内を見せない。
「俺はこれから……少し寄るところができた」

「寄るところ……?」
「お前たちは先にベレン卿のところへ……いや──」
 そこで言葉を切ると、刹那、カイトの揺らいだ瞳はユエを映す。だが瞬きした時には、彼の決意は固まっていた。


「お前たちは、クウェイルとメイのところへ向かえ」


「は?クウェイルとメイ……?どうして……?」
 突然再登場した名前に、アイビスがぽかんと聞き返す。

「西へ行くより先に、東の海でやることがある」
「東の海って……」
 まだ誰一人状況を把握できない中、カイトはどんどんと話を進めていく。

「陸路より船の方が早い。ヘイレン、ヴェルドットの港から船を出せ。船は今回の依頼の対価としてもらう。クウェイルの館へ着いたら待機だ。俺は……どれくらい時間がかかるかは分からん」

 そこまで言われてやっとユエにも、カイトが別行動を取ろうとしていることが理解できた。

「待って……カイトはどこに行くの……?」
 カイトが単独行動を取ることは、何も初めてではない。しかしカイトの口から出た『東の海』という言葉が、ユエを不安にさせる。

「……お前には関係ない」
「俺……っ俺も一緒に行く」
「……来なくていい」
「いやだ!!俺も行く……!」

 決して目を合わせようとしないカイトに、ユエは駄々っ子のように「いや」を繰り返す。


 どちらを説得すべきなのか分からない周囲は、困惑顔で静観していたが、そのうち二人のやり取りが、浮気を疑う嫁と言い訳する旦那に思えてきたところで、
「いいんじゃねぇか、全員で行けば」
 ヘイレンが妥協案を提案した。

「ヘイレン……!」
「クウェイルの領地に行くなら、まぁ、通り道っちゃあ、通り道だろ。ひとまず全員で向かって、そこでもう一度考えればいい。──時間が惜しいだろう……?」

 最後の一言に、カイトはぐっと唇を噛み締める。
 そして思惑を探るように睨みつけたが、ヘイレンはヘイレンで、読めない表情をしていた。


 腹の探り合いは、すぐにヘイレンが勝負を放棄して、狡くも最終決定を第三者へと放り投げたことで無効となる。

「なっ?そっちは人数が増えても構わねぇだろ?」

 成り行きを見守っていた司教は、突然の指名に一拍遅れて「ええ」と短く答えてから、「ええ、もちろん。こちらとしては歓迎します」と、心からそう思っていることが伝わるくらいに、うんうんと頷いた。


 ラフィールに許可を求めるということは、すなわち──


「待ってくれ、カイトが寄るところって、もしかして……」
 もう答えは分かっていたが、アイビスは確認せずにはいられなかった。

 果たして、ヘイレンの口から予想通りの場所が告げられる。


「教会の総本山『青の教会』さ」

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