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第三章 交点に降るは紅の雨
番外編 ラークのベレン館滞在記
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「……」
「ほら、好きなものを食べるといい」
「…………」
「これは新鮮なユズを使った焼菓子だ」
「………………」
「これは牛乳とイチゴのジャムを冷やして凍らせたものだ。早くしないと溶けるぞ」
「うまそーー!!いっただきまーす!!」
テーブルを埋め尽くさんばかりに並んだ、色とりどりのお菓子や果物──それに手を伸ばしたのは、おまけのヘロンだ。
「はっはっはっ!好きなだけ食べるとよい!私の料理人が腕によりをかけて作ったものばかりだ」
ベレン卿は鷹揚に笑っているが、隣のラークとしてはハラハラが収まらない。
(どうして僕、ヘロンなんか連れて来ちゃったんだろう……?)
ラーク自身がヘロンを呼んだのに、さっそく後悔し始めていた。
******
ベレン卿の館に長期滞在すると決まった時から、こんな時間がやってくることを、ラークは予想していた。
実際にマックスに呼ばれるまでは、(どうやって断ろう……?)と考えていたはずなのに、いざとなったら──
『へ、ヘロンも一緒にいいですかっ?!』
ちょうど隣にいたヘロンを掴んでいたのだ。
ここを訪れるたびに、ベレン卿から提案されること──それがラークは怖かった。
「うっっっめぇ~~!!ほら、ラーク!お前も食えよ!さすがの俺もこんだけ全部は食べられねぇぞ!!」
これが何の時間なのか、ヘロンは分かっているのかいないのか……(いや、ヘロンは本っ当に、お菓子を食べたいだけなんだろうな……)ラークは呆れてため息がもれる。
ヘロンとベレン卿に見られて、ラークも気乗りしないまま、テーブルに手を伸ばした。
******
「どうだ、ラーク?私の元に残る気はないか?」
ベレン卿がいつもの調子で言い出した時、ラークは(来た……!)と身構えた。
「今回の事件では亜種が狙われ、お前も危険にさらされただろう。だが私のものになれば、もう二度とこんな目には遭わせないことを約束しよう」
自信満々の笑みに、ラークは顔をひきつらせる。
これまでのラークだったら、涙目になって首を横に振り続けるだけだっただろう。
そしてベレン卿が諦めてくれるまで、ひたすら待つのみだった。
だが今回は──
「ぼ、僕は……!み、み、みんなと一緒に、旅をしますっ!!」
つっかえながらも、はっきりと断った。
そんなラークを「ほお……」と感心して、ベレン卿は「なぜだ?」と追及する。
「な、『なぜ』?なぜって……」
「お前は旅をしたいのか?」
「た、たび……したい……?」
「旅が好きなのか?」
「え?好き?!えっと、好きってことでも……」
正直なラークは言ってしまっているが、確かに彼は特別『旅が好き』でも『旅がしたい』訳でもない。
どちらかと言えばベレン卿が言うように、旅は辛いことの方が多い。
馬に乗るのも疲れるし、食事も単調になる。盗賊だけでなく、天候や動物によっても危険にさらされる。
「それとも仲間と離れたくないのか?」
ベレン卿はラークが頭の中を整理する前に、畳みかけるように次の質問に移ってしまう。
「え?!そ、それはもちろん……」
「はっはっはっ!それなら安心しろ!ここに住んでいればカイトたちはまた訪れる。すぐに会えるぞ」
「えっ?!」
「それかいっそのこと、他の皆もここに残ればよい!ラークとクレインだけでなく、アイビスやジェイやフェザント、それにヘロン!全員で残るなら、寂しくないぞ!」
笑いながら言うベレン卿だが、目は本気だ。
はっきり断ればいい、と思ってやって来たラークは、ベレン卿の口八丁に混乱していた。
「えっ?!え?えっと……」
「えぇーー?!勝手に決めるなよー!」
そんなラークに代わってヘロンが、
「俺はここには残らないぜ!!」
堂々と宣言する。
「ほぅ、なぜだ?」
「俺はまだ、運命の女に出会っていないからだぁ!!」
ヘロンの答えに、目をパチクリさせるベレン卿だが、それも一瞬のことで、すぐにおもしろそうに乗ってくる。
「この館にも、美しい女性はたくさんいる。彼女たちではだめなのか?」
「ダメダメ!!そりゃあ確かに美人ばっかりだけどさぁ、ここの人はみんな、ベレン卿のモノなんだろ?」
「確かに私の個人的な使用人ではあるが、あくまでそれだけだ。雇い主と使用人、に過ぎない」
その言葉通り、ベレン卿は彼女たちといわゆる個人的な関係を結んではいない。
「でもさー、やっぱりここの女の子たちにとって、一番はベレン卿、だろ?!」
「……私は彼女たちの意思を尊重している」
「ベレン卿がそう言ってもさぁ……俺、もし女の子たちが俺のこと『好き』って言ってくれても、それ、信じらんねぇもん!絶対どっかで、『ベレン卿のため』って思ってそう!!」
意外に鋭いヘロンに、ベレン卿は内心驚いていた。卿がヘロンに持っていた印象は『子どもらしい子ども』というものだったのだ。
「俺はさぁ!俺のこといっちばん好きになってくれて、俺もいっちばん好きだって言えるオンナがいいんだもん!その子が美人だったら、なおよし!!あ~~!!早く会えないかな~~どこにいるんだろう?!俺の運命!!」
天を見上げてうっとりと想像しながらも、ヘロンの手はお菓子に伸びている。
そんなヘロンを見て、ラークは自分でも不思議なことに、なんだか勇気が湧いていた。
「ぼ、僕!僕も!!ここには残りませんっ!」
さっきよりも大きな声で言い切る。
「ぼ、僕は確かに、旅がしたいんじゃないけど……でも!ここにも残りたくない!!」
「……なぜだ?」
今度の返しには、するっと言葉が出てきた。
「ベレン卿は『僕を』必要としていないから、です!」
卿は『僕を』と強調したラークの意図を正確に読み、「ふむ」と考える。
「……『妖精の亜種としてのラーク』を求めているだけで、それはつまり『ラーク自身』ではない、と?」
「そ、そうです!」
「ふむ、確かにな。私がこれほどお前に執着するのは、『妖精の亜種』という理由が大きい。なにせ私は、妖精が大好きなのでな」
亜種も美形も大好物だが、ベレン卿は特に『妖精』と名のつくものなら片っ端から手に入れたくなるのだ。
「それならば、カイトはどうなんだ?」
「えっ?!」
「カイトもお前の能力を必要としているだけではないか?」
ラークが考えないように考えないようにしてきた事実を、ベレン卿ははっきりと言葉に出した。
「カイト、は……」
「カイトと私と、何が違うのだ?なぜ私を選ばずに、カイトを選ぶ?」
痛いところを突かれて、ラークはオロオロと黙りこくってしまう。
そんな彼を助けたのは、ため息混じりのヘロンだ。
「はぁ……な~んでそんなに悩むんだか!簡単なことだろ?!『カイトと一緒にいると楽しいから!!』それでいいじゃん!」
「……ヘロン」
「俺はそうだぜ!ベレン卿のところで贅沢するよりも、クウェイルの家でメイとのんびりするよりも、リーリア団と楽しく旅するよりも!!カイトと一緒の方がぜっったい楽しいもん!」
ベレン卿が、カイトがどうこうではなく、自分がどう思うか、どうしたいか──ヘロンの基準はブレない。
「俺はカイトが俺のこと『いらない』って言ったって、無理やりくっついて行くぜっ!」
堂々と言い切るヘロンのことを、(……すごい……)ラークはちょっとだけ尊敬した。
(僕ならカイトに『いらない』なんて言われたら…………)
ラークはその言葉を、心底恐れていた。
ベレン卿のこの勧誘についてカイトは口を出さないが、ラークからすればそれはすなわち、『どっちでもいい』と言われているように感じていた。
特に今回ユエへの誘いを、カイトはキッパリと断ったのだ。
(どうして僕のことは……?カイトが断ってくれれば、ベレン卿も諦めてくれるかもしれないのに……)
そうやってカイトを恨みがましく思っていたのだ。
『お前ってさー、そういうところあるよなー。待ってるだけ!』
ヘロンの言葉が突き刺さる。
(ほんとうだ……僕、カイトが断ってくれるのを待ってただけだ……ううん、それだけじゃない……)
そもそもの始まりも、ラークは待っていただけだった。
成長が止まったラークを、家族は地下室に閉じ込めた。彼はひたすら助けを待っただけ。
そしてカイトが連れ出してくれた。
ラークの自信のなさや臆病さは、その生い立ちや妖精の亜種の能力によるところも大きいが、それだけではない。
自分の行動を他人に、特にカイトに委ねてしまって自分で決断してこなかったために、『自分』が揺らぐのだ。
ベレン卿の誘いだって、本来ならカイトは関係がない。カイトがどう思っていようと、自分の行動はラーク自身が決めればいいのだから。
(ベレン卿がどうの、カイトがこうの、じゃない……ヘロンみたいに、『自分が』どうしたいか……)
「……僕、も……、カイトと、みんなと一緒にいるのが楽しい……です!それに……カイトのこと、好きだから……!カイトが僕を助けてくれたから、僕はカイトの役に立ちたい……!」
言葉にしながらラークは、(うん、そうだ!僕は……!)自分の意思がだんだんと見えてくる。
「僕は、自分が妖精の亜種なのが嫌で、こんな力なくなっちゃえって思ってた……でも!カイトが必要としてくれて、みんなの役に立って、誰かを助けることができて……ちょっとだけ妖精の亜種なのを好きになれた気がするんです」
今回の事件、一人別に囚われたラークは自分で考え一人で闘った。
それが彼に少しの自信と、そして自分を誇る気持ちを芽生えさせたのだ。
「僕は贅沢したいのでも、安全に暮らしたいでもないです!まだヘロンみたいに『こうしたい!』っていう目標がある訳じゃない、けど……でもっ!もっといろんな国に行って、いろんな人に会って、自分のやりたいことを見つけたい、です!!」
それは初めての決意表明だった。
自分の意思を明確に示したラークに、ベレン卿は「……そうか」と引き下がった。
***
とは言え、ベレン卿はそう簡単に諦めたりはしない。
この後も隙を狙っては、「どうだ?考えは変わったか?」「私のモノになっても好きに旅をしてよいのだぞ?」などとラークの顔をひきつらせた。
しかしそれまでと違って、ラークは不安でいっぱいにはならなかった。
それはベレン卿がどう言おうと、カイトがどう考えようと、最後に決めるのは自分なのだと自覚したからだ。
最初はヘロンをこの場に連れてきたことを後悔していたラークだったが、部屋を出るころには、(ヘロンがいてくれて、よかったぁ……)と感謝すらしていた。
でも──
「あーーっうまかったぁ!!ラーク!ベレン卿にまた呼ばれた時は、絶対に俺にも声かけろよっ!!」
お菓子でパンパンになったお腹を撫でながらそんなことを言うヘロンには、「ありがとう」とは言いたくないラークなのだった。
「ほら、好きなものを食べるといい」
「…………」
「これは新鮮なユズを使った焼菓子だ」
「………………」
「これは牛乳とイチゴのジャムを冷やして凍らせたものだ。早くしないと溶けるぞ」
「うまそーー!!いっただきまーす!!」
テーブルを埋め尽くさんばかりに並んだ、色とりどりのお菓子や果物──それに手を伸ばしたのは、おまけのヘロンだ。
「はっはっはっ!好きなだけ食べるとよい!私の料理人が腕によりをかけて作ったものばかりだ」
ベレン卿は鷹揚に笑っているが、隣のラークとしてはハラハラが収まらない。
(どうして僕、ヘロンなんか連れて来ちゃったんだろう……?)
ラーク自身がヘロンを呼んだのに、さっそく後悔し始めていた。
******
ベレン卿の館に長期滞在すると決まった時から、こんな時間がやってくることを、ラークは予想していた。
実際にマックスに呼ばれるまでは、(どうやって断ろう……?)と考えていたはずなのに、いざとなったら──
『へ、ヘロンも一緒にいいですかっ?!』
ちょうど隣にいたヘロンを掴んでいたのだ。
ここを訪れるたびに、ベレン卿から提案されること──それがラークは怖かった。
「うっっっめぇ~~!!ほら、ラーク!お前も食えよ!さすがの俺もこんだけ全部は食べられねぇぞ!!」
これが何の時間なのか、ヘロンは分かっているのかいないのか……(いや、ヘロンは本っ当に、お菓子を食べたいだけなんだろうな……)ラークは呆れてため息がもれる。
ヘロンとベレン卿に見られて、ラークも気乗りしないまま、テーブルに手を伸ばした。
******
「どうだ、ラーク?私の元に残る気はないか?」
ベレン卿がいつもの調子で言い出した時、ラークは(来た……!)と身構えた。
「今回の事件では亜種が狙われ、お前も危険にさらされただろう。だが私のものになれば、もう二度とこんな目には遭わせないことを約束しよう」
自信満々の笑みに、ラークは顔をひきつらせる。
これまでのラークだったら、涙目になって首を横に振り続けるだけだっただろう。
そしてベレン卿が諦めてくれるまで、ひたすら待つのみだった。
だが今回は──
「ぼ、僕は……!み、み、みんなと一緒に、旅をしますっ!!」
つっかえながらも、はっきりと断った。
そんなラークを「ほお……」と感心して、ベレン卿は「なぜだ?」と追及する。
「な、『なぜ』?なぜって……」
「お前は旅をしたいのか?」
「た、たび……したい……?」
「旅が好きなのか?」
「え?好き?!えっと、好きってことでも……」
正直なラークは言ってしまっているが、確かに彼は特別『旅が好き』でも『旅がしたい』訳でもない。
どちらかと言えばベレン卿が言うように、旅は辛いことの方が多い。
馬に乗るのも疲れるし、食事も単調になる。盗賊だけでなく、天候や動物によっても危険にさらされる。
「それとも仲間と離れたくないのか?」
ベレン卿はラークが頭の中を整理する前に、畳みかけるように次の質問に移ってしまう。
「え?!そ、それはもちろん……」
「はっはっはっ!それなら安心しろ!ここに住んでいればカイトたちはまた訪れる。すぐに会えるぞ」
「えっ?!」
「それかいっそのこと、他の皆もここに残ればよい!ラークとクレインだけでなく、アイビスやジェイやフェザント、それにヘロン!全員で残るなら、寂しくないぞ!」
笑いながら言うベレン卿だが、目は本気だ。
はっきり断ればいい、と思ってやって来たラークは、ベレン卿の口八丁に混乱していた。
「えっ?!え?えっと……」
「えぇーー?!勝手に決めるなよー!」
そんなラークに代わってヘロンが、
「俺はここには残らないぜ!!」
堂々と宣言する。
「ほぅ、なぜだ?」
「俺はまだ、運命の女に出会っていないからだぁ!!」
ヘロンの答えに、目をパチクリさせるベレン卿だが、それも一瞬のことで、すぐにおもしろそうに乗ってくる。
「この館にも、美しい女性はたくさんいる。彼女たちではだめなのか?」
「ダメダメ!!そりゃあ確かに美人ばっかりだけどさぁ、ここの人はみんな、ベレン卿のモノなんだろ?」
「確かに私の個人的な使用人ではあるが、あくまでそれだけだ。雇い主と使用人、に過ぎない」
その言葉通り、ベレン卿は彼女たちといわゆる個人的な関係を結んではいない。
「でもさー、やっぱりここの女の子たちにとって、一番はベレン卿、だろ?!」
「……私は彼女たちの意思を尊重している」
「ベレン卿がそう言ってもさぁ……俺、もし女の子たちが俺のこと『好き』って言ってくれても、それ、信じらんねぇもん!絶対どっかで、『ベレン卿のため』って思ってそう!!」
意外に鋭いヘロンに、ベレン卿は内心驚いていた。卿がヘロンに持っていた印象は『子どもらしい子ども』というものだったのだ。
「俺はさぁ!俺のこといっちばん好きになってくれて、俺もいっちばん好きだって言えるオンナがいいんだもん!その子が美人だったら、なおよし!!あ~~!!早く会えないかな~~どこにいるんだろう?!俺の運命!!」
天を見上げてうっとりと想像しながらも、ヘロンの手はお菓子に伸びている。
そんなヘロンを見て、ラークは自分でも不思議なことに、なんだか勇気が湧いていた。
「ぼ、僕!僕も!!ここには残りませんっ!」
さっきよりも大きな声で言い切る。
「ぼ、僕は確かに、旅がしたいんじゃないけど……でも!ここにも残りたくない!!」
「……なぜだ?」
今度の返しには、するっと言葉が出てきた。
「ベレン卿は『僕を』必要としていないから、です!」
卿は『僕を』と強調したラークの意図を正確に読み、「ふむ」と考える。
「……『妖精の亜種としてのラーク』を求めているだけで、それはつまり『ラーク自身』ではない、と?」
「そ、そうです!」
「ふむ、確かにな。私がこれほどお前に執着するのは、『妖精の亜種』という理由が大きい。なにせ私は、妖精が大好きなのでな」
亜種も美形も大好物だが、ベレン卿は特に『妖精』と名のつくものなら片っ端から手に入れたくなるのだ。
「それならば、カイトはどうなんだ?」
「えっ?!」
「カイトもお前の能力を必要としているだけではないか?」
ラークが考えないように考えないようにしてきた事実を、ベレン卿ははっきりと言葉に出した。
「カイト、は……」
「カイトと私と、何が違うのだ?なぜ私を選ばずに、カイトを選ぶ?」
痛いところを突かれて、ラークはオロオロと黙りこくってしまう。
そんな彼を助けたのは、ため息混じりのヘロンだ。
「はぁ……な~んでそんなに悩むんだか!簡単なことだろ?!『カイトと一緒にいると楽しいから!!』それでいいじゃん!」
「……ヘロン」
「俺はそうだぜ!ベレン卿のところで贅沢するよりも、クウェイルの家でメイとのんびりするよりも、リーリア団と楽しく旅するよりも!!カイトと一緒の方がぜっったい楽しいもん!」
ベレン卿が、カイトがどうこうではなく、自分がどう思うか、どうしたいか──ヘロンの基準はブレない。
「俺はカイトが俺のこと『いらない』って言ったって、無理やりくっついて行くぜっ!」
堂々と言い切るヘロンのことを、(……すごい……)ラークはちょっとだけ尊敬した。
(僕ならカイトに『いらない』なんて言われたら…………)
ラークはその言葉を、心底恐れていた。
ベレン卿のこの勧誘についてカイトは口を出さないが、ラークからすればそれはすなわち、『どっちでもいい』と言われているように感じていた。
特に今回ユエへの誘いを、カイトはキッパリと断ったのだ。
(どうして僕のことは……?カイトが断ってくれれば、ベレン卿も諦めてくれるかもしれないのに……)
そうやってカイトを恨みがましく思っていたのだ。
『お前ってさー、そういうところあるよなー。待ってるだけ!』
ヘロンの言葉が突き刺さる。
(ほんとうだ……僕、カイトが断ってくれるのを待ってただけだ……ううん、それだけじゃない……)
そもそもの始まりも、ラークは待っていただけだった。
成長が止まったラークを、家族は地下室に閉じ込めた。彼はひたすら助けを待っただけ。
そしてカイトが連れ出してくれた。
ラークの自信のなさや臆病さは、その生い立ちや妖精の亜種の能力によるところも大きいが、それだけではない。
自分の行動を他人に、特にカイトに委ねてしまって自分で決断してこなかったために、『自分』が揺らぐのだ。
ベレン卿の誘いだって、本来ならカイトは関係がない。カイトがどう思っていようと、自分の行動はラーク自身が決めればいいのだから。
(ベレン卿がどうの、カイトがこうの、じゃない……ヘロンみたいに、『自分が』どうしたいか……)
「……僕、も……、カイトと、みんなと一緒にいるのが楽しい……です!それに……カイトのこと、好きだから……!カイトが僕を助けてくれたから、僕はカイトの役に立ちたい……!」
言葉にしながらラークは、(うん、そうだ!僕は……!)自分の意思がだんだんと見えてくる。
「僕は、自分が妖精の亜種なのが嫌で、こんな力なくなっちゃえって思ってた……でも!カイトが必要としてくれて、みんなの役に立って、誰かを助けることができて……ちょっとだけ妖精の亜種なのを好きになれた気がするんです」
今回の事件、一人別に囚われたラークは自分で考え一人で闘った。
それが彼に少しの自信と、そして自分を誇る気持ちを芽生えさせたのだ。
「僕は贅沢したいのでも、安全に暮らしたいでもないです!まだヘロンみたいに『こうしたい!』っていう目標がある訳じゃない、けど……でもっ!もっといろんな国に行って、いろんな人に会って、自分のやりたいことを見つけたい、です!!」
それは初めての決意表明だった。
自分の意思を明確に示したラークに、ベレン卿は「……そうか」と引き下がった。
***
とは言え、ベレン卿はそう簡単に諦めたりはしない。
この後も隙を狙っては、「どうだ?考えは変わったか?」「私のモノになっても好きに旅をしてよいのだぞ?」などとラークの顔をひきつらせた。
しかしそれまでと違って、ラークは不安でいっぱいにはならなかった。
それはベレン卿がどう言おうと、カイトがどう考えようと、最後に決めるのは自分なのだと自覚したからだ。
最初はヘロンをこの場に連れてきたことを後悔していたラークだったが、部屋を出るころには、(ヘロンがいてくれて、よかったぁ……)と感謝すらしていた。
でも──
「あーーっうまかったぁ!!ラーク!ベレン卿にまた呼ばれた時は、絶対に俺にも声かけろよっ!!」
お菓子でパンパンになったお腹を撫でながらそんなことを言うヘロンには、「ありがとう」とは言いたくないラークなのだった。
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