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第三章 交点に降るは紅の雨
37 触れて…… ※
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「カイト……たすけて……」
「たす、けて、って……」
股間を押さえて涙目で縋るユエに、カイトはひたすら困惑していた。
後ろで膝立ちになって髪を切っていたカイトを、絨毯の上にペタリと座ったまま、振り返る。
「なに……?痛い……ここ、」
「なにって……」
「うぁ……っ、うぅぅ……」
押さえた時の刺激で、ユエは体を丸める。すると、痛々しいほどに細く白いうなじが露わになった。
その時──カイトは初めて、ユエに色気を感じた。
「おい、落ち着け、」
それに引きずられないように、カイトはなるべく客観的に、冷静に説明をしようとする、のだが──
「あれだ、多分、命の危険を感じたことで、性欲が高まる──本能で子孫を残そうと……」
「うぅ……なに?なに……?」
「だから……気が高ぶってだな──つまりは、発情して──」
「分かん、な……」
「前に人間の身体について説明しただろう。そこは排泄器官でもあるが、生殖器でもあって、男はそれを──」
今の状態のユエの耳には、小難しい説明など届くはずもない。
「どう、すればぃいの……?!」
ユエはもっと簡単な答えを待っている。
「どうって……出せば治まるから……」
「『出す』……?なに?」
「そこを擦って、精液を出せばいいから……」
「こす……?カイト、やって……!」
「は、ぁ……?!『やって』って……」
荒い吐息の合間に放たれた言葉に、さすがのカイトも素っ頓狂な声を上げてしまう。
これがユエではなく他の誰かだったのなら、冗談だと笑い飛ばすか、誘われているのだと思うか、どちらかだろう。
だがユエは、本当に純粋に、助けを求めている。
カイトだけが頼りとでもいう瞳で──。
「っ、自分でやれ!擦るだけだ、できるだろ──」
「やだ……無理!むりぃ……!!いたい……!カイトぉ」
「大丈夫だから、触ってみろ」
「こわい……!」
「……人にされる方が怖い。自分でやった方が怖くないから」
「ひっく……」
視線を逸らして突き放そうとするカイトだが、
「ぅう……ぐすっ……こわ、ぃ……」
泣き声が混じり、肩が震え始めた姿に、とうとう根負けした。
******
頭を抱えたい気分で、「……ほら、」と肩に触れた瞬間、パッ、と花が開くように、ユエはカイトに身体を開いた。
カイトの胸に背中を預け、体重をかけるように、全てを委ねる。
「…………触るぞ」
カイトは後ろから手を回して、そこに触れた。
「あぁっ……!!」
ビクッと、青い髪が揺れる。
直接触れることは憚られて、カイトは絹の上から、緩やかに握った。
「んっンーーーっ!!」
たったそれだけで、ユエは放埓してしまう。
──初めての射精。
それは一瞬で駆け抜けて行ってしまった。
「はぁ……はぁ……」
訳が分からないまま、ユエはただ自然と逃げていく息を、取り戻すことしかできない。
(なに……今の……?)
快楽など感じる余裕もなく、『出した』という感覚もないままに、ユエにとっての初めてのそれは、衝撃とさらなる混乱をもたらした。
「……ほら、終わりだ。怖くはなかっただろう」
お役目御免とばかりに、カイトはユエの頭をポンポンと撫でて身を離そうとするのだが、
「……な、に……?」
呆然とした声に、留められる。
「精液を出したんだ。これでそこは治まる。また痛くなって勃ったら、今度は自分で、今みたいに擦れ」
「『今度』……?また、こんなことが起きる、の……?」
絶望が入り混じった声に、カイトはどう言葉をかけたものか、考える。
ユエからしてみれば、『足』ができて──すなわち性器ができて、まだ半年なのだ。知識も経験も足りないままに、いきなり精通が訪れ、混乱するのも仕方がない。
しかもユエは、『性』自体の知識が乏しいのだ。
まさかこんな展開になるとは考えてもおらず、混乱やらバツの悪さやらで、ユエに対してキツイ態度を取ってしまったかもしれない、と、カイトは頭を掻く。
「……安心しろ。人間の男は皆こうなる。刺激を与えられたり、性欲を感じたりすると、な。特別なことじゃないんだ。『足』に慣れたように、そのうち慣れる」
「『皆』……か、カイトも……?」
「あ……?、あー……あぁ、まぁそうだ、な」
「そ、か……」
どんな説明よりも、『カイトも同じ』という言葉で、ユエは少し安心した。
(俺だけが、変じゃないんだ……カイトも、なんだ……)
カイトが、今の自分と同じようになるところを想像し、ユエは確かに安心した。
だが安心だけではない──むしろそれと正反対の、胸をざわめかせる『何か』も、それと同時にユエに宿っていた。
その『何か』を掴もうとすると、先ほどの大浴場で見たカイトの裸が、なぜかユエの脳裏に浮かんでくる。
これまでの旅の中で、カイトの肌など何回も見てきた。
道中は、みんな一緒になって川で水を浴びたし、着替えも平気で誰の前でもしていた。
だが当然ながら、完全に裸で、あれほどくっついたことはなかった。
がっしりとした首。
ユエを軽々と抱き上げる腕。
傷だらけの肌。
筋肉の乗ったお腹。
鍛えられた背中。
そして──ユエと同じモノとは思えない、性器。
黒々とした茂みに守られた、大きく太く逞しい、モノ。
思い出した途端、「ン……」もぞ、と腰が動いた。
カイトにもっと近づきたくなって、椅子のよう寄りかかると、ちょうど顔が、彼の首筋に当たる。
石けんの香りの奥から、カイト自身の匂いが滲む。微かなそれを求めるように、さらに近く距離。
「は、あ……」
息を吸い込むと、一気に噴き出した最初とは違い、今度はジワジワと、同じ感覚が滲み出す。
「は……ぁ、カイ、ト……」
「おい……っ!」
やっと治ったかと安心していたカイトは、完全に不意打ちをくらった。
首筋に鼻を擦りつけられ、熱い息が肌を湿らせる。
「う、……っと、ユエ!」
篭った息が首にかかり、カイトは慌てた。長らく忘れていた感覚が、蘇る。
ザワザワと蠢く、欲望──自分が、子どもができない体だと知ってから、どこかに置いてきたはずの、情欲。
「はっ、ぁ……カイ、ト……あっ!また……!」
「は……?」
「んっ、また……っ!」
己の身の内から湧き出るそれに戸惑っていたカイトは、ユエの変化に気づくのに、出遅れる。
今度のユエは、迷いがなかった。
さっき学んだばかりだったからだ。そうなった時に、どうすればいいのか。
徐に、カイトの手を取り、自分のそこへと導いた。
「お、い……」
「はぁ、あっ、ンん……もぅ……いっかい……」
唖然とするカイトを置き去りに、ユエの頭の中は白い光が連鎖するように弾けていて、もう待つことはできない。
間近で合った目は、熱で潤み、トロン……と溶けて色を放つ。
カイトの手を自分の手で上からそこに押しつけて、まるで、彼の手を使って自慰をするように──揺すった。
「あっあっ──」
「っ、こら……!」
その暴挙に、自分の手を引き抜こうとしたカイトだが、「あぁ……っ!!」それがちょうど刺激になって、ユエは堪らないというようにかぶりを振る。
「っユエ、今度は自分でできるだろう……!手を離せ!」
先ほどしたばかりの反省をかなぐり捨て、カイトはキツイ声を出す。
「ン、やだ……っ!カイト、して……!」
「この……!」
「お、願い……、カイト、んんっ」
もう一方の手がカイトの首に絡みつき、耳に息が吹きかかった。
「う……っ」
しかも、ユエは腰を突き出したり、引いたりするから、ちょうど尻がカイトの股間に擦れる。
「ったく……!」
ユエがもう引かないことは、さっき証明済みだ。
カイトはこれ以上の危機に陥る前に、一回も二回も同じだ、と、なかばやけくそ気味に、要求通り指を絡ませた。
「あっ!んンーーっんっんっ!」
一回目の放埓で濡れた布を、さっきよりも強く扱く。
「あっ、やっ、カイトぉ……!」
ユエはカイトの首に鼻筋を擦りつけ、息を吹きかけながら、名前を呼ぶ。
もどかしいのか足が絨毯を滑り、服が捲れ上がって、艶かしいふくらはきが暖炉の火に光った。
汗が、つっーー……と首を流れ、そんな微かな刺激さえも、今のユエにとっては大きな掻痒感になる。
ぶるっ──首から背骨を降りた震えは、腰に溜まり、弾けるのを今か今かと待っている。
クチュクチュ……!
布の湿りが酷くなっていく。
どこに回路があったのか、陰茎への刺激が、乳首に血を集める。
「ふ、ぁ……っ!!」
肌触りのいい絹がサラサラと、勃ち上がった乳首に触れ、外から見てもはっきりと分かるほどに、布を押し上げた。
乳首のムズムズと、腰に溜まる熱をどうにかしようと、ユエの肢体は踊る。
カイトの手と首と腕──露出した肌に助けを求めるように、己の肌を触れさせる。
ぐりっ、と、カイトの指が陰茎の先端を抉った。
「あっん……っ!!」
ビクッと跳ねる肢体を受け止めて、カイトはそこへの刺激を続ける。
「あっあっ──あ、なにっ?!なん、か……ぁ……っ!」
一回目とは違い、今度は身体の中から持ち上がってくる熱をまざまざと感じて、ユエは戸惑う。
自然と眦に滲む涙ごしに、カイトを見ると──息が乱れ、汗が滲む姿が、その熱をさらに沸騰させることになった。
「あ、あぁーーーっ!!」
憚ることのない嬌声が、部屋に一気に広がり、
「あ、ぁ、ぁ、……」
放埓に呼応するように、鎮まっていく。
口元に当てていた手が、力を失って、床に滑り落ちた。
「……ユエ?」
己の額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、カイトが問いかけるが、返事はない。
赤く染まった目元を撫でて、初めての快楽で気を失った身体を、「……ふぅ、」カイトはため息と共に抱き上げた。
******
柔らかな身体をベッドへ運んで、静かに横たえる。
カイトの服の袖を掴んだままの細い指を、一本一本慎重に剥がしていると、「ンん……」身じろぎして「カイト……?」目を開けてしまった。
「……そのまま、寝ろ」
「ん……」
そう言われても、濡れて貼りついた服が気持ち悪く、もぞもぞと裾を握る。
それに気がついたカイトが荷物を漁って、「ほら、気持ち悪いなら着替えろ」と自分の服を寄越す。
「ん」素直に頷いて、ベッドの中で着替え始めるのを見て、カイトは扉へと向かおうと、したのだが──
「あ、やだ、カイト……!いかないで……!」
すぐに気づかれて、着替えを中断してまで、手を伸ばしてくる。上着の片腕を通しただけで、もう片方の裾が肩にわだかまり、腹から下肢にかけてが露わになったままだ。
「大丈夫だから、寝てろ。そろそろアイビスが戻る。話を聞いてくるから──」
「やっ……!そばにいて、カイト……!」
フラつきながらも起き上がろうとする姿を見て、仕方なくカイトはベッドへと腰掛けた。
すると、すぐさま手を握られる。
「……分かった、寝つくまで居てやるから」
だからひとまず服をきちんと着ろ、と、肩に乗せた裾を引っ張って下ろしてから、ズボンを押しつける。
「……下、いらない」
カイトの気遣いを無下にして、ユエは握った手を己の頬に擦りつけてから、それを枕にするように顔を乗せて、横になった。
カイトの服でギリギリ股間は隠れているが、脚を放り出して、白いシーツに泳ぐ。
ユエは単に、先ほどの行為とカイトの体温、それと暖炉の火によって、暑いと感じていたが故の行動なのだが──誰がどう見ても『事後』という気だるい雰囲気としか思えない光景だ。
目に毒なそれから視線を外し、カイトは黙ってユエが寝るのを待つ。
一方のユエの頭の中はグチャグチャだった。
気を失ったことで、濃厚な今日一日が走馬灯のように蘇ってきたのだ。
とっ散らかったその中からパッと光るように、クレインの顔、カイトの顔、そして──名も知らない人彼の顔が浮かび上がってきた。
「……あの人、かわいそう……」
暖かい部屋、清潔なベッド、安心を与えてくれる体温──今の自分と対比するように、あの冷たく薄暗く死が充満する部屋が思い出された。
「俺はカイトが助けてくれたけど、あの人のこと、俺は助けてあげられなかった……」
「……お前が責任を感じることじゃない。他に責任を負うべき者がいる」
「うん、でも……かわいそう……」
「お前はそうやって憐れんで、悼んでやればいい」
いきなり雰囲気を変えたユエに、カイトは一瞬怯んだが、寝言のようなものだろうと、深く考えるのをやめた。
「『死ぬ』って、どういうことだろう……?」
「……さあな、それを知る者は、俺たちの言葉の届かないところにしかいない」
ユエは初めて、『死』というものを考える。
いつかは自分にも訪れると分かっていたつもりでも、それは本当につもりに過ぎなかったのだ。
「……『死ぬ』の、怖い……」
彼の死を確かに悼みながらも、己の無事に安堵する、その矛盾。
『死』に触れて、『生』を実感する、愚かな生き物。
「俺も怖いさ」
「……カイトも?」
「ああ、当たり前だ。確かに誰しもに死は降りかかるのかもしれん。だが──何も知らず、何も分からないまま、ただ死ぬことほど、怖いものはない……」
考えずに発したその言葉は、間違いなく本心だった。
カイトはこれまで、他人にこれほど無防備になったことはなかった。ユエがびっくりするほど全てをさらけ出してくるから、それにつられたのかもしれない。
だがカイトはそんな己の変化に気づかない。
(『怖い』──カイトもそう思うことが、あるんだ……)
初めて触れたカイトの弱さに、ユエは胸が締めつけられた。
血が通った温かい手を、ギュッと握る。そして目を閉じて、祈りを捧げるように、額を押しつけた。
その時ユエに浮かんだ感情は、とても温かく、だがなぜか目頭が熱くなるものだった。
(カイトが俺にしてくれたように、俺がカイトを『怖い』ものから、守ってあげたい……)
まだユエが名前を知らないその感情は、実際はもっと前から芽生えていたのかもしれない。
だが後々になってユエが記憶を辿った時、始まりは間違いなくこの瞬間だと、彼は思うことになる。
そんなことを知らない今のユエは、霞みがかっていく視界を占める大きな手の甲に、ちゅ、と唇を触れさせて、海に抱かれるような安心感の中、眠りに落ちていった。
「たす、けて、って……」
股間を押さえて涙目で縋るユエに、カイトはひたすら困惑していた。
後ろで膝立ちになって髪を切っていたカイトを、絨毯の上にペタリと座ったまま、振り返る。
「なに……?痛い……ここ、」
「なにって……」
「うぁ……っ、うぅぅ……」
押さえた時の刺激で、ユエは体を丸める。すると、痛々しいほどに細く白いうなじが露わになった。
その時──カイトは初めて、ユエに色気を感じた。
「おい、落ち着け、」
それに引きずられないように、カイトはなるべく客観的に、冷静に説明をしようとする、のだが──
「あれだ、多分、命の危険を感じたことで、性欲が高まる──本能で子孫を残そうと……」
「うぅ……なに?なに……?」
「だから……気が高ぶってだな──つまりは、発情して──」
「分かん、な……」
「前に人間の身体について説明しただろう。そこは排泄器官でもあるが、生殖器でもあって、男はそれを──」
今の状態のユエの耳には、小難しい説明など届くはずもない。
「どう、すればぃいの……?!」
ユエはもっと簡単な答えを待っている。
「どうって……出せば治まるから……」
「『出す』……?なに?」
「そこを擦って、精液を出せばいいから……」
「こす……?カイト、やって……!」
「は、ぁ……?!『やって』って……」
荒い吐息の合間に放たれた言葉に、さすがのカイトも素っ頓狂な声を上げてしまう。
これがユエではなく他の誰かだったのなら、冗談だと笑い飛ばすか、誘われているのだと思うか、どちらかだろう。
だがユエは、本当に純粋に、助けを求めている。
カイトだけが頼りとでもいう瞳で──。
「っ、自分でやれ!擦るだけだ、できるだろ──」
「やだ……無理!むりぃ……!!いたい……!カイトぉ」
「大丈夫だから、触ってみろ」
「こわい……!」
「……人にされる方が怖い。自分でやった方が怖くないから」
「ひっく……」
視線を逸らして突き放そうとするカイトだが、
「ぅう……ぐすっ……こわ、ぃ……」
泣き声が混じり、肩が震え始めた姿に、とうとう根負けした。
******
頭を抱えたい気分で、「……ほら、」と肩に触れた瞬間、パッ、と花が開くように、ユエはカイトに身体を開いた。
カイトの胸に背中を預け、体重をかけるように、全てを委ねる。
「…………触るぞ」
カイトは後ろから手を回して、そこに触れた。
「あぁっ……!!」
ビクッと、青い髪が揺れる。
直接触れることは憚られて、カイトは絹の上から、緩やかに握った。
「んっンーーーっ!!」
たったそれだけで、ユエは放埓してしまう。
──初めての射精。
それは一瞬で駆け抜けて行ってしまった。
「はぁ……はぁ……」
訳が分からないまま、ユエはただ自然と逃げていく息を、取り戻すことしかできない。
(なに……今の……?)
快楽など感じる余裕もなく、『出した』という感覚もないままに、ユエにとっての初めてのそれは、衝撃とさらなる混乱をもたらした。
「……ほら、終わりだ。怖くはなかっただろう」
お役目御免とばかりに、カイトはユエの頭をポンポンと撫でて身を離そうとするのだが、
「……な、に……?」
呆然とした声に、留められる。
「精液を出したんだ。これでそこは治まる。また痛くなって勃ったら、今度は自分で、今みたいに擦れ」
「『今度』……?また、こんなことが起きる、の……?」
絶望が入り混じった声に、カイトはどう言葉をかけたものか、考える。
ユエからしてみれば、『足』ができて──すなわち性器ができて、まだ半年なのだ。知識も経験も足りないままに、いきなり精通が訪れ、混乱するのも仕方がない。
しかもユエは、『性』自体の知識が乏しいのだ。
まさかこんな展開になるとは考えてもおらず、混乱やらバツの悪さやらで、ユエに対してキツイ態度を取ってしまったかもしれない、と、カイトは頭を掻く。
「……安心しろ。人間の男は皆こうなる。刺激を与えられたり、性欲を感じたりすると、な。特別なことじゃないんだ。『足』に慣れたように、そのうち慣れる」
「『皆』……か、カイトも……?」
「あ……?、あー……あぁ、まぁそうだ、な」
「そ、か……」
どんな説明よりも、『カイトも同じ』という言葉で、ユエは少し安心した。
(俺だけが、変じゃないんだ……カイトも、なんだ……)
カイトが、今の自分と同じようになるところを想像し、ユエは確かに安心した。
だが安心だけではない──むしろそれと正反対の、胸をざわめかせる『何か』も、それと同時にユエに宿っていた。
その『何か』を掴もうとすると、先ほどの大浴場で見たカイトの裸が、なぜかユエの脳裏に浮かんでくる。
これまでの旅の中で、カイトの肌など何回も見てきた。
道中は、みんな一緒になって川で水を浴びたし、着替えも平気で誰の前でもしていた。
だが当然ながら、完全に裸で、あれほどくっついたことはなかった。
がっしりとした首。
ユエを軽々と抱き上げる腕。
傷だらけの肌。
筋肉の乗ったお腹。
鍛えられた背中。
そして──ユエと同じモノとは思えない、性器。
黒々とした茂みに守られた、大きく太く逞しい、モノ。
思い出した途端、「ン……」もぞ、と腰が動いた。
カイトにもっと近づきたくなって、椅子のよう寄りかかると、ちょうど顔が、彼の首筋に当たる。
石けんの香りの奥から、カイト自身の匂いが滲む。微かなそれを求めるように、さらに近く距離。
「は、あ……」
息を吸い込むと、一気に噴き出した最初とは違い、今度はジワジワと、同じ感覚が滲み出す。
「は……ぁ、カイ、ト……」
「おい……っ!」
やっと治ったかと安心していたカイトは、完全に不意打ちをくらった。
首筋に鼻を擦りつけられ、熱い息が肌を湿らせる。
「う、……っと、ユエ!」
篭った息が首にかかり、カイトは慌てた。長らく忘れていた感覚が、蘇る。
ザワザワと蠢く、欲望──自分が、子どもができない体だと知ってから、どこかに置いてきたはずの、情欲。
「はっ、ぁ……カイ、ト……あっ!また……!」
「は……?」
「んっ、また……っ!」
己の身の内から湧き出るそれに戸惑っていたカイトは、ユエの変化に気づくのに、出遅れる。
今度のユエは、迷いがなかった。
さっき学んだばかりだったからだ。そうなった時に、どうすればいいのか。
徐に、カイトの手を取り、自分のそこへと導いた。
「お、い……」
「はぁ、あっ、ンん……もぅ……いっかい……」
唖然とするカイトを置き去りに、ユエの頭の中は白い光が連鎖するように弾けていて、もう待つことはできない。
間近で合った目は、熱で潤み、トロン……と溶けて色を放つ。
カイトの手を自分の手で上からそこに押しつけて、まるで、彼の手を使って自慰をするように──揺すった。
「あっあっ──」
「っ、こら……!」
その暴挙に、自分の手を引き抜こうとしたカイトだが、「あぁ……っ!!」それがちょうど刺激になって、ユエは堪らないというようにかぶりを振る。
「っユエ、今度は自分でできるだろう……!手を離せ!」
先ほどしたばかりの反省をかなぐり捨て、カイトはキツイ声を出す。
「ン、やだ……っ!カイト、して……!」
「この……!」
「お、願い……、カイト、んんっ」
もう一方の手がカイトの首に絡みつき、耳に息が吹きかかった。
「う……っ」
しかも、ユエは腰を突き出したり、引いたりするから、ちょうど尻がカイトの股間に擦れる。
「ったく……!」
ユエがもう引かないことは、さっき証明済みだ。
カイトはこれ以上の危機に陥る前に、一回も二回も同じだ、と、なかばやけくそ気味に、要求通り指を絡ませた。
「あっ!んンーーっんっんっ!」
一回目の放埓で濡れた布を、さっきよりも強く扱く。
「あっ、やっ、カイトぉ……!」
ユエはカイトの首に鼻筋を擦りつけ、息を吹きかけながら、名前を呼ぶ。
もどかしいのか足が絨毯を滑り、服が捲れ上がって、艶かしいふくらはきが暖炉の火に光った。
汗が、つっーー……と首を流れ、そんな微かな刺激さえも、今のユエにとっては大きな掻痒感になる。
ぶるっ──首から背骨を降りた震えは、腰に溜まり、弾けるのを今か今かと待っている。
クチュクチュ……!
布の湿りが酷くなっていく。
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「ふ、ぁ……っ!!」
肌触りのいい絹がサラサラと、勃ち上がった乳首に触れ、外から見てもはっきりと分かるほどに、布を押し上げた。
乳首のムズムズと、腰に溜まる熱をどうにかしようと、ユエの肢体は踊る。
カイトの手と首と腕──露出した肌に助けを求めるように、己の肌を触れさせる。
ぐりっ、と、カイトの指が陰茎の先端を抉った。
「あっん……っ!!」
ビクッと跳ねる肢体を受け止めて、カイトはそこへの刺激を続ける。
「あっあっ──あ、なにっ?!なん、か……ぁ……っ!」
一回目とは違い、今度は身体の中から持ち上がってくる熱をまざまざと感じて、ユエは戸惑う。
自然と眦に滲む涙ごしに、カイトを見ると──息が乱れ、汗が滲む姿が、その熱をさらに沸騰させることになった。
「あ、あぁーーーっ!!」
憚ることのない嬌声が、部屋に一気に広がり、
「あ、ぁ、ぁ、……」
放埓に呼応するように、鎮まっていく。
口元に当てていた手が、力を失って、床に滑り落ちた。
「……ユエ?」
己の額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、カイトが問いかけるが、返事はない。
赤く染まった目元を撫でて、初めての快楽で気を失った身体を、「……ふぅ、」カイトはため息と共に抱き上げた。
******
柔らかな身体をベッドへ運んで、静かに横たえる。
カイトの服の袖を掴んだままの細い指を、一本一本慎重に剥がしていると、「ンん……」身じろぎして「カイト……?」目を開けてしまった。
「……そのまま、寝ろ」
「ん……」
そう言われても、濡れて貼りついた服が気持ち悪く、もぞもぞと裾を握る。
それに気がついたカイトが荷物を漁って、「ほら、気持ち悪いなら着替えろ」と自分の服を寄越す。
「ん」素直に頷いて、ベッドの中で着替え始めるのを見て、カイトは扉へと向かおうと、したのだが──
「あ、やだ、カイト……!いかないで……!」
すぐに気づかれて、着替えを中断してまで、手を伸ばしてくる。上着の片腕を通しただけで、もう片方の裾が肩にわだかまり、腹から下肢にかけてが露わになったままだ。
「大丈夫だから、寝てろ。そろそろアイビスが戻る。話を聞いてくるから──」
「やっ……!そばにいて、カイト……!」
フラつきながらも起き上がろうとする姿を見て、仕方なくカイトはベッドへと腰掛けた。
すると、すぐさま手を握られる。
「……分かった、寝つくまで居てやるから」
だからひとまず服をきちんと着ろ、と、肩に乗せた裾を引っ張って下ろしてから、ズボンを押しつける。
「……下、いらない」
カイトの気遣いを無下にして、ユエは握った手を己の頬に擦りつけてから、それを枕にするように顔を乗せて、横になった。
カイトの服でギリギリ股間は隠れているが、脚を放り出して、白いシーツに泳ぐ。
ユエは単に、先ほどの行為とカイトの体温、それと暖炉の火によって、暑いと感じていたが故の行動なのだが──誰がどう見ても『事後』という気だるい雰囲気としか思えない光景だ。
目に毒なそれから視線を外し、カイトは黙ってユエが寝るのを待つ。
一方のユエの頭の中はグチャグチャだった。
気を失ったことで、濃厚な今日一日が走馬灯のように蘇ってきたのだ。
とっ散らかったその中からパッと光るように、クレインの顔、カイトの顔、そして──名も知らない人彼の顔が浮かび上がってきた。
「……あの人、かわいそう……」
暖かい部屋、清潔なベッド、安心を与えてくれる体温──今の自分と対比するように、あの冷たく薄暗く死が充満する部屋が思い出された。
「俺はカイトが助けてくれたけど、あの人のこと、俺は助けてあげられなかった……」
「……お前が責任を感じることじゃない。他に責任を負うべき者がいる」
「うん、でも……かわいそう……」
「お前はそうやって憐れんで、悼んでやればいい」
いきなり雰囲気を変えたユエに、カイトは一瞬怯んだが、寝言のようなものだろうと、深く考えるのをやめた。
「『死ぬ』って、どういうことだろう……?」
「……さあな、それを知る者は、俺たちの言葉の届かないところにしかいない」
ユエは初めて、『死』というものを考える。
いつかは自分にも訪れると分かっていたつもりでも、それは本当につもりに過ぎなかったのだ。
「……『死ぬ』の、怖い……」
彼の死を確かに悼みながらも、己の無事に安堵する、その矛盾。
『死』に触れて、『生』を実感する、愚かな生き物。
「俺も怖いさ」
「……カイトも?」
「ああ、当たり前だ。確かに誰しもに死は降りかかるのかもしれん。だが──何も知らず、何も分からないまま、ただ死ぬことほど、怖いものはない……」
考えずに発したその言葉は、間違いなく本心だった。
カイトはこれまで、他人にこれほど無防備になったことはなかった。ユエがびっくりするほど全てをさらけ出してくるから、それにつられたのかもしれない。
だがカイトはそんな己の変化に気づかない。
(『怖い』──カイトもそう思うことが、あるんだ……)
初めて触れたカイトの弱さに、ユエは胸が締めつけられた。
血が通った温かい手を、ギュッと握る。そして目を閉じて、祈りを捧げるように、額を押しつけた。
その時ユエに浮かんだ感情は、とても温かく、だがなぜか目頭が熱くなるものだった。
(カイトが俺にしてくれたように、俺がカイトを『怖い』ものから、守ってあげたい……)
まだユエが名前を知らないその感情は、実際はもっと前から芽生えていたのかもしれない。
だが後々になってユエが記憶を辿った時、始まりは間違いなくこの瞬間だと、彼は思うことになる。
そんなことを知らない今のユエは、霞みがかっていく視界を占める大きな手の甲に、ちゅ、と唇を触れさせて、海に抱かれるような安心感の中、眠りに落ちていった。
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【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
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*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
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初恋はおしまい
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高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
消えない思い
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オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
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よかったら、お楽しみください。
本編をこちらに収録していきます。
お話によっては、流血表現もいくつかありますので、
苦手な方は、これまた
ご注意ください。
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綴っていきます。
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『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
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