39 / 147
第三章 交点に降るは紅の雨
34 絶体絶命 ※流血等残酷な描写あり
しおりを挟む
────「あの時──お前が首も手も鎖で繋がれて、この鱗を晒して見世物になる姿──後から思い出しても、興奮したぜ……!『俺もブチ込みたい』ってな……!!それがまさか!」
男の下衆な言葉に、クレインは過去から呼び戻される。
「こんなところでもう一度お目にかかれるとは、な」
記憶を打ち消すように、クレインは一度、ぎゅっと瞼を閉じた。
「……はっ、俺を陵辱するためだけに、こんな危ない橋を渡るなんて、可哀想になってくるよ」
だが、弱みを見せないように、すぐに顔を作る。
「はっ!強がりもほどほどにするんだな」
「『強がり』?まさか!」
挑発するように、笑みさえ浮かべてみせる。
「俺の態度を本当に『強がり』だと思ってるんなら、よほどオメデタイ頭をしてる……!」
「なんだと?!」
「俺たちがギルドにいたところは、大勢が見てる。俺たちが消えてから、こいつ──ギルドの医者も姿を消したなら、仲間はすぐにこいつが怪しいって気づく」
「残念だなぁ!この先生と俺たちの関係は、誰も知らねえんだよ!ここには辿り着けないぜ」
「どうかな?」
クレインが自信満々に見せる相手は、奴隷商人の男たちではなく、ギルドの医者に対してだった。
「っ、おい!もしかして本当に、すぐここに衛兵が乗り込んで来たりは……」
案の定、医者は自分の保身の方が大切なのか、狼狽を隠せなくなっている。
「あ?今さら何ビビってやがる?!」
「や、やっぱり怪しまれる……!だ、だからもっと慎重にやろう、と……!」
取り乱す医者に、奴隷商人の男たちはうっとおしそうに言葉を浴びせる。
「元はと言えば、あんたがこいつのことを、俺たちに知らせたんだろ?!」
「そうだぜ。どっちかっつーと、あんたの方が乗り気だったじゃねぇか」
「俺たちだって、ベレン卿が動き出したとなっちゃあ、もうここでの仕事は終わりにするつもりだったのによ!」
「ああ、そうだ。俺たちは場所を変えりゃあいいだけなんだ」
「ここで見つからないと困るのは、あんただけなんだから」
「ま、三人とも合わなかったみたいで、残念だがな」
「俺たちの方がツイてたってこったな。最後になって、三人も亜種が見つかるなんて!」
(……っ!そういえばこいつ、さっき変なこと言ってたような……)
男たちのやり取りから情報を集めていたクレインは、この言葉に愕然とする。
『先生が見つけた『亜種』が、まさかお前だったとはな!』──
(ギルドの医者は、俺が亜種だと知っていた……?!それに、なぜラークとユエのことも……!?)
「どう……やって……?」
思わず、無防備な声が漏れた。
「『三人も亜種が』……?どうしてラークも亜種だと、知っている……?」
せっかく男たちが注意を逸らしてくれていたのを、自ら引き戻してしまったことに、クレインは(しまった)と思いながらも、表情を取り繕うことができない。
反対に、クレインの強気な態度をやっと崩すことができて、男は強気な態度を取り戻していく。
「くはははっ!知りたいか?知りたいだろう?!どうしてお仲間も亜種だと分かったのか!」
主導権を握られることに、危機感を覚えながらも、クレインはそれを無視することはできない。
反応してしまったことを、悔しそうに目を伏せるクレインに、得意げに話し始める。
「俺たちはある方法で、亜種を見つけることができるんだぜ」
(嘘だ……そんな方法、ある訳が……)
「お前ら亜種はかわいそうだよなあ!コソコソと隠れて生きてきたんだろう?!ギルドの傭兵たちもそうだぜ!故郷にもいられなくなって傭兵になったはいいが、仲間も作れずに一人で危ない仕事をして──挙げ句の果てに、亜種だからって理由でこんな死に方!俺だったら虚しくて死にたくなる──って、もう死んでるか?!くははっ!」
男は自分が上位に立っていることを示すように、床に座るクレインに覆い被さるようにして、演説を始める。
「お前らもほんっっとうに、運がないぜ。俺たちはマジで、もう手を引くつもりだったんだぜ!今残ってるブツを運び出したら、ベレン領からもオサラバする予定だったのによぉ──昨日、先生が『亜種を見つけた』って、知らせてくれてさぁ!あと一回くらい大丈夫かと思って、見に行ったら……なんとお前だったとはな!!金も貰える上に、お前を犯す機会がもらえるなんて、最っ高だ!!連れの二人はどうするか迷ったが、ま、残しといてもしょうがねえと連れて来たら、なんと……!!どっちも亜種だったなんてなあ!!」
その姿は自分に酔っていて、情報を隠すことよりも、クレインを動揺させることを優先していた。
(何だ……っ、亜種を見つける方法がある?!『ギルドの傭兵たちも』?亜種を選んで攫っていた?!いや!そんなことできる訳が……でも、それじゃあ何で、こいつらはラークも亜種だと知っている……?!)
男の魂胆が分かるだけに、クレインは動揺を隠そう、隠そうと思うのだが──その事実は、そう簡単に聞き流せるものではなかった。
もし本当に亜種を見分ける方法があるのなら、それは亜種にとって、最大限の危機に他ならない。
亜種は、ほとんどは見た目では分からない。外見に特徴が出ても、例えばクレインは足を隠して、ラークは年齢を隠して、そうして『普通』に紛れて生きるのだ。
特に、ここベレン領から西に住む亜種にとっては、それは死活問題となり得る。
亜種という理由だけで奴隷になる──そういう国も少なくない。
そこまでいかなくとも、亜種というだけで雇ってもらえなかったり、結婚ができなかったり、例え正当防衛でも裁かれたり……人権は保障されないのだ。
(……おそらく、まだベレン卿さえ知らない技術……そんなものが、こんな……!奴隷商人たちの手にあるなんて……!)
最悪の事実に、クレインはしばし呆然とする。
目論見通りにクレインの顔色を変えることができて、男たちはニヤニヤと嗜虐心を高めていく。
と、「あれぇ?」その中の一人が間抜けな声を上げる。
「いや、こっちは亜種かよく分からねえんじゃなかったか?」
指差したのはユエのことだ。
「うん?そうなのか、先生?」
「……私は初めて見る反応だった。だが、反応はあったのだから、亜種なんだろう」
初めてユエに注目が集まったが、医者はクレイン以外にはあまり興味がないようで、素っ気なくそう言うだけに留めた。
「まあ、どっちでもいいけどな」
言い出した本人のくせにそんなことを言って、舌舐めずりしながら、目でも舐め回すようにユエの頭から足までを見る。
「お前はそっちの人魚の亜種にご執心みたいだが、俺はこっちがいい。バラす前に、たぁ~っぷりと愉しませてもらうさ」
身を竦めるユエの頰を、ニヤニヤと指でなぞる。
それを見て、クレインは何とか気持ちを持ち直そうと、ぐっと手を握る。
(……全部、後回しだ!まずは自分たちが生き残らないと、この話を伝えることもできない……!)
そんなやり取りの後、男たちは改めて、目の前の獲物をしげしげと見つめ直した。
「だがそれにしても、こいつらはバラしちまうのは、勿体ねえ気もするな」
「確かに、な」
「フラヴィウム闘技場の奴隷だったんだろう?またあそこに持って行けば──いや、あそこじゃなくても、高く売れるんじゃねえか?」
「まあ……確かにな」
仲間の言葉に、クレインに執着する男も少し考え込む。
「……一人くらい、生きたまま連れ出せねぇかな?」
「三人いるんだ。仲間を人質にすれば、大人しくさせて門を通れるんじゃねぇか?」
「確かにな!傭兵のあのザマを見せれば、あれよりは俺たちに尻尾振る方がマシだって、誰でも思うだろうさ」
男たちの勝手な話し合いに、医者が割り込む。
「待て!そんな勝手なこと……!わ、私が見つけたんだぞ!!」
「ああ?!」
「ひっ!」
「おいおい!先生が口出す権利はないんだぜ。元々そういう契約だろう?あんたが獲物を見つける。俺たちが狩る。んで、あんたの娘に合わないやつは、俺たちがもらう」
時間の猶予がなくなっていることを感じるクレインは、
(『契約』?『合う』?『金が貰える』とも言っていた……亜種を見つけて、攫って、その目的は……?)
どうにか話を引き延ばそうと、必死に言葉を拾う。
「……どうして亜種を狙う?わざわざ殺すために、探しているのか……?」
だがクレインのその質問は、失敗だった。
男たちも医者も、一瞬で真顔に変わった。そして、自分たちがすでに喋り過ぎていたことに気づき──
「さて、お話はここまでにするか」
逃げるようにその話題を遠ざけ、逃げたことを誤魔化すように、頭を色欲へと塗り替える。
邪魔な剣を置き、ベルトをカチャカチャと外し始めた。
「おい!」
医者だけはそれについて行けず、再び不服の声。
だが火がついた男たちは、もう待つつもりはない。
「はいはい、分かったよ、先生。そんじゃあ、あんたに一番最初に突っ込ませてやるから、な?」
「わ、私は、そんなつもりは……!私には妻も娘も……」
「な~にイイコぶってんだ、先生?あんたも、こいつに突っ込みたいんだろう?だから、ベレン卿の使いだって分かってたのに、わざわざ亜種かどうか調べたんだろう?」
「ち、ちが……っ!わた、私は、ただ……!」
「違わねぇよ。あんた、これまでは淡々と報告してたくせに、今回はすげぇ興奮してたろう?よっぽどこの人魚の亜種がお気に召したと見える」
「わた、しは……」
「あんたに一番乗りは譲ってやるから、な?その代わり、こいつらの身柄に関しては、これ以上グダグタ言うなよ。どうせあんたは、この領を出ることも、こいつらを飼い続けることもできねえんだから」
医者の揺れる目を笑って、男は最後の一押しを囁く。
「こいつは、男だぜ?男を犯すのなんざ、そう真面目に考えることもねぇよ?」
男の言葉に惑わされる──のではなく、その言葉を待っていたように、医者はふらっ、とクレインに近づく。
「そうそう、素直になれよ」
ニヤつく男に、クレインは(さすがに……時間稼ぎはもう無理か……!)すぐさま攻撃へと脳内を切り替える。
(ユエ……)
ユエにもその準備を促そうと目をやると、「……!!」予想外に、決意をたたえた瞳を返された。
うん、と、小さく頷き合う。
「ほら、押さえといてやるよ」
男はクレインの腕の拘束を解いて、胸を突き出すように腕を広げさせる。
そして、身をよじるクレインを二人掛かりで床に縫い付ける。
「っクレイン!」
「お仲間を気にしてる場合じゃねぇぜ!お前も脱がせてやるよ」
声を上げたユエにも、残りの三人が手を伸ばしてきた。
逃げられないとたかをくくっているのか、ユエの拘束も解き始めた。
「おい!観念しろよ!どうせ逃げられねぇんだ。お前も協力すりゃあ、少しは──」
「ちっ!大人しくしろよ!」
「脱がせらんねぇな……!」
「おい、もう服、破っちまおうぜ!!」
抵抗を続けるクレインに手を焼いて、男たちは服を脱がせることを諦める。
そして襟に手をかけて、ビリビリビリッ……一気に中央を引き裂いた。
絶望の始まり──かと思われたのだが──
「な、なんだ?!こ、れ……」
思いがけないものを目の当たりにして、男たちの動きが一斉に止まる。
それはユエも初めて見るものだった。
──傷。
クレインの腹部には、彼には似つかわしくない、大きな傷があった。
歪に斜めに走る、刀傷。
筋肉のつきにくい薄い腹、服に隠された白い肌、小さなへそに桃色の乳首、浮き出た腰骨──誰が見ても「美しい」と感嘆するその裸に、その傷だけが、異様だ。
それは圧倒的な存在感で、クレイン自身の生き様を象徴していた。
「……これが何だか、教えてやろうか……?」
研ぎ澄まされた沈黙に、氷点下の声がヒビを入れる。
「確かに俺は、あの闘技場にいた。だがな、お前が思うような目には、あってない。その前に──自分で腹を掻っ捌いたんだ」
ごくっ、と、誰かの喉が鳴った。
「ちなみにもう一ついいことを教えてやろう。俺があの闘技場へ送られることになった事件──俺はな、俺を陵辱しようとした貴族の馬鹿息子の性器を切断して、それで捕まったんだ」
クレインの生々しい言葉と発せられる気迫に、男たちはたじろぐ。
自分に置き換えて想像し、冷や汗がツト……と流れた。
「俺は大人しくヤられるつもりは、ない。お前たちに陵辱されるくらいなら、死を選ぶ。──俺は、例え一瞬たりとも、お前たちを悦ばせるつもりなんて、ない!!」
男たちが怯んだ、その一瞬──それをクレインは見逃さなかった。
腕を掴んでいた男に、思いっきり体当たりをして、そのまま床に転がる。
ちょうどドワーフの剣が打ち捨てられた、そこへ。
と、同時に、ユエも動いた。
柄を握る。剣が剣になる。
クレインに注視して、己から目を離していた男の脚を、斬りつけた。
「ぎゃっ……!!」
「な、なに……」
男たちが混乱する間に、クレインも剣を振るう。
「ぐぁ!!」「な、どこから剣が……?!」「な、何してる!早く……!」
紅い雨が、部屋に降り注いだ。
男の下衆な言葉に、クレインは過去から呼び戻される。
「こんなところでもう一度お目にかかれるとは、な」
記憶を打ち消すように、クレインは一度、ぎゅっと瞼を閉じた。
「……はっ、俺を陵辱するためだけに、こんな危ない橋を渡るなんて、可哀想になってくるよ」
だが、弱みを見せないように、すぐに顔を作る。
「はっ!強がりもほどほどにするんだな」
「『強がり』?まさか!」
挑発するように、笑みさえ浮かべてみせる。
「俺の態度を本当に『強がり』だと思ってるんなら、よほどオメデタイ頭をしてる……!」
「なんだと?!」
「俺たちがギルドにいたところは、大勢が見てる。俺たちが消えてから、こいつ──ギルドの医者も姿を消したなら、仲間はすぐにこいつが怪しいって気づく」
「残念だなぁ!この先生と俺たちの関係は、誰も知らねえんだよ!ここには辿り着けないぜ」
「どうかな?」
クレインが自信満々に見せる相手は、奴隷商人の男たちではなく、ギルドの医者に対してだった。
「っ、おい!もしかして本当に、すぐここに衛兵が乗り込んで来たりは……」
案の定、医者は自分の保身の方が大切なのか、狼狽を隠せなくなっている。
「あ?今さら何ビビってやがる?!」
「や、やっぱり怪しまれる……!だ、だからもっと慎重にやろう、と……!」
取り乱す医者に、奴隷商人の男たちはうっとおしそうに言葉を浴びせる。
「元はと言えば、あんたがこいつのことを、俺たちに知らせたんだろ?!」
「そうだぜ。どっちかっつーと、あんたの方が乗り気だったじゃねぇか」
「俺たちだって、ベレン卿が動き出したとなっちゃあ、もうここでの仕事は終わりにするつもりだったのによ!」
「ああ、そうだ。俺たちは場所を変えりゃあいいだけなんだ」
「ここで見つからないと困るのは、あんただけなんだから」
「ま、三人とも合わなかったみたいで、残念だがな」
「俺たちの方がツイてたってこったな。最後になって、三人も亜種が見つかるなんて!」
(……っ!そういえばこいつ、さっき変なこと言ってたような……)
男たちのやり取りから情報を集めていたクレインは、この言葉に愕然とする。
『先生が見つけた『亜種』が、まさかお前だったとはな!』──
(ギルドの医者は、俺が亜種だと知っていた……?!それに、なぜラークとユエのことも……!?)
「どう……やって……?」
思わず、無防備な声が漏れた。
「『三人も亜種が』……?どうしてラークも亜種だと、知っている……?」
せっかく男たちが注意を逸らしてくれていたのを、自ら引き戻してしまったことに、クレインは(しまった)と思いながらも、表情を取り繕うことができない。
反対に、クレインの強気な態度をやっと崩すことができて、男は強気な態度を取り戻していく。
「くはははっ!知りたいか?知りたいだろう?!どうしてお仲間も亜種だと分かったのか!」
主導権を握られることに、危機感を覚えながらも、クレインはそれを無視することはできない。
反応してしまったことを、悔しそうに目を伏せるクレインに、得意げに話し始める。
「俺たちはある方法で、亜種を見つけることができるんだぜ」
(嘘だ……そんな方法、ある訳が……)
「お前ら亜種はかわいそうだよなあ!コソコソと隠れて生きてきたんだろう?!ギルドの傭兵たちもそうだぜ!故郷にもいられなくなって傭兵になったはいいが、仲間も作れずに一人で危ない仕事をして──挙げ句の果てに、亜種だからって理由でこんな死に方!俺だったら虚しくて死にたくなる──って、もう死んでるか?!くははっ!」
男は自分が上位に立っていることを示すように、床に座るクレインに覆い被さるようにして、演説を始める。
「お前らもほんっっとうに、運がないぜ。俺たちはマジで、もう手を引くつもりだったんだぜ!今残ってるブツを運び出したら、ベレン領からもオサラバする予定だったのによぉ──昨日、先生が『亜種を見つけた』って、知らせてくれてさぁ!あと一回くらい大丈夫かと思って、見に行ったら……なんとお前だったとはな!!金も貰える上に、お前を犯す機会がもらえるなんて、最っ高だ!!連れの二人はどうするか迷ったが、ま、残しといてもしょうがねえと連れて来たら、なんと……!!どっちも亜種だったなんてなあ!!」
その姿は自分に酔っていて、情報を隠すことよりも、クレインを動揺させることを優先していた。
(何だ……っ、亜種を見つける方法がある?!『ギルドの傭兵たちも』?亜種を選んで攫っていた?!いや!そんなことできる訳が……でも、それじゃあ何で、こいつらはラークも亜種だと知っている……?!)
男の魂胆が分かるだけに、クレインは動揺を隠そう、隠そうと思うのだが──その事実は、そう簡単に聞き流せるものではなかった。
もし本当に亜種を見分ける方法があるのなら、それは亜種にとって、最大限の危機に他ならない。
亜種は、ほとんどは見た目では分からない。外見に特徴が出ても、例えばクレインは足を隠して、ラークは年齢を隠して、そうして『普通』に紛れて生きるのだ。
特に、ここベレン領から西に住む亜種にとっては、それは死活問題となり得る。
亜種という理由だけで奴隷になる──そういう国も少なくない。
そこまでいかなくとも、亜種というだけで雇ってもらえなかったり、結婚ができなかったり、例え正当防衛でも裁かれたり……人権は保障されないのだ。
(……おそらく、まだベレン卿さえ知らない技術……そんなものが、こんな……!奴隷商人たちの手にあるなんて……!)
最悪の事実に、クレインはしばし呆然とする。
目論見通りにクレインの顔色を変えることができて、男たちはニヤニヤと嗜虐心を高めていく。
と、「あれぇ?」その中の一人が間抜けな声を上げる。
「いや、こっちは亜種かよく分からねえんじゃなかったか?」
指差したのはユエのことだ。
「うん?そうなのか、先生?」
「……私は初めて見る反応だった。だが、反応はあったのだから、亜種なんだろう」
初めてユエに注目が集まったが、医者はクレイン以外にはあまり興味がないようで、素っ気なくそう言うだけに留めた。
「まあ、どっちでもいいけどな」
言い出した本人のくせにそんなことを言って、舌舐めずりしながら、目でも舐め回すようにユエの頭から足までを見る。
「お前はそっちの人魚の亜種にご執心みたいだが、俺はこっちがいい。バラす前に、たぁ~っぷりと愉しませてもらうさ」
身を竦めるユエの頰を、ニヤニヤと指でなぞる。
それを見て、クレインは何とか気持ちを持ち直そうと、ぐっと手を握る。
(……全部、後回しだ!まずは自分たちが生き残らないと、この話を伝えることもできない……!)
そんなやり取りの後、男たちは改めて、目の前の獲物をしげしげと見つめ直した。
「だがそれにしても、こいつらはバラしちまうのは、勿体ねえ気もするな」
「確かに、な」
「フラヴィウム闘技場の奴隷だったんだろう?またあそこに持って行けば──いや、あそこじゃなくても、高く売れるんじゃねえか?」
「まあ……確かにな」
仲間の言葉に、クレインに執着する男も少し考え込む。
「……一人くらい、生きたまま連れ出せねぇかな?」
「三人いるんだ。仲間を人質にすれば、大人しくさせて門を通れるんじゃねぇか?」
「確かにな!傭兵のあのザマを見せれば、あれよりは俺たちに尻尾振る方がマシだって、誰でも思うだろうさ」
男たちの勝手な話し合いに、医者が割り込む。
「待て!そんな勝手なこと……!わ、私が見つけたんだぞ!!」
「ああ?!」
「ひっ!」
「おいおい!先生が口出す権利はないんだぜ。元々そういう契約だろう?あんたが獲物を見つける。俺たちが狩る。んで、あんたの娘に合わないやつは、俺たちがもらう」
時間の猶予がなくなっていることを感じるクレインは、
(『契約』?『合う』?『金が貰える』とも言っていた……亜種を見つけて、攫って、その目的は……?)
どうにか話を引き延ばそうと、必死に言葉を拾う。
「……どうして亜種を狙う?わざわざ殺すために、探しているのか……?」
だがクレインのその質問は、失敗だった。
男たちも医者も、一瞬で真顔に変わった。そして、自分たちがすでに喋り過ぎていたことに気づき──
「さて、お話はここまでにするか」
逃げるようにその話題を遠ざけ、逃げたことを誤魔化すように、頭を色欲へと塗り替える。
邪魔な剣を置き、ベルトをカチャカチャと外し始めた。
「おい!」
医者だけはそれについて行けず、再び不服の声。
だが火がついた男たちは、もう待つつもりはない。
「はいはい、分かったよ、先生。そんじゃあ、あんたに一番最初に突っ込ませてやるから、な?」
「わ、私は、そんなつもりは……!私には妻も娘も……」
「な~にイイコぶってんだ、先生?あんたも、こいつに突っ込みたいんだろう?だから、ベレン卿の使いだって分かってたのに、わざわざ亜種かどうか調べたんだろう?」
「ち、ちが……っ!わた、私は、ただ……!」
「違わねぇよ。あんた、これまでは淡々と報告してたくせに、今回はすげぇ興奮してたろう?よっぽどこの人魚の亜種がお気に召したと見える」
「わた、しは……」
「あんたに一番乗りは譲ってやるから、な?その代わり、こいつらの身柄に関しては、これ以上グダグタ言うなよ。どうせあんたは、この領を出ることも、こいつらを飼い続けることもできねえんだから」
医者の揺れる目を笑って、男は最後の一押しを囁く。
「こいつは、男だぜ?男を犯すのなんざ、そう真面目に考えることもねぇよ?」
男の言葉に惑わされる──のではなく、その言葉を待っていたように、医者はふらっ、とクレインに近づく。
「そうそう、素直になれよ」
ニヤつく男に、クレインは(さすがに……時間稼ぎはもう無理か……!)すぐさま攻撃へと脳内を切り替える。
(ユエ……)
ユエにもその準備を促そうと目をやると、「……!!」予想外に、決意をたたえた瞳を返された。
うん、と、小さく頷き合う。
「ほら、押さえといてやるよ」
男はクレインの腕の拘束を解いて、胸を突き出すように腕を広げさせる。
そして、身をよじるクレインを二人掛かりで床に縫い付ける。
「っクレイン!」
「お仲間を気にしてる場合じゃねぇぜ!お前も脱がせてやるよ」
声を上げたユエにも、残りの三人が手を伸ばしてきた。
逃げられないとたかをくくっているのか、ユエの拘束も解き始めた。
「おい!観念しろよ!どうせ逃げられねぇんだ。お前も協力すりゃあ、少しは──」
「ちっ!大人しくしろよ!」
「脱がせらんねぇな……!」
「おい、もう服、破っちまおうぜ!!」
抵抗を続けるクレインに手を焼いて、男たちは服を脱がせることを諦める。
そして襟に手をかけて、ビリビリビリッ……一気に中央を引き裂いた。
絶望の始まり──かと思われたのだが──
「な、なんだ?!こ、れ……」
思いがけないものを目の当たりにして、男たちの動きが一斉に止まる。
それはユエも初めて見るものだった。
──傷。
クレインの腹部には、彼には似つかわしくない、大きな傷があった。
歪に斜めに走る、刀傷。
筋肉のつきにくい薄い腹、服に隠された白い肌、小さなへそに桃色の乳首、浮き出た腰骨──誰が見ても「美しい」と感嘆するその裸に、その傷だけが、異様だ。
それは圧倒的な存在感で、クレイン自身の生き様を象徴していた。
「……これが何だか、教えてやろうか……?」
研ぎ澄まされた沈黙に、氷点下の声がヒビを入れる。
「確かに俺は、あの闘技場にいた。だがな、お前が思うような目には、あってない。その前に──自分で腹を掻っ捌いたんだ」
ごくっ、と、誰かの喉が鳴った。
「ちなみにもう一ついいことを教えてやろう。俺があの闘技場へ送られることになった事件──俺はな、俺を陵辱しようとした貴族の馬鹿息子の性器を切断して、それで捕まったんだ」
クレインの生々しい言葉と発せられる気迫に、男たちはたじろぐ。
自分に置き換えて想像し、冷や汗がツト……と流れた。
「俺は大人しくヤられるつもりは、ない。お前たちに陵辱されるくらいなら、死を選ぶ。──俺は、例え一瞬たりとも、お前たちを悦ばせるつもりなんて、ない!!」
男たちが怯んだ、その一瞬──それをクレインは見逃さなかった。
腕を掴んでいた男に、思いっきり体当たりをして、そのまま床に転がる。
ちょうどドワーフの剣が打ち捨てられた、そこへ。
と、同時に、ユエも動いた。
柄を握る。剣が剣になる。
クレインに注視して、己から目を離していた男の脚を、斬りつけた。
「ぎゃっ……!!」
「な、なに……」
男たちが混乱する間に、クレインも剣を振るう。
「ぐぁ!!」「な、どこから剣が……?!」「な、何してる!早く……!」
紅い雨が、部屋に降り注いだ。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【蛍と大和】冷たい口づけ
あきすと
BL
昔書いていた創作キャラの
恋愛面掘り下げ小説を
書いていましたので
こちらにおさめさせていただきます。
よかったら、お楽しみください。
本編をこちらに収録していきます。
お話によっては、流血表現もいくつかありますので、
苦手な方は、これまた
ご注意ください。
俺様で、結構な自信家の蛍と
まったり平和主義な大和の二人
が辿って来た人生の一部を
過去のお話から現代までとさまざまに
綴っていきます。
地方の結界として存在する
守護職をしています。
ほぼ、不老不死に近い存在
であり、神力と霊力、などの
絡む世界観です。
・御坊 蛍
年齢は、20代半ば
身長:182cm
体重:70kg
和歌山の守護職。少々勝ち気でマイペース。本来は優しい性格だが、照れ屋。第六感が、異常に鋭い。
五感も研ぎ澄まされている。
大和とは、一昔前にとある事件を
きっかけに親しくなる。
閻魔から神格を授けられたため、
この世以外からの干渉を受け易い。
大和に護られる事もある。
大和は、自分にとってかけがえの無い存在だと自覚している。
・春日 大和
年齢は、20代半ば
身長:174cm
体重:67kg
奈良の守護職。由緒正しい所の出らしいが、本人は全くそういった事に無関心。三大守護職の内の1人。
性格は、温厚で慈愛に満ちている。
お人好しで、頼られると嫌とは言えない性格。
自分の能力は、人にしか使えず
自分のためには使えない。
少なからず、蛍とは、過去に因縁が、あったらしい。
今では、慕っている。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる