お仕置きと、恋と、涙と

青森ほたる

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膝の上で

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「章人。僕の言うこと聞けないの?」

 真上から声が降りかかる。泣きながら、首をふる。壁に手をついて、這い上がるようにして立った。

「手は頭の上」

 そう命じる声がしたあと、優太さまの足音が自分から遠ざかっていく。

「ゆ、ゆうた…っ…さ、ま…っ」

 置いていかれる、と思った。けれど、ベッドが軋む音がして、優太さまが腰掛けたことが分かる。

「……っ…」
 頭に置いた手では、未だ溢れてくる涙をぬぐうことは叶わず、ただ流れ落ちていく。

いつもは、叩かれた直後には、優しくなだめられ、甘えさせてくれたのに。

こんなに厳しく叩かれたのは初めてなのに、優太さまの声は冷たいままだった。

「うぅぅっ……っ」
 肩が震えて、泣き声が漏れる。優太さまは…何も言わない。

「ゆぅ…たさ、まぁ……っ」
 いま、優太さまはどんな顔で私を見ているのだろう。

まだ厳しい瞳のまま? 
それとも呆れたように? 

いつになったら、優太さまは許してくださるのだろう。静かな部屋に、私の泣き声だけが響いた。

「章人」

 何分立たされていたのか、あがっていた息がやっと落ち着いてきたとき、優太さまの声が聞こえる。

「手おろして。こっちにおいで」
 ふわぁっと力が抜き、振り返ると、ベッドに腰掛けていた優太さまが、口元は引き締めたまま、それでもいつもの穏やかな瞳で私を呼ぶ。

「ゆう、た、さま……っ」
 どたどた、と走り寄ると、お尻に痛みが走ったが、気にならなかった。

優太さまが、ベッドの上に正座したので、私も正面に膝をおって座る。黒い瞳が、私をじっと見つめる。

「章人」
 緊張感のある声に、まだ許されたわけではないことを悟る。

「今回みたいなことは、本当に…2度とあって欲しくない。あのときは…宅配便の人が居て、救急車を呼んでくれて大事には至らなかったけど……。もし、あの日、部屋で一人で倒れてたら…誰も、章人を助けられなかったんだよ」
「ご、ごめんな、さぃ…」

 掠れた声しか、出ない。膝の上で握りしめた手に、そっと優太さまの手が重ねられる。

「本当に、もう危ないことはしないで。ちゃんと、自分のこと、大切にしよう、ね? わかった?」
「はい」

 優太さまの瞳を見つめながら、頷く。優太さまはほんの少しだけ、口元を緩めたあと私から手を離して、自分の膝を叩く。

「うつ伏せに」
 私は息を吸い込んでうなずき、決心がぶれないうちに、優太さまの膝の上にうつ伏せになる。

ほんの一瞬、振り返って自分のお尻を見て、振り返ったことを後悔する。お尻は全面が真っ赤に染まり、ぱんぱんに腫れ上がっていた。そのお尻に優太さまの手が触れた。

「…っ」
「僕にいっぱい心配かけたぶん、10回ね。しっかり反省しなさい」

 パシィインッ!と、たぶん、手加減されて振り下ろされた手でも、「ぁっ…!!」と、声が溢れる。

「ごめなさぃっ…!いっ…!あ……っ!ごっめんなさぃ…っ!」
 足が、ばたつく。浮き上がる私の背中を、優太さまのもう片方の手が押さえつける。

「ゃ…っ!あぁ…っ!んっ…ッ!あぁあっ…!!」

「最後の、1回」

 すっとお尻を一周撫でるように手が滑って、刺すような痛みに唇を噛んだ次の瞬間、パァアアンッ!!!と、お尻を掬いあげるように平手が叩きつけられる。

「…………っ…!!!!ぁぁあっ…っ」

 身体の力が一気に抜け、シーツに顔を突っ伏す。

「章人っっ!!!!」
 大きな声で呼ばれて、飛び上がるようにして起き上がった私を、優太さまが真正面から思いきり抱きしめる。

「お仕置き、終わり!!! 痛いのも、怖いのも、終わりっ!!!」
「お、わり…っ」

 やっと、やっと、許してもらえた。ぶわっと、胸が熱くなって、それから私からも優太さまに抱きつく。

「ゆ、ゆうたさ、ま…っ、ごめんなさぃ…っごめんなさいっごめんなさい」

「よしよし、よく我慢したね」

 背中を大きく撫でられる手に、涙が誘発される。

「もうっ…もうっ、許して、もらえないかと…っ思って…っ。ゆうたさまとの、約束、破って…っもう…っ」
「章人…」

 腕を解かれて、向かい合わせになる。優太さまがそっと指先で、私の涙を拭っていく。

「優太さま…あの…っ」
「なに、どうした?」

 優太さまが優しい穏やかな声で尋ねる。

「こ、こんな私でも…っ。これからもずっと見捨てないでくれますか…?」

 馬鹿な質問だと思う。こんなこと口にするのも子供っぽいとも思う。でも聞かずにはいられなかった。

「見捨てたりなんてしないよ」

 きっぱりとした声で優太さまが答える。

「章人はこれからもずっと僕と、一緒にいるんだから。章人がどんな悪い子になったとしても、何度だってこうして叱ってあげる」

 嬉しくて、恥ずかしくて、心が幸せでいっぱいになって、私は初めて、自分から優太さまにキスをした。


それから、お尻には冷たいタオルと、私は差し出された大量の水をただひたすらに飲み、乾いた喉を潤していった。

優太さまが温かい湯気のでたタオルももってきて、私の顔を拭き、汗と涙でぐちゃぐちゃだった顔はすっきり綺麗になった。

「そうだ…あともう一つ、章人に聞くことあったんだった」

 私の髪を撫でていた、優太さまが突然思い出したようにそう言って立ち上がる。

「すぐ戻ってくるから、待っててね」と、言って私の寝室を出ていった優太さまは、ダンボールを抱えて戻ってくる。

「これ、章人が倒れたあの日に、届いてた荷物……」
 ダンボールを見たときはなんの話か分からず首を傾げていた私は、優太さまの言葉に記憶が蘇って、一気に顔の血の気が引く。

「まさか章人が頼んだものだとは思わなくて、確認せずに開けちゃって…それについては謝るけど……これ、なに?」
 慌てて起き上がった私の目の前に、すとん、と蓋の開いたダンボールが置かれる。

「こ、これは…っ」
 口ごもる私に、優太さまがなにを考えているのか全く読めない無表情で、ダンボールの中のものを掴みあげる。

「ワセリンと、この黒い棒は? 他にもいろいろあるみたいだけど…。さ、正直に話そうか」

 ワセリンのチューブと、お尻に挿入するアナルスティックを手にした優太さまに見つめられ、じりじりと後ずさる。

「ごめんなさいっ」

 私は近くにあった掛け布団を掴んで、頭からひっかぶる。

「あきひとー?」

 こつん、と布団越しに頭を小突かれる。私は布団にくるまったまま、いも虫みたいに丸くなる。

「そ、それは…じ、自分で、使おう、と思って……」
「なに」

 優太さまがベッドに乗ってきて、スプリングが弾む。

「自分で、使おうと思って…買い、ました……。せ、せっかく、優太さまと、こ、恋人同士になったのに…私が怖がるせいで、できないから…っ。自分で、少しずつ慣らしていけば、出来るようになるかもしれないと、思って……」

「なるほど」 

 優太さまが、あっさりとした声で言う。

「理由は理解したけど……これは没収かな」
「えっ…」

 私が布団から顔だけ出すと、優太さまが私に笑顔を向ける。

「章人に一人でやらせるなんて、ありえないから。その代わり、僕と一緒に使ってみようか。章人の赤いお尻が治ったら」

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