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鎖でつながれた両手足

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 目が覚めたとき、自分がどこにいるのか一瞬、分からなかった。

上半身を起こした瞬間、身体のあちこちが痛む。コックリングは外されていたが、両手首と足首に、違和感があった。

 私は大きなベッドの上に一人でいた。義隆さまの姿はない。
手首と足首につけられた拘束具から伸びる鎖は、それぞれベッドの4本の柱に繋がっていたが、身体の自由を奪うほどではなかった。

ただ、私がこの部屋から逃げ出さないように、繋いでいるだけのように思える。

窓にかかる分厚いカーテンは閉まったままだが、隙間から明るい日の光が漏れている。
ベッド横の時計を探して、時間を確認する。
12時9分。

空腹感で胃が気持ち悪い。
身体が重く、両腕はひりひりと痛む。

こんな腕を、優太さまが見たら……ほんの一瞬、油断した心の隙に、そんな思いが掠める。
胸が締め付けられるような、強い痛みに襲われる。

こんなんじゃ、ダメだ。早く、早く、忘れなければ。

傷跡にわざと触れ、私は余計なことを考えないようにした。

 静かな部屋に、いきなり扉を叩く音が響いた。
ベッドからは離れた場所にある、廊下に繋がる扉だ。

義隆さまだと思い慌ててベッドの上に正座するが、考えてみれば義隆さまが扉をノックするはずがない。

数回のノックの後、ゆっくりと扉が開けられると黒いスーツの桜井さんが顔を覗かせ、私と目があうと、丁寧にお辞儀をした。

「おはようございます、章人さん」
「お、おはようございます」

 私は慌ててシーツを身体に引き寄せて、目をそらした。こんな私の姿を見て、冷静でいられる桜井さんの心情が推し量れない。

私は心臓がはち切れそうなほど、脈打っている。

「義隆さまより、章人さんがお目覚めになったら、シャワーにご案内するようにと」
「よ、義隆さまが……」

 そう言って、桜井さんは「失礼します」と私の足首と手首の拘束具にポケットから取り出した鍵を差し込んでいく。

「歩け、ますか?」

 手足の拘束を解いた桜井さんは、淡々とした口調ながら、瞳の奥を心配そうに揺らしながら尋ねてきた。

「だ、大丈夫です」
 私は差し出された手を取ることなく、身体の痛みを察せられないように、よたよたと精一杯早く歩ける速度で、シャワー室に逃げ込んだ。

「私は扉の近くに控えておりますので……なにかございましたら、お声かけください」
「は、はい」
 小さな声で返した返事は届いたかどうか分からなかった。


 両腕の傷は極力濡らさないように時間をかけて身体を洗い、シャワー室を出る。桜井さんは、無言のまま私の手足をベッドから繋がる鎖に拘束する。

「昼食、お召し上がりになりますか。ご用意は整っておりますが」

 返事をするより早く、お腹が耐えかねるように鳴る。桜井さんはそこでやっと表情を緩めた。

「すぐ、お持ちします」
 私が状況をつかめないまま、桜井さんは寝室から駆け出していった。

なにが、どうなっているのだろう。
なぜこんな対応をされるのか。

他の個人秘書の方が、微妙な立場の私には他人行儀であったり、冷淡であったりするなか桜井さんだけは、いつも私と対等であろうとしてくれていた。それが、今はまるでお客様でも相手にするような……。

 戻ってきた桜井さんは足つきのトレイを持って、ベッドまでやってくると、私の目の前に下ろす。トレイからスープの匂いが漂ってきて、再度お腹が鳴った。

「いただき、ます」
 耐えられない空腹感に、遠慮などしていられない。

鎖の繋がった手でパンをちぎり、スープに浸して口に運ぶ。

桜井さんは、窓へ向かい、カーテンを開いていった。眩しい日の光が、寝室の床に差し込む。

私は人参を避けながらスープを飲みほし、3個あったパンも全て食べきった。

「お飲物、お持ちしますね。紅茶か、コーヒー、どちらがよろしいですか」

部屋の隅に控えていた桜井さんが、トレイを下げに来てそう尋ねる。
私はなんと答えるべきか迷って、首をふった。

「章人さんは……甘いものが、お好きでしたよね。紅茶をお持ちしましょうか」
 桜井さんが思いついた顔で、提案する。

「桜井さんっ。そんなふうに気を遣われると、その、私が困って…しまいます」

 桜井さんが私を見つめたまま、表情を崩した。同情するような、以前よく向けられていた桜井さんの瞳。

「……私は…義隆さまに、命じられた通りに仕事をこなしているだけです。義隆さまが帰られるまで、章人さんのお世話をするようにと」

 義隆さまは……私をどうなさるおつもりなのだろう。
いきなりそんな命令を受けて、義隆さまのベッドの上で服も身につけず鎖につながれている私を見ても、まったく動じず冷静に仕事をこなす桜井さんに、申し訳なさでいっぱいになった。

「すみません……私、桜井さんのことを、なにも考えずに」
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。私にご用がございましたら、枕元の内線電話をかけてもらえればこちらへ伺います」

 桜井さんは頭を下げて、部屋から去っていく。
個人秘書にとっての最優先事項は、主人の命令。桜井さんはどこまでも個人秘書らしく、忠実な人だ。

 傷のついた両腕を見下ろす。

一晩たって、全て赤黒く変色している。優太さまには……もう二度と会うことはないのだから、関係ない。
関係ないと、わかっているのに、この傷を見た優太さまはどんな反応をされるだろと、考えずにはいられない。

優太さまから離れたいと本気で思ってここに来たのに、頭の中から優太さまのことがどうしても離れない。

結局私はどうなりたかったのだろう。

 桜井さんに教えられた内線の使える固定電話が、着信音を鳴らして私の思考を遮る。
反射的に受話器をとってしまってから、誰からの着信だろうと不安になった。

「章人」
 受話器から聞こえてきたのは、義隆さまの声だった。

「昼食は、きちんと食べたか」
「はい」
 これだけのことを確認するために電話をかけてきたと思えず、なにを言われるのかと緊張で声が震える。

「電話の乗った机の、一番上の引き出しを開けろ」
 小さな机の引き出しの中には、ローションのボトルと、凹凸のついた長めのバイブが入っていた。

「いきなり挿れると痛いと煩いからな。ベッドの上で四つん這いになって、そのバイブで慣らしておけ」

「い、今すぐでしょうか…」

「そうだ。今から、私が帰るまでだ。振動は一番弱いままでいいが、シーツを汚すな」

 バイブを手にとって固まる。一番弱くてもどれだけの振動のものか分からない。

昨晩のようにコックリングでせき止められるのも辛いが、自分で我慢するのは不可能に近い。

「何か、縛るものは……」
「それ以上、不満をたれるようなら、今から桜井に命じて、四つん這いのお前を監視させるぞ。お前は言われたことだけに素直に従っていればいいんだ」

「……っごめんな、さい」
 ぶちん、と電話が切られる。

私はローションとバイブを手にとり、呼吸を整えるように息をついてベッドに四つん這いになった。

外から中が見えるような窓ではないが、カーテンが全開になった日の光の入る明るい部屋で、一人ローションをつけた左手を後ろに回してお尻を弄っていることに強い恥ずかしさを覚える。

義隆さまの言葉は脅しだとは思うが、それでも背後の扉が気になって仕方がない。
ローションを塗りこんだあと、バイブを手にとる。

輪になった持ち手に指を引っ掛け、足を開いて蕾に先端をゆっくりと押し挿れる。
何度やらされても、やられても、挿れる瞬間は強い恐怖を感じる。

押し込められる圧迫感と、蕾が開かれる痛み。後ろ手でローションをつけるのは限界がある。奥へと挿し入れるごとに痛みが増した。

「…っ……っ」

 なんとか全て奥まで挿れ終わり、リモコンのスイッチを入れる。
微かな振動が、内壁を擦る。
挿入した時の痛み、とはちがう、快感。

それでもまだ、羞恥心のほうが上回っている。ずっとこの状態でいられれば、義隆さまの言い付けも破らずに済むかもしれない。

 バイブが緩やかな振動を続けている。時計の針が進むのが遅い。
桜井さんが、突然扉をノックして来ることは本当にないだろうか。
こんな姿を見られたら…。

蕾に力が入って、バイブを締め付ける。

「ぁ……っ…」
 身体がびくんと、跳ねる。

義隆さまがいるわけではないので、声を我慢する必要はないのに、息を詰めてシーツを握る。

我慢しなくてもいいよ、と優太さまなら仰ってくださるだろうか。いや、優太さまにこんな姿を見せることなんてできない。
はじめは小さなバイブ一つ挿れるのが怖くて、全然感じなかったのに。今では……。

 理性の歯止めがきかない。優太さまの声が、頭の中に響く。

章人、と優しく呼んでもらえるその声だけで。それだけで幸せになれる。

両足をがたがたと力をなくして、ペニスがシーツに押し付けられた。
バイブの振動と、シーツで擦れる感覚に、息が荒くなる。

「あぁぁっ…っ!」
 多分、義隆さまがいたら、殴られているほどの声が漏れる。

ダメだ、このままイったら、あとで義隆さまにどんな罰を与えられるか。

それなのに、頭の中の優太さまが優しく私を呼ぶ声で埋め尽くされていって、身体はどんどん熱くなっていった。
頭の中が絞られるような感覚。
腰が勝手に跳ね、両手で握ったシーツはぐちゃぐちゃによれている。

喉から唾液がだらだらとこぼれ落ちた。

身体はもう死にそうなほど熱い。

その熱が、一点に集中していく。このまま……。

「……っ、あぁあっんっっ…っ」
 一気に熱が腰の下のシーツに放たれる。

「はぁっ…っ…」

 するすると身体の緊張が解けていく。息が苦しく、頭が朦朧としている。

ただ、強い眠気とぐったりとした疲労感を感じる。

もうどうにでもなればいい。

このまま、ただ眠りたい。力の入らない手でバイブのスイッチを切り、そのまま私はまるで気絶するように意識を失った。
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