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優太さまの実家へ
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お尻の腫れは一週間もすればすっかりおさまって、椅子に座るのも平気になった。
しばらく運転は禁止と、優太さまに取り上げられていた運転免許証も返してもらい、久しぶりに優太さまを会社までお送りして、マンションに帰ってきたちょうどそのとき、居間に置いてある固定電話の着信音が鳴った。
「はい、もしも……」
「個人秘書の小川さん、だったわよね」
居間に走って受話器をとった私は、誰からの着信か確認する余裕がなかったものの、名乗らずに話し出したその人が誰か一瞬で理解した。
優太さまのお母さまだ。
「はい、どのようなご用件でしょうか」
私は慌てて、電話のそばのメモ帳を引き寄せる。
「来月の祝日続きの4連休があるでしょ。その日に合わせて、優太さんがこちらへ帰ってこれるように飛行機のチケットを取っておいたから。そのチケットを書留で送ったものを、小川さんはちゃんと受け取ってちょうだい」
「はい。あの優太さまの予定が合うかの確認は……」
「確認なんて必要ないわ。予定があれば、全部キャンセルさせて。仕事だからって言い訳もさせないでね。それじゃ、頼みますよ」
そう言って、電話は一方的に切られた。
電話で話しただけの印象で、少し前まで優太さまにあまり似ていないと思っていたが、押しの強さはそっくりかもしれない。
優太さま宛ての書留はその日の午後に届き、私は届いたチケットと共に電話のことを、優太さまに報告することにした。
「それで、もうチケットが送られてきたの?」
「はい……」
優太さまは書留郵便を開き、飛行機のチケットを確認して、表情がより一層硬くなった。
「私から、お断りのお電話をしておきましょうか」
私がさりげなく提案すると、優太さまは黙ったまま私を見つめて、それからため息をついて首をふる。
「いや、どうせ母のことだから、予定をキャンセルしてでも来いって言ってるんでしょ?」
「は、い…」
「母には僕から電話するよ」
優太さまがズボンのポケットから携帯電話を取り出したので、私は通話の邪魔をしないように、自分の部屋に引っこむことにする。
軽く一時間ほど経つと優太さまが目に見えてぐったりした様子で「電話、終わったよ」と、私の部屋にやってきた。
「やっぱり東京、行くことにしたから。父親への業務報告も兼ねて」
「かしこまりました、ご準備整えておきます」
「あと……」
と、優太さまがそこで、なにか思い悩むように黙り込む。
「いかがされましたか」
尋ねる私に、優太さまが思いきった様子で口を開く。
「いや、もし章人がよければだけど、一緒に東京、行く?」
優太さまは私にも無理矢理ファーストクラスの座席を取るように言ってきかず、私は優太さまの隣に座って東京に向かうことになった。
羽田空港の到着口には、優太さまのご実家の女性の個人秘書が待っていて、優太さまを出迎える。
「おかえりなさいませ、優太さま」
私より同い年ほどと思われる若い女性が、少し緊張した様子で頭をさげる。
「吉原さん、久しぶりだね」
「お、久しぶりです」
「わざわざ迎えをよこすなんて、母は僕が飛行機を降りた途端に逃げ出すとでも思ってるみたいだね」
優太さまが親しみやすい声でそう言って苦笑いすると、吉原さんと呼ばれた女性はつられたように軽く顔をほころばせた。
優太さまは後部座席に、私は助手席に乗って、車は優太さまのご実家の横浜に向かって出発した。
優太さまのお屋敷は、住宅の連なる急な坂をのぼった先にあり、車を降りたとき振り返ると坂の下のその先に、海が見えた。
吉原さんと二人でトランクから優太さまと私の荷物を取り出していたとき、お家の玄関が勢いよく開いて、「おかえりなさい、優太さん」と、はつらつとした声が響く。
玄関から駆け出してきた女性が勢いよく、優太さまに飛びつく。
優太さまはよろめきながら受け止め、明らかに困った顔で見下ろす。
「母さん…っ」
優太さまの声に、無遠慮にもお母さまを見つめてしまい、あわてて手元のスーツケースに目を落とす。
優太さまのお母さまにしては、ずいぶんと若々しい。
「やっと帰ってきてくれたわね。私からのメールにも返事をくれないし、電話にもなかなか出ないし、なにをしていたの」
「何をしていたって、仕事をしてたんだよ。父さんは……今日は何時に帰ってくるの?」
「ダメダメ、仕事の話は無しよ。もうお昼ご飯も用意させているから、ゆっくり食事にしましょう」
お母さまが優太さまの腕を引っ張っていく。私も吉原さんも荷物を持って、二人を追いかけた。
吹き抜けの広々した玄関では優太さまがさらに五人のエプロンをつけた女性に囲まれていた。この家の個人秘書らしく、みな口々に「おかえりなさい、優太さま」と、言った。
優太さまは一人一人と目をあわせて「ただいま」と返していく。
私はどこに立っているのが正解なのか分からず、玄関の隅の方に荷物を重ね置いて待機していたが、突然輪の中の優太さまに「章人」と、手招きされる。
「母さん、個人秘書の章人だよ。今回は一緒に来てもらったんだ」
「初めまして、小川章人と申します」
しばらく黙っていたせいで、声が掠れる。
「あら、お会いするのは初めましてね」
お母さまは、紹介されて初めて私に目をとめ、そして優太さまにそっくりな顔で微笑む。
「どんな方なのかしらって、思ってたのよ。優太さんと同い年くらいなのね。はじめ個人秘書を頼んだって優太さんに言ったとき、そんなの必要ないって怒られたから、心配してたのだけど…うまくやってくれているみたいで安心したわ」
「恐れ入ります」
全然うまくやれておらず失敗ばかりだとは、口が裂けても言えない。
「母さん、いきなりで悪いけど章人の部屋も準備してもらえるかな」
「そうね。どこか空いてる部屋に案内してあげてちょうだい。結衣さんは、そのまま優太さんの部屋に荷物を運んで。私たちはお昼にしましょう」
優太さまは屋敷の主人らしく、慣れた様子で個人秘書たちに指示をだした。
優太さまは何か私に言いたげに振り向いたが、お母さまに階段へと連れられていき、私は年上の個人秘書の方に案内されて一階の廊下の奥へと進んだ。
しばらく運転は禁止と、優太さまに取り上げられていた運転免許証も返してもらい、久しぶりに優太さまを会社までお送りして、マンションに帰ってきたちょうどそのとき、居間に置いてある固定電話の着信音が鳴った。
「はい、もしも……」
「個人秘書の小川さん、だったわよね」
居間に走って受話器をとった私は、誰からの着信か確認する余裕がなかったものの、名乗らずに話し出したその人が誰か一瞬で理解した。
優太さまのお母さまだ。
「はい、どのようなご用件でしょうか」
私は慌てて、電話のそばのメモ帳を引き寄せる。
「来月の祝日続きの4連休があるでしょ。その日に合わせて、優太さんがこちらへ帰ってこれるように飛行機のチケットを取っておいたから。そのチケットを書留で送ったものを、小川さんはちゃんと受け取ってちょうだい」
「はい。あの優太さまの予定が合うかの確認は……」
「確認なんて必要ないわ。予定があれば、全部キャンセルさせて。仕事だからって言い訳もさせないでね。それじゃ、頼みますよ」
そう言って、電話は一方的に切られた。
電話で話しただけの印象で、少し前まで優太さまにあまり似ていないと思っていたが、押しの強さはそっくりかもしれない。
優太さま宛ての書留はその日の午後に届き、私は届いたチケットと共に電話のことを、優太さまに報告することにした。
「それで、もうチケットが送られてきたの?」
「はい……」
優太さまは書留郵便を開き、飛行機のチケットを確認して、表情がより一層硬くなった。
「私から、お断りのお電話をしておきましょうか」
私がさりげなく提案すると、優太さまは黙ったまま私を見つめて、それからため息をついて首をふる。
「いや、どうせ母のことだから、予定をキャンセルしてでも来いって言ってるんでしょ?」
「は、い…」
「母には僕から電話するよ」
優太さまがズボンのポケットから携帯電話を取り出したので、私は通話の邪魔をしないように、自分の部屋に引っこむことにする。
軽く一時間ほど経つと優太さまが目に見えてぐったりした様子で「電話、終わったよ」と、私の部屋にやってきた。
「やっぱり東京、行くことにしたから。父親への業務報告も兼ねて」
「かしこまりました、ご準備整えておきます」
「あと……」
と、優太さまがそこで、なにか思い悩むように黙り込む。
「いかがされましたか」
尋ねる私に、優太さまが思いきった様子で口を開く。
「いや、もし章人がよければだけど、一緒に東京、行く?」
優太さまは私にも無理矢理ファーストクラスの座席を取るように言ってきかず、私は優太さまの隣に座って東京に向かうことになった。
羽田空港の到着口には、優太さまのご実家の女性の個人秘書が待っていて、優太さまを出迎える。
「おかえりなさいませ、優太さま」
私より同い年ほどと思われる若い女性が、少し緊張した様子で頭をさげる。
「吉原さん、久しぶりだね」
「お、久しぶりです」
「わざわざ迎えをよこすなんて、母は僕が飛行機を降りた途端に逃げ出すとでも思ってるみたいだね」
優太さまが親しみやすい声でそう言って苦笑いすると、吉原さんと呼ばれた女性はつられたように軽く顔をほころばせた。
優太さまは後部座席に、私は助手席に乗って、車は優太さまのご実家の横浜に向かって出発した。
優太さまのお屋敷は、住宅の連なる急な坂をのぼった先にあり、車を降りたとき振り返ると坂の下のその先に、海が見えた。
吉原さんと二人でトランクから優太さまと私の荷物を取り出していたとき、お家の玄関が勢いよく開いて、「おかえりなさい、優太さん」と、はつらつとした声が響く。
玄関から駆け出してきた女性が勢いよく、優太さまに飛びつく。
優太さまはよろめきながら受け止め、明らかに困った顔で見下ろす。
「母さん…っ」
優太さまの声に、無遠慮にもお母さまを見つめてしまい、あわてて手元のスーツケースに目を落とす。
優太さまのお母さまにしては、ずいぶんと若々しい。
「やっと帰ってきてくれたわね。私からのメールにも返事をくれないし、電話にもなかなか出ないし、なにをしていたの」
「何をしていたって、仕事をしてたんだよ。父さんは……今日は何時に帰ってくるの?」
「ダメダメ、仕事の話は無しよ。もうお昼ご飯も用意させているから、ゆっくり食事にしましょう」
お母さまが優太さまの腕を引っ張っていく。私も吉原さんも荷物を持って、二人を追いかけた。
吹き抜けの広々した玄関では優太さまがさらに五人のエプロンをつけた女性に囲まれていた。この家の個人秘書らしく、みな口々に「おかえりなさい、優太さま」と、言った。
優太さまは一人一人と目をあわせて「ただいま」と返していく。
私はどこに立っているのが正解なのか分からず、玄関の隅の方に荷物を重ね置いて待機していたが、突然輪の中の優太さまに「章人」と、手招きされる。
「母さん、個人秘書の章人だよ。今回は一緒に来てもらったんだ」
「初めまして、小川章人と申します」
しばらく黙っていたせいで、声が掠れる。
「あら、お会いするのは初めましてね」
お母さまは、紹介されて初めて私に目をとめ、そして優太さまにそっくりな顔で微笑む。
「どんな方なのかしらって、思ってたのよ。優太さんと同い年くらいなのね。はじめ個人秘書を頼んだって優太さんに言ったとき、そんなの必要ないって怒られたから、心配してたのだけど…うまくやってくれているみたいで安心したわ」
「恐れ入ります」
全然うまくやれておらず失敗ばかりだとは、口が裂けても言えない。
「母さん、いきなりで悪いけど章人の部屋も準備してもらえるかな」
「そうね。どこか空いてる部屋に案内してあげてちょうだい。結衣さんは、そのまま優太さんの部屋に荷物を運んで。私たちはお昼にしましょう」
優太さまは屋敷の主人らしく、慣れた様子で個人秘書たちに指示をだした。
優太さまは何か私に言いたげに振り向いたが、お母さまに階段へと連れられていき、私は年上の個人秘書の方に案内されて一階の廊下の奥へと進んだ。
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