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お仕置きの次の日

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 全身が汗にまみれて目が覚めた。

夢の余韻で混乱する頭で、見慣れた壁と、頬で感じる滑らかなシーツの感覚に、自分がいま優太さまのマンションの、自分の部屋の自分のベッドの上にいることを徐々に理解していく。

久しぶりに、昔の夢を見た。

まるで身体の感覚までリアルな夢だった。

私は深く息を吐き出して寝返りを打った瞬間、ベッドに触れたお尻の痛みと指に触れた人の体温に、思わず飛び上がるようにして起きあがった。

「ゆうた、さまっ……?」
 思わず声を発してしまってから、慌てて両手で口を塞いだが、ベッドに横になっていたワイシャツ姿の優太さまは、ゆっくりと目を覚ました。

「章人……?」

 優太さまが二三度まばたきをしながら上半身を起こして、私と私の部屋をぐるりと見渡す。

「僕、章人のベッドで寝ちゃったのか……ごめんね、ベッド半分使っちゃって」
「いえっ…私も今起きたところで、気がつかず」

 慌てふためく私を優太さまはじっと見つめて、それから眉をさげる。

「章人、どうしたそんなに汗かいて。悪い夢でもみた?」
「えっ」

 思わず口ごもる私に、優太さまはますます心配そうな顔になった。

「大丈夫、ですっ。なんでもありません…」

 絶対に人には話せない、義隆さまとのこと。義隆さまの屋敷にいた他の個人秘書の方は、なんとなく気がついていたかもしれないけど。優太さまには絶対……。

 意識しないうちに右目から、ぽろりと、涙の粒がこぼれ落ちる。

「あっ、な、なんで…っ」
 こぼれ落ち始めた涙はとまることなく、次から次にあふれて流れ落ちていく。

「ご、ごめんなさい……っ、私…っ」

 私は必死に両目の涙をぬぐった。

優太さまが私の背中をそっと撫でた。

私は背中に感じる優太さまの手のひらの温かさにさらに涙がこみあげてきて、唇を噛み締めた。

「昨日、厳しくしすぎちゃったから…まだ混乱してるのかな」

 優太さまが独り言のようにつぶやく声が聞こえる。

私は優太さまには何も原因はないと、そう言いたかったのに言葉にならずに、ただ首をふることしか出来なかった。

「う…うぅっ……っ」

 さらに胃のあたりから吐き気がこみ上げてきて、私は思わずベッドから降りて床にしゃがみこんだ。

目の前がくらくらする。

「気持ち悪い? いますぐ病院行こうか…?」

 私は思い切り首をふる。なんでこんなに涙がでるのか、なんでこんなに気分が悪くなってしまったのか、わけがわからない。優太さまが私の隣までやってきて、黙ったままそっとしゃがみこんだ。



 涙がひいたあと私は、優太さまの顔がまともに見れずに、ただ何度も頭をさげた。

昨晩から私は泣いてばかりで、みっともない。

「章人、今日はこの部屋から出るの禁止ね」

 優太さまはひとしきり私をなだめたあと、きっぱりとそう宣告した。

「え……」
「本当は僕が家にいて章人の様子を見ていてあげたいけど、今日はどうしても出なきゃいけない会議があるから。いい?」

 時間は気がつくと朝の7時をまわっていて、優太さまは慌ただしくシャワーを浴びに行き、新しいスーツに着替えてもう一度私の部屋を覗きに来た。

「食欲は、ない……かな。水だけはちゃんと飲んでおいてね。ゆっくり、休んでなさい」

 優太さまが机の上に、ミネラルウォーターのペットボトルを並べ、そのとなりにタオルを重ねておく。

私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「優太さま…私は大丈夫、です。そんな心配なさることはなにも」
「章人。気持ちが落ち着いたとしても、お尻はまだ痛いままでしょ。今日は1日、ベッドの上でうつぶせに寝てなさい。それじゃ、行ってくるからね」

 早口でそう言ってそのまま部屋を出て行く優太さまを、私は部屋の真ん中に座りこんだまま見送ることになった。


 一人きりになった私は、なにをしていいのか分からず、とりあえず言われたとおり、ベッドにうつ伏せた。

優太さまの性格には、いつまでたっても慣れない。

こんな私に、優しくされる必要はないのに、と思う。
でもこんな気持ちも、優太さまに知られたら、自分を大切にしていないということになるのだろうか。

優太さまの優しさに甘えて、私はどんどん弱くなっている気がする。だから昔の夢を見た程度でこんなに動揺するんだ。あんなこと、少し前まで日常だったのに。



 優太さまは、私がちゃんと寝室にいるか確かめるように、お昼に一度電話をかけてきた。

「気分は、どう?」

「大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません。もう平気です。家の仕事もできます」

「だから、ダメだって言ってるでしょ。何回も言わせないの」
 優太さまが、声に笑いを滲ませながら言う。

「今日は早めに帰るからね。午後も、ベッドでゆっくりしてるんだよ」

 優太さまはそう言って、すぐに通話を切った。

私は携帯電話を握ったまま、しばらく固まっていた。

結局、優太さまの言いつけを破る気には到底なれず、私は久しぶりに1日布団の上で過ごすことになった。

「章人、ただいま」
「優太さま、おかえりなさい」

 優太さまは昼間の電話のとおり、いつもより断然早く夕方の5時過ぎに帰ってきた。

ベッドの上で目の前にノート広げて横になっていた私を見て、満足げに微笑む。

「なに、してたの」

 優太さまは私のノートを覗き込んで、笑顔がほんのすこし固まる。

「これ、は…お食事の献立を考えておこうと」
「まったく。ゆっくりしてなさいって言ったのに」

 弁解できずに黙る私に、優太さまは「まぁ、部屋にはちゃんといたみたいだし」と、幾分か優しい声で言って、目の前に白い紙袋を差し出した。

「これ、あけてみて」
 紙袋から四角い箱を取り出し蓋をとると、中にはチョコレートのケーキが入っていた。

何層にも重ねられたチョコのスポンジ生地に、チョコ生クリームと、チョコレートのかかったイチゴがトッピングされている。

「え、これ、わ、私にですか」
「そうだよ」

 優太さまは笑いながら頷く。

「1日、いい子にしていたご褒美ね」

 心の中がチョコレートに負けないくらいの甘さでいっぱいになる。私はしばらく、口がきけなかった。
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