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「章人、お仕置きだよ」
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優太さまと過ごした休日以来、優太さまはたびたび私にオススメの本やCDを持ってきた。
「仕事の合間にでも、休憩がてら読んでもいいんだよ」と、優太さまは言うが、私はやはり本は夜、寝る前に読むにとどめておいた。
目覚ましをかけ忘れなければ起きられ、寝坊することもなく最近では大きなミスもおかしていなかった。けれど過度に緊張することもなく、すこし油断していたのかもしれない。
「もしもし」
夕食の用意を済ませたあと、優太さまにお渡しするための食材費のレシートの整理をしていたら、携帯電話が鳴って通話ボタンを押す。
「章人。何かあった? 今どこかな?」
優太さまの慌てたような声に、「今は、リビングで……」と、答えかけてふと壁にかかった時計を確認して、勢いよく立ち上がる。
「わ、私っ、迎えのお時間を…っ! 申し訳ございません! 今すぐに向かいます!」
今日はいつもより一時間迎えの時間が早かった。そのぶん、夕食の準備も早めに始めたというのに、今はもう指定された時間から15分も過ぎている。
私はマンションを飛び出し、やたら長く感じるエレベーターで駐車場へおりる。
マンション近くの住宅街は、夜になると車はほとんどいないが、会社近くになるとタクシーの数が増えていった。
「お待たせして大変申し訳ありません、優太さま」
いつも優太さまを迎えるロータリーで急停車して、優太さまの前に飛び出す。
頭をさげた瞬間、勢いよく肩を掴んで引き上げられる。
思わず、殴られると思って、反射的に歯を噛み締めてぎゅっと目をつむった。
「章人。目を開けて僕を見なさい」
いつも全く違う静かな声で、わずかに震えている。
私は目を合わせるのが恐くて、おそるおそる目を開いた。
「優太さま、申し訳ございませ……」
「僕が電話してから今まで、10分も経ってないけど? 車、何キロ出してきたの?」
優太さまの黒い瞳に見つめられ早口で迫られて、目元が熱くなる。
「メーターを、確認して、いませんでした…」
本当にメーターなど見ておらず、こう答えるしかなかった。優太さまは掴んでいた私の肩を押しのけて、車に寄ると勢いよく後部座席の扉を開けた。
「話は帰ってからにしよう。僕が運転するから、章人は後ろ」
「は、ぃ…」
私はなんとかそう返事をして、後部座席に乗り込む。
冷たくなった人差し指と親指で両目を強くこする。優太さまは長いため息をついたあと、車を走らせた。
マンション着くと、優太さまはまるで今にも逃げ出そうとする私をつかまえておくように、私の手首を強く握って引っ張っていった。玄関からまっすぐに私の部屋へ向かう。
「ゆ、優太さま……」
いつもはベッドに腰掛ける優太さまが今日は、私を床に座らせて自分もその前に膝をついて座った。
「章人。僕がいまなんでこんなに怒ってるかわかる?」
私は正座した太ももの上で両手をぎゅっと握りしめた。
「む、迎えの時間をすっかり……」
「忘れていたこと?」
優太さまに見つめられて、おそるおそる頷く。
「それはいつもの不注意だよね。それくらいなら、お尻を10回叩くくらいで許すよ。いつもそうだよね?」
「ごめんなさぃ……」
問い詰められて、無意識に口をついて出る。そんな私の言葉に、優太さまは不機嫌に顔を歪めた。
「迎えの時間を忘れていて、慌てたのはわかる。でもいつもは20分かかる距離を、10分も経たずに来るってどういうこと?メーターを確認する余裕もないほど、スピードをだしてたってことだよね?」
「は、ぃ」
「章人、僕との約束忘れたの?自分の身体は傷つけない。スピードの出し過ぎは、章人の身体を危険にさらしてるってことだよ」
「はい、でも……」
私は視線をおとして、自分の両手を見つめる。
「今回は、私がお迎えの時間を忘れていたのが、原因です。優太さまをいつまでもお待たせしては、申し訳が立ちません」
「だから、僕を待たせないためには、どんなにスピードをだしてもいいって?」
私が固まっていると、優太さまもしばらくの間、なにも言わず黙っていた。気まずい沈黙の中、優太さまが私と距離をつめてほぼ膝を突き合せるようにして座り直す。
「章人、顔をあげなさい。僕はね家から会社まで20分かかるの理解してるから。もう1分も待てない、早く来い、とか、別に言ってないし、思ってもない。そんなことより、章人が事故に合わずに迎えに来てもらうことが大事なんだから。そんな慌てて、スピード出して、本当に事故にあっててもおかしくないんだよ?章人が怪我してたかもしれない」
「わ、私は、優太さまのためなら、事故にあうリスクをおかしていいのです」
「章人はもっと自分の身体を大切にしなさい!!!」
優太さまの右手が私の頬にあたって、パシィンッと乾いた音が響いた。
強く叩かれたわけではなかった。たぶん手首を返すくらいの軽い平手打ち。
けれどいきなりのことに頭が真っ白になって、こぼれかけていた涙も引っ込んで、ただ反射的に打たれた頬をおさえた。
「章人、お仕置きだよ」
優太さまが私に静かに告げて、銀色のシーツのかかったベッドに腰掛けた。
「仕事の合間にでも、休憩がてら読んでもいいんだよ」と、優太さまは言うが、私はやはり本は夜、寝る前に読むにとどめておいた。
目覚ましをかけ忘れなければ起きられ、寝坊することもなく最近では大きなミスもおかしていなかった。けれど過度に緊張することもなく、すこし油断していたのかもしれない。
「もしもし」
夕食の用意を済ませたあと、優太さまにお渡しするための食材費のレシートの整理をしていたら、携帯電話が鳴って通話ボタンを押す。
「章人。何かあった? 今どこかな?」
優太さまの慌てたような声に、「今は、リビングで……」と、答えかけてふと壁にかかった時計を確認して、勢いよく立ち上がる。
「わ、私っ、迎えのお時間を…っ! 申し訳ございません! 今すぐに向かいます!」
今日はいつもより一時間迎えの時間が早かった。そのぶん、夕食の準備も早めに始めたというのに、今はもう指定された時間から15分も過ぎている。
私はマンションを飛び出し、やたら長く感じるエレベーターで駐車場へおりる。
マンション近くの住宅街は、夜になると車はほとんどいないが、会社近くになるとタクシーの数が増えていった。
「お待たせして大変申し訳ありません、優太さま」
いつも優太さまを迎えるロータリーで急停車して、優太さまの前に飛び出す。
頭をさげた瞬間、勢いよく肩を掴んで引き上げられる。
思わず、殴られると思って、反射的に歯を噛み締めてぎゅっと目をつむった。
「章人。目を開けて僕を見なさい」
いつも全く違う静かな声で、わずかに震えている。
私は目を合わせるのが恐くて、おそるおそる目を開いた。
「優太さま、申し訳ございませ……」
「僕が電話してから今まで、10分も経ってないけど? 車、何キロ出してきたの?」
優太さまの黒い瞳に見つめられ早口で迫られて、目元が熱くなる。
「メーターを、確認して、いませんでした…」
本当にメーターなど見ておらず、こう答えるしかなかった。優太さまは掴んでいた私の肩を押しのけて、車に寄ると勢いよく後部座席の扉を開けた。
「話は帰ってからにしよう。僕が運転するから、章人は後ろ」
「は、ぃ…」
私はなんとかそう返事をして、後部座席に乗り込む。
冷たくなった人差し指と親指で両目を強くこする。優太さまは長いため息をついたあと、車を走らせた。
マンション着くと、優太さまはまるで今にも逃げ出そうとする私をつかまえておくように、私の手首を強く握って引っ張っていった。玄関からまっすぐに私の部屋へ向かう。
「ゆ、優太さま……」
いつもはベッドに腰掛ける優太さまが今日は、私を床に座らせて自分もその前に膝をついて座った。
「章人。僕がいまなんでこんなに怒ってるかわかる?」
私は正座した太ももの上で両手をぎゅっと握りしめた。
「む、迎えの時間をすっかり……」
「忘れていたこと?」
優太さまに見つめられて、おそるおそる頷く。
「それはいつもの不注意だよね。それくらいなら、お尻を10回叩くくらいで許すよ。いつもそうだよね?」
「ごめんなさぃ……」
問い詰められて、無意識に口をついて出る。そんな私の言葉に、優太さまは不機嫌に顔を歪めた。
「迎えの時間を忘れていて、慌てたのはわかる。でもいつもは20分かかる距離を、10分も経たずに来るってどういうこと?メーターを確認する余裕もないほど、スピードをだしてたってことだよね?」
「は、ぃ」
「章人、僕との約束忘れたの?自分の身体は傷つけない。スピードの出し過ぎは、章人の身体を危険にさらしてるってことだよ」
「はい、でも……」
私は視線をおとして、自分の両手を見つめる。
「今回は、私がお迎えの時間を忘れていたのが、原因です。優太さまをいつまでもお待たせしては、申し訳が立ちません」
「だから、僕を待たせないためには、どんなにスピードをだしてもいいって?」
私が固まっていると、優太さまもしばらくの間、なにも言わず黙っていた。気まずい沈黙の中、優太さまが私と距離をつめてほぼ膝を突き合せるようにして座り直す。
「章人、顔をあげなさい。僕はね家から会社まで20分かかるの理解してるから。もう1分も待てない、早く来い、とか、別に言ってないし、思ってもない。そんなことより、章人が事故に合わずに迎えに来てもらうことが大事なんだから。そんな慌てて、スピード出して、本当に事故にあっててもおかしくないんだよ?章人が怪我してたかもしれない」
「わ、私は、優太さまのためなら、事故にあうリスクをおかしていいのです」
「章人はもっと自分の身体を大切にしなさい!!!」
優太さまの右手が私の頬にあたって、パシィンッと乾いた音が響いた。
強く叩かれたわけではなかった。たぶん手首を返すくらいの軽い平手打ち。
けれどいきなりのことに頭が真っ白になって、こぼれかけていた涙も引っ込んで、ただ反射的に打たれた頬をおさえた。
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