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毎夜のこと

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 いつも食事は、優太さまと私の二人分を用意しておき、私は優太さまの食事の間は給仕をして、お皿の片付けも全部済んでから、残しておいた自分の分を一人で食べる。

義隆さまのお屋敷にいたときは他の秘書の方と一緒に食事をしていたので少し寂しさもあったものの、そのうち慣れるだろうとは思っていた。

なにより優太さまは毎日会社に出かけて休日などなく、私は一人でマンションにいる時間の方が随分と多い。だが、その日優太さまは夕食の時間に突然私を呼んで「そこに座りなさい」と、向かいの椅子を指差した。

優太さまは時折こういう命令口調になる。怒っているわけでもなく本人の纏う空気はいつも通り柔らかいのだが、身体は勝手に動いた。

「そこで待ってて」

 優太さまは私を座らせておいて、自らキッチンへ向かうと、私のお茶碗にごはんをよそい、味噌汁とおかずもトレイに乗せて持ってくる。

「ゆうた、さま…」
「いつも気になってたんだけど。今日からは、章人も一緒に食べよう、いいね」

 お皿を私の前に並べながらそう告げる。私は一瞬「でも」と、断りかけたが優太さまが黙って片眉をあげ、私は「わかりました」と言い直すことになった。

「そういえば、サラダのあまりがなかったけど……」

 お箸に伸ばしかけた手が空中でとまる。今日の付け合わせのサラダは、人参とバジルのサラダを作った。味見はちゃんとしたが、自分の分はこしらえていない。

「あの……人参が苦手で食べられないので……」

 私は小さな声で答えると、優太さまは「あぁ」と、つぶやいてそれから「そういうことね」と、頷いた。

「人参の他に、苦手なものはあるの」

 尋ねられて私は、恥ずかしながら白状する。

「苦みのある野菜はあまり得意ではないです。あとは、きのこ類が……」

 優太さまは特に何も言わずに頷いていたが、逆に沈黙が気まずくて、

「あの食べ物の好き嫌いに関しては、義隆さま……社長には何も言われたことがなくて」

 と、弁解のような台詞を続けてしまう。

「章人は、会社の社長さんと面識があるんだね」
 義隆さまの名前を思わず出してしまったことから、今度はそう指摘されてたじろぐ。

「はい……。優太さまの個人秘書のお仕事をいただく前は、社長のお家でお世話になっていたので」

 何気ないふうを装って説明したが、優太さまはわずかに目を見開いて私を見つめる。

「社長さんって、どんな人?」

 そう問われてすぐに、まるで条件反射のように「とても、親切な方です」と答える。優太さまは黙って頷きながら、ワイングラスを口に運ぶ。

「私が実際にお会いしたのは、18歳のときに入社してからですが。物心ついたときから、私は養護施設育ちで……その施設の運営をされていたのが社長でした。ですので私がここまで大きくなれたのは、ぜんぶ社長のお陰なのです」

 全て、本当のことだ。だからこれまで一度だって、社長への感謝の気持ちを忘れたことはない。

どんなに厳しく罰せられたときでも。

「個人秘書の仕事をしようと思ったのはなんで?」
 優太さまはそれから私に次々と質問を投げかけてきた。

施設に居たころから、料理や掃除をよく手伝っていたところ、施設の職員に入社を勧められたこと。施設の職員が優しくて好きだったこと。運転免許の試験に3度落ちたことまで、話した。

はじめは私ばかりが喋っていて良いのか気にかかったが、私が何でも答えるたびに、優太さまが満足そうに頷くので、結局私が答えるばかりになった。

食事の手はとまりがちで、ときおり優太さまが質問をとめ「ちゃんと食べな」と、促された。

「じゃあ、章人の趣味はなに」

 そう尋ねられたとき、初めて返事に困る。幼いころから、自分の時間をいつもうまく使えず持て余してしまうのだ。やることの決められた働いている時間のほうが、気が楽だった。

「趣味は、特にはありません」

 面白くもない返事だが、そう答えるしかなかった私に、優太さまは「それじゃあ、もし明日僕が一日休みをあげると言ったら何をする?」と、畳みかけてきた。

私は少し黙って考えこんだが、

「少しだけ朝寝坊、したいです」
 と、いかにも怠けた返ししか思い浮かばなかった。

優太さまはそんな私の答えに笑いながら、なるほどと頷いた。


 夜の11時をまわったころ、私は優太さまの仕事部屋の扉をノックする。くぐもった優太さまの声が「ちょっと待ってて」と帰ってきて、私は扉の前で小さく息を整える。

「お待たせ」

 扉が開いて、いつものように穏やかな声をかけられるが、私の頭の中は緊張でいっぱいでうまく返事ができない。優太さまに、自分を傷つけるようなことはもうしないと約束させられた日以来、夜ごとに私は優太さまを呼んで報告を聞いてもらう。

「それで。今日は、どうした?」

 いつものように、シルクのシーツのかかったベッドに腰掛けた優太さまの目の前に立つ。

「今日は……お風呂の栓を忘れてしばらくお湯を流しっぱなしにしてしまいました」

 優太さまは私の両腕をそっと握りながら、いつもより少しだけ真面目な顔で私を見上げる。

「お風呂の栓を忘れたのは、これで何度目?」
 一番されたくなかった質問をされて、目頭が熱くなった。

「3度目、です」
「そうだね。じゃあ、今日は30回ね」

 優太さまは、さらりとそう宣言して私の腕を握った手に、一度だけきゅっと力を込めてから離した。

私がいつものようにベルトだけ外すと、ベッドに深く腰掛けた優太さまの膝の上にうつ伏せになる。優太さまにズボンと一緒に下着も引き降ろされ、目の前のシーツを両手で握りしめた。

「ごめんな…さ、い……っ」
 思わず口をついてでた言葉に、余計に心がきゅっと苦しくなる。

「章人。しっかり、反省しようね」

 片手で優しく背中を撫でられたあと、パシンっと、お尻の真ん中に平手が落ちる。びくりと身体が震えたが、声はあげずに済んだ。そのことに優太さまも気がついて、2発目は先ほどより勢いよく振り下ろされる。

「ひぃっ……」
 痛みが、じぃんっと広がって、喉から声が漏れた。

一定の間をおきながらも一回の痛みが引かないうちに、パシン、パシンッ、と続けてお尻の真ん中から、右側、左側と、満遍なく平手が落とされる。

「いっ……っあぁっ……」
 なんとか必死に泣くのを堪えようとするのだが、徐々に瞳に涙の膜がはって、それから、ひと雫ぽろりと頬を滑り落ちる。

優太さまから、私の顔は見えていないはずなのに、背中に置かれた方の手であやすように撫でられた。

「章人、あと3回」
「は、ぃ…っ」

 私は少しだけ、身体を強張らせる。じんじんと痺れて熱くなったお尻に軽く手が添えられたあと、バシン、バシンッ、バチィッと耳を刺す鋭い音と、自分の短い悲鳴が混ざった。

「うぅっ……っ…」
「章人、湿布持っておいで」

 ことさら優しい声で言われて両手で目元を拭い、膝からよろよろと立ち上がる。

買い溜めてある湿布を取って戻ってくると、促されるままベッドにうつ伏せになった。優太さまはそっと両方のふくらみに湿布を貼ったあと、私の頭の方へ回ってきて、くしゃりと髪の毛を撫でる。

私は伏せていた顔をあげて起き上がると、優太さまの黒い瞳と唇が同時にすっと弧をえがいたあと、

「今日のお仕置きは、これでおしまい」

 と、そっと囁いた。

「ゆうた…さま……っ。ごめんなさぃ……っ」

 お仕置きのあとの、ごめんなさいは、なぜか心が軽くなる。それからいつものように優太さまの腕に抱きすくめられると、軽くなった心が今度は温かく満たされた。

 私の乱れていた呼吸が、落ち着いてきたころ、
「章人、明日なんだけど」
 と、優太さまが口をひらく。

「久しぶりに1日休みが取れそうなんだ。よければ、明日は1日僕の休日につきあってみない?」

 私はまだ少しぼんやりとしていて、言われたことがすぐに理解できずにいると、優太さまが瞳をきらきらとさせながら、

「もちろん。朝は、好きなだけ朝寝坊していいよ。そのあとで、一緒にお出かけしよう」

 と、続けた。私は断る理由などなく、すぐに「はい、優太さま」と、返事をした。
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