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自分のことを大切にできない悪い子は、

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一ヶ月も経つと、優太さまにお仕えする一日のお仕事に慣れ、少しは効率よく動けるようになった。と言っても、毎日の失敗はなくならない。

義隆さまのお屋敷いる間、義隆さまは毎晩私を部屋に呼んでは、その日の反省点を全て報告するように命じられ、その分だけ私は罰を受けた。


「これはお前のためを思ってのことだよ」
 ぼろぼろになった私を見下ろして、義隆さまはいつもそうおっしゃった。

出来損ないの私には必要な罰だとわかっていたのに、何年も続くうちに私はほんの少し卑怯な行いを覚えてしまった。

 義隆さまの知らないことは、言わずに隠してしまうこと。

けれどそのせいで罪悪感だけが心に残り、それを拭うために私は自分で自分を罰することにした。義隆さまに報告して受ける罰に比べると、ほんの少し自分に甘いもの。

 引き出しの中から私は柄の長いナイフを取り出す。

優太さまは私が目の前で失敗しても罰を与えない。
私はそんな優太さまに甘んじている。

今日の私の失敗。朝、卵を2個も落として割ってしまったこと。
本当は正直に報告もしなければと思うのに、こんな私に優しくしてくださる優太さまに呆れられてしまうのがこわい。

そう思ってこっそり処分してしまった自分の卑怯さ。

夕食のとき、優太さまのフォークのご用意を失念していたこと。
わざわざ優太さまにご指摘いただくまで気が付かなかった自分の不注意さ。

「ごめんなさぃ……ごめんなさい」
 ナイフでゆっくりと、既に何本もの傷痕がある左腕を切りつける。真っ赤な血が流れ出して腕をつたった。

「ごめんなさぃ……」
 腕が熱い。じくじくとした痛みが広がると、心が軽くなる。

血と一緒に、自分の罪悪感が全て流れていく気がする。明日はもっと、もっと優太さまの役に立てますように。こんな私でも、少しはまともにお手伝いできますように。

 6本の傷をつけたところで、ナイフを手放す。
右手がじっとりと汗で濡れていた。

ナイフをしまっている引き出しの上の段から包帯を取り出そうとしたとき、包帯の残りがなくなっていることに気がついた。

買い足しておかなければと思っていたのにすっかり忘れていた。こんなところも出来損ないだ。

ぼたぼたと血のたれる左腕を見つめてどうしようかと途方にくれる。

 私は部屋から廊下を覗いて、優太さまがいらっしゃらないことを確認した。

左腕を庇いながら洗面所へ向かい、蛇口の水で左腕の血を洗い流していく。
シンクの洗面台を自分の血が流れていくのを見ていると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

私の血で、優太さまの洗面台を汚している。

みっともなく涙で視界が霞んだ。

あとでこの罰も考えなければ……。

「章人? こんな時間にどうした……」
「ゆ、優太さま…っ」

 驚き勢いよく左腕をひいたことで水滴が洗面台に飛び散る。洗面所の扉のところに優太さまが立っていて、私を見つめていた。

「章人。何をしてたの?」
 鋭い視線に射すくめられて、身動きがとれなくなる。

「優太さまがお気にかけるようなことはなにも」
「左腕は? 何があった」

 見られていた。

「なんでも、ございま……」
「章人、左腕を見せなさい」
 優太さまは厳しい顔でそう命じられる。

「はぃ…」
 私は身体の後ろに回していた左腕を優太さまに差しのばした。

腕に浮かぶ6本の生々しい傷跡。

「やっぱり。怪我してる」

 優太さまは私の左手を握り、リビングまで私を引っ張っていった。
そうして私にソファの前の絨毯に座るように命じたあと、テレビ台の下の救急箱を取り出した。

「優太さま……それは優太さまの救急箱で、私が使用する権利は」
「章人。これからいいというまで、喋らない、動かない」

 静かにそう遮られて、私は口をつぐむ。優太さまは腕の傷口に軟膏を塗り、手際よく包帯を巻きつけていく。

私からは優太さまの長い睫毛が見えた。

「これでよしと。それで? この傷はどうしたのか、僕に聞かせて。他に古い傷跡もあるみたいだけど?」

 正直に告白しなければいけないのか。

「これは……大したことではなく」
「うん、なに?」

「ただ自分への戒めにやっているものです。いつも……その日の失敗を、反省、するために……」

 優太さまは一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出してから私を見つめなおした。

表情は堅く、私はどうやら優太さまを怒らせているらしいということを悟った。

「いつもいつも、自分で自分を痛めつけてるの? 腕の傷、ぜんぶ? いつ僕がそんなことをしろって言った?」

「私が全部、悪いのです。なので……」

「言い訳なんて聞きたくない。とにかく、これから先自分を傷つけるようなこともう絶対にしないこと」

 優太さまに早口で命じられ、私は一気に崖から突き落とされたような気持ちになった。

顔から血がひき、手が冷たくなった。優太さまは返事を待つように私を見つめたまま押し黙っている。

「私は……私みたいな出来損ないは、罰を受けて当然なんです。本当はこんな傷じゃ足りないくらい。失敗を……優太さまに隠してしまうこともあるのです。その分、自分で罰しているだけなんです……」

 こんなどうしようもない私はもういらないと言われるかもしれない。

「まったく。仕方ないね」
 優太さまが何かを諦めるように呟いて、私は思わず目を伏せた。

せっかくこんな私でもしばらく側においてくださったのに。

結局、一ヶ月しかもたなかった。

「章人」
 優太さまは勢いよく立ち上がり、私の手を掴んで引っ張りあげた。そうしてソファに腰掛け、正面に立つ私を見上げる。 

「ベルトを外しなさい」

 命令されて私はただ言われるままにバックルを緩めてベルトを引き抜く。

差し出された右手にそっとのせると、優太さまはそれをソファの後ろに放り投げた。

ベルトが床に勢いよく落ちる音に思わず身をすくめたとき、右腕をぐっと引っ張られた。

「ゆ、優太…さま……?」
 気がつくとソファに浅く腰掛けた優太さまの膝に身体がうつ伏せになっていた。

優太さまは反射的に上半身をよじって起き上がろうとした私の背中を押さえつけ、そのままズボンに手をかけ下着ごと引きおろした。

「自分のことを大切にできない悪い子は、お仕置きだよ」
 そう告げられ、ぴしゃりっとむき出しになったお尻に平手がおちる。

驚きで声を出す間もなくお尻の真ん中を、先ほどとは比べものにならないほど強く叩かれた。

噛み締めた歯から小さく声が漏れる。

今度はお尻の右側を、その次は左側を。バシンっと、肌を打つ音と、広がる痛み。

そして何よりも、こうして優太さまの膝の上で剥き出しのお尻を叩かれていることを意識して、顔が一気に熱くなった。

「優太さま…っ…こ、こんなの、恥ずかしいっです…」
 そんな私の言葉を咎めるように、バチィンっとお尻と腿の境目に強い平手が落ちる。私は息を呑んだ。

「そう。章人にはまだ恥ずかしがる余裕があるってことだね。ちょっと、泣きなさい」
 静かな声ふってきて、そしてバシィィンっと目の前がチカチカするくらいの痛みがお尻におちた。

息をつめる間もなく次から次へと痛みがおそう。

「ひぃっ…っ…いぃっ……!!」
 頭が真っ白になり、お尻の痛みから逃れたい一心で優太さまの膝の上で身体をよじらせる。

優太さまの腕が私の身体を抱え直す間も、平手打ちは止まない。義隆さまに太い鞭で背中を打たれたときのほうが、ナイフで腕を切りつけたときのほうが、血も流れてもっともっと痛いはずなのに、優太さまの手に打たれるたびに、ぼろぼろと涙が溢れてくる。

「ご…ごめんな、さいっ…!…ごめんなさぃっ…」

 熱い、痛い。お尻の真ん中に何度も何度も平手がおちる。

「章人」

 どれくらい続いただろうか、激しい連打がやんで、お尻にそっと手が添えられる。

「もう、自分で自分を罰するのはやめなさい。いくら自分を虐めても、そんなの章人が苦しくなるだけでしょ」

 頬を流れる涙が熱い。喉の奥が締め付けられたときみたいにキリキリと痛む。

「章人が辛くて苦しいぶんは、全部ご主人さまに預けなさい。僕の前でいくらでも泣けばいい。章人は何にも抱えなくていい。わかる?」

 叱るような口調なのに、どこか柔らかくて、ただ必死に頭を振って頷くと両目から涙が飛んだ。

そんな私に対し、優太さまはお尻をゆっくりと撫でたあと、
「よし。じゃあ最後に、痛いの10回ね」
 と言った。私は顔の前でぎゅっと両手を握りしめた。

きっと随分手加減してくれたはずだ。それなのに、もう何十回と叩かれたお尻にパチンっと平手がおちる度に、私は身体をびくりと震わせて、そして小さな悲鳴をもらした。

最後の一回だけ、優太さまはお尻の位置を確認するように何度か手をあて、腕を振りあげる音がした。

バシィイインっと肌の音が耳を突き刺さり、瞳にじわっと涙の膜がはった。

「章人。お仕置き終わりだよ」
 身体を抱え上げられて、お仕置きが始まる前と同じようにソファの真ん前に立つ。

「ゆ、ゆうた、さま…ぁ…っ。ご、ごめんなさぃ、ごめんなさいっ」
「よしよし。ちょっと、待ってな」

 優太さまに掴まれていた腰の支えがなくなって、床にがたがたと崩折れ、絨毯の上に座り込む。

背中の方で救急箱の蓋を開く音がして、そして優太さまはすぐに戻ってくると私の頭を撫でた。

「湿布、貼っておこうか」
 いつもの自分なら絶対に遠慮するはずなのに、優太さまに言われるままソファに横になった。

優太さまにお仕置きされたのと同時に、自分が空っぽになったような気がする。

お尻の右と左、両方にひんやりとした冷たさが伝わってくる。

「章人」
 優太さまが私の前に座って、両手を広げる。

「おいで」

 こんな優しい声で、こんな優しい表情で、私を受け止めようと腕を広げてくれた人は初めてだ。

ぎごちなく一回ソファの上に座り直し、ちらりと優太さまを見上げると、促すように頷かれる。

私が恐る恐る優太さまの胸に身体を寄せると、優太さまの腕に一気にぎゅっと抱き寄せられた。

「お仕置き、よく我慢したね。いい子、いい子」
 やっと乾き始めたはずの涙が再発して、ぼろぼろと優太さまの肩に落ちていく。

背中をゆっくりと円を描くように撫でられて、私は子どもみたいに声をあげて泣いた。ただ全身に伝わってくる優太さまの体温があったかくて、気持ちよくて、身体も心も全部預けて泣いた。

「章人」
 優太さまは私の肩を優しく叩く。

「僕以外が章人を傷つけるのは許さない。それが章人自身でも。約束だからね」

 甘美な束縛が私の身体を巡って、そして心臓を締め付けた。

「わかりました、優太さま」
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