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義隆さまからの呼び出し

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 顧客のプライベートな生活を支えるため、家事全般、スケジュール、メールの管理、車の運転、頼まれたら全てのことに応える個人秘書。

私、小川章人は、その個人秘書の派遣会社で働き始めて10年になる。仕えた主人は12人、その誰もから長期の本契約がとれず長続きしなかった。元々男性の個人秘書は需要が少ないことに加えて極度のあがり症。一度使えないと判断されれば、本社に連絡がいき即時代わりの個人秘書が派遣される。

「また、本契約が取れなかったのか。お前は本当に出来損ないだな」

 契約が解除されるたび、私は社長である義隆さまの家に呼ばれて仮の個人秘書として雇われた。

義隆さまの家にはもう既に、20年以上義隆さまに仕えている専属の個人秘書が6人もおり本来ならば私を雇う必要はなく、長期契約のとれない社員などクビにすることもできる。

それなのに義隆さまはこんな私に目をかけてくださるのだ。

私は義隆さまの家で働けることに感謝している。たとえどんな言葉を浴びせられても、どんな厳しい罰を受けても、義隆さまの命令に従っていれば、路頭に迷うことはない……とにかく生きていくことはできるのだ。

「小川さん、義隆さまが書斎まで来るようにと」

 義隆さま専属秘書の桜井さんが、夕食後の後片付けをしていた私の元へやってきてそう告げた。急な呼び出しに、いきなり心臓をわし掴みにされたような緊張がはしった。それでも私は目一杯平静を装って返事をする。

「わかり、ました」
 絨毯の敷き詰められた廊下を駆け足で書斎に向かいながら、今日は何で怒られるのだろうと考えを巡らした。義隆さまに呼び出されるときは、たいてい自分でも気がついかないうちに失態をおかしたときだ。

「義隆さま。章人です」
「入れ」

 ぎゅっと両手を握ったあと、金色のドアノブを回して書斎に足を踏み入れる。義隆さまは大きな執務机に座って、目の前に資料の束を広げていた。いつものように仕立てのよいグレーのスーツを着込み、口元に煙草をくゆらせている。

そうして机の上から私に向かって分厚い封筒を投げてよこした。

「明日から、福岡で新しい仕事だ。依頼はうちの上客の社長夫人から。福岡支部長になった息子の一人暮らしをサポートしろとのことだ」
「はい」

 前の主人の元で、大切な車に傷をつけて契約破棄になってから、半年ぶりの正式な仕事。未だに新しい仕事を回してくださるだけでもありがたいのに、不安な気持ちは拭えなかった。

「依頼の社長夫人のお宅には何人もの個人秘書を派遣しているし、夫人の紹介で増えたお客様もいらっしゃる。……私の言いたいことがわかるか」

 義隆さまが人差し指の爪の先で机を叩きながら言う。私は静かに唾を飲んだ。

「そう……頭の悪いお前にもわかるように言うなら、またクズのような失敗をして契約解除をおこし、うちの会社の信頼を落とすようなことをするな、ということだ。いいな、章人?」
「はい、義隆さま」

 受け取った封筒を握りしめながら、深く頭をさげる。足が震えているのが目に入って、両目をつむった。

「章人」

 椅子が軋む音がして義隆さまが立ち上がったのを感じ、顔をあげる。義隆さまは目の前へやってくると、私の顎をつかんで持ち上げた。煙草の煙が目にしみる。

「これが最後のチャンスだと思え。また短期間で契約を解除されるようなことになれば……」

 そこで義隆さまはわざと考え込むような表情を見せたあと、冷たく微笑んだ。

「もうお前はクビだ。まぁ、その代わり個人秘書としてではなく、私がお前を飼ってやるから安心しろ」
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