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「千尋さん、あなたGPSついてますからね」

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社長が呼んでいる、の一言で、その場の飲み会のメンバーは「秘書のお仕事の大変ですね」とかなんとか労いながらもなんの疑問もなく急いで荷物をまとめて飛び出す私を見送った。

けれど、おそらくみんなが思うような仕事で呼ばれたわけではないだろう……。

違うとわかっていて、最後の希望を捨てきれず私は、「仕事のなにかで呼ばれたわけではないですよね……?」と、運転席の佐久間さんの背中に問いかけた。

「違いますよ。今向かっているのは俊光様の元ではなく、千尋さんのアパートです」

佐久間さんが私の最後の希望を、ばっさりと切り捨てる。

「あ、あの、なにが、どう? な、なんで佐久間さんはあの店にっ?」
あの店にいきなり佐久間さんが現れた時点で、すでにおかしい。今日の飲み会のことは誰にも話していないのだから、知っているはずがないのに……

「千尋さん……あなたGPSついてますからね。定時で帰ったはずのあなたが駅近の居酒屋にいることを、俊光様は調べればすぐにわかります」

佐久間さんの説明に、私は口をぽかんと開けて言葉を失う。

「千尋さん、今まで会社の近くの居酒屋に行かれること一度もありませんでしたから。それに今日は誰と飲むなど話されていなかったとのことなので、千尋さんお一人なのか、どなたか一緒なのか調べてくるように言われて来た次第です」

「あっ。あの、後輩の篤志と飲みに行っていたことにできませんか?」
もしかしたらそうしていた可能性だってあったのだ。佐久間さんは「無理です」と、答えた。

「なぜ私が、嘘をつかなければいけないのですか。それに男女5人のメンバーでコンパのようなものを行なっていたことは、もう電話で報告済みなので。もう夜ですし、今日のところはお家にお送りするように言われているだけで、これですべてなかったことになんかなりませんから」

ああ、完全に、終わった。

「ち、ちがうんです。そんなコンパなんて知らなくて、私はただ同期の飲み会としか聞いていなく……」
「千尋さん」

佐久間さんが呆れたような声で私の言葉を遮る。

「俊光様に怒られそうなことはなるべく控えるように、少しは自分で考えられませんか。まず第一になぜ飲み会のことを事前に俊光様に言わないんですか。ああいう会であることを知らなかったとしても途中で離席することもできたでしょうし、現に参加していたことは事実なんですから。はじめに飲み会のことは隠しておいてあとから言い訳をしても、無駄だと私は思います」
「すみません……」
「私に謝ってどうするんですか。謝るなら俊光様にちゃんと謝って、叱られてください」

もう、十分、佐久間さんに叱られてる気がする……。佐久間さんは私が俊光様の恋人となってからはなんだかんだと優しくしてくれていたのに、今日の佐久間さんはいつもと全然違う。

落ち込みのため息をつきかけた私に佐久間さんが追い討ちをかけるように口をひらいた。
「電話くらいしたらどうですか。俊光様に」

う……っ、わかってる。まだ、その勇気がでないだけで……。

ちらりとバックミラーごしに佐久間さんの冷ややかな目と目があう。

「今、します……っ」
ばたばたと鞄のなかから携帯電話を取り出して、俊光様のナンバーを呼び出す。

耳にあてた携帯から聞こえるコール音と自分の心臓の音が混ざり合ってうるさい。カチャっと、コール音が途切れて、私は息を吸い込みすぐに話し出した。

「と、俊光様っ。あの……っご、ごめんなさいっ」

「それは、何に対しての謝罪なんだ?」

「……っ」

予想はしていたけれど、俊光様がめちゃくちゃ怒っていることが声だけで伝わってくる。

「飲み会のこと、なぜ、私に言わなかった?」
「ほ、報告するような会、っだと思わなくてっ、ごめんなさいっ」

佐久間さんには言い訳をしても無駄だと言われたが、それでも言わずにはいられない。だって本当に知らなかったんだ。

「千尋」

「……はい」

「最近、甘くしすぎていたようだな。生意気な口はきくし、勝手な行動をとる。自分が誰のものなのか思い出させるためにも、厳しいお仕置きが必要なようだ」

電話を握った手にじっとりと汗をかく。ぱくぱくと口を開くが、言葉は出ずに乾いた息だけがもれた。

「お前も知っての通り今週末は仕事で忙しい。来週土曜の夜。佐久間に迎えにいかせる」

こうしてお仕置きを宣言されるのはいつぶりだろう……。なんで自分は俊光様を怒らせてしまうんだろう……。

「いいな、千尋?」

返事をしないとまた怒られる。

「……っ、はいっ。わかりましたっ」
思わず涙声になる私に俊光様は冷淡に告げる。

「大して反省もしていないのに泣くな。毎回毎回泣いて謝れば済むと思ってるんじゃないのか。そんな甘い考えを後悔するくらいお前の体に教えこんでやるから覚悟しておくんだな」

ぶちっと電話が切れて、私は携帯電話を握りしめたまま固まっていた。ぼろぼろっと、両目からいきおいよく涙があふれていく。

「千尋さん、私と二人きりの車内で泣かないでください」

私がだばだばと思い切り泣き出したせいだろう、佐久間さんの声がわずかに動揺していた。

「だっ、だって、私だって、反省してるのに……っ。もぅじゅうぶん、反省してるのにっっ…………どうすればいいんですかっ?!」

「そんなこと私に言われても。反省していても、俊光様に伝わらなければ意味がないでしょう。ちゃんと伝わるような態度を取らなければいけないんじゃないですか」

ううっ、と私の泣き声だけがしずかな車内に広がる。

絶望的だ。完全に俊光様を怒らせた。

これからどんな気持ちで来週の土曜まで過ごせばいいんだ。考えただけでお尻がじんと痛くなる気がする。

反省していても伝わらければ意味がないなんて、そんなこと言われたって……伝わるような態度なんてどうすればいい??

ぽろぽろ流れる冷たい涙を何度も拭いながら私は窓の外に流れていく夜の景色を眺めていた。




お仕置きの執行日まで、私がひとつ考えたこと。

とにかくまずはこれ以上怒られるような事案を増やさないこと。仕事をミスなくこなすなんて、当たり前のことなのだけれど。

落ち込んでおたおたしていると、どうしようもない失敗をおかしてしまうことがある。これ以上、俊光様に怒られるようなことがないように、とにかく必死だった。

その甲斐あって、少なくとも俊光様に呼び出されるようなミスはなし。

そしてもう一つ考えたこと……これは俊光様に認めてもらえるかわからないけれど……。
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