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専用の首輪

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「佐久間」
俊光様がそう呼びかけるだけで、となりの部屋から佐久間さんが「お帰りですか」と即座に現れる。

私は尻をさすっていた手を慌てて離し、ズボンをたくし上げた。私のそんな姿を見ても佐久間さんは一切ポーカーフェイスを崩さない。

俊光様が差し出した鞄を片手に受け取り、さらに私に歩み寄ってきて「千尋さん、お荷物は?」と尋ねた。

「え、あ、鞄っ!秘書室に忘れて…っ」
「全く、お前は。荷物も持たずに帰るつもりだったのか?」

またもや俊光様に呆れ顔を向けられる。

「すみません。すぐ取ってきま…」
「千尋さんいいですよ、私が急いで取ってきます」
佐久間さんが早口で言うと、すぐさま駆けていく。

「すみません…」
私はもう一度佐久間さんの背中にそう呟いた。

佐久間さんは相変わらず態度はひんやりするほど冷静だが、終業後はいつも私を秘書の渡辺ではなく、俊光様の恋人として扱ってくださるのでとてつもなく優しい。

俊光様に買い物を言いつけられると「千尋さんも何かご入用のものはありませんか」と気を回し、私が少しでも食事を残すと「代わりのものを用意しましょうか」と提案される。

なんだか、申し訳なくなる。しかし、私に対する俊光様の横暴さには全くの無干渉を徹底しているが……。



「千尋、ネクタイを外せ」
佐久間さんの運転する車の後部座席で俊光様が私から取り上げたネクタイで、私の手首を縛り、さらにシャツのボタンに手をかける。

「俊光さま…っ?!」
ボタンを上から二つ外されて慌てる私に俊光様はまるで冷静な顔で「脱がせはしないから安心しろ」と言う。

一度、車内で服を全て脱ぐよう強要されたことがあったのですが……そんな余計なことは言わないに限る。

俊光様は車に置かれていた黒い箱を手に取り
「千尋のために買ったこれをつけてやるだけだ」
と、短いベルトのようなものを取り出した。

「それは…」
「千尋専用の首輪だ。ちゃんと名前入りを作らせた」

なめらかな手触りの皮の首輪には、銀色のアルファベットで私の名前が刻印されていた。

首輪をもらうのは…初めてではない。

けれどここまで立派なものをもらったのは初めてだった。

僕が恐縮して「あ、ありがとうございます…」と呟くと、俊光様はまるで不機嫌そうに眉を寄せる。

「礼は必要ない。お前は私の恋人なのだから」
俊光様が私の首にベルトを巻きつけ、きゅっと締めるように引っ張った。

「ンッッ」
カチ、と留め具で固定される。息ができないほどではないが、少しだけ苦しい。

「俊光様…っ、少しきつぃ、ですっ」

私が訴えかけると、俊光様は目を細めて私を見つめかえした。
「千尋には、きついくらいがちょうどいいだろ」

頬がかっと熱くなる。いつの間にか、私の趣向がばれている。

痛いのは嫌いで、苦しいのは少しだけ……身体がぞくぞくする。

千尋はわかりやすいからな、と俊光様はよく言うが、私からすると俊光様の察しがよすぎるのだ。



俊光様のマンションに着き、私の手首が縛られていようが首輪をはめられていようが無反応の佐久間さんに玄関先で「私はこれで失礼します。おやすみなさいませ」と、頭を下げて見送られる。

玄関扉が閉じて、2人きりになった瞬間、私は俊光様の肩に無造作に抱きかかえあげられた。

「と、俊光様っ…」
両手が縛られたままでは俊光様に抱きつくこともできず不安定に揺れながら運ばれた私は、寝室のベッドの上に転がされるようにおろされた。

俊光様が私のズボンのベルトを外し、ズボンを下着と一緒に足から引きぬく。

いきなり下半身だけ脱がされて赤面する私を俊光様は見下ろしながら、スーツのジャケットを脱いで放った。

「まだ痛いか?」

俊光様は私の足を軽々と持ち上げて、お尻をするりと撫でた。

「いえ…もう平気です……」
私がそう答えると俊光様は片眉をあげて私の尻をさらに撫でさする。

「なるほど、お前にとっては定規10回くらいでは大した罰にもないらしい」

俊光様がそんなことを呟くので、私は思わず「そんな、まだっ痛いんです!!」と声をあげた。

「さっきと言っていることが違うじゃないか」
俊光様がふっと笑みをこぼして、私に覆いかぶさってくる。

「嘘をついてもいいことがないのは分かっているだろ?」
「痛いのは本当です…少しだけ…っ。でも……早く、シたい……」

ぐっ、と押し付けるように唇を塞がれて息がとまる。身体が奥から熱くなり、欲望のままに舌を迎え入れて絡めた。

「はぁ…ぁっ…」

熱をもった長いキスのあと唇がはなれたタイミングで私が「先に腕、解いてください。スーツが、ぐちゃぐちゃに…っ」と言うと、俊光様は

「スーツなら、新しいものをいくらでも買ってやる」

と、まるで丸めこむようにもう一度唇を重ねた。

なんでもかんでも簡単に私に与えたがるのは、俊光様のよくないところだと思う。

それにいま着ているスーツも、この間、俊光様に買っていただいたものだ。こんな高級なスーツ、自分じゃとても買えない。せっかく、大切に着ているのに。

そう反論しようとした私の言葉は「それに今日は新しいお楽しみがある」と言って俊光様が取り出したものを見た瞬間、どこかへ飛んでいってしまった。

俊光様の手に握られていたのは、赤い麻縄だった。

「千尋。どうしてほしいか、言ってみろ」

してほしいことなんて一つしかない。

「し、縛って、ください……っ」
そう答えた私に対して、俊光様がわざとらしくゆっくりと縄の結び目を解き、長い紐を両手でもてあそんだ。

するすると縄の先を私の腹の上に垂らしたり、手首に巻きつつぎゅっと引っ張ったりして、私を焦らす。

「と、俊光さまぁ…」

私がネクタイで縛られた両手の指先で、垂れてきた縄の先を掴もうとすると、ふっと縄を持ち上げられて避けられた。

「手は頭の上だ」

私が手をあげると、俊光様はネクタイの上からさらに縄を回して縛ったあと、縄の先をベッドの上のポールにくくりつけた。

手を大きく上げた状態のまま固定され両手の自由を奪われた私は、俊光様がベッドの脇から新たにもう一本の縄を取り出すのを黙って見つめていた。

俊光様は長い縄の両端を持ち、私の体の上にまたがるように、ベッドに両膝をついた。

喉の奥がごくりと鳴った。

私は、今までに何十人もの人に縛ってもらった経験がある。緊縛はSMのなかでもかなりメジャーなプレイだからだ。

有名な縄師の人に縛ってもらったこともあった。けれど……。

「何を考えてる?」
「ぇっ……?」

「他の男のことでも考えてたのか?」

事実、考えていた。

けれど……
今までに経験したどんな緊縛よりも、ただ俊光様が縄を両手に持っているというただそれだけで、体がぞくぞくしてとまらない。

私はやっぱりどうしようもなく俊光様のことが好きなのだと実感して……。

「千尋」
俊光様が語気を強める。怒っているような声。

俊光様のことが、どうしようもなく好き……だが、怒っている俊光様は、やっぱり、こわい……!!

「ご、ごめんなさいっ……」
私は反射的に謝るが、今このタイミングで謝るのは間違いだったかもしれない。

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