きつく縛って、キスをして

青森ほたる

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すれ違い

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週末は二人きりで過ごせるかと期待していたが、いつもと同じく俊光様の携帯電話は鳴りっぱなしで、俊光様は仕事の電話ばかりしていた。

 結局土日のどちらも会社に行ってしまい、私は一人で佐久間さんの用意した食事をとった。

 俊光様が帰ってきたあとも、休みなく働いている俊光様が一段と疲れているように見えて、こちらから誘うことはできず、この週末は鞭でお仕置きされただけのお泊りになってしまった。



 月曜日の朝、いつもは俊光様が起こしに来るまで起きないのに、ふと目が覚めとなりを見たが、もうベッドに俊光様の姿はなかった。私が寝間着のままふらふらと廊下に歩いて出ると、リビングから俊光様と佐久間さんの声が聞こえてきた。

 リビングの扉を開けようとして、ふと自分の名前が聞こえてきてその場に固まる。

「俊光様は…いつまで渡辺さんで遊ばれるおつもりですか?」

「遊ぶ、というのはどういう意味だ」

「俊光様が渡辺さんをどう思われているのかは分かりませんが、大勢いる社員ひとりを贔屓するのはどうかと。社内の士気に関わるのではないでしょうか」

 俊光様に対しているというのに佐久間さんは、ズバズバといつもの冷静な声で話している。私はそれ以上聞くのがこわくなって、寝室に駆け戻り頭から布団をかぶった。

 結局それからもう一度眠ってしまった私を起こしにきた俊光様は、その時は、いつもと変わらないように見えた。


けれど…。

会社に着いた途端、なぜだか急によそよそしく感じる。私の気のせい、かとも思ったが、朝礼のときも、仕事の用事があるときにも、どこか態度が淡々としているような気がした。

 私が仕事でミスをしていないから、当たり前なのだが「終業後に社長室に来い」と、言われることもない日が続く。前はお仕置き無しにも、泊まりに誘われていたのに、それもない。


まるで、俊光様の前に並んだ、大勢の中のひとりになってしまったみたいだ。



 

木曜日のお昼、私は我慢できなくなって、非常階段に通じる扉の前、廊下のはじっこでコータに電話をかけてしまった。会社にいながら、コータに電話したのは初めてだった。

「もしもーし。ちぃちゃーん、こんな時間にどしたの?」

 コータにはここ最近、全然会いに行けてなかった。俊光様とのことは、ちょくちょくメールで話していたが、声を聞くのは久しぶりだ。

「コータぁ…」

 思わず気が緩んで、涙がでそうになる。

「なになに、どうしたの?だいじょーぶ?社長さんと、喧嘩でもしちゃったの?」

「そ、そういうじゃなくて…っ…な、なんか理由がわかんないのに、なんか…辛くて……っ」

「どうした、どうした」

「もう、どうしたらいいか…わ、私の、勘違いなのかなんなのか…っ」

 自分でもよくわからないことをしゃべる私に、コータが優しく相ずちをうつ。

「じゃあさ、アタシが今日の夜、ちぃちゃんが辛い理由を一緒に考えてあげる。今まだ、お昼休憩の時間なんだよね?」

「うん…もう、戻らないと……」

「そうね。ちぃちゃん、あと数時間のファイトよ!頑張って、午後のお仕事乗りきって」

 コータに励まされ、私は気持ちを落ち着かせる。夜、コータに会えると考えれば…まだ、頑張れる気がする。

「ありがとう、コータ…」

「いーのいーの。それじゃ、もう切るよ。すぐお仕事、戻りなさいね!」

 電話が切れて、ふっと息を吐き出したとき、こちらにやってくる足音が聞こえて、私は慌ててポケットに携帯をしまう。

「もう、昼休憩の時間は終わってるぞ」

 足音は俊光様のもので、私は顔をおとし「申し訳ございません」と、つぶやく。

「すぐに秘書室に戻れ」

 なにか。なにか、他に言われることを私は期待していた。それでも、俊光様はそれ以上、なにも言わずに去っていく。


 私は、一刻も早くコータに会って、洗いざらい話してしまいたい、と思った。



「それが、そのお泊まりの週末から今日までのぜんぶ?」

 コータに会った瞬間、私は息をつく間もなく話し続けた。コータは黙って頷きながら聞いていたが、やっと私が口をつぐんだときに、そう口を挟む。

「う、ん…。最初はね、気のせいかなとも思ったけど、でもやっぱりよそよそしい気もするし…現に今日のお昼は…」

「つまりつまり」

 コータは私の言葉を、両手をだして遮る。

「ちぃちゃんは、今日のお昼は注意されるだけじゃなくて、社長さんにお仕置きしてもらいたかったってことだよね?」

 そう問われ、一瞬否定しかけて、それからどう答えていいかわからなくなって固まる。コータはそんな私のテーブルの上で組んだ手に優しく触れる。

「ちぃちゃんは、痛いのは嫌いなんだよね?」

「うん。痛いのも…は、恥ずかしいのも、嫌」

 おなじMでも、痛いのが気持ちいい、といえる人は尊敬する。どんなに経験をしても、慣れなんてものはなく痛いものは痛い。恥ずかしいのは、もっと嫌だった。

「そう、痛いのも、恥ずかしいのも嫌なんだよね。でも、叱られて萌えるのは、なんで?打たれた鞭の跡でぞくぞくするのはなんで?」

「それは…。愛されている、って思うから」

「そう!そうだよね。つまり、ちぃちゃんは、その社長さんに本当に愛されてるか知りたくなった、ってことだよね?そのためには、ちぃちゃんにとってはお仕置きをされないと、ダメなんだよね?」

 私は問いただされるままに、ゆっくりと頷く。愛されてるか知りたい、とはなんて贅沢な思いなんだろう。

「それじゃあ、ちぃちゃんが愛されるか確かめる方法は、一つだけよ」


 コータは私の耳元へ口を寄せる。

「わざと、社長さんが1番怒るようなことをすればいいの。それで、ちぃちゃんの中で愛が確かめられたら、それでいい。なかったら……そのときは、すっぱり忘れちゃいましょ!」



 こんなこと、してはいけない。無断欠勤なんて…秘書の皆にも迷惑をかけるし、午後の来客対応予定のお客様にも失礼だ…。そんな思いもありつつ私はいつものようにスーツに、鞄を持って会社の最寄り駅まではやってきていた。でも、そこには思いきって休んでしまえという自分もいて、自然と足は遅くなる。

 どうすればいいのか、踏んぎりがつかなくなったとき、あのコーヒーショップが目に入った。

 俊光様に出会う前、毎日のように通っていたコーヒーショップ。私は吸い込まれるように、店の扉を開けた。記憶の中と全く変わっていない店の内装に、ほっと息をつく。そしてレジには、あの若いお兄さんが立っていた。

「いらっしゃいませ。あれ…渡辺さん?」

「え、あ。はぃ…っ」

 まさかまだ名前を覚えて貰えてるとは思わず、動揺して口ごもる。お兄さんは爽やかな満面の笑顔を浮かべる。

「えーっと、ブラックコーヒー、テイクアウトでしたよね?」

 ずいぶんと記憶力のいい人だ。

「いや。えっと、今日はテイクアウトじゃなくて、店内で…」

「かしこまりました。お会計は、340円になります」

 私は千円札をだし、お兄さんにお釣りを手渡される。

「なんか、お久しぶりですね。お元気でしたか?」

「はい。まぁ、大体は」

「大体、ですか」

 お兄さんは半分迷いながらも、軽い笑い声をあげる。店内用のトレーに乗ったコーヒーはすぐに出来上がってきてお兄さんは笑うのをやめ「お待たせしました」と、私に手渡したあとまたニッコリ笑顔をつくった。

「また、朝の時間待ってますよ。ぜひ、来てくださいね」

「ありがとう」

 前の自分なら飛び上がって喜んだであろうそんな言葉をかけられ、私はトレーを持ちお店の中でなるべく静かなところを探して、窓際の陽の直接当たる席についた。

 コーヒーを飲み始めたとき、今日は一度もお兄さんの手の指を見ずにいたことに、気がついた。

 私はすっかり冷えきったコーヒーカップのふちを何度も指でなぞる。一人で考えれば考えるほど、また自分の気持ちがよくわからなくなっていった。

 私は、私の方は…俊光様のことをどう思っているのだろう。

 ただ愛されたいと、それだけを思って、私は俊光様になにを与えられるんだろう。


 チリンチリン、とお店の扉の鈴が勢いよく鳴り響いて、思わず顔をあげると、そこには灰色のスーツを来た、佐久間さんの姿があった。

「渡辺、さん…っ!!!!!こんなところで、なにしてるんですか?!」

 息を切らした佐久間さんは、足音をたてながら歩み寄ってくると、ぐっと私の腕を掴む。

「自分がなにをしているか分かっているんですか?!こんなところでサボるなんて!!!早く、会社に行きますよ!!」

「い、いやです……っ」

 わ、私が手を引っ張られたいのは…。

「渡辺さんっ。こんな状況で、俊光様じゃないと嫌だなんて、言わないでくださいね?」

「嫌です…っ。俊光様じゃないと嫌ですっ!」

 佐久間さんは、はぁあっと息を吐き出し、それから長い前髪をかきあげジャケットの内ポケットをまさぐる。それからズボンのポケットにも両手を差し入れたあと、大きく目を回してもう一度息をつく。

「慌てて出てきたので、携帯電話を忘れてきてしまいました。渡辺さんのを…」

「携帯なら…持っていたらどうしても着信が気になってしまうので、家に…置いてきました………」

 佐久間さんが両目をぎゅっと、つむって眉間に皺を寄せる。佐久間さんが何かを言いたげに口を開いたとき、その後ろからレジのお兄さんがひょっこりと姿を見せた。

「渡辺さん、えっと大丈夫ですか?なにか、お困り、ですか?」


 お兄さんの厚意で、佐久間さんはお店の電話を借りた。電話から戻ってきた佐久間さんは明らかに怒った様子で、私の目の前の席に黙って座った。私もなにも口にすることができずに、じっと唇を噛んでいた。


そして…


「千尋。私が迎えに来なければ、会社には行かないと随分な我が儘を言っているらしいじゃないか」

 俊光様は私の目の前までやってくると、私の腕を掴んだ。

「さっさと、会社に行くぞ」
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