上 下
4 / 48

4.アデルハイトの私室

しおりを挟む
 この世界に来て初めての夜。
 僕は部下の女中に連れられて、ある部屋へと入った。
「少々、ここでお待ちください」
「は、はい……」


 女中にベッドの上に腰を下ろすように合図されると、僕はその甘い匂いで、ここがアデルハイトの部屋であることを理解した。彼女を妻にもらったのだから当然の話なのだが、こうして部屋に通されると意味を改めて実感させられる。

 ベッドの上に腰を下ろすと、それは百貨店なんかで売られているモノと同じくらいフワリとしていた。
 思い出してみると、ここは剣と魔法の中世世界だ。ほとんどの人間がワラのベッドとか、簡易寝台で寝ているような世界なのだから、こんな綿か何かが詰められた布団で寝られるのなんて一部だけだろう。

 そもそも僕には彼女がいたことなんてないのだから、女の子の部屋に入ったのはこれが初めてだ。
 アデルハイトのテリトリー……なんて考えていたら、途端にいかがわしいことをしているような気分になってきた。彼女の部屋をジロジロと見るということは、彼女の内面を覗き見ているようなモノではないだろうか。


 どこか落ち着かない気分で待っていると、複数の人間の足音が聞こえてきた。
「お待たせしました……あなた」

 アデルハイトは、先ほどよりも薄着で露出度の高いドレスを着て現れた。しかも、辺りはすでに暗くなりはじめていたため、ロウソクの光が彼女の美しさを引き立たせている。
 侍女たちは一礼して立ち去ると、アデルハイトは僕の隣にゆっくりと腰掛けた。
「夜更けまで、少しまだ時間があるので……よろしければ楽器でも嗜みましょうか?」

 さすがはアデルハイトだと思った。
 魔族とはいえ高貴な女性だけあり、そういう嗜みもあるようだ。僕ももちろん聞きたかったので頷く。
「聞いてみたいな。どんな楽器を使うんだい?」
「では笛を……」

 彼女はベッドの奥にある机の引き出しを開いて、中のモノに手を伸ばすと、ちょうど机に乗っていたノートのようなモノが床に落ちていた。
 僕はそっと立ち上がって、ノートを手に取ると……彼女は顔を真っ赤にしてノートを見てきた。
「も、戻しておくよ」
「は、はい……」
 僕が元通りにノートを戻すと、彼女はホッとした様子で表情を戻していた。


 その後、僕はアデルハイトの笛の音にすっかり聴き入った。笛自体もいいものなのだろうけど、彼女は音色に感情を乗せるのが上手いらしく、演技を見ているように錯覚してくる。
 演奏が終わったところで、僕もアデルも軽く晩酌をしていたので、どちらともなく両手を絡めたり、肩を寄せ合っていた。

 彼女の細くて美しい指が僕の指に絡むと、それだけで気分が高揚したし、彼女が僕の肩に身を寄せてくると、甘い匂いと共に長く美しい髪の毛が、僕の太ももにも掛かってくる。
 そして、お互いに額を寄せ合うと、彼女の息吹を感じた。

 ゆっくりと彼女の体をベッドに寝かせてから、身体を抱きしめてみると柔らかく、まるで暖かい布団を抱きしめているように感じてしまう。


 ここまで、アデルハイトは恥じらってはいるけれど、僕を受け入れてくれているし、全て想定の範囲内という雰囲気だ。
 だからこそ気になってしまう。あのノートを手に取った時の豹変ぶりはいったい……いや、気にしても仕方ないか。誰だって見られたくない秘密の1つや2つあるものだろう。

 風が強く吹いてくるとロウソクの光は消え、部屋の中は真っ暗になった。
 侍女も別の仕事に忙しかったらしく、彼女がロウソクに火を灯しにきたときには、僕もアデルハイトもすっかりと眠っていた。
 彼女は、僕たちが起きないように布団を整えると、再び控室へと戻っていく。


 そのまま僕はしばらく眠っていたが、何かが動いた気がして意識を戻すと、アデルハイトはベッドから起き上がって机に向かっていた。
 何をしているんだろう。そっと薄目を開けて様子を窺ってみると、どうやら、僕が先ほど拾ったノートを眺めている。

 何か確認したいことでもあったのだろうとスルーすることにしたが、それにしても長いな。
 まだ見ているのだろうかと視線を向けると、彼女も僕を見ていたらしく、お互いに目が合ってしばらく沈黙してしまった。
「…………」
「…………」
「すみません。いま……戻ります」

 彼女は慌てた様子でノートを机の中にしまうと、顔を真っ赤にしたままベッドに戻ってきた。
「もしかして、日記か何かだったのかい?」
 そう聞くと、彼女はバツが悪そうな表情をしたまま答える。
「つ、拙い小説まがいのモノです……その……」

 ああ、そう言えば聞いたことがある。
 僕は小説というモノは書いたことはないが、書いている人の中には恥ずかしくて人には見せられないという人がいるようだ。彼女も恐らく……そのひとりなのだろう。
「わかってる。勝手に見たりはしないよ」
「よ、よかった……」
「だけどもし、見せる気になったら……見せて欲しいかな?」

 そう伝えると、彼女は顔を真っ赤にしたまま呆然と僕を眺めていた。しばらく放心状態だったようだが、我に返ったらしく「つまらないことで起こしてしまいました」とだけ謝罪して、すぐに縋りついてくる。

 普段は落ち着いていることが多いからこそ、こういう一面が見えるのは新鮮だと思う。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】淑女の顔も二度目まで

凛蓮月
恋愛
 カリバー公爵夫人リリミアが、執務室のバルコニーから身投げした。  彼女の夫マクルドは公爵邸の離れに愛人メイを囲い、彼には婚前からの子どもであるエクスもいた。  リリミアの友人は彼女を責め、夫の親は婚前子を庇った。  娘のマキナも異母兄を慕い、リリミアは孤立し、ーーとある事件から耐え切れなくなったリリミアは身投げした。  マクルドはリリミアを愛していた。  だから、友人の手を借りて時を戻す事にした。  再びリリミアと幸せになるために。 【ホットランキング上位ありがとうございます(゚Д゚;≡;゚Д゚)  恐縮しておりますm(_ _)m】 ※最終的なタグを追加しました。 ※作品傾向はダーク、シリアスです。 ※読者様それぞれの受け取り方により変わるので「ざまぁ」タグは付けていません。 ※作者比で一回目の人生は胸糞展開、矛盾行動してます。自分で書きながら鼻息荒くしてます。すみません。皆様は落ち着いてお読み下さい。 ※甘い恋愛成分は薄めです。 ※時戻りをしても、そんなにほいほいと上手く行くかな? というお話です。 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※他サイト様でも公開しています。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

バビロニア・オブ・リビルド『産業革命以降も、神と科学が併存する帝国への彼女達の再構築計画』【完結】

蒼伊シヲン
ファンタジー
【この時計を持つ者に、権利と責務を与える。】…その言葉が刻まれた時計を持つ2人の少女が出会い物語が始まる… 【HOTランキング最高22位】記録ありがとうございます。 『メソポタミア』×『ダークファンタジー』 ×『サスペンス』 バビロニア帝国西圏側の第四騎士団で使用人として働く源南花は、成人として認められる記念すべき18回目の誕生日が生憎の曇天で少し憂鬱な朝を迎えていた… 本来ならば、魔術を扱える者証である神格を持つ者の中でも、更に優秀な一部の人間しか、 騎士団に所属することは出来ないのだが… 源南花は、神格を有していないにも関わらず、騎士団へ所属出来る例外的な理由がある。それは… 『せめて娘が成人するまでは生かしてやって欲しい…』 それが、南花の父であり、帝国随一の武器職人だった源鉄之助の遺言… その遺言通り保護された、南花は、父の意志を銃職人を目指す形で引き継ぐ… 南花自身が誕生日の食材の一つとしてハイイロガンを、ルームメイトであるエルフの少女マリアと共に狩猟へと向かう。 その一方、工業化・化学の進歩が著しい帝国東圏側にある、士官学校に通う… アリサ・クロウは、自身の出自に関するイジメを受けていた。 無神格の2人、南花とアリサの出会いが、帝国の行く末を変えていく… 【1章.地下遊演地】 【2章.ギルタブリル討伐】 【3章.無神格と魔女の血】 【4章.モネータとハンムラビ】 【終章.バビロニア・オブ・リビルド】 【-epilogue-】迄投稿し完結となります。 続編に当たる『ハイカラ・オブ・リビルド』の投稿開始に合わせて、【-epilogue-】に新規エピソードを追加しました。 ※ダークファンタジーと言うジャンル上、過激な描写だと受け取ってしまわれるシーンもあるかと思いますが、ご了承いただけると幸いです。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・出来事とはいっさい関係がありません。 『カクヨム』と『小説家になろう』と『ノベルアップ+』にて、同作品を公開しております。

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

処理中です...