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46.堕天使の誘惑
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「彼女は僕の妻だ。変なことはしないで欲しいな」
釘を刺すと、堕天使はクツクツと笑いながら言った。
「大丈夫よ。彼女を傷つけたりはしないから」
そう言うと堕天使は、オリヴィアの側まで歩み寄ってから頬に手を触れた。
すると、石像のように固まっていたオリヴィアは、首から上だけだったが急に動き出し、意味が解らない様子で周囲を見回している。
「はじめまして……オリヴィアさん」
堕天使に言われるとオリヴィアは、誰この女の人……と言いたそうな表情で眺めていた。この様子だと、彼女にとっては初対面の人間だと思われる。
「あ、貴女は……一体?」
「通りすがりの堕落した元天使……とだけ答えさせていただきましょう」
堕落という言葉を聞いたオリヴィアは、警戒したように表情を強張らせたが、堕天使はどこ吹く風という感じである。
「ところでオリヴィアさん……相談があるのですが?」
「なんでしょう?」
「カイトを私に譲ってはいただけませんか? もちろん……タダではありませんし、貴女がバツイチにならないように配慮します」
オリヴィアは眉根をつり上げて反論した。
「そんなことはできません! だいいち、カイト様は私の……」
「プラチナ貨10枚でどう?」
堕天使は革袋からプラチナ貨を10枚出したが、オリヴィアは目もくれずに堕天使を睨んだ。
「…………」
「では、更に5枚追加して15枚」
「…………」
「20枚」
「お金の問題ではありません。カイト様は私の所有物ではありませんよ」
「本当にいいのかしら? 貴女は誰よりもお金がないということの苦しさや恐ろしさを理解しているはずよ。お腹を減らしたまま、ゴブリンから逃げ回った日々を思い出してみなさい」
さすがのオリヴィアも、そのことを言われると表情を変えた。
「…………」
「いつ、カイトに捨てられるかわからないでしょう。だけど、お金は貴女を裏切らない」
なかなか意地悪な一言だ。
僕がオリヴィアを見捨てるなどあり得ないことだが、愛しているからという理由だけですべてが解決するのなら、離婚を決意する夫婦が現れるはずがない。
特に極限の貧しさを知っているオリヴィアなら、お金を選んだとしても僕は恨んだりしない。何か彼女に声をかけてあげたいところだが、僕の身体は今、視線一つ動かすことができない。
堕天使さぁ……僕にも何か言わせろ!
オリヴィアはしばらく苦しんでいたが、しっかりと堕天使を睨むと言った。
「何を言おうが……私の気持ちは変わりません」
その言葉を聞いた堕天使は、クスッと笑った。
「……な、なにがおかしいのですか!」
そう彼女が言うと、堕天使は満足した様子で微笑んだ。
「ごめんなさい。少し貴女をからかっただけ……」
「……すぐに仲間たちを元に戻してください!」
オリヴィアはそう抗議したが、堕天使は急に表情を曇らせた。
「貴女のことが気に入ったから聞くけど……本当にいいの?」
「と、言いますと?」
堕天使は真顔になってから言った。
「……幻惑カビって知ってる?」
「……は、はい……洞窟の中や遺跡の奥深くに……」
そこまで自分で言うと、オリヴィアはハッとしていた。
僕たちが踏み込んだこの洞窟は、紛れもなくその幻惑カビが生えやすい場所のようだ。風はあまり吹き込んでこないから空気は籠っているし、そのうえ幻惑カビは臭いがしない……というか、嗅覚を一時的に麻痺させるからオオカミ族の人間でも引っかかるそうだ。
堕天使は言った。
「貴方たち全員を瞬間テレポートさせてもいいけど……距離が離れすぎているからね。座標がバラバラになるかもしれないわ」
僕はやっと自分が喋れることに気が付いた。
「ねえ、天使さん……?」
「なあに?」
「このままだと……僕たちは幻覚の中で、ずっと過ごすことになるんだよね?」
「そうなるでしょうね」
それでは全滅は必至だ。
だけど、繊細なオリヴィアに、状況によっては仲間が死ぬかもしれない危険なクジを引かせる訳にはいかない。ここは僕からお願いすることにした。
「テレポートをかけてください!」
そう伝えると、堕天使は頷いて僕たちに向かって手をかざした。
すると、僕の意識は……少しずつおぼろげになっていく。
――――――――
――――
――
―
ゆっくりと目を開けると、目の前にはオリヴィアの姿があった。
しかし、僕は自分の目がおかしくなったのかと思って、思わず目をこすっていた。先ほどまで彼女は魔法使いのローブを着ていたはずだ。
このようなウエディングドレスを着ているはずがない。
そう考えていたら、堕天使の声が聞こえてきた。
――カビがついていたから着替えさせてあげたわ。だけど……ちょうどオリヴィアのサイズのモノがなかったの。それで我慢して。
ほ、本当に……この人は、何を考えているのかわからない。
釘を刺すと、堕天使はクツクツと笑いながら言った。
「大丈夫よ。彼女を傷つけたりはしないから」
そう言うと堕天使は、オリヴィアの側まで歩み寄ってから頬に手を触れた。
すると、石像のように固まっていたオリヴィアは、首から上だけだったが急に動き出し、意味が解らない様子で周囲を見回している。
「はじめまして……オリヴィアさん」
堕天使に言われるとオリヴィアは、誰この女の人……と言いたそうな表情で眺めていた。この様子だと、彼女にとっては初対面の人間だと思われる。
「あ、貴女は……一体?」
「通りすがりの堕落した元天使……とだけ答えさせていただきましょう」
堕落という言葉を聞いたオリヴィアは、警戒したように表情を強張らせたが、堕天使はどこ吹く風という感じである。
「ところでオリヴィアさん……相談があるのですが?」
「なんでしょう?」
「カイトを私に譲ってはいただけませんか? もちろん……タダではありませんし、貴女がバツイチにならないように配慮します」
オリヴィアは眉根をつり上げて反論した。
「そんなことはできません! だいいち、カイト様は私の……」
「プラチナ貨10枚でどう?」
堕天使は革袋からプラチナ貨を10枚出したが、オリヴィアは目もくれずに堕天使を睨んだ。
「…………」
「では、更に5枚追加して15枚」
「…………」
「20枚」
「お金の問題ではありません。カイト様は私の所有物ではありませんよ」
「本当にいいのかしら? 貴女は誰よりもお金がないということの苦しさや恐ろしさを理解しているはずよ。お腹を減らしたまま、ゴブリンから逃げ回った日々を思い出してみなさい」
さすがのオリヴィアも、そのことを言われると表情を変えた。
「…………」
「いつ、カイトに捨てられるかわからないでしょう。だけど、お金は貴女を裏切らない」
なかなか意地悪な一言だ。
僕がオリヴィアを見捨てるなどあり得ないことだが、愛しているからという理由だけですべてが解決するのなら、離婚を決意する夫婦が現れるはずがない。
特に極限の貧しさを知っているオリヴィアなら、お金を選んだとしても僕は恨んだりしない。何か彼女に声をかけてあげたいところだが、僕の身体は今、視線一つ動かすことができない。
堕天使さぁ……僕にも何か言わせろ!
オリヴィアはしばらく苦しんでいたが、しっかりと堕天使を睨むと言った。
「何を言おうが……私の気持ちは変わりません」
その言葉を聞いた堕天使は、クスッと笑った。
「……な、なにがおかしいのですか!」
そう彼女が言うと、堕天使は満足した様子で微笑んだ。
「ごめんなさい。少し貴女をからかっただけ……」
「……すぐに仲間たちを元に戻してください!」
オリヴィアはそう抗議したが、堕天使は急に表情を曇らせた。
「貴女のことが気に入ったから聞くけど……本当にいいの?」
「と、言いますと?」
堕天使は真顔になってから言った。
「……幻惑カビって知ってる?」
「……は、はい……洞窟の中や遺跡の奥深くに……」
そこまで自分で言うと、オリヴィアはハッとしていた。
僕たちが踏み込んだこの洞窟は、紛れもなくその幻惑カビが生えやすい場所のようだ。風はあまり吹き込んでこないから空気は籠っているし、そのうえ幻惑カビは臭いがしない……というか、嗅覚を一時的に麻痺させるからオオカミ族の人間でも引っかかるそうだ。
堕天使は言った。
「貴方たち全員を瞬間テレポートさせてもいいけど……距離が離れすぎているからね。座標がバラバラになるかもしれないわ」
僕はやっと自分が喋れることに気が付いた。
「ねえ、天使さん……?」
「なあに?」
「このままだと……僕たちは幻覚の中で、ずっと過ごすことになるんだよね?」
「そうなるでしょうね」
それでは全滅は必至だ。
だけど、繊細なオリヴィアに、状況によっては仲間が死ぬかもしれない危険なクジを引かせる訳にはいかない。ここは僕からお願いすることにした。
「テレポートをかけてください!」
そう伝えると、堕天使は頷いて僕たちに向かって手をかざした。
すると、僕の意識は……少しずつおぼろげになっていく。
――――――――
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―
ゆっくりと目を開けると、目の前にはオリヴィアの姿があった。
しかし、僕は自分の目がおかしくなったのかと思って、思わず目をこすっていた。先ほどまで彼女は魔法使いのローブを着ていたはずだ。
このようなウエディングドレスを着ているはずがない。
そう考えていたら、堕天使の声が聞こえてきた。
――カビがついていたから着替えさせてあげたわ。だけど……ちょうどオリヴィアのサイズのモノがなかったの。それで我慢して。
ほ、本当に……この人は、何を考えているのかわからない。
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