上 下
7 / 25

2.運命が狂いはじめた令嬢

しおりを挟む
「お喜び下さい殿下! 待望の男の子です!」
「はぁ……はぁああ……遂に、遂に……っ!」
 あたしは、その産声を忌々しく思いながら下唇を噛みしめていた。
 結婚式から3年後。明らかに女としての戦いに負けたことを感じ取っていた。

 あの若君は、結婚初夜からあたしのことを抱いてくれた。
 特に最初の1か月は、毎晩のように寝床に来てはエネルギッシュな力を見せてくれたわ。アイツの力のおかげで、あたしは初めて身ごもったのだけど……生まれてきたのは女の子だった。

 その時は若君も、笑ってあたしたちの娘をあやしてくれた。
 あいつにとっては初めての子供だから、きっと可愛かったんだろうね。何度もあたしの元へと来ては、娘のためにお土産を持ってきてくれたし、名前も若君自身がつけたくらいだったし。
 だけど、次に生まれてきたのが、また女の子だったことで、夫婦関係に亀裂のようなモノが走った。

 このとき若君は苦笑していた。
 表情に現わさないようにはしていたみたいだけど、どうしてお前は世継ぎを産んでくれないんだと言いたそうな顔だった。

 それでも、あたしは諦めずに3人目にチャレンジすることにした。さすがに3回も連続で女の子なんてことはないでしょ。
 今度こそ大丈夫と思っていたある日、あたしは偶然聞いてしまった。
「若様、側室を取られては如何でしょうか?」
「いやいや、爺……エーコは、きちんと子供を産んでいる。産めないワケではないのだから問題はあるまい」
「お言葉ですが……近年は大公国との戦争が近付いているのです。それに、2度あることは3度あるとも言います」
「…………」
「美しい娘を知っています。商家の出の者ですが、近年では我らの財政は火の車……若様が側室に取られれば、借金も半値にすると……」

 この一言が決め手だった。
 若君はこの日を境に、あたしの元から離れていき、富豪の娘の元に足繁く通うようになっていく。
 それでもまだ、3人目が男の子だったらアイツの気持ちを引き寄せることも出来たかもしれない。
 だけど、現実は酷いものだった。

「……女か」
 出産に立ち会った若君は、産まれてきた子を見ると、つまらなそうに言ってから立ち去っていった。
 あたしはすっかり恥をかかされたと思い、カッとなって自分の子供を睨んだ。
「この、役立たず! どうしてお前は男じゃないの!」
「お、おやめください……エーコさま!」
「ええい、離せ……この民草ども!」
 あたしはすぐに産まれた娘を侍女たちに取り上げられたけど、3ヶ月後の事件に比べれば些細なことだった。

 実はその3ヶ月後に、富豪の娘は世継ぎの男の子を産んだため、若君の心は完全に富豪の娘へと向かい、あたしには見向きをしなくなっていく。


 そうなると、待遇も変わってくるもの。
 今まであたしは広い部屋に住んでいて、何人もの使用人がついていたけど、世継ぎが産まれるとあたしは部屋を変わるように言われた。
 そして、第一夫人のはずのあたしは、側室用の部屋に左遷されることになり、元々あたしが使っていた広い部屋は……あの富豪の娘のモノとなった。

 本当に忌々しい。本当にあの女はあたしにとって疫病神よ!
 だいたいアイツもアイツよ。あたしは3人も子供を産んでやったじゃない。後から出てきた小娘が男の子を産んだからって、あっちになびいて……腹立たしい!


 そんな胸中の想いを押し殺しながら、あたしは耐えた。
 この中世時代なら、男の子って死にやすいからね。あの女が産んだ子供が病気か何かで死んだとき、あたしと若君との間に男の子がいれば、まだチャンスはあるわ。
 まずはもう一度、アイツに抱いてもらうこと。それさえ叶えば……まだチャンスはあるの。

 しかし、待てども待てども、若君はあたしの部屋まで来なかった。
 それに、この部屋にされてからというもの、3人の娘たちにも会っていないわね。いや、あんな役立たずどもなんてとうでもいい。
「…………」
「…………」
 いつもアイツは好きな女と、好き放題に遊んでいるんだ。
 夫婦なのにあたしはカゴの中の鳥で、若君だけは自由。
 こんなの不公平だ。あたしだって……遊びたい。好きな男と愛し合ったっていいじゃない!

 その言葉が喉元まで出かかったとき、あたしの部屋の前にひとりの騎士が通りかかった。普段なら部屋の外を歩く人になんて目もくれないのだけど、この時はたまたま見てしまった。
 なんてカッコイイ騎士なのかしら。ああいう騎士と一夜を共に出来たら、きっと素敵だと思う。

 まもなく、あたしは生唾を呑んだ。
 アイツだってやっていること。あたしが別の男に手を出したって……それは、お互い様。
 
しおりを挟む

処理中です...